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EP 16

フラグクラッシャー・月影流(物理的デバッグ作業)

爆薬数トンによる人為的かつ物理的な「ダンジョン解体工事」が完了してから、十数分後。

かつて『嘆きの迷宮塔』と呼ばれていた黒曜石の瓦礫の山では、勇者一行による救出活動……という名の、ハイエナのような漁りが開始されていた。

「ひ、姫君ィィィッ!! どこにおられるのですかぁぁぁ!!」

クラウスは泥と埃にまみれながら、血のにじむ素手で巨大な瓦礫をどかし続けていた。ノブリス・オブリージュの精神は完全に悲鳴を上げている。彼にとって、か弱き姫君がテロリスト(味方)の爆破によって生き埋めになるなど、騎士道における最大の屈辱であり絶望であった。

一方、そのすぐ後ろでは。

「おい喰丸、その辺の石材を食って道を作れ。おっ、第三層の宝箱がこんなところに落ちてたか。中身は……『エリクサー』か。売れば高いな」

リアンが召喚獣『喰丸』(なんでも食べるピンク色のワーム)を使って効率的に瓦礫を取り除き、ドロップアイテムを嬉々として回収していた。

「ああっ! リアン様、ずるいですわ! わたくしのゴールド! わたくしのお宝がぁっ! 五円! 御縁! ハイッ!!」

リーザは芋ジャージを土埃で汚しながら、お賽銭箱型掃除機を振り回し、瓦礫の隙間に落ちている小銭や魔石をダイソンのごとく吸い込み続けている。

「……お前ら、少しは手伝えぇぇっ!」

クラウスが絶叫したその時、彼がどかした黒曜石の柱の下から、まばゆい光が漏れ出した。

「お、おお……っ!? この光は……!」

クラウスが慌てて周囲の石を払いのけると、そこには、完璧な立方体の形をした『絶対防御バリア』に守られた、美しいドレス姿の女性が倒れていた。

頭上には『囚われの姫君・フローラ』のネームプレートが浮かんでいる。

「姫君! ああっ、ご無事で何よりです! 神よ、感謝いたします……!」

クラウスは感極まってひざまずいた。

「チッ、生きてたか」

リアンが舌打ちをして歩み寄る。

「さすがはルチアナの作った王道RPGだ。『イベント必須キャラは、フラグが立つまで絶対に死なない(ダメージ判定が消失する)』っていう、古き良き無敵処理が施されてやがる。どんなに物理演算で押しつぶしても死なない仕様ってわけか」

「姫君! さぁ、目を開けてください! 我々は、王の命を受けて参った勇者一行ですぞ!」

クラウスがバリア越しに声をかけると、フローラ姫はゆっくりと目を開き、ふらふらと立ち上がった。

そして、胸の前で両手を組み、RPGのヒロインらしい可憐な声で口を開いた。

『あ、あぁ……勇者様……よくぞ、ここまで……』

「おお! 姫君! さぁ、我々と共に王の元へ……!」

クラウスが手を差し伸べた、その時だった。

『あ、あぁ……勇者様……』

『あ、あぁ……勇者様……よくぞ……あ、あぁ……勇者様……』

フローラ姫の動きが、不自然にカクカクと痙攣し始めた。

口元は同じ形を繰り返し、胸の前で組んだ手は1フレームごとに小刻みに震えている。完全にモーションがループしていた。

「……え? 姫君? どうなされたのです? 姫君!?」

クラウスが声をかけるが、フローラ姫は焦点の定まらない虚無の瞳で、ひたすら最初のセリフを0.5秒間隔でリピートし続けている。

『あ、あぁ……あ、あ、あ、あぁ……勇者様……』

「あーあ、見事にソフトロック(進行不能バグ)してやがる」

リアンが呆れたように肩をすくめた。

「当然だ。俺たちは『一階の扉を開けるフラグ』も『各階の中ボスを倒すフラグ』も『迷宮の鍵を手に入れるフラグ』も、全部すっ飛ばして塔を倒壊させた。システム(AI)側からすれば、前提条件が一切満たされていないのに、いきなり最終イベントのトリガーだけを踏まれた状態だ。AIが処理落ちして、無限ループに陥ってんだよ」

「そ、そんな……! では、姫君はこのまま永遠に『あ、あぁ……』と言い続けるだけの存在になってしまったというのか!?」

クラウスが頭を抱えて絶望する。

「仕方ないな。おい影丸、コイツの首を落とせ。姫が死んだら『姫の仇を討つルート』にイベントが分岐するかもしれん」

リアンが漆黒の騎士を呼び出そうとする。

「待てぇぇっ! 貴様は本当に血も涙もないのか! 助けに来た姫を暗殺してどうするのだ! 騎士の誇りが、ノブリス・オブリージュが死んでしまうわ!」

「じゃあ、わたくしが吸い込んで売り飛ばしますわ! お姫様なら、きっと闇市で高値で売れますの! 臓器だけでもいいですわね!」

リーザがお賽銭箱型掃除機のノズルを姫の顔面に向けようとする。

「ダメだよ二人とも。お姫様、可哀想だよぉ」

ルナがふんわりと微笑みながら、前に出た。

「私が『ハッピー・ドリーム』で、永遠に覚めない幸せな夢を見せてあげるね。夢の中なら、ちゃんと勇者様に助けられたことにしてあげるから……」

ズブズブと、ルナの足元から極彩色の触手植物が這い出してくる。

「全員やめろぉぉぉっ!! なぜ誰もまともに助けようとしないのだ!! このパーティにはまともな倫理観を持つ人間はおらんのか!!」

クラウスの魂からのツッコミが、瓦礫の山に虚しく木霊した。

「……はぁ。もう、みんな極端なんだから」

その時、安全圏でレジャーシートを広げていたキャルルが、読みかけの泥沼恋愛小説に栞を挟み、ため息をつきながら立ち上がった。

彼女は特注の安全靴(タローマン製・雷竜石内蔵)の踵をトントンと鳴らしながら、バグって痙攣し続けるフローラ姫の正面へと歩み寄った。

「キャ、キャルル殿……? まさか、貴女ならこの状態を治せるのですか?」

クラウスが一縷の望みを託して尋ねる。

「うん。クラウス君、昔のテレビとか機械って、バグって画面がフリーズした時、どうやって直してたか知ってる?」

「え? い、いや……魔導具の修理ならば、専門のドワーフの技師を呼んで……」

「違うよ。バンッ! って叩くんだよ」

キャルルはニコッと無邪気に微笑んだ。

次の瞬間。

ゴウッ!!!

キャルルの全身から、尋常ではない質量の『闘気』が爆発的に立ち昇った。

周囲の瓦礫が、彼女の放つオーラの圧力だけでカタカタと震え、空気が重く軋む。普段は可愛らしい月兎族の村長に過ぎない彼女だが、その本質は、かつてレオンハート獣人王国で近衛騎士隊長候補にまで上り詰めた武の天才である。

「機械も、システムも、AIも……最後にモノを言うのは、絶対的な『暴力プレッシャー』だよ」

ズンッ……!!

キャルルが一歩踏み込んだ。たったそれだけで、地面の石畳がクレーター状に陥没する。

100mを5秒台で走る圧倒的な瞬発力。

クラウスの目には、彼女の姿が完全にブレて見えた。

月影流つきかげりゅう――――』

キャルルはバリアの内側でバグり続けるフローラ姫の懐へと、マッハの速度で潜り込んだ。

そして、特注の安全靴に仕込まれた鋼鉄の先芯を、姫の美しい顎の真下へとカチ上げるように振り抜いた。

『――――顎砕き(あごくだき)』

ビキィィィィィィンッ!!!!

すさまじい破裂音が鳴り響いた。

キャルルの膝蹴りは、フローラ姫の顎の皮膚からわずか『1ミリ』の隙間を残して、完璧な寸止めで静止していた。

しかし、その蹴りが生み出した『運動エネルギー』と『風圧』、そして何より『絶対的な殺意』の塊は、システムが用意した絶対防御バリアを強引に貫通し、姫のAIの中枢へと直接叩き込まれたのだ。

もしあと1ミリ踏み込んでいれば、頭部がスイカのように弾け飛んでいたという、生物としての根源的な恐怖。

それは、ルチアナが適当に組んだNPCのプログラム(AI)に、強烈な『死の概念』を直感させた。

『ピガッ!? 致命的エラー検知……システム、強制オーバーライド……生キタ、生キタイ……!!』

姫の瞳の奥で、無数のコードが高速で書き換わっていく。

バグによる無限ループ処理が、キャルルの放った致死レベルの恐怖ストレスによって強制的にメモリクリア(初期化)されたのだ。

フッ、とキャルルが足を下ろし、闘気を引っ込める。

その瞬間。

「ヒィィィィィィィッ!! ご、ごめんなさい! 殺さないでぇぇぇっ!!」

フローラ姫は腰から砕け落ち、ガクガクと震えながらキャルルの足元にすがりついた。先ほどまでのお淑やかなお姫様ロールプレイは完全に消え失せている。

「魔王城はこの大陸の最北端、死の火山を越えた先にありますぅぅっ! 結界を解くための『女神の涙』はこれです! ドラゴンを呼ぶための『天の笛』もこれです! だから、だから命だけはお助けをぉぉっ!」

フローラ姫はドレスの谷間から重要クエストアイテムを次々と引っ張り出し、涙と鼻水にまみれながらキャルルに献上した。

「うん、いい子だね」

キャルルは満足そうに微笑み、姫の頭をポンポンと撫でた。

「……おいおい、マジかよ」

リアンが呆れたようにアイテムを拾い上げる。

「プログラムのバグを、物理的な恐怖による強制エラー吐き出しで上書き(デバッグ)しやがった。どんなAI積んでんだよ、このクソゲーは」

「キャルル殿……貴女という人は……」

クラウスは、恐怖でガタガタと震えながら土下座する姫君を見て、もはやツッコむ気力すら失い、白く燃え尽きていた。

「わーお! リスナーのみんなー! 見た!? これがポポロ村流の『物理的デバッグ作業』だよー! 画面がフリーズしたら、とりあえず殴る! これ基本だね! あ、〇〇さんから『AIへの過度なパワハラ』で赤スパいただきましたー! ありがとー!」

キュララが瓦礫の上を飛び回りながら、ドローンカメラに向かって元気に生配信を続けている。

「さて、フラグは全部無理やり立てた。次はいよいよ魔王城だ」

リアンは『天の笛』を指でくるくると回しながら、遥か北の空を睨みつけた。

勇者一行の破壊的RTAの足音は、ついに魔王の寝首をかきに、最終局面へと向かおうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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