EP 15
囚われの姫君と物理的解錠(ダンジョンは基礎から爆破しろ)
伝説の老騎士から身ぐるみを剥ぎ、年金まで巻き上げた勇者一行(災害指定クラス)は、ついに中盤の最大の難所とされるダンジョンへと到達した。
荒涼とした大地に、天を突くようにそびえ立つ黒曜石の巨塔。
周囲には禍々しい紫色の瘴気が漂い、入り口の重厚な鉄扉には、ドクロを模した不気味なレリーフが刻まれている。
頭上に浮かび上がったエリア名は『嘆きの迷宮塔』。魔王軍の幹部が根城とし、さらわれた姫君が最上階に囚われているという、由緒正しきRPGのダンジョンである。
「見よ、皆の者! あれこそが悪の巣窟、嘆きの迷宮塔だ!」
クラウスが悲壮な決意を込めた顔で、大剣の柄を固く握りしめた。
「聞くところによれば、この塔は内部が複雑な迷宮になっており、数々の凶悪なトラップと、各階層を守る屈強な中ボスたちが待ち構えているという。さらには難解な謎解きをクリアせねば、上の階への扉は開かぬそうだ」
クラウスは夕日を背に受け、マントを風に靡かせながら熱弁を振るう。
「だが、恐れることはない! 我らには伝説の老騎士ガウェイン殿から受け継いだ(物理的に剥ぎ取った)聖剣カリバーンがある! どんな苦難も、我らの絆とノブリス・オブリージュの精神で乗り越え、最上階の姫君を必ずや救い出そうぞ!!」
「あー、クラウス。ちょっと黙ってろ。今、計算してるんだ」
感動的な演説を、リアンが冷酷な一言でぶった斬った。
リアンは迷宮塔の全高と、入り口の構造を指で測るように見上げながら、ブツブツと呟いている。
「謎解きにトラップ、中ボスの連戦……。まともに付き合ってたら、最上階に着くまでに最低でも三時間はかかるな。しかも、中ボスのドロップアイテムなんてたかが知れてる。費用対効果が最悪だ。RTA走者として、こんな糞ダンジョンにまともに付き合う義理はねぇ」
「……リアン? 貴様、まさかまた何か恐ろしいことを考えているのではないだろうな?」
クラウスの顔から、スッと血の気が引いた。
「おい影丸。出番だ」
リアンが指を鳴らすと、彼の足元の影がヌルリと立ち上がり、漆黒の騎士の姿をした召喚獣『影丸』が出現した。
さらにリアンは、ユニークスキル【ネット通販】のウィンドウを展開し、とある物資を大量に発注する。
空中に開いたワームホールから、ドサドサドサッ! と無数の麻袋が吐き出された。
「な、なんだその大量の袋は! 小麦粉か!?」
「ただの肥料(硝酸アンモニウム)と燃料油だ。これを魔法ポーチの中で混ぜ合わせて、俺の錬金術(料理スキル)で少しばかり『調理』してやった」
リアンが麻袋の一つを開けると、中には粘土状の不気味な物質がギッシリと詰まっていた。
前世の知識と現代の化学が生み出した破壊の結晶――自作のANFO爆薬である。安価でありながら、軍事用爆薬にも匹敵する絶大な威力を誇る代物だ。
「いいか影丸。この塔の荷重を支えている『四隅の基礎ピラー』に、この爆薬を全部セットしてこい。起爆の魔法陣も忘れずにな。……あぁ、正面入り口のフラグ判定を踏むと面倒だから、影の中を通って壁抜けしろよ」
リアンの命令に、影丸はコクンと頷き、大量の爆薬を抱えて迷宮塔の影の中へと沈んでいった。
「り、リアン君!? ダンジョンの基礎に爆薬を仕掛けてどうする気だ!? 中には姫君が囚われているのだぞ!」
「あ? 決まってんだろ。百階まで階段を登るのが面倒なら、百階の方から一階に降りてきてもらえばいい」
リアンは悪魔のような合理性で言い放った。
「そ、そんな無茶苦茶な……! 姫君が瓦礫の下敷きになってしまうではないかぁぁ!」
クラウスが絶叫する中、別の方向から悲鳴が上がった。
「ちょっと待ってくださいのリアン様! 塔を丸ごと壊したら、中に配置されている宝箱も全部瓦礫に埋もれてしまいますわ! わたくしの、わたくしの愛しいゴールドとアイテムがぁぁ!」
リーザがお賽銭箱型掃除機を抱きしめながら、血の涙を流して抗議する。
「安心しろリーザ。このクソゲー、宝箱のフラグ管理もガバガバだ。瓦礫になっても判定は残る。あとでバグ増殖させたカンスト金貨を少し分けてやるから我慢しろ」
「……ならば破壊を許可しますの。徹底的にやりなさい」
現ナマの力によって、守銭奴アイドルの買収はたった三秒で完了した。
「バリッ、ボリッ……。ふふっ、ダンジョン解体工事かぁ。リアン君、相変わらずスケールがおかしいね」
キャルルは少し離れた安全圏にレジャーシートを敷き、煎餅をかじりながら泥沼恋愛小説を読んでいる。完全にピクニック気分である。
「でもぉ、ただの爆発じゃあ、配信的に『映え』が足りないんだよねー」
スマホで自撮りをしていたキュララが、不満げに頬を膨らませた。
「もっとこう、キラキラしてて、ドカーン! みたいなエフェクトがないと、リスナーさんたちが満足しないよ! キュララの可愛さも引き立たないし!」
「チッ、注文の多い天使だ」
リアンは舌打ちすると、影丸からの『設置完了』の念話を受け取り、キュララに向き直った。
「なら、起爆はお前に任せる。あの塔の根元、一番爆薬が集中してる箇所に向かって、お前の最大火力スキルをぶち込め」
「えっ、キュララがやっていいの!? やったー!」
キュララはパァッと顔を輝かせ、スマホをドローンのように空中に固定した。そして、カメラ目線でバッチリとウインクを決め、聖騎士の鎧をチャキッと鳴らしてポーズをとる。
「みんなー! 今からこの陰気な塔を、キュララが可愛くリフォームしちゃうよー! チャンネルはそのまま! 赤スパの準備はいいー?」
キュララは背中の黄金の翼を大きく広げ、光速のレイピアを迷宮塔の根元へと突き付けた。
「いくよー! 悪を切り裂く、とっておきの光! 『ホーリー・スプラッシューーー!!』」
キュララのレイピアの先端から、ド派手な極太の光属性レーザーが放たれた。
それは一直線に迷宮塔の基礎部分へと着弾し――。
直後、仕掛けられていた数トンにも及ぶANFO爆薬が、魔法のエネルギーを触媒にして一斉に起爆した。
カッッッ!!!!
音より先に、太陽が地上に落ちたかのような強烈な閃光が走る。
一拍遅れて、世界そのものがひっくり返ったかのような、鼓膜を破る轟音と衝撃波が押し寄せた。
「ぎゃあああああっ!?」
クラウスが大盾を構えて衝撃に耐えるが、その顔は恐怖に引き攣っている。
ズゴゴゴゴゴォォォォォンッ!!!
迷宮塔の根元が、文字通り「消滅」した。
百階建ての重さを支えていた四本の柱を失い、黒曜石の巨塔はゴアァァ……と不気味な地鳴りを響かせながら、ゆっくりと斜めに傾き始める。
そして、重力という絶対的な物理法則に従い、塔は自らの重さに耐えきれず、上層部からドミノ倒しのように崩壊を始めた。
『グギャアアアッ!?』
『魔王様バンザァァァイ……!』
崩れゆく瓦礫の隙間から、各階層で勇者を待ち構えていたはずの屈強な中ボスたち(ミノタウロス、デュラハン、ガーゴイルなど)が、悲鳴を上げながら次々と落下していくのが見えた。
彼らは地面に激突した瞬間、システム上の『落下ダメージ』で限界値を超え、次々とポリゴンの破片となって消滅していく。
そして、十数秒後。
天を突くほど高かった『嘆きの迷宮塔』は、見る影もなくただの巨大な瓦礫の山へと変わり果てた。
もうもうと立ち込める粉塵の中、システムのアナウンスが無機質に鳴り響く。
『テテテテッテッテー! リアンたちは迷宮塔を攻略した!』
『中ボスA、落下ダメージにより死亡! 経験値を獲得!』
『中ボスB、落下ダメージにより死亡! 経験値を獲得!』
『中ボスC、落石トラップ(物理)により死亡! 経験値を獲得!』
謎解きもトラップもクソもない。ただ重力と爆薬による、絶対的な「物理的解錠」である。
「よし。ダンジョンクリアだ。タイムは約三分ってところか。なかなかの好記録だな」
リアンは立ち込める砂煙を手で払いながら、ストップウォッチ(脳内)を止めて満足げに頷いた。
「わーい! キュララの大魔法で、ダンジョンを一撃でクリアしちゃったよー! リスナーの皆さーん、今のエフェクト最高だったでしょー! ほらほら、スーパーチャットのお時間だよー☆」
キュララが瓦礫の山をバックに、満面の笑みでピースサインを決める。
「クリアだ、ではないわぁぁぁぁっ!!」
クラウスが、兜をかなぐり捨てて瓦礫の山に駆け寄り、泣きながら石をどかし始めた。
「姫君が! さらわれた姫君がこの下敷きになっているのだぞ!! 貴様ら、勇者どころかただのテロリストではないか!! ああっ、姫君! 今助けますぞ! 生きておいでか、姫君ィィィッ!!」
ノブリス・オブリージュの精神を粉々に砕かれたクラウスの悲痛な叫び声だけが、砂埃の舞う荒野に虚しく響き渡っていた。
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