EP 14
強制スキップと睡眠薬(伝説の騎士、身ぐるみ剥がされる)
はじまりの街(現在は更地)を抜け、荒野のフィールドで魔物の大群をNPCになすりつけて莫大な経験値を荒稼ぎしたリアンたちは、次なる目的地『城塞都市オディール』の酒場へと足を踏み入れていた。
薄暗い店内、オーク材の古びたカウンター。
その一番奥の席で、エールが入った木製ジョッキを傾けながら、黄昏れている一人の老人がいた。歴戦の傷跡が刻まれた顔、鈍く光るミスリル製の重甲冑。頭上には『伝説の老騎士ガウェイン』というネームプレートが浮かんでいる。
「おお……! 見ろリアン、あの風格、あの佇まい! 間違いなく我らを導く先達、伝説の騎士殿だ!」
クラウスは瞳を輝かせ、感極まった様子でガウェインに歩み寄った。
これまでの非道なプレイング(窃盗、経済破壊、MPK)でズタズタに引き裂かれていたクラウスの騎士道精神が、久々に息を吹き返した瞬間だった。
クラウスが恭しく一礼すると、老騎士ガウェインはゆっくりと顔を上げ、重々しい口を開いた。
『おお……お主ら、もしや王の命を受けた勇者一行か。よくぞ参った。ワシはガウェイン。かつて魔王と刃を交えた者だ。……あれは、今から五十年前のことだった』
ガウェインの目が遠くを見つめ、BGMが物悲しいオルゴールの音色に切り替わる。
空中に半透明のテキストウィンドウが出現し、老騎士の壮絶な過去語りが始まった。
『当時のワシらは若く、そして愚かだった。魔王の真の力も知らず、ただ血気にはやって死の火山へと向かったのだ。そこでワシが直面した悲劇、それは……(次へ:▼)』
クラウスは真剣な面持ちで相槌を打ちながらテキストを読んでいるが、その後ろで、リアンは凄まじい速度で空中の『▼』ボタンを連打していた。
タタタタタタタタタタタッ!!
「チッ! スキップボタンがねぇ! しかもテキストの表示速度も『遅い』で固定されてやがる……! ルチアナの奴、無駄にイベントシーンだけ凝りやがって!」
リアンは苛立ちに舌打ちをした。
RTA走者にとって、あるいは効率を重んじる元・三ツ星レストランの副料理長にとって、スキップ不可の長尺ムービーや会話イベントほど苦痛なものはない。
「リアン君、そんなに急がなくても……お爺さん、一生懸命お話ししてるよ?」
ルナが優しくたしなめる。
「時間の無駄だ。この老いぼれの話を全部聞いたら、日が暮れちまう。俺の計算だと、あと十五分はこの無駄話が続くぞ」
リアンは腕を組み、どうにかしてこのイベントを強制終了させる方法を考えた。
ふと、彼は自身のステータス画面を開き、一つのアイコンに目を留めた。
ユニークスキル【ネット通販】。
現実世界(地球)のECサイトにアクセスし、現代の物資を取り寄せる規格外のスキルである。
(まさか、このVRゲーム空間の中からでも、現実のネットワークに繋がってるのか……?)
リアンは半信半疑でアイコンをタップした。
すると、見慣れた大手通販サイトのインターフェースが空中に展開されたではないか。ルチアナの作ったこの「サタンクエスト」は、セキュリティもサーバーの独立性もガバガバだったのだ。
「……フッ、最高だぜ、ルチアナ」
リアンは悪魔のような笑みを浮かべ、検索窓に『睡眠薬 超強力 液体』と打ち込んだ。
『……我が親友は、ワシを庇って炎の中に消えた。ワシは己の無力さを呪い、そしてこの剣を置いたのだ。だが今、お主らの瞳に、かつての希望の光を見た。ワシの残りの命、お主らに託そうぞ……(次へ:▼)』
「ううっ……なんという悲劇! なんという気高き自己犠牲!」
クラウスが感動の涙を流している横で、リアンの頭上に小さなワームホールが開き、段ボール箱がコトンと落ちてきた。
中に入っていたのは、市販の睡眠導入剤をリアンの錬金知識(料理スキル)で極限まで濃縮した『即効性超強力睡眠ドロップ』である。
リアンは蓋を開け、語りに夢中になっている老騎士ガウェインのコーヒーカップに、それを致死量ギリギリまでドクドクと注ぎ込んだ。
『さぁ勇者よ、ワシの全てを受け継いで――』
ガウェインが喉を潤すためにコーヒーを煽った瞬間。
ゴトンッ!!
『……zzz』
伝説の老騎士は、感動のセリフの途中で白目を剥き、カウンターに突っ伏して轟沈した。
頭上に『Zzz』という状態異常のアイコンが点滅する。強制的なイベントの中断である。
「よし、スキップ成功だ」
リアンはガッツポーズをした。
「ガウェイン殿ォォォ!? な、何故急にお倒れに!? おのれ、魔王の呪いか!?」
クラウスが慌てて老騎士に駆け寄る。
「違う、俺が睡眠薬を盛っただけだ。さぁリーザ、身ぐるみ剥がすぞ」
「はいですの! 待ってましたわ!」
リアンとリーザは、眠りこける老騎士に群がり、凄まじい手際で装備を解除し始めた。
「よし、この『伝説のミスリルアーマー』と『聖剣カリバーン』は高く売れるな。おっ、インベントリに『勇者の証』ってキーアイテムがあるぞ。これだけあればストーリーは進むはずだ」
「リアン様! お財布の中に金貨が三千枚も入ってましたわ! さすがは伝説の騎士、年金暮らしでも貯蓄はバッチリですのね!」
リーザがお賽銭箱型掃除機で老騎士の私物を次々と吸い込んでいく。
キャルルはカウンターの隅で店主が震えているのを他所に、勝手に厨房から持ってきた人参スティックをかじりながら泥沼恋愛小説のページをめくっている。
「あーあ、可哀想なお爺ちゃん。パンツ一丁になっちゃったね」
「貴様らぁぁぁっ!! 何をしている!! 伝説の騎士殿から身ぐるみを剥がすな! 盗賊か! 貴様らは山賊の類か!!」
クラウスが激怒し、リアンの胸ぐらを掴もうとした。
だが、その時。
「む……むにゃ……?」
想定外のシステムエラー(強制睡眠)から復帰したのか、パンツ一丁にされたガウェインが目を覚ました。
『な、なんじゃ!? ワシの聖剣は!? 鎧は!? 貴様ら、よくもワシを謀ったな! 許さん、勇者といえど容赦はせんぞ!』
ガウェインのネームプレートが緑色(友好的)から真っ赤(敵対)に染まり、戦闘BGMが流れ始めた。
強制フラグクラッシュによる、NPCの敵対化バグである。
「お、おいリアン! ガウェイン殿が怒っていらっしゃるぞ! 弁明を……!」
「チッ、状態異常耐性が高かったか。面倒くせぇな、ここで殺したら進行不能バグが起きるかもしれん」
リアンが舌打ちしたその時、ふんわりとした空気を纏って、ルナが一歩前に出た。
「お爺さん、ダメだよぉ。そんなに怒ったら血圧が上がって倒れちゃうよ?」
ルナは慈愛に満ちた笑顔で、杖を振るった。
「私が、幸せな夢を見せてあげるね。いっけー、『ハッピー・ドリーム』!」
ルナの足元から、毒々しい極彩色の巨大な植物が這い出した。
それは獲物を捕食するような勢いでガウェインに巻き付くと、太い触手を彼の首筋にズブリと突き刺した。
『グガァァァッ!? な、なんじゃこれは……う、おお……?』
ガウェインの表情が一変する。
怒りに満ちていた顔が、みるみるうちにだらしなく緩み、恍惚とした笑顔へと変わっていく。
触手から直接脳内に『極上の幻覚成分』と『疑似的な快楽』が注入されているのだ。
『おお……おおお……! 若い姉ちゃんがいっぱいおる……! 酒じゃ! 宴じゃ! ワシは今、最高に幸せじゃぁぁ……! はひぃぃ……!』
ガウェインはヨダレを垂らし、地面を転げ回りながら歓喜の声を上げ始めた。ネームプレートは赤色から、見たこともないピンク色(洗脳・服従)へとバグって書き換わっていた。
「はい、これで解決だね!」
ルナが満面の笑みでピースサインを作る。
「る、ルナ……貴様、ガウェイン殿に何をした……?」
クラウスが後ずさりしながら震える声で問う。
「『ハッピー・ドリーム』だよ? 対象に、女と酒と金に囲まれる最高の幻覚を疑似体験させるお花なの。平和的でしょ?」
「悪魔の植物ではないかぁぁぁっ!! 騎士の尊厳を! 老後の安らぎをなんだと思っているのだぁぁぁ!」
クラウスは完全に心が折れ、酒場の床に四つん這いになって号泣し始めた。
「あ、お爺さん。これにサインしてくださいな。幻覚のオプションサービス料ですの」
リーザがすかさず、恍惚状態のガウェインに『年金と全財産の譲渡契約書(システム的に有効)』を差し出し、無理やり拇印を押させた。
「やりましたわ! これでこのお爺さんは、毎月わたくしに年金を自動振り込みしてくれる金蔓NPCへとクラスチェンジしましたの!」
「完璧なフラグ回収だ。これでお互いWin-Winだな」
リアンは奪った聖剣カリバーンを魔法ポーチに放り込み、満足げに頷いた。
「さぁ、装備も整ったし金蔓もできた。次は姫の救出(物理)だ。行くぞ」
「はーいリスナーの皆さーん! 今、勇者パーティが高齢者を薬物で眠らせて身ぐるみ剥いで、怪しい植物で洗脳して年金を巻き上げましたー! #勇者のオレオレ詐欺 #老騎士の末路 で拡散よろしくー! 〇〇さん、高額スパチャありがとー! 老後の資金にするね☆」
キュララの容赦ない生配信カメラが、パンツ一丁でヨダレを垂らしながら笑う伝説の老騎士と、その横で絶望の涙を流すクラウスの姿を、全世界へと無慈悲に発信し続けていた。
読んでいただきありがとうございます。
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