EP 13
効率厨のレベル上げ(勇者、他人にヘイトを押し付ける)
はじまりの街の経済をものの五分で完全崩壊させた勇者パーティー(という名の災害集団)は、ついに街の外壁を抜け、魔物たちが徘徊する広大なフィールドへと足を踏み入れた。
青々とした草原。遠くに見える険しい山々。そして、その辺をのんびりと跳ね回る、RPG定番の最弱モンスターであるスライムやゴブリンの姿。
「よし……! ついに私の出番だな!」
アルヴィン侯爵家の嫡男、クラウスが目を輝かせて前に出た。
彼は背中に背負っていた無骨な鉄の大剣を、美しいフォームで引き抜く。ノブリス・オブリージュを信条とする彼にとって、街での非道な振る舞いはトラウマでしかなかったが、魔物退治となれば話は別だ。
「見よリアン! あのゴブリンの群れ、私が正統派の剣術で一網打尽にしてやろう! 弱き民を脅かす魔物たちめ、我が剣の錆となるがいい!」
意気揚々と駆け出そうとするクラウスの襟首を、リアンがガシッと掴んで引き戻した。
「ぐぇっ!? な、何をするリアン!」
「馬鹿野郎。たかがゴブリン数匹倒すのに、いちいち剣なんか抜いて体力を消耗してどうする。原価とリターンの計算ができてないぞ」
リアンは前世の三ツ星レストラン副料理長、あるいは簿記1級の冷徹な目でクラウスを一蹴した。
「はぁ!? 魔物を倒すのに剣を使わずしてどうするのだ!」
「いいか、RTAにおいて、序盤のレベル上げで一番無駄なのは『自分が戦うこと』だ。魔物を倒すのに腕力は要らない。必要なのは頭だ」
リアンはそう言うと、足元に落ちていた手頃な石ころを拾い上げた。
そして、ステータス画面のマップ座標を睨みつけながら、ある一点に向けてゆっくりと構える。
「……マップグリッドのX軸145、Y軸882。このクソゲーの仕様なら、あの岩陰の裏側に『エネミースポーン(魔物湧き)の判定ライン』が密集してるはずだ」
「リアン君、なんかまた悪い顔してるよ?」
キャルルが人参をかじりながらジト目で指摘するが、リアンは止まらない。
「ふっ!」
リアンが放った石ころは、見事な放物線を描いて遠くの岩陰へと飛んでいき――カコンッ、という小さな音を立てた。
次の瞬間である。
ズズズズズズズズ……ッ!!
草原の奥から、地鳴りのような轟音が響き始めた。
「な、なんだ!?」
クラウスが剣を構え直す。
岩陰の奥から姿を現したのは、数匹のゴブリンなどではなかった。ゴブリン、オーク、コボルト、トロール、さらには序盤のフィールドには絶対にポップしてはならないはずの巨大なレッドドラゴンまでが、文字通り「津波」のように押し寄せてきたのだ。
その数、ざっと見積もって五百体。石ころ一つで連鎖的にヘイト(敵対心)がリンクし、フィールド上の全モンスターがリアンたちをターゲットにして大暴走を始めたのである。
「よし、大漁だ。釣れたぞ」
リアンは満足げに頷いた。
「釣れたぞ、ではないわぁぁぁっ!! なんだあの数は! ドラゴンまで混ざっているではないか! 死ぬ! 確実に死ぬぞ!」
クラウスが顔面を蒼白にして絶叫する。
「リアン様! さすがにわたくしたちの初期レベルでは、あんな大群を相手にしたらワンパンで電子の海に沈みますわよ!?」
リーザも芋ジャージの裾を震わせながら半泣きになっている。
「誰が戦うと言った? いいから街まで全力で走れ!」
リアンのその一言で、五人は踵を返し、今出てきたばかりの「はじまりの街」の城門へ向かって猛ダッシュを開始した。
「キャハハハッ! 鬼ごっこだね!」
月兎族のキャルルは100m5秒台の圧倒的な脚力で、余裕のスキップをしながら先頭を走る。
「ちょっとキャルルさん、早すぎますわ! 待って……わたくし、陸上ではそこまで早く走れませんのよー!」
息を切らすリーザの襟首をリアンが掴み、強引に引っ張って走る。
「あはは、魔物さんたち、いっぱいついてくるね〜」
ルナはエルフの魔法でふんわりと宙を浮きながら、背後に迫る魔物の大群に向かって手を振っている。
そして、街の城門まであと数十メートルというところで、リアンは叫んだ。
「飛び込めぇっ!!」
五人は門番のNPC騎士たちが立つ城門の内側――すなわち、魔物が入ってこれない『セーフゾーン(安全地帯)』へと見事にスライディングで滑り込んだ。
直後、城門に押し寄せてきた五百体の魔物大群を前に、門番のNPC騎士たちの頭上に『!』マークが点灯した。
『警告! 街への魔物の侵入を検知! 防衛システムを起動します!』
機械的なシステム音声と共に、街の中から数百人のNPC衛兵たちが湧き出し、魔物の大群との凄惨な総力戦が始まった。
「さぁ、ここからが本番だぞ。お前ら、適当に石を拾え」
城壁の上に陣取ったリアンは、眼下で繰り広げられる血みどろの激戦を見下ろしながら、仲間に石ころを配り始めた。
「……リアン、何を言っている? 早く彼らに加勢を……!」
「バカ言え。あいつらNPCに経験値の概念はない。だが、このゲームの仕様上、パーティメンバーが『一撃でもダメージを与えた敵』が死んだ場合、経験値はこちらに分配される」
リアンは眼下でNPCの衛兵たちから滅多打ちにされ、HPゲージが残りわずかになったオークを見つけると、ポイッと石ころを投げ落とした。
コツン。
石ころがオークの頭に当たった瞬間、オークはポリゴンの破片となって消滅した。
『テテテテッテッテー! リアンのレベルが上がった!』
ファンファーレが高らかに鳴り響く。
「なっ……」
クラウスは絶句した。
「ほら、お前らもやれ。NPCが削った敵にラストアタック、あるいはカス当たりを入れるだけで、俺たちは完全安全圏から莫大な経験値を独占できる。MMO用語で言うところの『MPK』と『横殴り』のハイブリッドだ。これが一番効率がいい」
リアンはまるで三ツ星レストランで下ごしらえの指示を出すかのように、淡々と作業をこなしていく。
「なるほど! つまり、他人に泥水すすらせて、自分だけ甘い蜜を吸うってことですのね! わたくし、そういうの大好きですわ!」
リーザが目をギラギラと輝かせ、お賽銭箱型掃除機を城壁の下へ向けた。
「経験値も! ドロップアイテムも! 全部わたくしのものですのー! 吸い込めぇぇぇ!」
『テテテテッテッテー!』
『テテテテッテッテー!』
『テテテテッテッテー! リーザのレベルが上がった!』
経験値取得のファンファーレが、バグったように連続で鳴り響き始めた。
安全圏である城壁の上で、キャルルが持ち込んだ煎餅をかじりながら石をポイポイと投げ落とす。ルナは「衛兵さんたち、頑張って〜」と呑気に手を振りながら、魔法で小さな石礫を降らせている。
「あーっ! キュララのリスナーのみんなー! 見てるー!? 今ね、無名のNPC騎士さんたちが、命がけで巨大ドラゴンと戦ってくれてるのー! 感動の涙が止まらないよー! よかったら、騎士さんたちへの応援の赤スパ、お願いしまーす☆」
キュララは自撮り棒で凄惨な戦場を背景にしつつ、ちゃっかり自分へのスパチャを要求していた。
「お、お前らぁぁぁっ!!」
クラウスはついに膝から崩れ落ち、血の涙を流して天を仰いだ。
「戦え! 勇者だろうが! なぜ城壁の上で煎餅を食いながら石を投げているのだ!? 眼下で無名の兵士たちが、我々のなすりつけた魔物のせいで次々と命を散らしているではないかぁぁぁ!!」
「気にするなクラウス。あいつらNPCは、三日経てばリスポーン(復活)する」
リアンが冷酷に言い放つ。
「そういう問題ではないっ! 私の……私の追い求めた騎士道は、ノブリス・オブリージュは、こんな……こんな……ゲロ以下の所業ではないはずだぁぁぁっ!」
クラウスの魂からの叫びは、けたたましく鳴り続けるレベルアップのファンファーレにかき消されていった。
開始わずか数十分。
はじまりの街の経済を破壊し、防衛戦力を壊滅状態に追い込んだ勇者一行のレベルは、すでに中盤の適正レベルを軽々と超えようとしていた。




