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EP 12

RPGの常識は、現実の非常識(はじまりの街の経済崩壊)

視界を覆っていた強烈な閃光が収まると、そこは絵に描いたような中世ファンタジーの世界だった。

石畳の街道、赤レンガの屋根、そして牧歌的なBGMがどこからともなく流れてくる。空にはポリゴンの粗さが少し目立つ雲が浮かんでおり、遠くにはいかにも怪しげな魔王城らしきシルエットが見えた。

「システム起動、フルダイブ完了。……ふむ、視覚と嗅覚の再現度は悪くないな」

リアンは自身の体を軽く動かし、遅延ラグがないことを確認する。前世で三ツ星レストランの副料理長として鍛え上げた包丁捌きの感覚も、このアバターに完全に引き継がれているようだ。

「おお……! これが剣と魔法の世界! 風の匂いまで感じるぞ!」

クラウスが感動に打ち震えながら、初期装備であるくすんだ鉄の剣を天に掲げた。

「我がノブリス・オブリージュを果たす時が来た! さぁリアン、まずはあの村長の家らしき立派な館へ向かい、魔王討伐の命を受けようではないか!」

クラウスが熱弁を振るう中、リアンは全く別の方向へと歩き出していた。

「おい、何をしているリアン! そっちはただの民家だぞ!」

「あ? チュートリアルの会話なんて時間の無駄だ。RTAリアルタイムアタックの基本は、初動の物資調達だろうが」

リアンは一切の躊躇なく、目の前にある民家の木扉を蹴り破った。

「お邪魔するぞ」

家主であるNPCの老婆が「ヒィッ!?」と悲鳴を上げるのを完全に無視し、リアンは部屋の隅に置かれていた素焼きの壺を次々と蹴り砕き始めた。ガシャァン! と小気味よい音と共に、中から『薬草』や『銅貨3枚』が転がり出る。さらに寝室へズカズカと上がり込み、タンスを勝手に開けて『布の服』をひっぱり出した。

「リ、リアン君? 他所のお家に入って、物を壊しちゃ駄目だよ?」

ルナがふんわりとした笑顔のまま、首を傾げて指摘する。植物を愛する彼女にとって、自然の土から作られた壺が理不尽に砕かれるのは少し心が痛むらしい。

「何言ってんだルナ。いいか、これはRPGの絶対的な基本ルールだ。壺があれば割る。タンスがあれば開ける。他人の家の財産は勇者のもの。これが世界の真理だ」

リアンは微塵も悪びれることなく、奪い取った銅貨を魔法ポーチに放り込んだ。

「そうですわよ! 勇者の務めは、平民の富を正しく再分配(わたくしの懐へ)することですの!」

リアンの外道な理論に、元シーラン国の第一王女にして現・守銭奴地下アイドルのリーザが激しく同意した。

彼女は民家の奥を物色し、中世ファンタジーの世界観には絶対に存在してはならない代物を発見した。

「……ねぇ、なんでこの中世の民家に、最新型のデスクトップPCが置いてありますの?」

「ルチアナの奴、フリー素材の3Dモデルを適当に配置してアセットフリップ(手抜き制作)しやがったな……」

リアンが呆れ返る中、リーザの瞳に『Love & Money』の狂気が宿った。

「まぁいいですわ! ネットワークが繋がっているなら、こっちのものですの!」

リーザは目にも留まらぬブラインドタッチでNPCのパソコンをハッキングし始めた。

「フフフ……ありましたわ、オンラインバンキング! このNPCのお婆さん、無駄に優良企業の株と定期預金を持っていますのね……全部解約して、わたくしの口座に送金! はい、全財産没収ですのー!」

カタターン! とエンターキーを叩き(ターンッ!というSE付き)、リーザはNPCの老後の資金を電子の海から完全に奪い去った。

「き、貴様らぁぁぁっ!!」

クラウスが頭を抱えて絶叫した。

「なんて卑劣な! これが勇者のやることか! 貴様らの血にはノブリス・オブリージュの欠片も流れていないのか! これでは魔王軍の先兵と同じではないか!」

「クラウス君、うるさい。今いいところなの」

キャルルが特注の安全靴でクラウスのすねを軽く(とはいえ常人なら骨折する威力で)蹴り飛ばす。キャルルはどこから出したのか、ポケットに入れていた人参味の飴玉を舐めながら、泥沼恋愛小説の続きを読みふけっていた。

「もうリアン君とリーザちゃんがサタンだよぉ。魔王もドン引きの所業だね」

「わーお! リスナーの皆さーん! 今、勇者パーティーが開始三分で窃盗とサイバー犯罪に手を染めてまーす! #勇者の強盗 #はじまりの街殲滅戦 でトレンド入り狙うよー! あ、〇〇さん、赤スパ一万円ありがとー! キュララ、もっと悪いことしちゃうぞ☆」

キュララがスマホを構え、その非道な行いを全世界ゴッドチューブに向けて嬉々として生配信している。

「チッ……」

リアンは奪った銅貨と薬草をインベントリで確認し、舌打ちをした。

「やっぱり個人の家をチマチマ漁っててもシケてるな。こんな小銭じゃ、強力な武器もポーションも揃えられない。おいリーザ、そのお賽銭箱型掃除機で、街全体を吸い込んでみろ」

「分かりましたわ! お任せくださいの!」

リーザは自身のユニークスキルである『お賽銭箱型掃除機』を構え、スイッチを最大出力(ダイ○ンも真っ青の吸引力モード)に切り替えた。

「五円! 御縁! ハイッ! 吸い尽くしますわよー!」

掃除機が鼓膜を破るような轟音を立てる。

その瞬間、民家の家具はもちろん、外の立て看板、荷車、街灯、さらには足元の石畳に至るまで、街を構成するあらゆるオブジェクトが凄まじい勢いで掃除機の中へ吸い込まれ、チャリチャリーン! という軽快な音と共にシステム上の『Gゴールド』へと変換されていく。

「あああああ! 私の家が! 街がぁぁぁ!」

NPCの村人たちが、更地となっていくはじまりの街を見て絶望の悲鳴を上げている。

「うぅ〜ん……」

しかし、リアンはステータス画面の所持金を見て、まだ納得がいかない様子で腕を組んだ。

「オブジェクトの換金率が悪すぎる。これじゃあ街を三つ消し飛ばしても最高級装備には届かない。……ルチアナのクソコードなら、絶対にアレがあるはずだ」

リアンは更地になった街の端、マップの境界線にあたる見えない壁(ポリゴンの接合部)へと歩み寄った。そしてインベントリからスコップを取り出すと、壁に向かって不自然な角度で穴を掘り始めた。

「リアン君? さっきから何をやってるの?」

キャルルが小説から顔を上げ、不思議そうに尋ねる。

「いいから見てろ。今、アイテムの『状態保存メモリ』と『当たり判定コリジョン』の境界を探ってるんだ」

前世での簿記1級の計算力と、幾多のクソゲーをRTAで破壊してきたゲーマーとしての勘。

リアンは掘った穴の特定の座標に向けて、インベントリから『薬草』をドロップした。薬草は地面に落ちる直前、ポリゴンの隙間に挟まってガクガクと不自然な振動を始めた。

「よし、ここだ」

リアンは薬草を回収し、今度は先ほど民家から奪った『金貨1枚』をそのポイントに正確に落とした。

そして、しゃがみ込み、拾うボタンとインベントリを開くボタンを特定のフレーム(0.01秒の隙間)で同時押しする。

チャリッ。

拾ったはずの金貨がインベントリに入り、同時に地面にも金貨が残っている。

インベントリの金貨が『2枚』になった。

「よしよし。見つけたぞ、アイテム増殖バグ(デュプ)だ」

リアンは悪魔のような笑みを浮かべた。

「なっ……無から有を生み出しただと!? そんな錬金術が……!」

クラウスが驚愕に目を見開く。

「錬金術じゃない。ただのメモリの二重参照だ。さぁ、ここからは倍々ゲームだぞ」

リアンは無表情のまま、凄まじい指の速度でドロップと回収を繰り返した。

2枚が4枚に。

4枚が8枚に。

16、32、64、128、256……。

チャリチャリチャリチャリチャリチャリチャリチャリッ!!!

わずか数分の間に、インベントリの金貨の数はカンスト上限の『99,999,999 G』に到達した。溢れ出した金貨は物理的なオブジェクトとして地面に降り注ぎ、瞬く間にはじまりの街を黄金の山へと変えていく。

「や、やったー! さすがリアン様ですわ! これでわたくし、一生遊んで暮らせますの!」

リーザが金貨の山にダイブして歓喜の涙を流す。

しかし、その直後だった。

システムのアナウンスが虚空に響き渡った。

『警告:市場への過剰な通貨供給を検知しました。はじまりの街の経済システムを調整します』

その瞬間、生き残っていたNPCの武器屋や道具屋の看板の文字が、バグったように書き換わった。

『ひのきの棒:100,000,000 G』

『ただのパン:50,000,000 G』

「……あ」

リーザの顔からサァッと血の気が引いた。

「通貨の総量がバグって、システムが強制的にハイパーインフレを起こしたな。ジンバブエも真っ青の物価崩壊だ」

リアンは呆れたように肩をすくめた。

「リアン! 貴様のせいでこの街の経済は完全に死んだぞ! パン一つ買うのに荷車いっぱいの金貨が必要ではないか! これでは誰も生きていけぬ!」

クラウスが涙声で叫ぶ。はじまりの街のNPCたちは、もはや絶望して地面に突っ伏し、ピクピクと痙攣していた。

「問題ない。俺のインベントリはカンストしてるから、ひのきの棒くらいは買える。経済なんてものはな、回す奴がいれば勝手に直るんだよ」

リアンは冷酷な現実主義者の顔で言い放った。

「リアン君……本当に、魔王より悪い顔してるよ」

キャルルが呆れたように呟く。

「さて、金は手に入った。次はレベルを上げるか」

リアンは振り返り、街の外に広がる草原――魔物たちが徘徊するフィールドへと視線を向けた。その瞳には、次なる破壊(バグ利用)の光がギラギラと輝いていた。

読んでいただきありがとうございます。

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