EP 11
芋ジャージの女神とクソゲーの幕開け
ルナミス学園、Sクラス特別教室。通称『タコ部屋』。
そこは、帝国が誇る規格外の天才、あるいは単なる特級の変人たちが集められたカオスな空間である。
放課後の斜陽が差し込む教室の窓際で、リアン・シンフォニアは深く、ひたすらに深いため息をついた。
(前世は三ツ星レストランの副料理長。過労で死んで、せっかく男爵家の子息に転生したってのに……どうして俺の周りにはこう、頭のネジが吹き飛んだ奴らしかいないんだ?)
リアンの視線の先では、日常という名の狂気が繰り広げられていた。
「フッ! ハッ! シィィッ!」
教室のど真ん中で、大剣の素振りをしているのはアルヴィン侯爵家の嫡男、クラウス。滴る汗を拭いもせず、「ノブリス・オブリージュ……!」などとブツブツ呟きながら、ひたすら正統派の剣術フォームを確認している。実戦でリアンに金的を蹴り上げられたトラウマからか、下段へのガードが無意識に固くなっているのが涙ぐましい。
「……はむっ。もぐもぐ。今日のパンの耳は、少しパサついてますわね。でも、タローソンで貰ったマヨ・ハーブをかければ立派なご馳走ですの」
教室の隅では、元シーラン国の親善大使であり、現在は落ちぶれ地下アイドルの人魚姫・リーザが、芋ジャージ姿でタッパーに詰めたパンの耳と茹で卵を齧っていた。彼女の足元には、なぜか公園で摘んできたと思われる雑草が添えられている。
「あはは、リーザちゃん。お野菜が足りないなら、私が世界樹の力で高級メロンを生成してあげようか? ほら、この床のタイルを突き破って……」
「やめろルナ。学園の修繕費が俺たちの学費に上乗せされるだろ」
天然の笑顔で床から大樹を生やそうとするエルフの次期女王ルナを、リアンが即座にツッコミで制止する。
「バリッ、ボリッ。ふふっ、朱雀がまた玄武を煽って……ガオガオンの社内恋愛、ドロドロすぎて最高だね」
教卓に腰掛け、特注の安全靴をぶらつかせながら煎餅を齧っているのは、ポポロ村の村長にして月兎族の姫君、キャルル。手には愛読書の泥沼恋愛小説が握られている。
「はーいリスナーの皆さーん! 今日もSクラスから突撃生配信、キュララだよー! キャー! 今月も家賃がヤバい底辺アイドルがパンの耳食べてるよー! 同情の赤スパお願いしまーす☆」
「ちょっと泥棒猫!? わたくしの不幸コンテンツでスパチャを稼ぐんじゃありませんわ! そのお金はわたくしの『Love & Money』ですのよ!」
下級天使のゴッドチューバー・キュララがスマホのカメラを回し、それに気づいたリーザがお賽銭箱型掃除機を構えて飛びかかる。
これが、リアンの日常だった。
自身の持つユニークスキル【ネット通販】が国家にバレて、「24時間物資を吐き出す自動販売機」にされることを恐れるリアンにとって、この目立つクラスは本来なら避けるべき場所だ。しかし、この規格外の連中を放っておけば、ルナミス帝国どころかアナステシア世界そのものが物理的、あるいは経済的に崩壊しかねない。
リアンが頭痛を堪えてこめかみを揉んでいると、ガラッ! と無作法に教室の引き戸が開かれた。
「おっす、お前ら。青春してる〜?」
現れたのは、神々しさなど微塵も感じさせない女だった。
着古したピンク色の芋ジャージ。足元にはドンキで売っていそうなイボイボの健康サンダル。手にはピアニッシモ・メンソール。
世界神(第3種惑星神格公務員)にして、永遠の17歳を自称する女神ルチアナである。
「何だ、ルチアナか。また神界の仕事をサボって下界に遊びに来たのか? 何の用だ」
リアンが冷ややかな塩対応で返す。
「塩対応だこと〜。リアンきゅん、もっと女神様を敬っていいのよ?」
ルチアナは健康サンダルをペタペタと鳴らしながら教卓へと歩み寄り、キャルルから煎餅を一枚ひったくって齧った。目の下には、ひどいクマができている。
「お前、またエンジェルすまーとふぉんのクレカ限度額、飛ばしたな?」
「……うっ。だ、だって! 月人君のドームツアーのプレミアムチケットがどうしても欲しくて! あと、ラスティアと一緒に投げ銭バトルしてたら、いつの間にか限度額の100万に到達してて……リボ払いの通知が止まらないのよぉ!」
ルチアナは頭を抱えてしゃがみ込んだ。神格公務員とは思えぬ、生々しすぎる金欠の叫びである。
「自業自得だ。俺はお前にお金を貸す気はないぞ。俺の小遣いは自作のANFO爆薬の材料費で消えるからな」
「リアン君、中学生が爆薬の材料費でお小遣い溶かすのも大概だと思うよ?」
キャルルが的確なツッコミを入れるが、リアンは無視した。
「お金なんて貸してくれなんて言わないわよ! 私はね、クリエイターとして一山当てることにしたの!」
ルチアナは立ち上がり、ジャージのポケットから黒く輝くキューブ状の魔道具を取り出した。
「ちょっと面白い箱庭の世界を作ってきたんだから、お前ら、テストプレイしてみない? ゴッドチューブのゲーム実況枠でバズらせて、広告収入で借金を完済する完璧な計画よ!」
「……どんな世界を作ってみたんですか?」
パンの耳を飲み込んだリーザが、胡乱な目を向けた。
「よくぞ聞いてくれました! いやあ、私クレカの残高もヤバいから、このゲームで絶対に当てなきゃいけなくて……ズバリ! 『剣と魔法の世界』ね! 勇者と愉快な仲間達が、魔王に囚われてるお姫様を助けるって言う、王道にして至高のRPGゲームよ!」
ルチアナがドヤ顔で言い放った瞬間、教室の空気がスッと冷えた。
「……お前、バカなのか?」
リアンは心底呆れた声を出した。
「それ、ありきたりすぎるだろ。40年前のテンプレートかよ。さては、お前、有名どころのインディーゲームのソースコードをパクって、適当にガワだけ変えて売るつもりだな?」
前世で原価計算とコストパフォーマンスを叩き込まれたリアンの目は誤魔化せない。
「ち、ちちちちがうわよ! 自由度が違うんだから! NPCのAIも最新式だし、フルダイブ型の完全没入システムなんだからね!」
ルチアナは図星を突かれたのか、顔を赤くして反論する。
「まぁ、実際にプレイしてみない事には、パクりかどうかの判定もできませんね」
ルナがふんわりとした笑顔で、えげつないことを言う。
「そうだな」
素振りをやめたクラウスが、大剣を背中に納めて目を輝かせた。
「囚われの姫君を救い出し、魔王を討つ……。これぞ騎士の誉れ! ノブリス・オブリージュの真髄! 私の正統派剣術を試すには、これ以上ない舞台だ。付き合おうではないか!」
「仕方ないですね。暇つぶしにはなりそうですし、やってみますか」
キャルルが安全靴の踵をトントンと鳴らしながら立ち上がる。
「あーっ! キュララも行くー! リスナーさーん、今からキュララの突撃異世界・生配信始まるよー! チャンネル登録と高評価、よろしくねー! キャー! 赤スパありがとー!」
キュララがスマホを片手にウインクを決める。
「チッ、だから早く行きますわよ! 泥棒猫! そのゲームの世界にある宝箱の中身、全部わたくしが換金してやるんですの!」
リーザがお賽銭箱型掃除機を抱え、血走った目でルチアナに詰め寄る。
「は〜い、五名様ご案内〜! タイトルは『サタンクエスト』! いざ、夢と冒険のテストプレイへ、ダイブ!」
リアンの「おい、俺はまだ行くとは言って——」という抗議の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
ルチアナが満面の笑みで指パッチンを鳴らした瞬間。
教室は目も眩むような強烈な閃光に包まれ、リアンたちSクラスの5人は、ルチアナが構築したバグだらけの箱庭世界へと強制転送されていったのだった。
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