EP 7
アビス怪人の巨大化と、お約束の死亡フラグ(メタ視点)
「さーて、珍獣ちゃん! 今日もいっぱいいじめて、スパチャ稼いじゃうぞーっ♡」
「フハハハッ! さぁ、現金のなる木よ! 私たちのために必死にもがき苦しむ姿を全世界に配信して差し上げますわ!」
ルナミス学園男子寮、タコ部屋。
キュララとリーザの【えげつない資本主義コンボ(生配信)】は、数日にわたり、小さなアビス怪人を徹底的に搾取し続けていた。
だが。
本日の「珍獣ちゃん」の様子は、明らかに今までと違っていた。
『……』
プラスチックの安い虫かごの中で、怪人はピタリと動きを止めていた。
割り箸でつつかれても、雑草を押し付けられても、いっさい反応しない。
ただ、その漆黒の身体の表面には、ドクン、ドクンと、不気味な赤黒い脈動が走っていた。
「あら? どうしましたの、この虫。……まさか、ストレスで死んじゃいましたの!?」
リーザが慌てて虫かごを覗き込む。
「だ、ダメですわ! まだ今月の目標額に達していませんのに! ほら、起きなさい! 働け、働くんですのよ!」
リーザが虫かごをバンバンと叩いた、その瞬間である。
ピキッ……!
虫かごのプラスチックに、亀裂が走った。
いや、違う。亀裂が入ったのは虫かごだけではない。タコ部屋の床、壁、そして学園の地下深くを流れる『魔脈』そのものが、異常な悲鳴を上げ始めたのだ。
『……愚カナ……人間ドモメ……』
虫かごの中から、地獄の底から響くような、重低音の怨嗟の声が漏れ出した。
キュララのスマホカメラが、ノイズ混じりにその様子を映し出す。
「ひっ……!? な、なにこれ、虫が喋っ……!?」
キュララがスマホを落としそうになる。
『貴様ラノ……浅マシイ欲望ト……俺様ニ与エタ屈辱……。ソシテ、コノ大地ニ眠ル膨大ナ魔力……!! 全テヲ喰ラッテ、今コソ深淵ノ王ガ復活スル……ッ!!』
バァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
次の瞬間。
タコ部屋のテーブルに置かれていた虫かごが、内側からの凄まじい爆発的膨張によって、木っ端微塵に吹き飛んだ。
「きゃあああああっ!?」
「な、なんですの!?」
暴風に吹き飛ばされ、床に転がるヒロインたち。
そして、彼女たちの目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。
虫かごから解放されたアビス怪人の身体が、まるで風船に規格外の空気を送り込まれるように、ギュルギュルギュルッ! と凄まじい勢いで巨大化を始めたのだ。
人間サイズ(2メートル)をあっさりと超え。
タコ部屋の天井(3メートル)をメキメキと突き破り。
さらに男子寮の屋根を吹き飛ばし、その成長は止まらない。
ズゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
ルナミス学園のグラウンドに、巨大な影が落ちた。
濛々と立ち込める土煙と瓦礫の中から姿を現したのは——
身長50メートルは優に超えるであろう、超巨大な漆黒の化け物。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』
周囲の雲を吹き飛ばすほどの、凄まじい咆哮。
それこそが、学園の魔脈エネルギーと、ヒロインたちから与えられた極限のストレス(ヘイト)をすべて吸収し、限界突破を果たした【超巨大アビス怪人】の真の姿であった。
「あ……あわわわわわわ……っ」
「嘘……でしょ……。あんなの、勝てるわけない……っ」
屋根が吹き飛び、青空が丸見えになったタコ部屋の跡地で。
リーザとキュララは、見上げるほどに巨大な化け物を前にして、完全に腰を抜かしていた。
自分たちが「現金のなる木」としていたオモチャが、学園全体を完全に消し飛ばせるほどの破滅的災害(章ボス)だったと、今更になって理解したのだ。
『見下ロシテヤル……! 貴様ラヲ、見下ロシテヤルゾォォォッ!!』
巨大アビス怪人は、空を覆うほどの巨大な触手を振り上げ、眼下のタコ部屋(Sクラスの面々)に向けて、復讐の狂笑を上げた。
『散々、俺様ヲ小バカニシテクレタナ! スプレーデ縮小サセタ恨ミ! 虫カゴニ入レテ見世物ニシタ恨ミ! 今ココデ、貴様ラSクラスノ連中、一人残ラズ皆殺シニシテヤルゥゥゥゥッ!!』
絶体絶命の危機。
誰もが死を覚悟し、恐怖に顔を引きつらせる、パニック映画のクライマックスのような状況。
だが。
崩れ落ちたデスクの残骸の影から。
「……あーあ。だから言っただろ。得体の知れない負債を勝手に抱え込むなって」
パンッ、パンッと。
ジャージの土埃を手で払いながら、我らがCFO、リアン・シンフォニアが、極めて面倒くさそうな顔をして立ち上がった。
彼は、見上げるほどに巨大な怪人を前にしても、全く動じていなかった。
それどころか、呆れ果てたような、冷ややかな視線を怪人へと向けている。
「おい、アビスとか言ったか」
リアンは、腕を組みながら、巨大怪人に向かって冷徹に言い放った。
「お前……巨大化したのかよ」
『ン? ナンダト? コノ圧倒的ナ巨体ト力ヲ前ニシテ、恐怖デ頭ガオカシクナッタカ!?』
「いや、逆だ」
リアンは、首の後ろをガシガシと掻きながら、深い、深いため息をついた。
「俺の前世の知識……『特撮』の絶対的なセオリーにおいて。敵の巨大化ってのはな……確実な【死亡フラグ】なんだよ」
『……ハ?』
アビス怪人は、意味が分からず巨大な目をパチクリとさせた。
「考えてみろ。無駄にデカくなれば、それだけエネルギーの消費効率(燃費)は最悪になるし、的はデカくなるし、小回りは利かなくなる。……経営的に見れば、ただの見栄で無駄な設備投資(巨大化)をして、維持費で自滅(倒産)していく三流企業の典型だ。……お前、自分の首を絞めてることに気づいてねぇのか?」
リアンの口から飛び出したのは、圧倒的な恐怖を前にしたヒーローの啖呵ではなく。
徹頭徹尾、メタ的かつ経営学的な【事実陳列罪】であった。
『グ、グヌヌヌヌッ! モトモト貴様ガ、便所デ俺様ヲ縮メタンダロウガァァァッ!! 減ラズ口ヲ叩クノモ今ノウチダ! 潰レロォォォッ!!』
図星を突かれて(?)激怒したアビス怪人が、巨大な足を持ち上げ、リアンたちを踏み潰そうと振り下ろしてくる。
「みんな、リアンから離れろ!!」
ズバァァァァァンッ!!
そこに、紫色の雷光を纏った金髪の騎士、クラウス・アルヴィンが飛び出した。
彼の振るった【紫電の魔剣】の奥義が、怪人の足元に直撃する。
「うおおおおおっ!! 悪しき魔物よ、僕の剣で——!」
キンッ!!
……しかし。
クラウスの全力の斬撃は、怪人の分厚い足の爪(の先っぽ)にほんの少し傷をつけただけで、弾き返されてしまった。
「なっ……!?」
クラウスが驚愕に目を見開く。
「ダメだよクラウス君! 敵がデカすぎて、物理的に刃が届かない!!」
キャルルがトンファーを構えながら悲痛な叫びを上げる。
そう。リアンがいくら「死亡フラグ」だとメタ的なツッコミを入れようが、現実問題として、50メートルの化け物を前にしては、人間サイズの剣士や格闘家では【物理的なリーチ】が絶望的に足りないのだ。
足首をチクチク攻撃したところで、倒すまでに学園が完全に火の海になってしまう。
『ガハハハハハッ!! 届クマイ! 貴様ラノ下等ナ武器ナド、コノ巨体ニハ爪楊枝同然ダ!!』
再び触手を振り上げ、今度こそ学園全体を消し飛ばそうとする巨大怪人。
クラウスも、キャルルも、成す術がない。
完全に詰み(デフォルト)の盤面。
だが。
「……いいえ」
Sクラスのヒロインたちの中で、ただ一人。
エルフの次期女王たるルナだけが、全く絶望していなかった。
むしろ、彼女の瞳は、静かな、しかし圧倒的な【自信】に満ち溢れていた。
ルナは、リアンの横にスッと進み出ると、優雅にお辞儀をした。
「リアン君。物理的に大きい相手には、こちらも『物理的に大きいモノ』で対抗すればいい……。経営における、資本のぶつかり合い(M&A)の基本ですわね?」
「……お? おう、まぁそうだが……ルナ?」
リアンの嫌な予感(CFOの直感)が、激しく警報を鳴らし始める。
「ふふっ。わたし達が大切にしてきたこの学園(居場所)……絶対に、あんな虫ケラには壊させませんわ!」
ルナは、胸の奥底に秘められた、世界樹の次期女王としての規格外の魔力を完全に解放した。
そして、手にした『世界樹の杖』を、天高く、高らかに掲げたのである。
「お任せくださいませっ♡ ルナミス学園・防衛システム……【緊急・強制リンク】!!」
カッ!!!!
ルナの杖の先から、目を開けていられないほどの強烈なエメラルドグリーンの光が放たれ、学園の地下魔脈へと突き刺さった。
次の瞬間。
アビス怪人の巨大化とは全く質の違う、規則正しく、そして機械的な『重低音』が、学園の敷地全体から響き渡り始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!
「な、なんだ!? 今度は何が起きるんだ!?」
クラウスが体勢を低くして周囲を見回す。
「……おいおい、嘘だろ」
リアンは、足元から伝わる振動と、目の前で『変形』を始めた学園の校舎を見て、完全にポカンと口を開けていた。
アビス怪人の巨大化という理不尽。
それに対するSクラスのアンサーは、さらに斜め上を行く、超次元のトンデモ展開(ロボット化)であった。
絶体絶命のグラウンドに、なろう系最強の腹筋崩壊バトルが、今、産声を上げようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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