EP 6
得体の知れない負債と、生還したCFOの警告
「ピキュッ……ピ、ピキュゥゥゥゥッ……!」
ルナミス学園男子寮、タコ部屋。
テーブルの中央に置かれたタローマン製の安いプラスチック虫かごの中で、5センチサイズにまで縮小されたアビス怪人は、今日も今日とて屈辱に塗れていた。
「あははっ! 見て見てルナちゃん、この喋る虫、また割り箸に噛み付いてきたよ!」
「ふふっ、本当に元気な珍獣ですわね。キャルルさん、あまりいじめては可哀想ですわ。ほら、お水と雑草をお食べなさい」
月兎族のキャルルが割り箸で怪人をつつかい回し、エルフのルナが虫かごの隙間からスポイトで水を垂らす。
その様子を、キュララがスマホでゴッドチューブに生配信し、リーザが空中に浮かぶスーパーチャットの金額を電卓で弾きながら「ヒヒヒ……」と強欲な笑みをこぼしている。
『(おのれ、おのれおのれおのれぇぇぇっ! 宇宙の覇者たるこの俺様を、ペット感覚で玩ぶとは……! この屈辱、万死に値するぞ人間どもォォッ!)』
怪人が心の中でどれだけ呪詛を吐こうが、声帯まで縮小された今の彼から出るのは「ピキュゥゥ!」という愛らしい鳴き声(火花付き)だけである。
リスナーからは「怒った顔もたまらん♡」「赤スパ投げるからもっとつつけ!」と、さらなるお布施が飛び交っていた。
そんな、Sクラスの平和(?)でえげつない資本主義的日常が繰り広げられていた、その時。
ガチャッ。
タコ部屋の重い扉が、ゆっくりと開いた。
「……ふぅ。どうやら、長きにわたる『監査(死闘)』は、無事に終わったようだな」
そこに立っていたのは、数時間ぶりにトイレの個室から生還を果たした、我らがSクラスのCFO・リアン・シンフォニアであった。
その顔は、魔界二郎系ラーメンの暴力的なカロリーと魔界ニンニクの暴威を完全に排出したことで、憑き物が落ちたようにスッキリとしている。しかし、度重なる『大地の呼び声』により、少しだけ頬がこけて青ざめていた。
「あっ、リアン! おかえりーっ!」
キュララが配信をミュートにして、ぶんぶんと手を振る。
「リアンさん、無事で何よりですわ! さぁ見てくださいませ、この特大の黒字を!」
リーザが、自慢げにテーブルの上の虫かごを指差した。
「……あ?」
リアンは、よろける足取りでテーブルに近づき、虫かごの中を覗き込んだ。
中には、黒くてウネウネした触手を持つ、カブトムシ大の得体の知れない生物が、割り箸を抱え込んでギリギリと睨み返してきている。
「なんだ、このキモい虫は。……どっかで見たような気もするが」
リアンは、先ほどトイレで殺虫剤をぶっかけた『宇宙の覇者』の顔など、腹痛の極限状態であったため全く覚えていなかった。彼にとってあれは、ただの「排泄を邪魔したデカいゴキブリ」程度の認識でしかなかったのだ。
「学園の廊下で捕まえたんですの! これを配信に乗せたら、リスナーたちが『キモカワだ!』って大喜びして、スパチャが止まりませんのよぉぉっ! まさに現金のなる木ですわ!!」
リーザが興奮気味にまくしたてる。
だが。
リアンは虫かごをジッと見つめたまま、ゆっくりと、極めて険しい【経営者の顔つき】へと変わっていった。
「……おい。お前ら、こいつを一体なんだと思ってる」
「え? 喋る珍獣……でしょ?」
キュララが不思議そうに首を傾げる。
「バカ野郎。よく見ろ」
リアンは、虫かごを指差して冷徹に告げた。
「こんなおぞましい瘴気を放つ生物が、その辺の廊下に自然発生するわけがねぇ。……こいつからは、微弱だが確かな『深淵の魔力』の波長を感じるぞ。……お前ら、得体の知れない【野生の魔物】を勝手に拾ってきて、部屋の中で飼ってやがるのか」
「えっ……ま、魔物?」
ルナが、少しだけ不安そうにリアンを見る。
リアンは、呆れ果てたように深くため息をついた。
「いいか、お前ら。……リスク(危険性)が算定できない『正体不明の資産』を抱え込むのは、企業経営において絶対にやってはいけない【三流の悪手】だ」
リアンは、CFOとしての絶対的なルール(事実陳列罪)をヒロインたちに突きつけた。
「今、こいつが小銭を稼いでくれているからといって、将来的にどんな被害(赤字)をもたらすか分からない。……『オフバランス取引(帳簿に載らない隠れ負債)』ってやつだ。万が一、こいつが毒でも吐いてお前らが怪我をしたら、その治療費と休業損害で、稼いだ小銭なんて一瞬で吹き飛ぶんだぞ」
リアンは、虫かごをゴミ箱に放り込もうと手を伸ばした。
「こんな爆弾、さっさと学園の魔獣処理班に引き渡すか、燃やして捨てるぞ」
「あーーーっ!! ダメですわリアンさん!!」
リーザが、虫かごに覆いかさばるようにして死守した。
「まだです! まだこの珍獣からは、数万ルナ(円)単位の利益を絞り取れますの! 経営者なら、使えるアセット(資産)は最後までしゃぶり尽くすのが基本でしょう!?」
「そうだよリアン! こんなちっちゃい虫が、私たちに危害を加えられるわけないじゃん!」
キュララもリーザに同調し、スマホを盾にしてリアンに抗議する。
「……」
クラウスも腕を組みながら、「まぁリアン、君は少し心配性すぎやしないか? 僕の剣があれば、万が一こいつが暴れても一刀両断だ」と余裕の笑みを浮かべていた。
リアンは、完全にカネ(目先の利益)と平和ボケに目が眩んだ社員たちを見て、やれやれと首の後ろを掻いた。
「……チッ。分かったよ。だが、俺は警告したからな」
リアンは、引き出しから胃薬を取り出しながら、冷ややかな声で言い捨てた。
「その『見えない負債』が特大のデフォルト(爆発)を起こしても、俺は知らねぇぞ。……まぁ、いざって時の『損害保険』の計算だけは、俺が裏でやっておいてやるがな」
リアンはそう言って、自身のデスクへと戻り、冷えた胃腸を休めるために白湯をすすり始めた。
「もー、リアン君はいつも大袈裟なんだから!」
「ほーら珍獣ちゃん、お水だよー!」
ヒロインたちはリアンの警告を軽く流し、再びアビス怪人の「キモカワ配信」へと戻っていった。
——だが。
最強のCFOであるリアンの【リスク管理の嗅覚】は、決して間違っていなかったのである。
『(……ククククク。愚かな人間どもめ。あの男の直感は鋭いが、時すでに遅し、だ……!)』
タコ部屋の喧騒の中。
誰にも気づかれないように、虫かごの中のアビス怪人は、その細い触手の先を、プラスチックの底の『スリット(通気口)』から、タコ部屋の床板へと静かに、そして深く突き刺していた。
ルナミス学園の地下には、膨大な魔力が流れる【巨大な魔脈(ドラゴン・脉)】が存在する。
アビス怪人は、ヒロインたちに割り箸でつつかれ、屈辱的な見世物にされているフリをしながら。
その実、床板を通じて学園の魔脈に直接アクセスし、底なしの【魔力エネルギー】を自身の小さな体へと、ギュルギュルと猛烈な勢いで吸い上げ続けていたのだ。
『(吸える……! 吸えるぞ……! この学園の地下には、俺様が元の姿……いや、それ以上に【巨大化】するための、極上の魔力が眠っている……!)』
アビス怪人の小さな瞳が、ドス黒い復讐の炎でギラリと輝いた。
『(笑っていられるのも今のうちだ、Sクラス! 俺様のストレスと、この大地から吸い上げた魔力が【臨界点】に達した時……! 貴様らのその薄っぺらい日常ごと、この学園を完全に踏み潰してやる……ッ!!)』
「ちっちゃくてキモカワ〜♡」と呑気に笑うヒロインたち。
そして、その足元で密かに、しかし確実に育っていく【規格外の破滅(章ボス)】。
日常の裏に潜む、取り返しのつかない特大の負債(巨大化フラグ)は、爆発の時を今か今かと待ちわびていたのである。
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