EP 30
ファミレス大決算と、逃げ出す主人公のメロンソーダ
「古代兵器の完全解体、および今月の特大黒字を祝して……乾杯だ!!」
ルナミス学園の近隣にある庶民派魔導ファミリーレストラン『サイゼリオン』。
貸し切り状態にされたフロアに、Sクラスの面々による盛大なグラスの音が鳴り響いた。
テーブルの上に所狭しと並べられているのは、特大ハンバーグ、高級リブロースステーキ、山盛りのピザに、期間限定の幻獣パフェ。
ファミレスとはいえ、これだけの量を頼めばとんでもない金額になるはずだが、本日のSクラスに『赤字(支払い)』の心配は一切ない。
「はーい、みんなお疲れ様〜っ♡ ゴッドチューブのリスナーのみんなも、メガ・スーパーチャット本当にありがとねっ! 今日の打ち上げ代、全部みんなの奢りだよっ☆ ちゅっ!」
転入生の天使・キュララが、空中のスマホカメラに向かってウインクを飛ばし、魔導レジのQRコードで一瞬にして数万ルナ(円)の会計を済ませてしまったのだ。
「あぁぁっ……! お肉! 本物のお肉ですわぁぁっ!!」
リーザが、ステーキを両手で掴みながら、滝のような涙を流していた。
「キュララ様! いえ、キュララ様の財布の皆様! このリーザ、一生皆様の資本力についていきますわぁぁっ!!」
「こらリーザ先輩、汚い食べ方しないでよ! あと、こっそりタッパーにピザを詰めるのやめなさい!」
キャルルがウサ耳をパタパタさせながら、リーザの強欲な持ち帰りを阻止しようとツッコミを入れている。
「はははっ! 今日はキュララ嬢の奢りだ、遠慮なくいただこうじゃないか!」
クラウスも豪快に笑いながら、ドデカい骨付き肉にかぶりつく。
戦いを終え、すっかり『オフ』の顔になったSクラスの面々。
その騒がしくも温かい宴会の中心で、CFOであるリアン・シンフォニアは、一人静かにウーロン茶をすすりながら、フーッと息を吐いていた。
「……やれやれ。激務の後のウーロン茶は胃に染みるな」
経営者として、戦闘中の極限のプレッシャーから解放された今、リアンはただ静かに疲労を癒やしたかった。
——しかし、そんな彼に平穏な時間が許されるはずもなかった。
「リアーんっ♡ はい、あーんっ!」
不意に、リアンの右腕に柔らかい感触が押し付けられた。
完全にリアンに惚れ込み(デレて)、インフルエンサーとしてのあざとさをすべて『リアンへのアピール』に全振りし始めたキュララである。
彼女は、フォークに刺した熱々のハンバーグを、リアンの口元にグイッと突き出してきた。
「ほらほら、今日はいっぱい指揮してくれてありがとねっ! キュララからの、特別ご褒美なんだからっ♡」
「……いや、自分で食うからフォークをしまえ。肉汁がジャージに垂れるだろ」
リアンが面倒くさそうに顔を背けようとした、その時である。
「キュララちゃん。リアン君は戦闘で頭を使いましたから、今はもっと消化に良くて、栄養バランスの取れたものを食べるべきですわ」
スッ……と。
リアンの左側から、エルフの次期女王・ルナが、極めて優雅な(しかし絶対に引かない)笑みを浮かべて現れた。
ルナの手には、サイゼリオンのメニューにはない、彼女がこっそり手作りしてきた『特製・世界樹のハーブサラダ(リアンの好物)』が握られている。
「さぁ、リアン君。わたしが特別に取り分けてあげましたから。……はい、あーん、ですわ♡」
「はぁ!? ちょっとルナ先輩、抜け駆けはずるい! 今日のお金出してるのはキュララ(のリスナー)なんだから、キュララのハンバーグを食べるべきでしょ!」
「お金(資本力)でリアン君の胃袋は買えませんわ。大切なのは、日頃から彼の健康を気遣う『愛と献身』ですのよ」
「……っ! なによその正妻みたいな余裕! リアン、私のハンバーグ食べて!」
「ダメですわ、わたしのサラダが先です!」
「あーんっ!」
「あーんっ、ですわ!」
右から肉汁滴るハンバーグを突きつける天使。
左から健康的なハーブサラダを押し付けてくるエルフ。
両サイドから強烈な【好意】で挟み撃ちにされたリアンは、ズキズキと痛み始めた胃のあたりを押さえた。
(……古代魔像の極太レーザーより、よっぽど躱しづらい攻撃(不良債権)だな、おい)
経営者たるもの、社内の人間関係(派閥争い)には中立を保たねばならない。
リアンは冷静な頭脳をフル回転させ、目の前でタッパーにピザを詰め込んでいるリーザに目をつけた。
「……おいリーザ。お前、そのタッパーの下に『最高級リブロース』まで隠して持ち帰ろうとしてるだろ。それは持ち帰り禁止の店内メニューだぞ」
「ひっ!? バ、バレましたの!? 違いますわ、これはただの巨大なキノコで——」
「あっ! リーザ先輩ズルい!」
「リーザさん、お店に迷惑をかけてはいけませんわ!」
ルナとキュララの意識が、一瞬だけ『強欲アイドル』の不正行為へと向いた。
「……今だ」
リアンは、その一瞬の隙(コンマ一秒)を見逃さず、音もなく席を立ち上がった。
戦場で培った足捌きを、まさかヒロインたちのラブコメ修羅場から逃げるために使う日が来るとは思いもしなかったが、今はとにかく『静寂』が必要だった。
* * *
ファミレスの隅にある、ひっそりとしたドリンクバーのコーナー。
グラスに氷が落ちる「カランッ」という乾いた音だけが響くその場所に、リアンは逃げ込んでいた。
「……はぁ。やっと一息つける」
メロンソーダのボタンを押し、シュワシュワと緑色の液体が注がれるのを見つめながら、リアンはネクタイを少しだけ緩めた。
オンとオフ。
どれだけ有能なCFOであろうと、気が休まる瞬間がなければ組織は立ち行かない。彼にとって、このチープなドリンクバーの匂いこそが、最も落ち着く『オフ』の象徴だった。
「やれやれ。相変わらず大人気だな、リアン」
不意に、隣のディスペンサーから声がした。
見ると、Sクラスの最強のアタッカーにして、リアンが唯一無条件で背中を預けられる親友——クラウス・アルヴィンが、自分のグラスにオレンジジュースを注ぎながら、優しく微笑んでいた。
「……うるせぇ。ただの『社内労災(胃痛)』だ。お前こそ、キャルルに絡まれてたんじゃねぇのか?」
リアンは、メロンソーダのグラスを持ちながら苦笑する。
「はははっ、キャルルはリーザの不正持ち帰りを止めるのに夢中でな。僕も少しだけ、耳を休ませに来たところさ」
クラウスは、琥珀色のジュースが入ったグラスを片手に、リアンの隣に並んで立った。
少し離れたテーブル席からは、相変わらず「泥棒猫!」「強欲!」と賑やかな女子たちの声が聞こえてくる。
だが、このドリンクバーの周辺だけは、二人の男だけが共有する、静かで穏やかな時間が流れていた。
「……しかし、見事だったよ、リアン」
クラウスが、ふと真面目な声色になって口を開いた。
「僕たちを信じて的確な指示を出し、敵の装甲を剥がさせ……そして最後は、君自身の機転と技術で、一番危険な爆発のリスクを刈り取ってみせた。……キュララ嬢が君に惚れ込むのも、無理はないさ」
クラウスの真っ直ぐな称賛に、リアンは少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
「……勘違いすんな。俺はただ、手持ちの資本(お前ら)を一番効率よく使っただけだ。……最前線で命を張って、本当にデカい仕事をしたのは、お前ら社員の方だろ」
「フッ……君は本当に、自分の功績(見返り)を求めない男だな」
クラウスが、嬉しそうに目を細める。
「だが、僕たちは知っている。君が後ろで盤面を支配してくれているからこそ、僕たちは一切の後顧の憂いなく、全力を出せるんだ。……ありがとう、リアン。君は最高のリーダーだ」
クラウスは、オレンジジュースの入ったチープなプラスチックのグラスを、リアンに向けて軽く掲げた。
貴族の晩餐会で交わされるような最高級のワイングラスではない。ファミレスの無料のグラス。
だが、その中には、どんな宝石よりも価値のある【絶対的な信頼】が満ちていた。
「……調子のいいこと言って、次回のボーナス査定を上げようたって無駄だからな」
リアンは、口元に悪びれた笑みを浮かべながら。
自身のメロンソーダのグラスを、クラウスのグラスにカチンッと打ち当てた。
「Sクラスの、次なる『黒字(利益)』に」
「ああ。僕たちの、最高の居場所に」
緑とオレンジの炭酸が弾ける音。
それは、彼らがどんな理不尽な困難も笑い飛ばし、共に乗り越えていくことを約束する、何よりも尊い祝杯であった。
「あーっ! リアン君とクラウス君、ドリンクバーでサボってますわね!」
「ちょっとリアン! 私のハンバーグから逃げる気ーっ!?」
「待てリーザ! そのポケットのピザを置いていけーっ!」
再び、騒がしい仲間たちがドリンクバーへと押し寄せてくる。
リアンは「やれやれ」と肩をすくめながらも、その顔には、隠しきれない極上の【三ツ星スーシェフ(経営者)の笑み】が浮かんでいた。
Sクラスの騒がしくも温かい日常は、これからも特大の利益を弾き出しながら、どこまでも続いていく。
『堕天使ゴッドチューバーの襲来と、Sクラス炎上対策室』
——【莫大なスパチャと、古代兵器の完全解体(黒字処理)にて決算完了】!!
読んでいただきありがとうございます。
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