EP 27
大食い企画の裏側(ブラック下請け)と、強欲アイドルの雑草サラダ
「はーい、ゴッドチューブのみんなー! 今日はなんと! ルナミス学園の食堂から特別にお届けしちゃうよっ! 題して……【特大カツ丼10杯! 限界大食いチャレンジ〜♡】!!」
ルナミス学園男子寮、タコ部屋。
今日も今日とて、転入生の天使・キュララは、空中に浮かべたスマホカメラに向かって、あざとさ全開の笑顔とウインクを振りまいていた。
彼女の目の前の長机には、湯気を立てる山盛りのカツ丼が、ズラリと10杯並べられている。
『うおおおお! キュララちゃん細いのにそんなに食べられるの!?』
『無理しないでね! スパチャ投げるから!』
『もぐもぐしてるキュララたん絶対可愛い(確信)』
画面に滝のように流れるコメントと、チャリンチャリンと鳴り響く投げ銭の通知音。
キュララは「えへへ、みんなの応援があれば、全部食べられちゃうかもっ☆」とウインクすると、最初の一杯に手を伸ばし、カツを一切れだけ、小さく可愛く「はむっ♡」と口に含んだ。
「ん〜っ! お肉がサクサクでジューシー! すっごく美味しい〜♡」
カメラに向かって最高の食レポを披露するキュララ。
——だが。
そのカメラの画角の『すぐ下』。視聴者からは絶対に死角となるテーブルの陰では、ファンタジー世界とは思えない【地獄のようなブラック下請け作業】が繰り広げられていた。
「(……もぐもぐもぐもぐもぐもぐっ!!)」
エンジ色の芋ジャージを着た昭和の地下アイドル・リーザである。
彼女は、キュララが「一口だけ」食べたカツ丼のどんぶりを奪い取るや否や、まるでダイソン(超高性能掃除機)のようなすさまじい吸引力で、残りのご飯とカツを音を立てずに胃袋へと流し込んでいたのだ。
「(ちょっと、リーザ先輩! 食べるのが遅いわよ! 次のどんぶり行くから、早く飲み込みなさい!)」
キュララが、カメラには極上の笑顔を向けたまま、腹話術のような口の動きでリーザに小声で命令する。
「(ふぐぅっ! わ、わかってますわ! でも、カツの衣が喉に……っ! お茶、お茶をくださいませ!)」
「(甘えんな! タダ飯食わせてやってんだから、文句言わずに気合で飲み込め! ほら、3杯目行くわよ!)」
キュララは「わぁっ! もう2杯目完食しちゃった! キュララ、胃袋がブラックホールかも〜☆」とカメラに向かって空のどんぶりを見せつけると、すぐさま次のどんぶりをテーブルの下(リーザの口)へと押し込んだ。
「(むぐぅぅぅっ! 苦しい……! でも、タダで高級カツ丼が食べられるなんて、最高ですのぉぉっ!!)」
屈辱よりも食欲(強欲)が勝るリーザは、涙目でカツ丼を咀嚼し続ける。
華やかな大食い配信の裏で行われていたのは、圧倒的な資本力による、底辺アイドル(リーザ)の【完全なるやらせ(残飯処理)】であった。
「……またやってんのか、あいつら」
部屋の隅のデスクで帳簿をつけていたリアン・シンフォニアは、その地獄のような光景を横目で見ながら、深々とため息をついた。
「相変わらず、えげつねぇ商売してやがる。……表の演者が数字を稼ぎ、裏の労働力が実務をこなす。現代のインフルエンサー産業の闇を煮詰めたような『ブラック下請け構造』だな」
リアンが呆れ果ててペンを回す。
「わ、わたし、ストップをかけたほうが良いでしょうか……? リーザさん、もう5杯目でお腹がパンパンですわ……」
エルフのルナが、心配そうにおろおろと二人の間を見つめている。
「放っておけ。リーザの奴も『タダ飯(報酬)』に釣られて合意の上でやってる非正規雇用だ。……まぁ、後で絶対に腹を壊すだろうから、一応『強胃薬』は経費で用意しておくがな」
リアンは、引き出しからタローマン製の強力な胃薬を取り出してデスクの上に置いた。
* * *
そして、大食い企画の生配信から数日後のお昼休み。
タコ部屋の資本格差は、さらに残酷な形で浮き彫りになっていた。
「ピロリンッ♪ お届け物でーす!」
タコ部屋の窓から、魔導ドローンに乗った『ルナイーツ』の配達員が、豪華な漆黒の重箱を運んできた。
「わぁーい! お寿司だぁっ♡」
キュララはスマホの画面を確認し、満面の笑みを浮かべた。
「リスナーの【山田エルフ】さんが、特上ウニ・イクラ・大トロづくしセットをデリバリーしてくれたのっ! いつもありがとーっ♡」
キュララは早速重箱を開け、宝石のように輝く高級寿司をスマホのカメラに見せつける。
「ん〜っ! 大トロが口の中で溶けちゃう〜! 最高っ!」
キュララが幸せそうに大トロを頬張る、そのすぐ横の窓際。
そこには、先日のカツ丼の報酬をとっくに消化し尽くし、再び極限の飢餓状態に陥ったリーザが、段ボール製のプランターの前に正座していた。
「……あぁ、大トロ……。ウニ……」
リーザは虚ろな目でキュララの寿司を見つめながら、自身のプランターから【名もなき雑草(タンポポの親戚)】をブチッと引き抜いた。
「……いただきますわ」
リーザは、その雑草を水で洗うこともせず、そのまま口に放り込んだ。
シャクッ、シャクッ……。
「……苦いですわ。土の味がしますの。でも、これが……これが私の、本日のランチ(雑草サラダ)……」
ボロボロと涙をこぼしながら、雑草を咀嚼する昭和の地下アイドル。
隣で数万ルナの特上寿司を食べる令和のゴッドチューバーとの、あまりにも残酷すぎる【究極の格差社会】であった。
「リーザさん……! っ、わたしのお弁当のおかず、半分分けてあげますわ!」
見かねたルナが、自身のサンドイッチを差し出そうとする。
「いや、ストップだルナ。お前が甘やかすから、こいつは自分で稼ごう(営業努力しよう)としないんだ」
リアンが、冷静な声でルナを制止した。
「リ、リアンさん……! 鬼! 悪魔! 血も涙もない守銭奴ですわぁぁっ!!」
リーザが雑草を口に咥えたまま抗議する。
「うるせぇ。……だが、俺の社員が栄養失調で倒れられても、会社のイメージダウン(労災)になるからな」
リアンは立ち上がると、タローマンの保冷バッグから【極上ロックバイソンのローストビーフ(切れ端)】と、最高級の胡麻ドレッシングを取り出し、リーザの頭の上から雑草めがけて無造作にぶっかけた。
「ああっ!? こ、これは……っ!!」
「ローストビーフの切れ端だ。……雑草も、ドレッシングをかければ立派な『有機栽培サラダ』だろ。残さず食え」
「り、リアンさぁぁぁぁぁんっ!! 一生ついていきますわぁぁっ!!」
リーザは手のひらをドリル回転で返し、ローストビーフ付きの雑草サラダを狂ったように貪り食い始めた。
「あっ! ちょっとリアン! 私にもあーんしてよっ!」
その光景を見ていたキュララが、大トロの握りを箸でつまんでリアンの口元に突き出してきた。
「リーザ先輩ばっかりズルい! はい、リアン、特上大トロ! あーんっ♡」
すっかりリアンにデレているキュララは、配信のカメラをミュートにして、しっぽを振る子犬のようにリアンにすり寄る。
「……いらねぇよ。お前の信者がお前のために買ったもんだろ。クラウスにでも食わせてやれ。俺は帳簿の計算で忙しいんだ」
リアンは面倒くさそうに首を避け、再びデスクの帳簿に向き直った。
「えーっ! むぅ……リアンは相変わらずつれないなぁ」
キュララがぷくっと頬を膨らませる。
「では、ありがたくいただこう。……ほう、この生の魚肉、非常に脂が乗っていて美味だな!」
代わりに大トロを口に放り込まれたクラウスが、目を輝かせて感動している。
「あーっ! クラウス君だけズルい! 私にもウニちょうだい!」
キャルルがウサ耳を立ててキュララの寿司に群がり、タコ部屋はいつもの騒がしい大宴会へと発展していく。
「やれやれ……。今日も動物園みたいに騒がしいこった」
リアンは、口元に微かな笑みを浮かべながら、万年筆を走らせた。
資本格差はあれど、誰一人欠けることのない、Sクラスの騒がしくも平和な日常。
だが、この温かい時間(黒字)が永遠に続くわけではないことを、リアンはまだ知らない。
水面下では、先日の不良ギルドを巻き込んだ『特大の炎上案件』が、すぐそこまで迫っていたのである。
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