EP 23
新曲『18禁の夜』と、CFOの容赦ないツッコミ(事実陳列罪)
季節は巡り、タコ部屋にも肌寒い風が吹き込むようになっていた。
部屋の中央には、リアンがタローマン(ネット通販)で取り寄せた『魔導コタツ』が鎮座しており、Sクラスの面々はすっかりその魔力(温もり)の虜になっていた。
「……平和だな」
リアン・シンフォニアは、コタツでぬくぬくと温まりながら、みかんの皮を剥いていた。
対面のクラウスは温かいお茶をすすり、ルナとキャルルはコタツの中で足を絡ませてウトウトしている。
転入生のキュララは今日も自室で配信三昧らしく、タコ部屋には珍しく静寂が訪れていた。
だが、そんな平穏な時間は、唐突に蹴り開けられた扉によって打ち砕かれる。
「フハハハハハハッ!! お待たせいたしましたわ、Sクラスの諸君!!」
タコ部屋の入り口に、仁王立ちする一つの影。
三日三晩、駄女神ルチアナの『地獄のプロデュース(特訓)』を受けていたリーザであった。
「……お? おお。随分と自信満々じゃねぇか」
リアンはみかんを口に放り込みながら、ジト目でリーザを上から下まで眺めた。
「だが……いつもの『エンジ色の芋ジャージに健康サンダル』姿で、一体どうしたって言うんだ?」
そう。リーザの格好は、いつもと何一つ変わっていなかった。
むしろ、三日間の特訓のせいか、ジャージの膝は擦り切れ、健康サンダルのイボイボはすり減って、普段よりもさらに『底辺(貧乏くささ)』に磨きがかかっている。
「ちーがーうーわよ!!」
リーザがバンッと床を踏み鳴らした。
「リアンさん、貴方の目は節穴ですの!? これをただの芋ジャージと一緒にしないでくださいませ! これは……ルチアナ様から直々に賜った、神聖なる『お下がり(ステージ衣装)』ですのよ!!」
「……まぁ、衣服にも困っていたなんて。リーザさん、可哀想に」
ルナがコタツから顔を出し、本気で同情の涙を浮かべる。
「同情しないでくださいませ!? いいですか、今の私は以前の私とは違いますわ! キュララなんかの薄っぺらい配信、一瞬で吹き飛ばすほどの【最強の武器(新曲)】を、ルチアナ様から授かってきたんですの!!」
リーザは、コタツの横に置いてあったみかん箱をひっくり返してステージに見立て、その上にスパーンと飛び乗った。
そして、どこから持ち出したのか、本格的なマイクスタンドをドンッと構える。
「聴きなさい、Sクラスの諸君! これが、私の復活を告げるデビューシングル!! ……『18禁の夜』!!」
「……あ? 18禁の夜?」
リアンが、ピクリと眉をひそめた。
どこかで聞き覚えのあるメロディライン(前世の記憶)が、脳裏をよぎる。
リーザが指を鳴らすと、タコ部屋の照明がフッと落ち、彼女の頭上からピンスポットライト(魔法)が降り注いだ。
そして、無駄に壮大で、どこか哀愁を帯びたロックなイントロが響き渡る。
リーザはマイクを両手で握り締め、目を閉じ、魂を込めて歌い始めた。
『落書きの多い〜……個室ビデオの壁〜……♪』
「(……個室ビデオ!?)」
リアンが飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
『誰にも言えない〜……領収書を握りしめた〜……♪』
『14の時……補導されたあの場所で……♪』
『今はローションの〜……ヌメリに震えている〜……♪』
「な、なんだこの歌は……!?」
クラウスが、コタツの中でガタッと身を乗り出した。
「『コシツビデオ』? 『ローション』? 意味は全く分からないが……何か、とてつもなく退廃的で、抗えない巨大な闇(悪)に立ち向かう、孤独な騎士の悲哀を感じるぞ……!」
「感じなくていい! 頼むからそのピュアな心で深読みしないでくれ、クラウス!」
リアンが頭を抱える。
だが、リーザの熱唱は止まらない。
彼女は、ファンタジー世界には絶対に存在しないはずの「生々しすぎる現代社会の闇」を、無駄に高い歌唱力で歌い上げていく。
『【Bメロ】……とにかくここから〜 逃げ出したい〜……♪』
『背後に迫る〜……黒服の影〜……♪』
『ホストの売掛〜……払えぬままに〜……♪』
『俺は裏口の〜……階段を駆け下りるぅぅ〜!!』
「『ホストのウリカケ』!? なんだそれは、新しい魔法の詠唱か!?」
「背後に迫る黒服……! きっと、リーザちゃんは恐ろしい暗殺ギルドに追われているんだわ!」
クラウスとキャルルが、完全に間違った解釈で手に汗を握っている。
そして、曲はいよいよサビ(絶頂)へと突入する。
リーザはマイクスタンドを引き寄せ、魂の叫びをタコ部屋に轟かせた。
『盗んだローションで〜 滑り出す〜!!♪』
『行き先も〜 解からぬまま〜!!♪』
『暗い歌舞伎町に〜 縄で縛られたくないと〜……!!♪』
『交番に駆け込む〜……18禁の夜ぉぉぉぉぉぉぉっ!!♪』
ジャァァァァァァン!!(アウトロ)
歌い終えたリーザは、肩で息をしながら、マイクスタンドを抱きかかえるようにしてポーズを決めた。
その顔には、「どうですの? 私の圧倒的なパフォーマンスは!」という自信が満ち溢れている。
タコ部屋は、水を打ったような静寂に包まれていた。
「う、うーむ……」
クラウスが、腕を組みながら真剣な顔で唸る。
「刺激が強すぎて、何が何だか全く理解できなかったが……。カブキチョウという魔境で、縄で縛られる拷問から逃れようとする、壮絶なサバイバルの歌……ということか?」
「……」
リアンは、コタツからゆっくりと立ち上がり、無表情のままリーザの目の前まで歩み寄った。
「リアンさん! どうですの! 私の魂の叫び……! ゴッドチューブで配信すれば、キュララなんて一瞬で——」
「おい」
リアンの、絶対零度の声がタコ部屋に響いた。
「クラウス、意味が分からなくていいんだ。……というか、絶対に理解するな」
「え? どういうことですの、リアンさん?」
リーザが首を傾げる。
リアンは、リーザの頭を丸めた雑誌でスパーンと叩き、容赦のない【事実陳列罪】を突きつけた。
「……最低の『パクリ曲』だからな、これ」
「……へ?」
リーザの動きが止まる。
「俺の前世に存在した、伝説のロックシンガーの名曲のメロディを丸パクリした上で、歌詞を限界まで下劣で生々しい【風俗トラブル】に改悪してやがる」
リアンは呆れ果てたようにため息をついた。
「いいか? これをゴッドチューブで配信してみろ。お前の魂が届く前に、一瞬で運営から【コミュニティガイドライン違反】のパンチで、アカウントを永久BAN(一発退場)されるぞ。キュララに勝つどころか、社会的に終わるんだよ」
「……」
「……」
「……え?」
リーザは、手に持っていたマイクスタンドをポロリと落とした。
「パ……パクリ……? アダルトコンテンツで、永久……BAN……?」
最強の武器だと思って三日三晩練習させられていた曲が、ただの『下ネタパロディ』であり、配信した瞬間にアカウントが消し飛ぶ劇薬(罠)だったという事実。
「あの駄女神……。自分がプロデュースするの面倒くさくなって、適当なパロディ曲を歌わせて『炎上商法』でPV稼ごうとしたんだな。……えげつねぇ」
リアンが、ルチアナのブラックすぎる運営方針にドン引きする。
全てを理解したリーザは、わなわなと震えながら、両膝から崩れ落ちた。
「ふぇ……あ、ああ……」
リーザの瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。
「ル、ルチアナあああああああああああああああああああっ!!!!」
タコ部屋の窓ガラスを震わせるほどの、裏切られた地下アイドルの絶望の叫びが響き渡る。
かくして、リーザの起死回生をかけたゴッドチューブへの逆襲作戦は、開始0秒、配信前のコンプライアンス・チェック(CFOの検閲)によって、無惨にも打ち砕かれたのであった。
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