EP 22
駄女神の救済と、地下アイドルの逆襲準備(※嫌な予感しかしない)
「きぃぃぃぃぃぃぃっ! く、悔しい……悔しいですわぁぁぁっ!!」
ルナミス学園男子寮、タコ部屋。
先ほどの醜いキャットファイト(一方的な惨敗)を終えたリーザは、部屋の隅でボロボロになった段ボール製のみかん箱にすがりつきながら、ハンカチをギリギリと噛み締めていた。
「私の……私の数少ない太客(石油王さん)が! 今月のモヤシ代が! ポッと出の、羽の生えただけの小娘なんかに奪われるなんて……! 許せませんわ、絶対に許せませんのよぉぉぉっ!!」
怨念にまみれたオーラを放つリーザ。
しかし、その怒りの矛先である当の『泥棒猫』は、そんな彼女の怨嗟の声など完全にBGM(環境音)として処理していた。
「みんなー、さっきの『Sクラスのヤバい女に襲われてみた』のゲリラ配信、同接(同時接続)5万人突破ありがとーっ! 切り抜き動画もどんどん作って拡散してねっ♡ キュララ、みんなの応援でもーっと頑張っちゃうぞっ☆」
転入生の天使・キュララは、空中に浮かべたスマホのカメラに向かって、ウインクと共に完璧なファンサービスを振りまいている。
先ほどの乱闘すらも『撮れ高』として消費し、さらなる投げ銭を稼ぎ出す。その強か(したたか)で洗練されたインフルエンサーとしての立ち回りは、まさに『現代の錬金術師』であった。
「……フン。完全に『資本力(エンタメ戦闘力)』の差だな」
デスクに座り、帳簿を整理しながらその様子を眺めていたリアン・シンフォニアは、冷徹なCFO(最高財務責任者)の目で両者を分析した。
「段ボールの賽銭箱で小銭をせびる時代遅れの地下アイドル(リーザ)と、最新の魔導端末で全世界から直接資金を吸い上げるトップ配信者。……ビジネスモデルの次元が違いすぎる。あれじゃあ、太客が乗り換えるのも無理はねぇ」
「リアン君、そんな身も蓋もないことを……。リーザさんが可哀想ですわ」
ルナが困ったように眉を下げ、リーザの背中をさすっている。
「でも、あのキュララちゃんという子……なんというか、とても『計算し尽くされている』感じがしますわね」
「うんうん! 戦い(喧嘩)の最中も、絶対にカメラ目線を外さなかったもん! ある意味、すごいプロ意識だよ!」
キャルルが感心したようにウサ耳を揺らす。
「きぃぃぃっ! リアンさんもルナさんもキャルルさんも、どっちの味方なんですの!? 私は被害者ですのよ! 誰か……誰か、あの強欲な天使に天罰を下してくださる神様はいませんの!?」
リーザが天井に向かって涙声で叫んだ——その瞬間である。
『——呼んだかしら? 私の可愛い迷える子羊ちゃん』
パァァァァァァァッ!!
タコ部屋の天井から、神々しくも、どこか『安っぽい』後光が差し込んだ。
空間が歪み、光の中から一人の美しい女性がふわりと舞い降りてくる。
豪華な純白のドレスに、艶やかな金髪。そして、その背中には六枚の神々しい光の羽。
このアナスタシア世界を創造した至高の存在であり、かつてSクラスに幾度となく理不尽な炎上案件を持ち込んできた元凶——駄女神ルチアナであった。
「ル、ルチアナ様ぁぁぁぁっ!!」
リーザは、救世主を見たかのようにルチアナの足元にすがりついた。
「ルチアナ様! よくぞ来てくださいましたわ! どうか、あの憎き転入生に神の裁きを! 彼女のアカウントをBANして、私の石油王さんを取り返してくださいませ!!」
「げっ。……また面倒な奴(特大の不良債権)が来やがった」
リアンが、露骨に嫌そうな顔をしてペンを置く。
降臨したルチアナは、足元で泣き喚くリーザを見下ろして、やれやれと肩をすくめた。
「困っているようね、リーザ。……うちの天使に完全に負けちゃって」
「うぅぅ……! そうですの! あの女、私の大事なファンを……!」
「でもねぇ」
ルチアナは、身も蓋もない、極めて現実的な声で告げた。
「あの子、今や『GODTUBE』のトップクリエイターなのよ。毎日のように凄まじいPVと投げ銭を稼ぎ出してくれてるの」
ルチアナは、指で丸(お金)のサインを作った。
「プラットフォームを運営してる神界としては、彼女が稼いだスパチャの『30%』が手数料として入ってくる大事な資金源(ドル箱)なのよ。そんな優良コンテンツを、個人的な恨みでBANするなんて、運営としてできるわけないじゃない」
「……っ!? か、神様なのに、お金(手数料)で動くんですの!?」
リーザが信じられないものを見るような顔になる。
「当たり前だろ」
リアンが、デスクから冷たく言い放った。
「資本主義社会において、数字(利益)を持ってる奴が正義だ。プラットフォーム側が、一番の稼ぎ頭を切り捨てるメリットなんて一つもねぇ。……あんた、相変わらずえげつねぇ商売してんな、駄女神」
「ふふっ、リアンなら分かってくれると思ったわ。神界の運営費もバカにならないのよ?」
ルチアナがウインクを飛ばす。
「そ、そんな……! じゃあ、私はこのまま、あのポッと出の泥棒猫に負け犬として這いつくばるしかないんですの!? 悔しい……! 悔しいですわぁぁっ!!」
リーザが再び床をバンバンと叩いて号泣する。
そのあまりにも惨めな姿に、ルチアナはわざとらしく、深々とため息をついた。
「……まぁ、あんたには今まで色々と炎上企画で協力してもらった恩もあるし? このまま『オワコン』になられても、それはそれで神界のエンタメ的に面白くないわね」
ルチアナは、リーザの顎をクイッと持ち上げ、妖しく微笑んだ。
「仕方ないわね。……じゃあ、私が直々に、あんたを『プロデュース(鍛えて)』してあげるわ」
「ぷ、プロデュース……!?」
リーザの瞳に、パァッと希望の光が宿る。
「ええ。あの子のキラキラした最新の配信に対抗するには、あんたも『新しい武器』を手に入れるしかないわ。……私が、あんたのために【究極の新曲】を用意してあげる」
「し、新曲……っ!!」
リーザは感極まり、ルチアナの手を両手で強く握りしめた。
「ルチアナ様ぁぁぁっ!! ありがとうございます、ありがとうございますわぁぁっ! やはり貴女様こそ、真の女神! 私、一生ついていきますわ!!」
「ふふっ。いい心がけね。じゃあ、早速特訓を始めるわよ! キュララの再生数をへし折る、最強のアイドルを見せつけてやりなさい!」
「はいっ!!」
タコ部屋の片隅で、謎の熱い絆を結び合う駄女神と強欲アイドル。
「……おい、リアン」
クラウスが、少しだけ引き攣った顔でリアンに耳打ちをした。
「あの二人……なんだか、とてつもなく嫌な予感がするのだが。ルチアナが直々に用意する『新曲』など、絶対にろくなものではないだろう?」
「……ああ。間違いない」
リアンは、ズキズキと痛み始めた胃のあたりを押さえながら、低く唸った。
過去、ルチアナが絡んだ案件で、真っ当に終わったことなど一度もない。
彼女が用意するという『究極の新曲』。それが、ファンタジー世界に生きるリーザにとって、どれほど規格外で、どれほど【放送事故】スレスレの劇薬であるか。
「……今のうちに、炎上した時のための『謝罪会見用プレスリリース』と、損害賠償の予算を組んでおいた方がよさそうだな」
CFOの冷徹なリスク計算システムが、かつてないほどの『特大の赤字(大炎上)』の気配を検知し、タコ部屋に警報を鳴らしていた。
昭和の地下アイドルによる、令和のトップ配信者への逆襲。
その最悪のファーストコンタクト(新曲披露)の時は、刻一刻と迫りつつあったのである。




