EP 21
強欲アイドルの悲劇(顧客流出)と、天使の生配信(スパチャ強奪)
ルナミス学園男子寮、旧用具室——通称『タコ部屋』。
数々の理不尽な不良債権を処理し、今や莫大な黒字を叩き出す優良企業となったSクラスの拠点に、本日も極めてやかましく、そして悲痛な叫び声が響き渡っていた。
「おかしい……おかしいですわ! 絶対におかしいですのぉぉぉっ!!」
部屋の中央。愛用の『段ボール製お賽銭箱』を抱きしめたまま、エンジ色の芋ジャージに健康サンダルという正装のリーザが、床をゴロゴロと転げ回っていた。
「……朝から騒がしいな。今度はなんだ、また段ボールの底が抜けて小銭でも失くしたか?」
タコ部屋のデスクで分厚い『帳簿』と睨み合っていたリアン・シンフォニアは、万年筆を走らせる手を止めずに、心底面倒くさそうにため息をついた。
「違いますわ! そんな物理的な損失じゃありませんの! 私のアイドルの生命線、ひいては今月の食費を支える最大のパトロン……! いつも『リーザちゃん可愛いね♡』って、一番高額なお布施を振り込んでくれていたハンドルネーム【石油王】さんから……ここ三日、一切の連絡もスパチャも来ませんのよぉぉっ!!」
リーザが涙目でリアンにすがりつく。
「石油王?」
リアンは眉をひそめた。
「ええ! 私の数少ない太客ですわ! 彼の資金力がなければ、私は今夜から『モヤシの塩茹で』すら食べられず、その辺の雑草を貪るしかなくなりますのよ!? Sクラスの宴会部長として、これ以上の死活問題はありませんわ!!」
「……フン。お前が日頃からロクなファンサービス(営業努力)もせず、金だけを要求するような強欲営業を続けてるから、顧客に見限られたんだろうが。経営努力の怠慢だな」
CFO(最高財務責任者)としてのリアンの極めて真っ当かつ冷徹な指摘に、リーザは「ぐはぁっ!」と胸を押さえて倒れ込んだ。
「り、リアン君、そんな言い方はかわいそうですわ。リーザさんも、毎日タコ部屋の掃除をしながら歌の練習を頑張っていますし……」
見かねたルナが、温かい紅茶を淹れながらリーザをフォローする。
「そうだよ! リーザだってたまには……たまには、可愛いところも……たぶんあるし!」
キャルルもウサ耳を揺らしながら擁護しようとするが、言葉に詰まっている。
「お前らまで私を憐れまないでくださいませぇぇっ!!」
リーザは床をバンバンと叩きながら、ギリィッと奥歯を噛み締めた。
「こうなったら絶対に犯人を探し出しますわ! 私から石油王さんを奪った、憎き『泥棒猫』はどこですの!? 見つけ次第、私の貧乏神バグで全財産を強制没収してやりますわぁぁっ!!」
リーザが目を血走らせ、タコ部屋の窓から外に向かって怒り狂って叫んだ——まさにその時である。
ガラッ!!
タコ部屋の古びた扉が、乱暴な音を立ててスライドした。
全員の視線が入り口に向く。
そこに立っていたのは、不機嫌そうに葉巻を咥えたSクラスの担任、ダイヤ先生であった。
「……おぅ、邪魔するぞお前ら。相変わらず朝から動物園みてぇに騒がしいな」
「ダイヤ先生。……なんだ、今日は集金の日じゃないはずだが」
リアンが帳簿をパタンと閉じて問いかける。
「違うわボケ。今日はテメェらに、新しい『不良債権』を押し付けに来たんだよ」
ダイヤ先生は葉巻の煙を吐き出すと、親指で自分の背後——廊下の方を指差した。
「今日からこのSクラスに転入することになった、新入りだ。……色々と『面倒な事情』を抱えててな。他のクラスじゃ手に負えねぇから、テメェらで面倒見ろ。仲良くしろよな」
「新入り、だと……?」
クラウスが、不思議そうに扉の奥を見つめる。
「はぁーい! お待たせしましたぁーっ! 天界から舞い降りた、あなたの心の特効薬♡ キュララで〜す!」
パァァァァァァッ!!
タコ部屋という薄暗く埃っぽい空間に、信じられないほどの『純白のオーラ(キラキラエフェクト)』が弾けた。
ダイヤ先生の背後から現れたのは、透き通るような金髪のツインテールを揺らす、圧倒的な美少女であった。
背中には小さな純白の羽が生え、頭上には光の輪が浮かんでいる。その容姿は、誰もが振り返るほどに愛らしく、そして庇護欲をそそる完璧な造形をしていた。
天使族。それも、下級天使でありながら、その愛嬌とあざとさはカンストしている。
だが、Sクラスの面々が最も驚いたのは、彼女の『容姿』ではなかった。
「……なんだ、あいつ。俺たちの方を一切見てねぇぞ」
リアンが目を細める。
転入生であるキュララは、クラスメイトであるリアンたちに挨拶をするどころか、自身の目の前にフワフワと浮遊させている【最新型の魔法スマートフォン】のカメラレンズに向かって、ひたすら愛嬌を振りまいていたのだ。
「みんな〜! ゴッドチューブの皆、見て見て〜! 私、とうとう噂の『Sクラス』に入っちゃったの♡ やばくない!? 不良債権の掃き溜めとか言われてるけど、キュララの可愛さで全部浄化しちゃうぞっ☆ ほら、褒めて褒めて♡」
キュララがカメラに向かって極上のウインクを飛ばすと、空中に展開された半透明のホログラムウインドウに、凄まじい勢いでコメント(滝のような文字の羅列)が流れ始めた。
『うおおおおお! キュララちゃんおめでとおおお!』
『Sクラスとかヤバすぎwww でもキュララたんなら大丈夫!』
『制服姿も天使すぎるうううううっ!!』
『今日も大食い企画やってー!』
「な……なんだ、あの空中に浮かぶ文字の群れは!? 幻術の一種か!?」
クラウスが魔剣の柄に手をかけ、警戒心を露わにする。
「あれは……最近ルミナス帝国の若者の間で流行っている『生配信』というやつですわね。彼女、まさか……今をときめくトップ・ゴッドチューバーの……!?」
ルナが驚きに目を丸くする。
そんなSクラスの困惑などお構いなしに、キュララは自身の配信画面に夢中だった。
「あははっ、みんなコメント早すぎ〜! ……あっ!」
ピロリンッ!!
突如、キュララの配信画面に、ひときわ大きく、そしてド派手なエフェクトと共に『赤い枠』のコメントが投げ銭として投下された。
「キャーッ! 赤スパ(超高額投げ銭)ありがとうございまーすっ!! え〜っと……お名前は……」
キュララは、あざとく首を傾げながら、その高額支援者のハンドルネームを、甘い声で読み上げた。
「ハンドルネーム、【石油王】さぁぁん♡ いつもいつも、キュララのためにいーっぱい応援してくれて、本当にありがとっ♡ キュララ、石油王さんのこと、だーいすきっ♡ ちゅっ!」
画面の向こうの『石油王』に向けて、最高の投げキッスを放つ天使。
その瞬間。
タコ部屋の空気が、ピシッと凍りついた。
「……へ?」
床に転がっていたリーザが、間の抜けた声を上げた。
エンジ色の芋ジャージ姿の彼女の視線が、最新のスマホに向けてキラキラと輝く天使・キュララへと、ゆっくりと、ギリギリと固定される。
ここ三日、自分のお賽銭箱には1ルナ(円)も入れず。
あろうことか、目の前に現れたキラキラの転入生に、自分の今月の食費(モヤシ代)となるはずだった超高額スーパーチャットを投げつけていた、愛しの太客。
「……せ、石油王ぉぉぉ……!?」
リーザの瞳に、絶望と、そして地獄の底から這い上がるような特大の『殺意』が宿った。
「泥棒猫は……泥棒猫は、お前かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「えっ? きゃああああっ!?」
突如として床から跳ね起きた芋ジャージの女が、怨霊のような形相で襲いかかってきたことに、キュララが悲鳴を上げてスマホごと後ずさる。
「返しなさい! 私の石油王さんを返しなさい!! あんたのせいで私は今夜、窓際の雑草を食べるハメになるんですのよぉぉぉっ!!」
「な、なになになに!? 誰この貧乏くさい女!? 怖い怖い怖いっ! リスナーのみんな、助けてぇぇぇっ!!」
タコ部屋の中心で、特大のスパチャ(資本)を巡る、昭和の地下アイドルと令和のゴッドチューバーによる、醜くも熱い取っ組み合いの喧嘩が幕を開けた。
「……はぁ」
リアン・シンフォニアは、目の前で繰り広げられる地獄のようなキャットファイト(視聴率稼ぎ)を眺めながら、深々と、それはもう深々とため息をついた。
「ダイヤ先生の言う通り……とんでもねぇ『不良債権(爆弾)』を抱え込んじまったらしいな。俺の胃に穴が空く日も近そうだ」
大貴族の執事との激戦(前章)を終えたばかりだというのに。
休む間もなく現れた『堕天使ゴッドチューバー』という現代のバグの襲来により、Sクラスの騒がしくも理不尽な新章が、今、最悪の形で幕を開けたのである。




