↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
283/433

EP 21

強欲アイドルの悲劇(顧客流出)と、天使の生配信(スパチャ強奪)

ルナミス学園男子寮、旧用具室——通称『タコ部屋』。

数々の理不尽な不良債権を処理し、今や莫大な黒字を叩き出す優良企業となったSクラスの拠点に、本日も極めてやかましく、そして悲痛な叫び声が響き渡っていた。

「おかしい……おかしいですわ! 絶対におかしいですのぉぉぉっ!!」

部屋の中央。愛用の『段ボール製お賽銭箱』を抱きしめたまま、エンジ色の芋ジャージに健康サンダルという正装のリーザが、床をゴロゴロと転げ回っていた。

「……朝から騒がしいな。今度はなんだ、また段ボールの底が抜けて小銭でも失くしたか?」

タコ部屋のデスクで分厚い『帳簿』と睨み合っていたリアン・シンフォニアは、万年筆を走らせる手を止めずに、心底面倒くさそうにため息をついた。

「違いますわ! そんな物理的な損失じゃありませんの! 私のアイドルの生命線、ひいては今月の食費を支える最大のパトロン……! いつも『リーザちゃん可愛いね♡』って、一番高額なお布施を振り込んでくれていたハンドルネーム【石油王】さんから……ここ三日、一切の連絡もスパチャも来ませんのよぉぉっ!!」

リーザが涙目でリアンにすがりつく。

「石油王?」

リアンは眉をひそめた。

「ええ! 私の数少ない太客メガスポンサーですわ! 彼の資金力がなければ、私は今夜から『モヤシの塩茹で』すら食べられず、その辺の雑草を貪るしかなくなりますのよ!? Sクラスの宴会部長として、これ以上の死活問題はありませんわ!!」

「……フン。お前が日頃からロクなファンサービス(営業努力)もせず、金だけを要求するような強欲営業を続けてるから、顧客に見限られたんだろうが。経営努力の怠慢だな」

CFO(最高財務責任者)としてのリアンの極めて真っ当かつ冷徹な指摘に、リーザは「ぐはぁっ!」と胸を押さえて倒れ込んだ。

「り、リアン君、そんな言い方はかわいそうですわ。リーザさんも、毎日タコ部屋の掃除をしながら歌の練習を頑張っていますし……」

見かねたルナが、温かい紅茶を淹れながらリーザをフォローする。

「そうだよ! リーザだってたまには……たまには、可愛いところも……たぶんあるし!」

キャルルもウサ耳を揺らしながら擁護しようとするが、言葉に詰まっている。

「お前らまで私を憐れまないでくださいませぇぇっ!!」

リーザは床をバンバンと叩きながら、ギリィッと奥歯を噛み締めた。

「こうなったら絶対に犯人を探し出しますわ! 私から石油王さんを奪った、憎き『泥棒猫』はどこですの!? 見つけ次第、私の貧乏神バグで全財産を強制没収してやりますわぁぁっ!!」

リーザが目を血走らせ、タコ部屋の窓から外に向かって怒り狂って叫んだ——まさにその時である。

ガラッ!!

タコ部屋の古びた扉が、乱暴な音を立ててスライドした。

全員の視線が入り口に向く。

そこに立っていたのは、不機嫌そうに葉巻を咥えたSクラスの担任、ダイヤ先生であった。

「……おぅ、邪魔するぞお前ら。相変わらず朝から動物園みてぇに騒がしいな」

「ダイヤ先生。……なんだ、今日は集金の日じゃないはずだが」

リアンが帳簿をパタンと閉じて問いかける。

「違うわボケ。今日はテメェらに、新しい『不良債権』を押し付けに来たんだよ」

ダイヤ先生は葉巻の煙を吐き出すと、親指で自分の背後——廊下の方を指差した。

「今日からこのSクラスに転入することになった、新入りだ。……色々と『面倒な事情』を抱えててな。他のクラスじゃ手に負えねぇから、テメェらで面倒見ろ。仲良くしろよな」

「新入り、だと……?」

クラウスが、不思議そうに扉の奥を見つめる。

「はぁーい! お待たせしましたぁーっ! 天界から舞い降りた、あなたの心の特効薬♡ キュララで〜す!」

パァァァァァァッ!!

タコ部屋という薄暗く埃っぽい空間に、信じられないほどの『純白のオーラ(キラキラエフェクト)』が弾けた。

ダイヤ先生の背後から現れたのは、透き通るような金髪のツインテールを揺らす、圧倒的な美少女であった。

背中には小さな純白の羽が生え、頭上には光の輪が浮かんでいる。その容姿は、誰もが振り返るほどに愛らしく、そして庇護欲をそそる完璧な造形をしていた。

天使族。それも、下級天使でありながら、その愛嬌とあざとさはカンストしている。

だが、Sクラスの面々が最も驚いたのは、彼女の『容姿』ではなかった。

「……なんだ、あいつ。俺たちの方を一切見てねぇぞ」

リアンが目を細める。

転入生であるキュララは、クラスメイトであるリアンたちに挨拶をするどころか、自身の目の前にフワフワと浮遊させている【最新型の魔法スマートフォン】のカメラレンズに向かって、ひたすら愛嬌を振りまいていたのだ。

「みんな〜! ゴッドチューブの皆、見て見て〜! 私、とうとう噂の『Sクラス』に入っちゃったの♡ やばくない!? 不良債権の掃き溜めとか言われてるけど、キュララの可愛さで全部浄化しちゃうぞっ☆ ほら、褒めて褒めて♡」

キュララがカメラに向かって極上のウインクを飛ばすと、空中に展開された半透明のホログラムウインドウに、凄まじい勢いでコメント(滝のような文字の羅列)が流れ始めた。

『うおおおおお! キュララちゃんおめでとおおお!』

『Sクラスとかヤバすぎwww でもキュララたんなら大丈夫!』

『制服姿も天使すぎるうううううっ!!』

『今日も大食い企画やってー!』

「な……なんだ、あの空中に浮かぶ文字の群れは!? 幻術の一種か!?」

クラウスが魔剣の柄に手をかけ、警戒心を露わにする。

「あれは……最近ルミナス帝国の若者の間で流行っている『生配信』というやつですわね。彼女、まさか……今をときめくトップ・ゴッドチューバーの……!?」

ルナが驚きに目を丸くする。

そんなSクラスの困惑などお構いなしに、キュララは自身の配信画面に夢中だった。

「あははっ、みんなコメント早すぎ〜! ……あっ!」

ピロリンッ!!

突如、キュララの配信画面に、ひときわ大きく、そしてド派手なエフェクトと共に『赤い枠』のコメントが投げスーパーチャットとして投下された。

「キャーッ! 赤スパ(超高額投げ銭)ありがとうございまーすっ!! え〜っと……お名前は……」

キュララは、あざとく首を傾げながら、その高額支援者のハンドルネームを、甘い声で読み上げた。

「ハンドルネーム、【石油王】さぁぁん♡ いつもいつも、キュララのためにいーっぱい応援してくれて、本当にありがとっ♡ キュララ、石油王さんのこと、だーいすきっ♡ ちゅっ!」

画面の向こうの『石油王』に向けて、最高の投げキッスを放つ天使。

その瞬間。

タコ部屋の空気が、ピシッと凍りついた。

「……へ?」

床に転がっていたリーザが、間の抜けた声を上げた。

エンジ色の芋ジャージ姿の彼女の視線が、最新のスマホに向けてキラキラと輝く天使・キュララへと、ゆっくりと、ギリギリと固定される。

ここ三日、自分のお賽銭箱には1ルナ(円)も入れず。

あろうことか、目の前に現れたキラキラの転入生に、自分の今月の食費(モヤシ代)となるはずだった超高額スーパーチャットを投げつけていた、愛しの太客。

「……せ、石油王ぉぉぉ……!?」

リーザの瞳に、絶望と、そして地獄の底から這い上がるような特大の『殺意』が宿った。

「泥棒猫は……泥棒猫は、お前かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「えっ? きゃああああっ!?」

突如として床から跳ね起きた芋ジャージの女が、怨霊のような形相で襲いかかってきたことに、キュララが悲鳴を上げてスマホごと後ずさる。

「返しなさい! 私の石油王さんを返しなさい!! あんたのせいで私は今夜、窓際の雑草を食べるハメになるんですのよぉぉぉっ!!」

「な、なになになに!? 誰この貧乏くさい女!? 怖い怖い怖いっ! リスナーのみんな、助けてぇぇぇっ!!」

タコ部屋の中心で、特大のスパチャ(資本)を巡る、昭和の地下アイドルと令和のゴッドチューバーによる、醜くも熱い取っ組み合いの喧嘩が幕を開けた。

「……はぁ」

リアン・シンフォニアは、目の前で繰り広げられる地獄のようなキャットファイト(視聴率稼ぎ)を眺めながら、深々と、それはもう深々とため息をついた。

「ダイヤ先生の言う通り……とんでもねぇ『不良債権(爆弾)』を抱え込んじまったらしいな。俺の胃に穴が空く日も近そうだ」

大貴族の執事との激戦(前章)を終えたばかりだというのに。

休む間もなく現れた『堕天使ゴッドチューバー』という現代のバグの襲来により、Sクラスの騒がしくも理不尽な新章が、今、最悪の形で幕を開けたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。