EP 20
決算の宴と、エルフ(ルナ)の甘い夜更かし(ホットミルク)
「さあ野郎ども! 今月の特大黒字と、リーザの12歳の誕生日を祝って……乾杯だ!!」
ルナミス学園男子寮、タコ部屋。
リアン・シンフォニアの号令と共に、五つのグラスと一つの高級ワイングラスが、盛大な音を立てて打ち鳴らされた。
「カンパーイ!! お肉ですわ! 高級なお肉の匂いがしますわぁぁっ!!」
「リアンのご飯だーっ! いただきまーす!」
「はははっ! 素晴らしい夜だ! 存分に食べ、飲もうじゃないか!」
タコ部屋の中央に並べられた長机には、リアンが前世の『三ツ星スーシェフ』としての腕を全振りして作り上げた、極上のフルコースが所狭しと並べられていた。
タローマンのネット通販で取り寄せた【特選ロックバイソンの塊肉】は、絶妙な火加減のミディアムレアに焼き上げられ、特製のガーリックバターソースが食欲をそそる香りを放っている。
その横には、【極上霜降り・エンペラー・サーモン】のカルパッチョ、彩り豊かな世界樹の森の温野菜サラダ、そして黄金色に輝く濃厚なコーンポタージュスープ。
「おお……おおぉ……! なんという芳醇な香り、そして口の中でとろけるような肉の旨味……ッ!」
アルヴィン侯爵家筆頭執事・ルンベルスは、ロックバイソンのステーキを一口食べた瞬間、両手で顔を覆って号泣し始めた。
「私のような老いぼれが、このような至高の料理を口にできるとは! しかも、リアン様自らの手料理! 侯爵家の専属料理長すら凌駕する、神のごとき包丁捌きにございます!!」
ルンベルスはすっかりSクラスの空気に当てられ(デレて)、持参した百年物のヴィンテージワインを片手に、甲斐甲斐しくクラウスやリアンのグラスに飲み物を注いで回っている。
「はははっ、爺、泣きすぎだぞ! だが、リアンの飯が世界一美味いというのは同感だ!」
クラウスが豪快に笑いながら、ドデカい骨付き肉にかぶりつく。
「あーっ! クラウス君、それ私が狙ってたお肉! ずるい!」
「早い者勝ちですわよキャルル! アイドルの吸引力を見せてやりますわ!」
リーザとキャルルが、大皿の上でフォークによる激しいフェンシング(鍔迫り合い)を繰り広げている。
「ふふっ、みなさん、お行儀が悪いですわよ」
ルナがクスクスと笑いながら、上品にサーモンを口に運ぶ。その顔は、暗殺ギルドとの死闘を終えた安堵と、大好きな仲間たちと囲む食卓の温かさで、花が咲いたように輝いていた。
「……よし。メインディッシュの後は、お待ちかねの『配当金』の時間だ」
リアンがエプロン姿のまま、魔導冷蔵庫を開けた。
「リーザ、誕生日おめでとう。……俺の特製『純白のイチゴショートケーキ(原価度外視)』だ。残さず食えよ」
リアンが机の中央にドンッと置いたのは、雪のように真っ白な生クリームと、宝石のように輝く大粒のイチゴがふんだんに使われた、三層仕立ての巨大なホールケーキであった。
中央にはチョコペンで、不器用ながらも『Happy Birthday Liza』と書かれたプレートが乗っている。
「あ……あぁ……っ」
リーザは、その美しすぎるケーキと、自分のために用意されたプレートを見て、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「リ、リアンさぁぁぁん……! ぐすっ……私、お賽銭(現金)をもらうより、ずっとずっと嬉しいですわ……っ! Sクラスに入って、本当によかったですのぉぉっ!」
「おいおい、泣きながら食うな。味が分からなくなるぞ」
リアンが呆れながらも、切り分けた一番大きなピースをリーザの皿に乗せてやる。
「リーザちゃん、おめでとー!」
「これからも、Sクラスの立派なアイドル(宴会部長)として頼むぞ!」
仲間たちの祝福の声と、甘いケーキの香り。
ルンベルスも「素晴らしい絆だ……!」とハンカチを噛み締めながら咽び泣き、宴は最高潮の盛り上がりを見せた。
* * *
——数時間後。
深夜のタコ部屋には、静寂が訪れていた。
「すぅ……すぅ……」
「むにゃ……お肉、もう食べられませんわぁ……」
「……リアン、見事な太刀筋だ……Zzz」
激しい戦いの疲労と、満腹感、そして極上の安心感に包まれ、クラウス、キャルル、リーザの三人は、ソファや絨毯の上で雑魚寝状態になっていた。
ルンベルスもまた、部屋の隅の椅子に座ったまま、安らかな寝息を立てている。
そんな中、タコ部屋のキッチンカウンターだけが、薄暗い魔導ランプの光に照らされていた。
「……よし。今月の帳簿も、文句なしの完全黒字だ」
リアンは、一人静かに分厚い帳簿にペンを走らせ、利益を確定させる二重線を引いた。
「リアン君。……まだ起きているのですか?」
ふと、背後から柔らかい声がかけられた。
振り返ると、エルフの次期女王・ルナが、少し眠たげに目を擦りながら立っていた。
彼女は長い銀糸の髪をふわりと揺らし、リアンの隣にちょこんと座る。
「ああ。経営者(CFO)は、社員が寝静まった後に数字を合わせるのが仕事だからな。……お前こそ、どうした。寝付けないのか?」
リアンが、帳簿を閉じながら静かに問いかける。
「その……。少しだけ、リアン君とお話ししたくて」
ルナは、白い頬をほんのりと薄紅色に染め、モジモジとしながら、リアンのエンジ色のジャージの袖を、キュッと小さく引っ張った。
「……今日、闘技場でのリアン君……とっても、とってもかっこよかったですわ」
「は?」
突然の直球の褒め言葉に、リアンは思わず変な声を漏らした。
「クラウス様と本気で剣を交える姿も素敵でしたけれど……。暗殺者たちから、わたしたちを守るために戦ってくれた時。……リアン君、クラウス様に背中を預けていましたわよね」
ルナは、上目遣いでリアンの黒い瞳をジッと見つめた。
「リアン君はいつも、魔法(通販)や召喚獣を使って、一人で何でも解決しようとしていました。……でも今日は、クラウス様を信じて、キャルルちゃんを信じて、リーザさんやわたしを信じてくれました」
「……」
「それが、わたし……なんだか、すごく嬉しかったんですの。リアン君が、わたしたちのことを本当の『仲間』だって、認めてくれたみたいで」
ルナの甘く、そして真っ直ぐな言葉に、リアンはバツの悪そうな顔をして視線を逸らした。
冷徹なCFOとして振る舞っているつもりが、この純粋なエルフの少女には、自分の内面的な変化が完全にバレてしまっている。
「……勘違いすんな。あれはただの『リスク分散』だ。アタッカーとしてのクラウスの価値を計算に入れた方が、効率的に敵を処理できるって判断しただけだ」
リアンは、いつものように理屈をこねて誤魔化そうとする。
だが、ルナはクスクスと笑って、リアンの袖を掴む手に少しだけ力を込めた。
「ふふっ。素直じゃありませんわね。……でも、そういう不器用で優しいところも、わたしは……好きですわよ」
「っ……!」
『好き』という単語が飛び出した瞬間、リアンの心臓が、柄にもなく大きく跳ねた。
ルナの顔が、わずかに距離を詰めてくる。月明かりに照らされた彼女の唇は艶かしく、周囲には世界樹の森を思わせる、甘く清浄な香りが漂っていた。
静まり返ったタコ部屋で、二人の視線が交差する。
クラウスたちの寝息だけが響く中、甘酸っぱく、そして熱を帯びた空気が二人の間を満たしていく。
「……お前、ルンベルスが注いでたワイン、間違えて飲んだんじゃないのか。すっかり酔っ払ってやがる」
リアンは、必死に平静を装いながら、ルナの額を指先で軽くピンッと弾いた。
「きゃっ。……もう、痛いですわ、リアン君」
ルナが涙目で額を押さえる。
「酔っ払いの相手は時間外労働だ。……ほらよ、これでも飲んで大人しく寝ろ」
リアンは、キッチンカウンターの奥から、温かいマグカップを二つ取り出し、一つをルナの前にコトンと置いた。
中には、蜂蜜がたっぷりと溶かされた、甘い香りの『ホットミルク』が入っていた。
「……ホットミルク。作ってくれていたんですか?」
ルナが、マグカップを両手で包み込みながら、嬉しそうに微笑む。
「寝付きが良くなるように、ただの在庫処理だ。……勘違いすんなよ」
リアンは、自分用のマグカップを口に運びながら、プイッとそっぽを向いた。
だが、その耳の先が少しだけ赤くなっているのを、ルナは見逃さなかった。
「ふふっ。はい、ありがとうございます。……とっても甘くて、温かいですわ」
恋人という枠にはまだ収まらない。
だが、誰よりも深く信頼し合い、互いの不器用さと優しさを完全に理解し合っている二人。
薄暗いタコ部屋の片隅で、マグカップから立ち上る湯気を挟んで、二人は言葉少なに、しかし最高に穏やかで甘い時間を共有していた。
身分という壁をぶち壊し、理不尽な陰謀を完全な黒字(大勝利)で叩き潰したSクラス。
彼らの騒がしくも温かい青春は、これからも止まることなく、どこまでも特大の利益を弾き出しながら続いていく。
『侯爵家の堅物執事と、Sクラス頂上決戦』
——【暗殺ギルドの完全解体にて決算完了】!!
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