EP 19
主人公の成長(信頼という資本)と、堅物執事の完全なるデレ
ルナミス学園・第一闘技場。
先ほどまで『黒き毒蛇』の暗殺者たちが血走った目で駆け回っていたコロシアムは、今や嘘のように静まり返っていた。
「シャァッ!」
リアンの影から実体化した召喚獣・影丸が、タローマン製の軍事用ワイヤーを器用に操り、気絶した暗殺者たちを次々と『簀巻き(すまき)』にしていく。
ほぼ下着姿で泡を吹いているリーダーを含め、数十人の屈強な男たちが、まるで出荷を待つマグロのように一箇所に転がされていた。
「さて、と。……学園の警備隊(ゴミ回収業者)には連絡を入れておいた。あとは監査局がこいつらを引き取って、分家もろとも綺麗に『清算』してくれるだろうさ」
リアン・シンフォニアは、ネクタイを締め直し、大きく伸びをした。
「まったく……。面倒な不良債権(仕事)だったが、結果的に見れば特大の黒字になったな」
「ええ。全財産(お財布)を没収しましたからね! これでしばらくは、タコ部屋のエンゲル係数を気にせず高級肉が食べられますわ!」
リーザが、みかん箱をポンポンと叩きながら黄金色の笑顔を浮かべる。
「あー、疲れた! 私の安全靴、よく見たらちょっとヒビ入っちゃったよ。リアン、これ経費で落ちるよね?」
キャルルが、毒刃を蹴り砕いた右足をブラブラさせながらリアンに駆け寄る。
「……フッ、お前が身を挺して『顧客』を守ったんだ。特上のボーナスを上乗せして、タローマンの最新モデルを支給してやるよ」
リアンがキャルルの頭を乱暴に、しかし優しく撫でる。
「ふふっ。みなさん、本当にお怪我がなくてよかったですわ。……ルンベルス様も、もうお体は大丈夫ですか?」
ルナが、傍らで立ち尽くしている老執事を気遣って、聖母のように微笑みかけた。
「……はい。ルナ様、キャルル様。そしてリーザ様。貴女方には、なんとお礼を申し上げて良いか……」
ルンベルスは、深く、深く頭を下げた。
その瞳には、先ほどまでの「身分絶対主義」の冷たさは欠片もなく、ただ純粋な感謝と、己の愚かさを恥じる大粒の涙が浮かんでいた。
「私は……貴方方を『掃き溜め』と呼び、坊ちゃまのレベルを下げる害悪だと決めつけておりました。それなのに貴方方は、私のような老いぼれのために命を懸け、神聖なる癒やしを与え、そして……」
ルンベルスは、リアンとクラウスの二人に視線を向けた。
「なにより……。あのような、背中を完全に預け合う『戦友』としての絆。……私の長年の教育(常識)など、このSクラスという環境の前に比べれば、なんとちっぽけで無価値なものだったか」
ルンベルスは、再びリアンに向かって最敬礼をした。
「リアン様。貴方様のその知略、そして仲間を導く器の大きさ。……完敗でございます。クラウス坊ちゃまは、アルヴィン侯爵家の歴史上、最も素晴らしい『友』を得られた。……どうかこれからも、坊ちゃまをよろしくお願いいたします」
「……だから、頭を上げろって言ってんだろ、爺さん」
リアンはやれやれと首を横に振ったが、その口元には、悪い気のしない笑みが浮かんでいた。
「よろしくも何もねぇ。クラウスは俺のシマの、一番の稼ぎ頭だからな。……こいつがいねぇと、俺の商売が成り立たねぇんだよ」
「はははっ! 言うじゃないか、リアン!」
クラウスが、リアンの背中をバンッと叩いた。
「だが、僕の方こそ驚いたよ。……君が、あそこまで僕の剣を信頼して、一切の援護魔法を使わずに背後を任せてくれるなんてな」
クラウスの言葉に、リアンはふと、自身の『変化』に気づいた。
——思えば、Sクラスが結成されたばかりの頃。
リアンは、己の前世の知識と『ネット通販』というチート能力、そして召喚獣たちの圧倒的な力だけで、すべての不良債権を「自分一人で」処理しようとしていた。
他人の力など不確定要素でしかない。自分がすべてを管理する方が、確実で効率的だと考えていたからだ。
(だが……いつの間にか、俺はこいつらを『計算』に入れて戦うようになっていた)
背後から奇襲が来ても、クラウスが絶対に防いでくれる。
誰かが傷ついても、ルナが絶対に癒やしてくれる。
どんな理不尽な攻撃も、キャルルが最前線で打ち砕いてくれる。
そして、どんなシリアスな盤面でも、リーザが斜め上のバグで空気をひっくり返してくれる。
「……『信頼』ってのは、最高の資本だな」
リアンは、タコ部屋の仲間たちを見渡し、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
一人では出せない火力を、この五人なら生み出せる。
社長がすべてを一人で抱え込む三流企業から、社員(仲間)の実力を完全に信じ、背中を預ける【最強の優良企業(Sクラス)】へと。
リアン・シンフォニアは、CFOとして、そして一人のリーダーとして、確かな成長を遂げていたのである。
「リアン様!」
不意に、ルンベルスが顔を上げ、真剣な——いや、どこかキラキラとした瞳でリアンに詰め寄ってきた。
「このルンベルス、深く反省いたしました! 坊ちゃまがこれほどまでに愛するSクラスの素晴らしさ、この身をもって理解いたしましたぞ!」
「お、おう。分かってくれたならそれでいい。……そんなに顔を近づけんな」
リアンが少し身を引く。
「つきましては! 私もこのSクラスの活動に、何か貢献させていただけないでしょうか!? タコ部屋の清掃、武器の研磨、お茶汲みから洗濯まで! なんならリーザ様のみかん箱の角の補修も、このルンベルスが完璧にこなしてみせます!!」
「えぇっ!? 侯爵家の筆頭執事様が、そんな雑用を!?」
ルナが目を丸くする。
「おぉっ! じゃあ、私の安全靴もピカピカに磨いてくれるの!?」
「みかん箱の補修!? さすがはプロの執事様ですわ! 無料なら大歓迎ですのよ!!」
キャルルとリーザが、ルンベルスの見事なまでの『デレ(忠犬化)』に大はしゃぎする。
「おいおい……堅物爺さんが、すっかりSクラスの空気に染まっちまったな」
クラウスが、嬉しそうにお腹を抱えて笑った。
「……やれやれ。人件費(タダ働き)が一人増えたと思えば、悪くねぇか」
リアンもまた、呆れながらも楽しげに笑い、パンッと柏手を打った。
「よし! 暗殺者共の引き渡しは影丸に任せよう! 俺たちはさっさと『タコ部屋』に帰還するぞ!」
リアンは、仲間たちを振り返り、極上の三ツ星スーシェフの笑みを浮かべた。
「今日は、リーザの12歳の誕生日祝いと、特大の不良債権処理を記念した【大決算パーティー】だ。……冷蔵庫には俺の特製『純白のイチゴショートケーキ』が冷えてるし、押収した資金でタローマンから最高級の霜降り肉を山ほど取り寄せてある!」
「「「うおおおおおおおおっ!!!! 肉ぅぅぅぅッ!! ケーキぃぃぃッ!!」」」
ヒロイン三人と、クラウスまでもが歓喜の雄叫びを上げる。
「ルンベルス! あんたも来い! アルヴィン侯爵家のディナーにも負けねぇ、Sクラス流の『極上のフルコース』を味わわせてやるよ!」
「よ、よろしいのですか……!? ありがとうございます、リアン様! このルンベルス、王都から持参した侯爵家秘蔵の『百年物のヴィンテージワイン』を提供させていただきますぞ!!」
ルンベルスが、すっかり「気の良いお爺ちゃん」の顔になって感涙する。
身分という壁をぶち壊し、本気の拳と圧倒的な実力で繋がった最強のチーム。
彼らは皆、最高に晴れやかな笑顔で闘技場を後にし、自分たちの愛する居場所——『タコ部屋』へと向かって歩き出した。
『侯爵家の堅物執事と、Sクラス頂上決戦』。
残すは、この物語を締めくくる、最高に美味しくてワチャワチャした【決算の宴】と……甘酸っぱいエルフのイチャつき(デザート)のみである。
読んでいただきありがとうございます。
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