EP 18
激怒のCFOと、社会的な完全抹殺(上場廃止宣告)
「物理でのボコボコと、アイテムの全没収は終わった。……だが、俺のシマ(Sクラス)に手を出した落とし前は、こんなもんじゃ終わらねぇぞ」
ルナミス学園・第一闘技場。
ほぼ下着姿となり、ガタガタと震える暗殺ギルド『黒き毒蛇』のリーダーの胸ぐらを、リアン・シンフォニアが片手で軽々と締め上げた。
「ヒッ……! 悪かった、謝る! 命だけは、命だけは助けてくれェッ!」
先ほどまでの残忍な態度はどこへやら、リーダーは涙と鼻水を撒き散らしながら命乞いを始める。
その周囲では、気絶していた暗殺者の残党数名がピクピクと動き出し、リアンの背後から卑劣な奇襲をかけようとしていた。
だが、リアンは後ろを振り向くことすらしない。
「……クラウス。背後(雑魚)は任せたぞ」
「ああ、往けリアン! 君の背中は、僕が完全に塞ごう!」
バチィィィンッ!!
リアンの背後に迫っていた暗殺者たちは、クラウスの放った的確で容赦のない紫電の蹴りによって、再び文字通り『黒焦げ』となって床に沈んだ。
リアンとクラウス。
互いを完全に信頼しきっているからこそ成立する、視線すら交わさない完璧な連携。その圧倒的な制圧力を前に、リーダーは完全に心をへし折られた。
「さて……。下っ端の実行犯だけを叩いて満足するような、三流の監査(仕事)をするつもりはねぇ。お前らを雇った『スポンサー』の情報を吐いてもらおうか」
リアンが冷酷な瞳で睨みつけると、リーダーは首を激しく横に振った。
「そ、それだけは言えねェ! ギルドの掟だ! 依頼人の情報を漏らせば、俺は裏社会から消されちまう!」
「……フッ。言いたくないなら、無理に喋らなくていいさ」
リアンは、呆れたようにリーダーを床に放り投げると、傍らでホクホク顔をしているリーザの『みかん箱』へと歩み寄った。
そして、先ほどリーザが強制没収した戦利品の山の中から、血の匂いが染み付いた『一冊の黒革の帳簿』と、『羊皮紙の束』を無造作に引っ張り出したのだ。
「あッ!? そ、それは……ッ!」
リーダーの顔が、今度こそ本物の絶望に染まる。
「プロの暗殺者(業者)なら、依頼書や前金の記録くらいキッチリ残してるに決まってるからな。……どれどれ」
リアンは、ペラペラと黒革の帳簿をめくった。
そこには、アルヴィン侯爵家の分家の名と、今回の『筆頭執事ルンベルスの暗殺依頼』、さらには分家が長年にわたって横領してきた裏金の流れが、事細かに記録されていた。
「……なるほど。アルヴィン侯爵家の分家……バルドー男爵か。本家の威光を笠に着て、領地の税をちょろまかして裏金作り。それをルンベルスに嗅ぎつけられたから、ギルドを雇って口封じってわけだ」
リアンは、極悪スーシェフの笑みを深めた。
「典型的な『不正会計(クソみたいな不良債権)』だな。……クラウス、お前んちの親戚、随分と腐ってやがるぞ」
「……お恥ずかしい限りだ」
クラウスが、剣を収めながら深くため息をついた。
「お父様も薄々感づいておられたからこそ、ルンベルスに極秘の監査を命じたのだろう。……まさか、暗殺ギルドまで雇うほど腐敗が進んでいたとはな」
「ご、ご勘弁を……! その帳簿が世に出れば、俺たち『黒き毒蛇』は侯爵家から完全に潰される! 頼む、返してくれェッ!」
リーダーが土下座をして懇願するが、リアンは冷たく見下ろした。
「潰される? 勘違いするなよ、モブ暗殺者」
リアンは、懐から自身のスマートフォン(ネット通販端末)を取り出した。
「お前らが俺のシマと、俺の親友を舐めた落とし前だ。……お前らのギルドごと、スポンサー(分家)を今日付けで『上場廃止(貴族剥奪)』にしてやるよ」
ピピッ。
リアンが端末を操作すると、空中に半透明の『ホログラムウインドウ』が展開された。
それは、リアンが前世の知識とチート能力で密かに構築していた、【情報拡散用の裏ツール(プレミアム会員専用ネットワーク)】である。
「影丸。この裏帳簿と依頼書を、すべてスキャンしろ」
「シャァ!」
リアンの影から飛び出した召喚獣・影丸が、目にも留まらぬ速さで帳簿をめくり、そのすべてのページを端末のカメラへと読み込ませていく。
「な、何をしているのですか、リアン殿……?」
ルンベルスが、初めて見る高度な魔導具の挙動に驚き、問いかけた。
「簡単なことだ、爺さん。あんたが命懸けで集めようとしていた『証拠』を、今この瞬間、一番効果的な場所へ【一斉送信】してやってるんだよ」
リアンは、画面に表示された送信先のリストをタップした。
「送信先その1。……帝国監査局・特別捜査部。
送信先その2。……王都最大の部数を誇る『帝都魔法新聞社』の第一報ポスト。
送信先その3。……クラウスの親父さんである、アルヴィン侯爵本人の直通魔導通信。
……ついでに、裏社会のギルド元締めにも、こいつらが依頼人の情報を杜撰に管理していた証拠をバラ撒いておこう」
「な、ななななっ!?」
リーダーが泡を吹いてひっくり返った。
「送信」
ピロリン♪
軽快な電子音と共に、分家のすべての悪事と、暗殺ギルドの関与を示す決定的な証拠が、帝国の司法、メディア、そして本家へと、瞬時に、かつ同時多発的に拡散された。
「……これで終わりだ」
リアンは端末を懐にしまい、悪魔のような冷徹な笑みを浮かべた。
「今頃、王都の監査局が分家の屋敷に強制捜査に入ってるだろうさ。魔法新聞は夕刊の号外を刷り始め、侯爵本人は私兵を動かしている。……裏社会からも見放されたお前ら暗殺ギルドに、明日生きる場所はねぇよ。完全な『自己破産』だ」
物理的な暴力だけでなく。
社会的な地位、財産、名誉、そして逃げ道。
そのすべてを、たった一つの端末操作で完全に、そして無慈悲に粉砕してみせたのだ。
「あ、あばばばばば……」
リーダーは完全に白目を剥き、絶望のあまりその場で気絶してしまった。
静まり返った闘技場の中。
ルンベルスは、震える足で立ち上がり、リアンのその横顔を畏怖の目で見つめていた。
(なんという……なんという恐ろしい少年だ)
大貴族の分家を潰す。それは本来、何ヶ月もの根回しと、法的な手続き、そして権力闘争を経てようやく成し遂げられる一大事業である。
それを、この黒髪の少年は、涼しい顔をして、ものの数分で終わらせてしまった。
暴力(剣術)の腕が立つだけではない。その頭脳、情報網、そして敵を社会的にも完全に抹殺する冷徹なまでの『覇道』。
(この少年を……私は『格下』と呼び、坊ちゃまのレベルを下げると言ったのか。……とんでもない。むしろ逆だ)
ルンベルスは悟った。
クラウス・アルヴィンという真っ直ぐすぎる天才剣士の隣には、これほどまでに頼もしく、これほどまでに恐ろしい『知恵者』が必要不可欠なのだと。
「……恐れ入りました」
ルンベルスは、リアンに向かって、今度こそ、貴族の作法に乗っ取った最も深く、最も敬意に満ちた礼(最敬礼)をとった。
「シンフォニア男爵家がご子息、リアン様。……貴方様のその知略と、仲間のために見せたその怒り。アルヴィン侯爵家の筆頭執事として、心よりの感服と、謝罪を申し上げます。……私の目が、完全に曇っておりました」
老執事の心からの謝罪。
それは、リアンという男が、圧倒的な実力をもって、貴族の理不尽な常識を完全に屈服させた瞬間であった。
「……頭を上げろよ、爺さん」
リアンは、首の後ろをガシガシと掻きながら、いつもの面倒くさそうな、それでいてどこか温かい少年の顔に戻った。
「俺たちは別に、高尚な貴族様じゃない。……ただの『Sクラス』だ。自分たちのシマとダチを守るために、当たり前の仕事をしただけさ」
「ああ、そうだとも! ルンベルス、これで分かってくれただろう! これが僕の最高の親友たちだ!」
クラウスが、リアンの肩をバンバンと叩きながら誇らしげに笑う。
「……はい、坊ちゃま。本当に、素晴らしいご学友を持たれましたな」
ルンベルスもまた、涙ぐみながら深く頷いた。
暗殺ギルドの完全なる解体と、分家の社会的抹殺。
Sクラスに売られた最悪の不良債権は、CFOの極悪な盤外戦術によって、これ以上ないほど完璧な【黒字(大勝利)】として処理されたのである。
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