EP 17
エルフの神聖解毒と、強欲アイドルの強制差し押さえ(全財産没収)
「ヒャハハハハハッ!! ザマァ見やがれ!! 俺の塗った特製の『黒蛇毒』は、掠っただけでも一分で心臓を止める猛毒だァ!!」
ルナミス学園・第一闘技場。
暗殺ギルド『黒き毒蛇』のリーダーが、毒に倒れたアルヴィン侯爵家筆頭執事・ルンベルスを見下ろして狂ったように高笑いする。
「解毒薬は俺しか持ってねェ! ジジイを助けたければ、這いつくばって命乞いを——」
「……うっさいですわね。三流の悪役みたいな長台詞、耳障りですのよ」
リーダーの勝ち誇った言葉を遮るように。
観客席から闘技場へとトコトコと降り立ったのは、エルフの次期女王ルナと、段ボール製のみかん箱を脇に抱えた芋ジャージのアイドル・リーザであった。
「クラウス様、ルンベルス様をこちらへ。……すぐに解毒いたしますわ」
ルナは、苦痛に顔を歪めるルンベルスの傍らにふわりと跪いた。
そして、毒によってどす黒く変色し始めたルンベルスの頬の傷跡に、そっと両手をかざす。
「な、何を馬鹿な! その毒は普通の魔法じゃ絶対に治らねェ! 専用の血清がなきゃ——」
リーダーが嘲笑しようとした、その瞬間。
「『大樹の息吹』」
ルナの白魚のような両手から、闘技場全体を包み込むほどの、圧倒的で純粋な『エメラルドグリーンの光』が溢れ出した。
それは、並の治癒魔法などではない。アナスタシア世界において最高峰の生命力を誇る、世界樹の加護を直接引き出す【神聖魔法】の極致であった。
「なっ……!? なんだ、この光は……ッ!?」
暗殺者のリーダーが、その眩しさに思わず腕で顔を覆う。
「あ、あぁ……」
ルンベルスは、自身の身体を包み込む温かく優しい光に、大きく目を見開いた。
先ほどまで全身の神経を焼き切るように駆け巡っていた激痛と痺れが、嘘のようにスゥッと引いていく。どす黒かった頬の傷は、瞬く間に本来の肌色を取り戻し、傷跡一つ残さずに塞がってしまった。
「お怪我の具合は、いかがですか? ルンベルス様」
ルナが、慈愛に満ちた聖母のような微笑みを浮かべ、ルンベルスの顔を覗き込む。
「貴女は……エルフ族の……。いや、これほどの神聖魔法、まさか……王族の方ですか……?」
ルンベルスは、震える声で尋ねた。
彼ほどの見識があれば、今受けた魔法がどれほど規格外で、どれほど高位の存在にしか扱えないものか、痛いほどに理解できた。
「わたしはただの、Sクラスのルナですわ」
ルナはフルフルと首を横に振り、ニコリと笑った。
「ルンベルス様。クラウス様の大切な『家族』は、わたし達Sクラスにとっても、大切なお客様ですの。……お客様を危険な目に遭わせるわけには、いきませんわ」
その純粋で真っ直ぐな言葉に、ルンベルスの胸が再び熱く締め付けられた。
獣人の少女は己の身を挺して刃を砕き。
エルフの少女は、見ず知らずの老人のために惜しげもなく最高位の神聖魔法を行使する。
彼らは皆、クラウスの『友』であるという、ただそれだけの理由で、見返りなど一切求めずに全力を尽くしてくれているのだ。
(これが、坊ちゃまの選んだ『環境』……。私が『掃き溜め』と蔑んだ、Sクラスの真の姿……)
ルンベルスは、己の傲慢さを深く恥じ、ルナに向かって深く、深く頭を下げた。
「……あり、がとう……ございます。この老いぼれの命、お救いいただき……っ」
「バ、バカナァァァッ!?」
一方、自慢の猛毒を一瞬で無効化された暗殺者のリーダーは、パニックを起こして後ずさった。
「俺の黒蛇毒が……! エルフの小娘一人の魔法で、完全に消し飛んだだとォ!?」
「ですから、うっさいと言ってますのよ、モブ暗殺者」
ドンッ!!
リーダーの目の前に、リーザが乱暴に『みかん箱』を叩きつけた。
「ア、アイドル……? なんだテメェは! フザケるな、俺にはまだ、全身に仕込んだ無数の暗器が——」
リーダーが、狂乱状態になりながら懐のナイフを引き抜こうとする。
「アイドルのライブ(治療)の邪魔をするなんて、万死に値するアンチですわね」
リーザは、ジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、ニヤァァァッと、この世のすべての富を強奪せんばかりの『強欲な笑み』を浮かべた。
「あんたの持ってるその解毒薬も、隠し持ってる暗器も、ついでにお財布の中身(賞金)も! 宴会の資金として、ぜーんぶ私が『強制差し押さえ』させていただきますわぁぁっ!!」
リーザの瞳が、ギラリと黄金色に輝いた。
その瞬間。彼女のユニークスキルである【貧乏神のバグ能力】が、闘技場に炸裂した。
「……へ?」
リーダーが間抜けな声を上げた。
シュゴォォォォォォォォォォッ!!!!
リーザの足元にあるみかん箱が、まるで超強力な『ブラックホール(掃除機)』のように、凄まじい吸引力を発揮し始めたのだ。
ただし、吸い込んでいるのは「空気」ではない。ターゲットが所有している【資産】のみをピンポイントで吸い尽くす、理不尽極まりない強制没収システムである。
「な、なんだ!? 俺のナイフが!? 毒瓶がァ!?」
スポポポポポポポーンッ!!
リーダーの懐やベルトに隠されていた数十本の投げナイフ、猛毒の入った小瓶、煙玉、さらには予備の武器までが、まるで見えない糸で引っ張られるように、次々と彼の手元から離れ、リーザのみかん箱の中へと吸い込まれていく。
「や、やめろォォォッ!! それは俺の商売道具——アベェェェッ!?」
チャリン、チャリン、ジャラララララララッ!!
武器だけではない。リーダーの懐に大事にしまわれていた『分家からの前金(金貨の入った袋)』までもが、見事な放物線を描いてみかん箱のお賽銭口へとダイブしていった。
「あーっはっはっはっは! スーパーチャット(お布施)、ありがとうございますわぁぁっ!! さすがはプロの暗殺者、いい隠し財産を持ってますのね!!」
リーザが、みかん箱の上で歓喜のダンスを踊り狂う。
「俺の金貨ァァァッ!? 返せ、ドロボーッ!!」
リーダーが涙目でみかん箱に取りすがろうとするが、時すでに遅し。
気がつけば、彼はすべての武器、アイテム、そして所持金を奪われ、おまけに防具の金具まで吸い込まれたせいで、ズボンがずり落ちて『ほぼ下着姿』という、暗殺者として最も情けない姿で闘技場に立ち尽くしていた。
「……完璧な丸腰(自己破産)だな。ご苦労だった、リーザ」
リアンが、ネクタイを締め直しながらゆっくりと歩み寄ってくる。
「ふふっ。お見事だ、リーザ嬢。これで彼らは、文字通り手も足も出ないというわけだ」
クラウスも、紫電の闘気を収め、爽やかな笑顔で後に続く。
その光景を見ていたルンベルスは、もはや言葉を失っていた。
圧倒的な武力で敵を制圧するアタッカー二人。
仲間のために命を投げ出す絶対の盾。
いかなる傷も癒す至高のヒーラー(ルナ)。
そして、敵の戦力と資金を瞬時に根こそぎ奪い取る、規格外のトリックスター(リーザ)。
(完璧だ……。なんて完璧な、そして恐ろしい連携なのだ……)
彼らは、個々の力が規格外であるだけでなく、互いの役割を完全に理解し、最善の行動をノータイムで実行できる。
これが、アルヴィン侯爵家の至宝たるクラウスが、己のすべてを懸けても良いと惚れ込んだ『最強のチーム』。
「ルンベルス。……君の目には、まだ彼らが『掃き溜めの集まり』に見えるか?」
クラウスが、ルンベルスの前に立ち、誇らしげに問いかけた。
「……いいえ」
ルンベルスは、ゆっくりと首を横に振った。その顔には、憑き物が落ちたような、清々しい表情が浮かんでいた。
「私の目が、完全に曇っておりました。……坊ちゃまには、最高の『友』がいらっしゃる。彼らこそ、真のノブリス・オブリージュを体現する、高潔なる者たちです」
ルンベルスの心からの謝罪と称賛。
それは、リアンたちSクラスが、大貴族の偏見(常識)を実力と絆で完全に打ち砕いた瞬間であった。
「……さて」
感動的な空気に包まれる中、リアンだけは、一人冷徹なCFO(財務責任者)の顔に戻り、ほぼ下着姿でガタガタと震えている暗殺者のリーダーの胸ぐらを掴み上げた。
「物理でのボコボコと、アイテムの全没収は終わった。……だが、俺のシマ(Sクラス)に手を出した落とし前は、こんなもんじゃ終わらねぇぞ」
リアンの瞳に、極悪非道なビジネスマンの光が宿る。
「下っ端の実行犯だけを叩いて満足するような、三流の監査(仕事)をするつもりはねぇ。……お前らのスポンサー(分家)ごと、今日付けで完全に『倒産』させてやる」
Sクラスによる、暗殺ギルドとその黒幕に対する【社会的な完全抹殺】のプロセスが、今、リアンの手によって冷酷に執行されようとしていた。
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