EP 14
Sクラス頂上決戦! 紫電と薄刃、そして熱き殴り合い(クロスカウンター)
翌日、正午。ルナミス学園・第一闘技場。
普段は模擬戦の授業で使われる広大な石造りのコロシアムは、今、異様な静寂と緊張感に包まれていた。
観客席には、固唾を呑んで闘技場を見下ろすルナ、キャルル、リーザの三人。
そして、その少し離れた場所で、腕を組みながら冷徹な視線を送るアルヴィン侯爵家筆頭執事・ルンベルスの姿があった。
「……愚かな。アルヴィン侯爵家の至宝であるクラウス坊ちゃまに、平民同然の男爵子息が剣で挑むなど。一瞬で勝負は決まります」
ルンベルスが冷ややかに呟く。
だが、闘技場の中央で向かい合う二人の間には、身分や家柄などというちっぽけな壁は、すでに存在していなかった。
「……いい風だ。絶好の『証明』日和だな、リアン」
クラウスが、愛用の魔剣を引き抜きながら、楽しげに笑う。
その全身からは、すでに強烈な紫色の稲妻(闘気)がバチバチと音を立てて溢れ出していた。彼が本気で戦う時にのみ見せる、最高密度の魔力放出である。
「ああ。さっさとテスト(人事評価)を終わらせて、昼飯の仕込みに戻らねぇとな」
リアンは、腰の長剣をゆっくりと抜き放った。
一切の魔力を纏わない、ただ極限まで研ぎ澄まされただけの薄刃。それを、まるで前世の厨房で野菜の皮を剥く時のような、脱力した自然体で構える。
「行くぞ、リアン!!」
ダンッ!!
闘技場の石畳が爆発し、クラウスの姿が消えた。
雷速の踏み込み。一瞬にしてリアンの懐へと潜り込んだクラウスが、紫電を纏った必殺の一撃を上段から振り下ろす。
「『紫電・迅雷刃』!!」
空気を焦がす轟音と共に、一撃必殺の雷の刃がリアンに迫る。
観客席のルンベルスが「決まった」と確信した、その瞬間。
「……火の通りが早すぎるな。もう少し『薄く』削ぐか」
リアンは、焦るどころか、極めて冷静な料理人の目で、迫り来る雷撃の軌道を『見切った』。
彼は手首のスナップだけを使い、手にした長剣を下から上へと、滑らかに、そして異常な速度で振り上げた。
シュガァァァァァァンッ!!!!
「なっ……!?」
クラウスが驚愕に見開いた目の前で、信じられない現象が起きた。
リアンの放った一閃が、クラウスの纏う『紫電の魔力』そのものを、まるで巨大な魚の身を切り分けるかのように、綺麗に【三枚おろし】にしてしまったのだ。
両断された雷撃は、リアンの身体の左右を通り抜け、後方の石壁に着弾して大爆発を起こす。
だが、リアン自身には一本の髪の毛すら焦げ跡がない。
「……嘘、だろう? 私の雷撃を、魔力ごと『斬った』だと!?」
「お前の雷撃、スジが多くて切りにくいな。……だが、素材(魔力)の鮮度は抜群だ」
リアンは剣をクルクルと回し、ニヤリと笑った。
「バ、バカナ……! 魔力を持たぬただの剣戟で、坊ちゃまの紫電を相殺したというのか!?」
観客席のルンベルスが、目を見開いて身を乗り出した。
リアンが行ったのは、魔法の無効化ではない。
前世の三ツ星スーシェフとして、何万匹という魚や肉の『繊維』を見極め、斬り裂いてきた圧倒的な包丁捌き。それを極限まで研ぎ澄まし、剣術に昇華させた結果……彼は、相手の放つ魔力の『繊維(流れ)』すらも視覚化し、その一番脆い部分に刃を滑り込ませて解体(三枚おろし)してしまうという、規格外の【天然ボケ(凄すぎる技術)】へと到達していたのだ。
「ハハッ……! はははははっ! やはり君は最高だ、リアン!」
クラウスは、自身の絶技を防がれたというのに、心の底から歓喜の笑い声を上げた。
「これならどうだ! 『紫電・乱れ十文字』!!」
「火力が強すぎる。強火で焦がすな」
ガキィィィィィンッ!! キィィィンッ!! ズバァァァンッ!!
闘技場の中央で、紫色の雷光と、銀色の閃光が凄まじい速度で交錯する。
クラウスが放つ剣戟の雨を、リアンは最小限の動きで、すべて『調理』していく。
雷を削ぎ落とし、闘気を輪切りにし、剣の軌道を捌く。
一歩間違えれば即死の攻防の中で、二人はまるでお互いの呼吸を確かめ合うように、極上の笑みを浮かべていた。
「すごい……! クラウス様の本気の攻撃を、リアン君が全部防いでいますわ!」
ルナが、祈るように両手を握りしめながら感嘆の声を上げる。
「あれ、防いでるんじゃないよ! リアン、クラウス君の剣の力を利用して、カウンターのタイミングを計ってるんだ!」
キャルルの獣人の動体視力が、リアンの恐るべき盤外戦術(リスク計算)を見抜く。
「あの男爵子息……! これほどまでの剣の腕を隠し持っていたというのか……!?」
ルンベルスは、信じられないものを見るような目で、額に冷や汗を浮かべていた。
名門アルヴィン家の至宝と、互角。いや、技術だけを見れば、荒れ狂う雷を完璧にコントロールしているリアンの方が、一枚上手であるようにも見えた。
「往くぞ、リアン! これが僕の、最大火力だァァァッ!!」
クラウスが、全魔力を魔剣に注ぎ込み、闘技場の空気がプラズマでチリチリと焼け焦げる。
巨大な紫電の刃が、クラウスの頭上に形成された。
「……上等だ。極上のメインディッシュ、俺の三ツ星の包丁で、綺麗に捌いてやる」
リアンもまた、剣を腰だめに構え、極限の集中力を高めた。
「「うおおおおおおおおっ!!!!」」
ドッゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
最強の雷撃と、極致の薄刃が、闘技場の中央で真っ向から激突した。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、観客席のルナたちが強風に身を庇う。ルンベルスでさえ、その余波でマントを激しく煽られた。
砂煙が晴れた後。
闘技場の中央には、驚くべき光景が広がっていた。
パキンッ……。
クラウスの魔剣と、リアンの長剣。
互いの規格外の威力が正面から衝突した結果、両者の剣は完全に限界を迎え、同時に『へし折れて』弾き飛ばされていたのだ。
「……あーあ。俺の愛用の包丁が、刃こぼれ通り越して折れちまった」
リアンが、柄だけになった剣をポイと捨てる。
「ふふっ……。僕の魔剣も、君の捌きに耐えきれなかったようだ」
クラウスもまた、折れた剣を投げ捨てた。
両者、武器喪失。
普通の決闘であれば、ここで『引き分け』となるか、魔力残量で勝るクラウスの勝利となるだろう。ルンベルスも、そう思って息を吐き出そうとした。
だが。
「……おい、クラウス。まだ『お腹いっぱい』じゃねぇだろ?」
リアンが、ネクタイを少し緩め、両手を軽く握り込んでファイティングポーズをとった。
「ああ……もちろんだとも。最高のフルコースの後は、極上の『デザート(拳)』が待っているものだからな!」
クラウスもまた、マントを脱ぎ捨て、泥臭く両拳を構えた。
「行くぜ、親友!」
「来い、相棒(CFO)!」
ダッ!!
二人は同時に地を蹴り、武器を持たない素手同士で、正面から激突した!
ドゴォッ!!
リアンの右ストレートが、クラウスの頬を捉える!
「やるなリアン! お前、雷なしでも重い拳してやがる!」
バキィッ!!
クラウスの左フックが、リアンの顎を跳ね上げる!
「痛ぇな! さすが名門の嫡男様、お行儀のいいパンチだぜ!」
魔法も、剣術も、身分も関係ない。
ただの12歳の少年二人が、互いの実力と存在を心の底から認め合い、全力で拳をぶつけ合う。
「なんだ、あれは……。あのような泥臭い殴り合い……! 貴族の決闘とは呼べぬ……ッ!」
ルンベルスが、理解不能な光景に震える声で呟く。
「分かってないですわね、お爺さん」
隣で見ていたリーザが、みかん箱に座りながら得意げに鼻を鳴らした。
「あれが、私達Sクラスの『頂上決戦』ですわ。……お互いを完全に信頼しきっているからこそできる、最高のコミュニケーションなんですのよ」
「……信頼、だと?」
ルンベルスは、闘技場の中央で、泥だらけになりながらも心の底から楽しそうに笑い合い、拳を交える二人の姿から目が離せなかった。
そこには、彼が今までクラウスに教えてきた「格下を見下し、環境を選ぶ」というノブリス・オブリージュの姿は微塵もない。
あるのは、魂のレベルで対等な【本物の友】の姿だけだった。
「ハァッ……! ハァッ……! まだまだだぞ、リアン!」
「ぜぇっ……! はぁっ……! お前こそ、バテてんじゃねぇぞ、クラウス!」
互いの体力が限界に近づき、最後の一撃を放とうと、二人が大きく拳を振りかぶった。
最高の決着が、今まさに訪れようとしていた。
——しかし。
彼らのその『最高の青春(時間)』は。
上空から飛来した、卑劣で招かれざる【第三者】によって、無惨にも引き裂かれることとなる。
ズドォォォォォォォォォンッ!!!!
突如として、闘技場の天井のガラスドームが派手に砕け散り、黒装束に身を包んだ数十人の集団が、刃を煌めかせながらコロシアムへと乱入してきたのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




