EP 13
CFOの盤外戦術(リスク計算)と、負けられない理由
「……なんで俺が、お前んちの『身内の揉め事(お家騒動)』に巻き込まれて、殺し合いの真似事をしなきゃならねぇんだ。……面倒くせぇ」
ルナミス学園男子寮、タコ部屋。
クラウスからの「決闘」の申し込みに対し、リアン・シンフォニアは首の後ろをガシガシと掻きながら、心底面倒くさそうにため息をついた。
「リアン君……」
ルナが不安そうにリアンを見つめる。
リアンの言う通り、これは本来、アルヴィン侯爵家の次期当主であるクラウスと、その筆頭執事であるルンベルスの間の「教育方針の相違」という内輪揉めに過ぎない。リアンがわざわざ矢面に立って、学園最強の剣士と刃を交える義理などどこにもないのだ。
「フン。逃げるのであれば、それでも構いませんよ、シンフォニア男爵家のご子息」
ルンベルスが、氷のような冷ややかな声で告げた。あえて「ご子息」と強調することで、リアンが当主ですらない若輩者であることを見下しているのだ。
「しかし、坊ちゃまの仰る通り、これは『証明』の儀式。貴方が坊ちゃまの剣を受けることすらできず尻尾を巻いて逃げるというのであれば……坊ちゃまがこの学園に、そしてこの掃き溜めに留まる理由は完全に消失いたします」
ルンベルスは、懐から一枚の羊皮紙——侯爵家の紋章が入った公式な文書を取り出した。
「決闘の条件を明言しておきましょう。……もし男爵子息である貴方が逃亡する、あるいは決闘で坊ちゃまが勝利した場合。クラウス坊ちゃまには即刻このSクラスを脱退し、アルヴィン侯爵家の本邸へとお戻りいただきます」
「なっ……! クラウス君がいなくなっちゃうの!?」
キャルルがウサ耳をピンと立てて驚愕する。
「それだけではありませぬ」
ルンベルスの鋭い眼光が、タコ部屋の面々を射抜いた。
「侯爵家の後ろ盾を失ったこの名ばかりの『Sクラス』は、学園理事会に圧力をかけ、即日【解体(廃止)】とさせていただきます。獣人、エルフ、そして得体の知れない平民の娘……貴方方には、元の居場所(スラムや最下層クラス)へとお戻りいただくことになりますな」
「っ……!」
その宣告に、ルナとキャルルが息を呑んだ。
リーザでさえも、みかん箱を抱きしめたまま青ざめている。
Sクラス。
最初はただの「不良債権処理のためのタコ部屋(掃き溜め)」だった。しかし、数々の理不尽な事件を共に乗り越え、共に飯を食い、バカ騒ぎをしてきたこの場所は、今や彼女たちにとって、何よりも大切な『居場所』となっていたのだ。
「……なるほどな」
静まり返った部屋の中で、リアンが万年筆をデスクにコトンと置いた。
「俺が負ければ、クラウスという最強の【アタッカー(資産)】を失うだけでなく、このSクラスという【会社】そのものが強制的に不渡り(解散)にされるってわけか」
「いかにも。……それが、身の丈に合わない交友を持った男爵子息への、当然の報いというものです」
ルンベルスが冷酷に言い放つ。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ、爺さん」
リアンは、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳の奥には、面倒くさがりな少年の色はすでにない。あるのは、己のシマを理不尽に荒らそうとする外敵に向けられた、最高財務責任者(CFO)としての絶対零度の怒りだった。
「俺たちは今まで、自分たちの力で稼ぎ、自分たちの力でこの場所を守ってきた。それを、アルヴィン侯爵家という『外部の資本(権力)』を使って、一方的に解体(敵対的買収)しようってのか?」
「言葉遊びは無用です。男爵家の子息如きが、侯爵家の決定に逆らえると——」
「逆らうさ。……俺のシマの仲間(社員)を、勝手に路頭に迷わせる権利は誰にもねぇ。それがたとえ、大貴族の筆頭執事だろうがな」
リアンは、ルンベルスの冷たい視線を正面から受け止め、一切の怯みなく言い放った。
「売られた喧嘩(不良債権)は、キッチリ買い取ってやる。……クラウスの決闘、受けて立つぜ」
「リ、リアン……!」
クラウスの顔が、パッと明るく輝く。
親友が自分の「本気で戦いたい」という我儘と、執事の理不尽な条件の両方を背負ってくれたことに、彼は隠しきれない歓喜の笑みを浮かべた。
「しかし、ただ受けるだけじゃあ【割に合わねぇ(リスクが高すぎる)】」
リアンはルンベルスに向かって、一本の指を突き立てた。
「俺が勝った場合の『条件』も設定させてもらう。……もし俺がクラウスに勝つか、互角以上に渡り合って見せたら。あんたは今後一切、Sクラスの運営に口出ししない。クラウスの学園生活にも干渉しない。そして、俺たちを『ただの掃き溜め』と見下したことを、その頭を下げて撤回してもらう」
「……!!」
ルンベルスの顔が、屈辱に歪んだ。
「この私に、男爵家のご子息に頭を下げろと……!?」
「嫌ならこの話はなしだ。俺たちはこのままタコ部屋に立て籠もって、学園理事会だろうが侯爵家の私兵だろうが、全員物理で追い返してやる」
リアンが悪魔のような笑みを浮かべる。実際、彼らならそれをやり遂げてしまうだけの規格外の力があることを、ルンベルスはまだ知らない。
「……よろしい」
ルンベルスは、ギリッと奥歯を噛み締めながら頷いた。
「クラウス坊ちゃまが、貴方如きに遅れをとることなど万に一つもあり得ない。その条件、受けて立ちましょう」
「交渉成立だ。……場所と時間は?」
「明日の正午。学園の第一闘技場にて。……逃げ隠れは許しませんよ」
ルンベルスがマントを翻し、タコ部屋から退出していく。
重苦しい足音が廊下の奥へと消えていった後、部屋の中には、大きすぎる溜息が一つ落ちた。
「はぁ〜……。マジで面倒なことになっちまった」
リアンが再び首の後ろを掻きながら、ドカッと椅子に座り直す。
「……すまない、リアン」
クラウスが、申し訳なさそうに、しかしどこかウキウキとした足取りでリアンに近づいてきた。
「僕の家の事情で、君にまで重い荷物を背負わせてしまった。……だが、僕は本当に嬉しいんだ。君と、一切のしがらみなく、全霊の剣を交えることができるのだから!」
「お前なぁ……。ちょっとは自分の執事の暴走を止めろよ。嬉しそうな顔しやがって、この戦闘狂が」
リアンが呆れたようにツッコミを入れる。
「リアン君……本当に、クラウス様と戦うのですか?」
ルナが、心配そうに両手を胸の前で組んだ。
「クラウス様は、アルヴィン侯爵家の至宝……学園最強の剣士ですわ。もし、リアン君がお怪我でもしたら……」
「大丈夫だよ、ルナちゃん!」
キャルルが、バンッとリアンの背中を叩いた。
「リアンなら、いざとなったらあの『巨大な機械竜(空丸)』とか『影のお化け(影丸)』を呼び出して、闘技場ごとドカーンって吹き飛ばしちゃうでしょ! そしたら一発で勝ちだよ!」
「そうですわ! アイドルへの慰謝料も兼ねて、あの堅物執事の鼻を明かしてやってくださいませ!」
リーザも拳を突き上げて応援する。
だが、リアンは静かに首を横に振った。
「いや……今回は、召喚獣(外部委託)は使わねぇ」
「「「えっ?」」」
ヒロイン三人が、目を丸くする。
「空丸のプラズマ砲や、影丸のトラップを使えば、確かに勝てるだろうさ。だがな、これは『戦争』じゃねぇ。クラウスという最高の剣士の【実力(価値)】を推し量り、あの執事に認めさせるための『人事評価』だ」
リアンは、自身の腰に提げている一本の長剣——特別な装飾はないが、極限まで研ぎ澄まされた高品質な刃——を、ゆっくりと引き抜いた。
「飛び道具や巨大兵器で場外乱闘に持ち込んだら、あいつの『剣』と真っ向から向き合ったことにはならねぇだろ」
リアンは、抜き放った剣の刀身を、まるで前世の厨房で愛用していた『三ツ星シェフの牛刀』を見るような、鋭くも熱い眼差しで見つめた。
「あの堅物爺さんに、ハッキリと教えてやる必要がある。……クラウスの隣に立つ男は、雷(魔法)なんて使わなくても、ただの『刃(包丁)』一本で、お前らの常識を三枚おろしにできる規格外のバケモノなんだってな」
リアンのその言葉に、クラウスの全身がブルッと震えた。
親友が、自分との対決に一切の誤魔化しなしで、真っ向から『剣術』で応じようとしてくれている。その事実が、クラウスの騎士としての本能を歓喜の絶頂へと導いていた。
「……ああ。往こう、リアン。明日の正午、闘技場で。互いの持てるすべてを懸けて!」
「ふっ。せいぜい、俺の『調理(下ごしらえ)』のスピードについてこいよ、クラウス」
二人の男が、互いの実力を完全に認め合い、不敵な笑みを交わす。
Sクラスの存続と、己のシマを守るための戦い。
チート召喚獣を封印し、純粋な『剣(包丁)と雷』が激突する、Sクラス頂上決戦の火蓋が、今、静かに切って落とされたのである。




