EP 11
強欲アイドルの無限生誕祭と、アルヴィン侯爵家の堅物執事
ルナミス学園男子寮、旧用具室——通称『タコ部屋』。
数々の不良債権(ヤバい事件)を処理し、莫大な黒字を叩き出してきたSクラスの拠点であるこの部屋に、本日も極めてやかましい、そして理不尽な声が響き渡っていた。
「さあさあ、迷える患畜の皆様! 本日は誠にお日柄も良く、絶好の『お布施日和』ですわよ!!」
部屋の中央。いつもの『みかん箱』の上に立ち、エンジ色の芋ジャージに健康サンダルという正装を身に纏った人魚姫・リーザが、特注のマイクを握りしめて高らかに宣言した。
彼女の足元には、「祝・12歳! スーパーチャット(現金のみ)受付中!」とマジックで殴り書きされた、巨大な段ボール製の『お賽銭箱』がデデンと置かれている。
「皆様の愛で生かされている地下アイドル、リーザ・ルナミス! 本日、無事に『12歳の誕生日』を迎えることができましたの! さあ、恥ずかしがらずに、その財布の紐を全開にして、愛の結晶(お札)をこの箱に投げ入れてくださいませぇぇぇっ!!」
リーザが満面の笑みでウインクを飛ばし、両手を広げてスパチャを要求する。
しかし。
「…………」
「…………」
「…………」
タコ部屋の面々——リアン、クラウス、キャルル、ルナの四人は、冷ややかな目をみかん箱の上の少女に向けていた。
「あら? 皆様、どうしましたの? 感動のあまり手が震えてお財布が出せませんの? 遠慮はいりませんわよ! ほらほら、チャリンと!」
リーザがお賽銭箱をバンバンと叩く。
その瞬間。
「とぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
特注の安全靴を履いた月兎族の少女・キャルルが、みかん箱に向かって音速の踏み込みを見せた。
「『月影流・顔面ストレート』ッ!!」
「アベェェェッ!?」
ドゴォォォォンッ!!
キャルルの容赦のない右ストレートがリーザの顔面にクリーンヒットし、強欲アイドルはみかん箱もろとも吹き飛び、壁に激突してズルズルと滑り落ちた。
「痛いですわーっ!? アイドルの命である顔面になんてことをしますのーっ!?」
リーザが鼻血を押さえながら抗議する。
「うるさいっ! あんた、先月も『魔界暦での誕生日ですわ!』とか言って、同じようにお賽銭箱置いてたでしょーが!!」
キャルルがウサ耳を逆立てて怒鳴りつける。
「い、アイドルの誕生日は年に複数回あるのが常識ですの! 太陽暦、太陰暦、魔界暦、そして決算期! 全てが私の生誕祭なんですのよ!!」
「ただの集金イベントじゃねーか!!」
キャルルとリーザが、タコ部屋の床を転げ回りながらギャーギャーと取っ組み合いの喧嘩を始める。
「……やれやれ。相変わらず騒がしい奴らだ」
その様子を横目で見ながら、クラウス・アルヴィンが呆れたように、しかしどこか楽しげに微笑んだ。
「あ、あの……わたし、一応プレゼントとして、世界樹の森の特産品『黄金ハチミツ』を用意していたのですけれど……」
ルナが、綺麗にラッピングされた小瓶を抱えながら、オロオロと視線を彷徨わせている。
「お前は甘やかすな、ルナ。また味を占めて来月も誕生日パーティーを開きかねねぇからな」
タコ部屋のデスクで、分厚い『帳簿』に万年筆を走らせていたリアン・クラインが、ため息をつきながら言った。
「しかし、いいのかリアン? 仮にも仲間の誕生日だぞ。……いや、先月の魔界暦は嘘だったにせよ、戸籍上の彼女の誕生日は確かに『今日』のようだが」
クラウスが、不思議そうにリアンを見る。
SクラスのCFO(最高財務責任者)であり、冷徹な合理主義者であるリアンだが、決して仲間を無碍に扱う男ではないことを、クラウスは知っていた。
「……フッ。経営者が、所属タレントの福利厚生を蔑ろにするわけねぇだろ」
リアンは万年筆を置き、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
(強欲でウザい奴だが、あいつの『貧乏神』のスキルには何度も助けられてるからな。……昨夜から仕込んでおいた、俺の特製『三ツ星・純白のイチゴショートケーキ(原価度外視)』が、今頃キッチリ冷蔵庫で冷え切ってる頃合いだ)
冷徹なビジネススマイルの裏で、リアンはタコ部屋の片隅にある魔導冷蔵庫に視線をやった。
最高級の素材を惜しげもなく使い、料理人としての腕を全振りして作った芸術品。騒ぎが一段落したら、最高のタイミングで出して驚かせてやるつもりだった。
(モチベーションの向上は、チームの利益(生産性)に直結する。……これも立派な先行投資だからな)
リアンは内心でそう理屈をつけながら、口角を僅かに上げた。
——Sクラスの、最高に騒がしく、そして温かい日常。
クラウスも、リアンの視線の先にある冷蔵庫を見て、彼の『隠れた気配り』に気づいたのか、嬉しそうに目を細めていた。
だが。
彼らがこれから最高のケーキを囲もうとしていた、その和やかな空気は。
唐突に開かれた『一枚の扉』によって、無惨にも引き裂かれることとなる。
バタンッ!!
タコ部屋の古びた木製の扉が、乱暴に、しかし極めて計算された無駄のない動作で押し開けられた。
取っ組み合いをしていたキャルルとリーザの動きがピタリと止まり、全員の視線が入り口へと向けられる。
そこに立っていたのは、Sクラスの異端な空気(芋ジャージや安全靴)とは対極に位置する存在だった。
白髪を綺麗に撫でつけ、一寸のシワもない漆黒の燕尾服を身に纏った、初老の男。
その背筋は鋼のように伸び、眼光は獲物を狙う鷹のように鋭い。
「……! お前は……」
クラウスが、その男の顔を見た瞬間、驚愕に目を見開いて立ち上がった。
「お久しぶりでございます、クラウス坊ちゃま。お迎えに上がりました」
男は、深いシワの刻まれた顔に一切の表情を浮かべることなく、完璧な角度で一礼をした。
「ルンベルス……! なぜ、爺がこんな辺境の学園に? お父様の言伝か?」
クラウスの口から出たその名前に、リアンの目が細められる。
ルンベルス。
大貴族アルヴィン侯爵家に代々仕え、クラウスが幼い頃から武術と礼儀作法を徹底的に叩き込んできた、侯爵家筆頭にして『最強の堅物執事』である。
「ええ。お館様より、坊ちゃまの『ご学友』についての報告を受けまして、居ても立っても居られず、王都より馬車を飛ばして参りました」
ルンベルスは顔を上げ、氷のように冷たい視線でタコ部屋の内部をグルリと見渡した。
転がっているみかん箱。芋ジャージの少女。安全靴を履いた獣人。
そして——デスクに座り、帳簿を持ったまま面倒くさそうにこちらを見ている『黒髪の少年』へと、その鋭い視線を固定した。
「……信じがたいことです。噂には聞いておりましたが」
ルンベルスは、あからさまな【軽蔑】の表情を浮かべ、リアンを指差した。
「誇り高きノブリス・オブリージュを体現するアルヴィン侯爵家の次期当主が……このような、下賎な『男爵如き』の子息と友人ごっこをしているなどと」
ピキッ。
タコ部屋の空気が、一瞬にして凍りついた。
「……口を慎め、ルンベルス」
クラウスの声が、かつてないほど低く、そして怒りを孕んで響いた。
だが、ルンベルスは一歩も引かない。
「いいえ、慎みませぬ! お館様は『学園での交友は自由』と許しておいでですが、このルンベルスは絶対に許しませぬ! レベルの劣る平民上がりの男爵などと共にいれば、坊ちゃまの輝かしい剣の冴えが鈍るだけです!」
ルンベルスは、クラウスに向かって再び深く頭を下げた。
「今すぐ荷物をおまとめください、坊ちゃま。このような掃き溜め(Sクラス)は即刻脱退し、侯爵家の名に相応しい環境へとお戻りいただく。……これは、貴方様を育てた私の『最後の忠義』でございます」
せっかくの誕生日パーティー(ケーキを食べる予定)をぶち壊しにされたタコ部屋に、絶対的な身分制度を盾に取る『堅物執事』の理不尽な宣告が響き渡った。
静寂の中。
リアンは、手元の帳簿をパタンと閉じ、極めて冷酷な、不良債権を前にした時と同じ『CFOの顔』でゆっくりと立ち上がった。
「……おい、爺さん」
リアンの声が、地を這うようにタコ部屋に響く。
「俺のシマ(Sクラス)に土足で踏み込んで、勝手に『解散』だの『掃き溜め』だの……随分と偉そうな口を叩くじゃねぇか」
アルヴィン侯爵家の筆頭執事と、Sクラスの最高財務責任者。
身分という名の壁がもたらす、最悪の空気感。
新章『侯爵家の堅物執事と、Sクラス頂上決戦』の幕が、今、不穏な火花と共に切って落とされたのである。
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