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EP 9

タイムリミット3分! 決死の脱出劇サリバ・サーフィンと、エルフの特大くしゃみ

「よし。これでセメントの硬化も完璧だ。……害虫(不良債権)の駆除および、防壁の再建プロセス、すべて完了した」

ルナの右下奥歯。

かつて蟲歯男爵が不法採掘を行っていた巨大な空洞は、影丸のDIYと空丸のプラズマ照射によって、純白のタローマン製セメントで寸分の狂いもなく埋め立てられていた。

リアンは、表面の滑らかさを手袋越しに確認し、満足げに頷いた。

「これにてミッション・コンプリートだ。さあ、タコ部屋(マクロの世界)に帰還する——」

『ピロリン♪』

リアンが撤収の号令をかけようとしたその時。

彼らの目の前の空間に、神聖な(しかしひどく生活臭のする)ホログラムウインドウが唐突に展開された。

画面の向こうには、エンジ色の芋ジャージを着た駄女神・ルチアナが、あくびをしながら缶ビールを片手に持っていた。

『あー、もしもし。リアン? 治療は終わったみたいね。お疲れさん』

「ルチアナか。ああ、今終わったところだ。さっさと俺たちを元のサイズに戻してくれ」

『んー、それがね。私も今から【神界の定時退社アクション(帰宅)】に入らなきゃいけないのよ。だから、あんたらにかけてる「ミクロ化の神聖魔法」の維持を、あと【180秒】で強制解除シャットダウンするわね』

「…………は?」

リアンの顔から、サァッと血の気が引いた。

「ちょ、ちょっと待て! 俺たちはまだ、ルナの口の奥底(右下大臼歯)にいるんだぞ!? ここで魔法が解除されて、元のサイズ(人間大)に戻ったらどうなるか分かってんのか!?」

『え? どうなるって……ルナの頭が、内側からスイカみたいに「パーンッ!」って弾け飛ぶんじゃない? アハハッ! じゃ、頑張って脱出してね〜! おつかれーっす!』

ブツンッ。

一方的に通信が切られ、ホログラムが消滅する。

「あのクソ駄女神があぁぁぁぁっ!!??」

リアンは前世を含めても出したことのないような、悲痛な絶叫を上げた。

「り、リアン! どうしたのだ!?」

クラウスが慌てて駆け寄る。

「ルチアナの野郎、あと3分でミクロ化の魔法を切りやがる! もしこのまま俺たちが元のサイズに戻ったら、質量保存の法則と膨張率のバグで、ルナの頭部が内側から破裂するぞ!!」

「な、なんだとォォォッ!?」

クラウスが顔面蒼白になり、頭を抱えた。

「ノブリス・オブリージュの誇りにかけて、ルナの命を救いに来たというのに! このままでは我々が、次期女王の暗殺者(物理)になってしまうではないか!!」

「ヒィィィッ!? 嫌ですわ! アイドルが猟奇殺人犯としてゴシッパー(週刊誌)に載るなんて、絶対嫌ですわぁぁッ!」

リーザがみかん箱を抱えてパニックを起こす。

「急げ! 影丸のボート(サリバ・スキマー)に乗れ! 全速力でルナの『唇(出口)』までぶっ飛ばすぞ!!」

リアンの号令と共に、Sクラスの面々はボートに飛び乗った。

リアンが魔力エンジンを限界まで吹かし、サリバ・スキマーが猛烈な加速で白い山脈(歯列)を下っていく。

「タイムリミットまで、あと120秒!!」

ボートは、波打つ巨大な舌の絨毯の上を跳ねるように疾走する。

だが、前方にそびえる『巨大な壁』を見て、リアンは舌打ちをした。

「……クソッ! 痛みが消えて安心したせいで、ルナの奴、口を完全に閉じて熟睡してやがる!」

出口であるはずの『唇』が、巨大な肉のカーテンとなってピッタリと閉じ合わさっていたのだ。

「り、リアン君! どうするの!? トンファーでこじ開ける!?」

キャルルが特注の安全靴を失った素足で、トンファーを構える。

「馬鹿野郎! 内側からそんなことしたら、ルナの唇がズル剥けになるだろ! 商品価値(エルフの美貌)を損なうわけにはいかねぇ!」

リアンはボートの舵を切りながら、必死にCFOの頭脳をフル回転させた。

(ルナを傷つけずに、口を大きく開けさせ、なおかつ俺たちを一瞬で外まで吹き飛ばす【圧倒的な風圧】……。そんな都合のいい自然現象が……!)

「——あるじゃねぇか。極上の『生理現象』が」

リアンはニヤリと極悪スーシェフの笑みを浮かべ、懐のアイテムボックスから、小瓶に入った【赤黒い粉末】を取り出した。

「クラウス! お前、辛いものは得意だったか!?」

「急に何を言う!? 私はアルヴィン侯爵家の嫡男、食事は常に薄味のオーガニック——」

「だよな! じゃあ、ルナも同じだ! ……影丸! これをルナの『喉仏(口蓋垂)』に向けて全力で射出しろ!!」

リアンが影丸に手渡したのは、前世の厨房で激辛料理のスパイスとして愛用し、この世界でも密かに調合していた【超絶激辛・ヴォルケーノ・ペッパー(火山胡椒)】の濃縮粉末であった。

「シャァァッ!」

影丸がDIYで即席の『大砲パチンコ』を組み上げ、激辛スパイスの粉末弾を、ルナの喉の奥深く、粘膜が最も敏感なポイントに向けて発射した!

パスンッ!!

赤い粉末が、喉の奥で見事に炸裂し、粘膜にダイレクトに付着する。

「タイムリミット、残り40秒! 全員、ボートの取っ手にしがみつけ!! 特大の『台風』が来るぞ!!」

リアンが叫ぶ。

「た、台風ぅ!?」

リーザがみかん箱に必死にしがみつく。

その直後だった。

ルナの口腔内ダンジョンの空気が、急激に変化した。

ズズズズズズズズッ……!!

巨大な気圧の変化。肺の奥底から、信じられないほどの膨大な空気が吸い込まれ始めたのだ。

ピッタリと閉じられていた唇(出口)が、スパイスの刺激に反応して「ハッ……ハッ……」と微かに開き始める。

「……来るぞ! サリバ・サーフィン(波乗り)の始まりだ!」

「ハッ……ハッ…………」

ルナの体が、大きく反り返る感覚が伝わってくる。

そして、激辛スパイスによる極限の刺激が、彼女の神経に「異物排出」の絶対命令を下した。

「——ックシュンッ!!!!!!」

ドッゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

ルナの口内から、ハリケーンをも凌駕する『超弩級のくしゃみ(突風)』が吹き荒れた。

猛烈な風圧と共に、足元の唾液が巨大な津波サリバ・ウェーブとなって隆起する。

「ウオォォォォォォッ!!」

リアンがボートの舵を限界まで引き、唾液の津波の頂点クレストへとボートを乗り上げさせた。

「ギャアアアアアアアアアッ!! 飛ブゥゥゥゥッ!!」

「ノブリス・オブリージュゥゥゥゥゥッ!!」

リーザとクラウスが、顔面を強風でブルブルと震わせながら絶叫する。

ボートは、ルナの特大のくしゃみの風圧に乗って、開かれた唇の隙間から、文字通り『大砲の弾』のように外界へと射出された!

「タイムリミット、残り3、2、1……ゼロ!!」

ボートがルナの口から飛び出し、タコ部屋の空中へと放り出された、まさにその瞬間。

ルチアナのミクロ化魔法が強制解除された。

ポンッ! ポンッ! ポンッ!

「ぐわぁぁッ!?」

「きゃああっ!?」

空中で一気に元のサイズ(人間大)へと戻ったリアンたちは、勢い余ってタコ部屋の壁やソファ、本棚へとド派手に激突し、もつれ合いながら床に転がった。

影丸が作ったミクロサイズのボートだけが、役目を終えてスゥッと消滅していく。

「い、痛ってぇ……」

リアンが、壁に激突した頭をさすりながら立ち上がる。

「はぁ……はぁ……。助かった……のか?」

クラウスが、ソファに顔を突っ込んだまま、震える声で呟く。

「あー、死ぬかと思ったぁ……」

キャルルが床に大の字になって天井を見上げている。

「私のみかん箱がぁぁっ! 角が凹んでしまいましたわぁぁっ!」

リーザが、命よりも大事な商売道具を抱きしめて泣き叫んでいる。

何はともあれ。

彼らはギリギリのところでルナの暗殺者(爆弾)になることを免れ、無事にマクロの世界(タコ部屋)へと帰還を果たしたのである。

「……んっ、んん〜……」

その激しい物音に気づいたのか。

机の上に突っ伏して気絶していたエルフの少女——ルナが、ゆっくりと身をよじり、長い睫毛を震わせて目を覚ました。

「あれ……? わたし……」

ルナは、不思議そうに瞬きをした。

そして、恐る恐る、自分の右の頬に手を当てる。

「……痛くない。それに、お口の中が、とってもスッキリしていますわ!」

彼女の表情が、パァッと明るい花が咲いたように輝いた。

虫歯の激痛は完全に消え去り、タローマンセメントによる完璧な充填のおかげで、冷たい空気が染みることもない。

外の世界で異常繁殖していた巨大植物たちも、次期女王の「完全な健康ハッピー」を感じ取り、シュルシュルと元の小さな草花へと戻っていった。

「リアン君! クラウス様! キャルルちゃんに、リーザさんも! わたし、虫歯がすっかり治りましたの! 奇跡ですわ!」

ルナが立ち上がり、両手を合わせて感動の涙(嬉し泣き)を流す。

「ああ、よかったな、ルナ」

リアンは、壁から剥がれ落ちながら、スッ……と極めて冷徹な、そして底知れぬ強欲を秘めたビジネススマイルを浮かべた。

「奇跡じゃねぇよ。……俺たち【Sクラス特別医療チーム】が、お前の口の中で命がけの『外科手術(不良債権処理)』を行ってきたんだからな」

「え……? みなさんが……?」

ルナが、きょとんと首を傾げる。

リアンは服の埃を払い、懐から愛用の分厚い『帳簿』と、一枚の真新しい『羊皮紙(請求書)』を取り出した。

そして、万年筆のペン先をカリカリと鳴らし、そこに美しい数字(ゼロの羅列)を書き込んでいく。

「……さて。ルナ・マウス・ダンジョンの完全攻略と、世界滅亡の危機を救った正当な『対価』の精算といこうか」

エルフの次期女王を待ち受ける、虫歯の痛みよりも恐ろしい【超高額・歯科治療費メガ・ジャックポット】の請求。

ミクロの決死圏を生き抜いたSクラスの、最高に強欲な『決算フィナーレ』が、今まさに始まろうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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