EP 8
プラズマ滅菌(精密照射)と、蟲歯帝国の一斉清掃
「ア、アガァァァァッ……!! ヤメロ、削ルナァッ! ソノ糸デ私ノ身体ヲ削ルナァッ!!」
ルナの右下奥歯、象牙質の深淵。
影丸が張り巡らせた【軍事用タングステンワイヤー】の檻に囚われ、身体をゴリゴリと削り取られながら、蟲歯男爵は醜く悶え苦しんでいた。
かつてはルナの魔力を貪り、蟲歯帝国の王として君臨した巨体も、今や汚れを削ぎ落とされただけの乾燥した『不純物の塊』に過ぎない。
その姿は、シンクの裏で数年間放置された油汚れを、金たわしで強制剥離されているかのような哀れな光景であった。
「……プロデューサー、リーザのライブ(麻酔)の燃料が切れてきそうですわ! 早く終わらせていただけませんこと!?」
みかん箱の上でポンポコ節を歌い続けていたリーザが、鼻の五円玉をずらして抗議の声を上げる。
「ああ、分かっている。……これ以上、ルナの口腔内(現場)を汚染させるわけにはいかない」
リアンは冷徹にそう言うと、手元に残った最後の『魔導バッテリー』を魔導削岩機から抜き取り、宙に投げ上げた。
「——来い。召喚(大)、【空丸】。ミクロサイズで顕現せよ」
リアンが指を鳴らすと、上空の召喚陣から、掌に収まるほどのサイズの『ミニチュア機械竜・空丸』がポトリと降りてきた。
その瞳は赤く光り、全方位をロックオンする100個の微小な砲門が、チリチリと青白い火花を散らしている。
「な、ナンダ、ソノ小サナオモチャハ……ッ!?」
ワイヤーに縛られた蟲歯男爵が、死にかけの目で空丸を見上げる。
「おもちゃじゃねぇ。……現代医療が誇る、最高精度の【レーザー治療器(大量破壊兵器)】だ」
リアンは、空丸の背中にあるスイッチを押し込んだ。
『ピピッ、ピピピッ……。マルチロックオン、開始。ターゲット、蟲歯男爵。ロックオン数、100。……滅菌シーケンス、開始』
機械的な無機質な音声が、ルナの口内に響き渡る。
空丸の砲門から、極限まで圧縮された青白いプラズマ光線が、一斉に発射された。
「……精密照射。消し飛べ」
ギュィィィィィィィィンッ!!!!
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
口腔内に満ち溢れたのは、轟音というよりも『焼けるような静寂』であった。
空丸から放たれた100発のプラズマ光線は、男爵の身体を外側から破壊するのではない。彼の細胞一つ一つ、魔力の核の一つ一つを、分子レベルで的確に『蒸発(滅菌)』させていく。
「ア、アガガガガッ……!! 私ノ身体ガ……ッ!! 溶ケテ、消エテ……ッ!!」
酸の塊だった男爵の肉体は、プラズマの熱線に触れた瞬間、悲鳴を上げる暇もなく、ただの『水蒸気』へと変貌していった。
ワイヤーの檻の中に残っていた汚れも、魔力の残滓も、すべてがこの精密照射によって焼き尽くされ、真っ白に浄化されていく。
まさに、長年放置された汚れを焼き切る『スチーム・クリーニング』そのものであった。
「……完璧だ。ルナの神経を傷つけず、患部だけをピンポイントで消滅させた」
リアンは腕を組み、眼下で霧となって消えゆく男爵を見下ろす。
最後に残ったのは、綺麗さっぱりと掃除された、ルナの象牙質の『空洞』だけだった。
「シャァ!」
影丸が音もなく近づき、男爵が握りしめていた『魔力結晶の山』を回収する。
それは、彼らが不法採掘していたルナの魔力と糖分の残骸である。
本来なら、ルナの身体に還すべきエネルギーだった。
「……リーザ、ライブ終了だ。ルナの神経の『麻酔』も解除してやれ」
「はいっ!! ポンポコ節、ファイナル・サビですわよぉーっ!!」
リーザが、ラストスパートとばかりにお腹を勢いよく叩く。
【♪ポンポコ ポンポン さようなら〜! あーしたは〜 もっと〜 きれいな歯〜♪】
その歌声が響き渡った瞬間、ルナの神経を支配していた強欲な多幸感が解け、ルナの本来の感覚へと戻っていく。
「ふぁ……あ……」
外の世界で、寝息を立てていたルナが、ふと目を覚ました。
「あれ……? 痛く……ない?」
彼女が、舌で奥歯の裏を触れる。
そこには、先ほどまでの激痛など微塵も感じられない、完璧に修復された滑らかなエナメル質の感覚があった。
「嘘……。あんなに痛かったのに……いつの間に治ったのかしら?」
ルナは不思議そうに頬を撫でる。
彼女には、自分の体内で「Sクラスという名の極悪掃除屋」が大暴れし、タローマン製のセメントで歯を詰め直したことなど、露ほども知らないのである。
* * *
ルナ・マウスの内部。
嵐が去った後のような静寂の中、リアンたちは影丸が手際よく積み上げた『タローマン製・速乾性建築用セメント』の山を眺めていた。
「よし。最後の仕上げだ。……影丸、そのセメントを空洞に流し込み、硬化させろ」
「シャァ!」
影丸が、チューブからドロドロのセメントを穴に流し込む。
そこに空丸が、微細なプラズマ光線を照射し、一瞬で『光重合レジン(硬化)』のように岩石並みの硬度まで固め上げた。
「……完璧だ。これでもう二度と、あんな害虫が入り込む隙間(不良債権)は残らねぇ」
リアンは、冷徹なCFO(副料理長)の顔で、空洞の壁面を見渡す。
かつて腐りきっていた黒い穴は、今や最新の医療用技術(DIY)によって、周囲のエナメル質よりも硬く、美しく修復されていた。
「これにて、ルナ・マウス・ダンジョン攻略戦(虫歯治療)は完了だ。……Sクラスの役員諸君、ご苦労だった」
クラウスが魔剣を鞘に納め、肩を回す。
「……疲れたな。だが、ルナの笑顔を守れたのなら、安いものだ」
キャルルが安全靴の破片を払い落としながら、ニカっと笑う。
「あーあ、私の靴がボロボロだよ! リアン、次の給料で新作の安全靴、買っておいてよね!」
リーザがみかん箱に座り込み、鼻から五円玉を抜いて深呼吸する。
「はぁ〜、お腹空きましたわ……。治療費(報酬)は、山盛りにして請求してやりましょうね!」
「ああ。……今月の会計(決算)は、過去最高だ」
リアンは、回収した魔力結晶の袋を肩に担ぎ、空丸と共に『出口』へと向かって歩き出した。
「ルナにこの『治療費』を請求する準備に取り掛かろうか。三ツ星歯科医(俺たち)の腕前、存分に味わってもらうぞ」
炎上神を破滅させ、虫歯の帝王をも粉砕したSクラスの面々。
ミクロ化した体から元のサイズへと帰還する彼らの姿を、出口で待ち構えているのは、自分の虫歯が治ったことに感動しているエルフの少女と、請求書を見てひっくり返るであろう彼女の驚愕の表情であった。
『ミクロの決死圏』、完全攻略——。
あとは、この圧倒的な黒字をどう配分するか、冷徹なプロデューサーの『手腕』にかかっていた。
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