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EP 7

CFOの化学方程式(中和剤)と、影丸の極細ワイヤー(デンタルフロス)

パキィィィィィィィィンッ!!!!

ルナの右下奥歯、象牙質の最深部。

キャルルの放った音速の蹴り『月影流・流星脚』が、蟲歯男爵の誇る絶対防壁【超高濃度・乳酸バリア】を粉々に打ち砕いた。

「ギャ、ギャアアアアアアアアアッ!? 私ノ、私ノ無敵ノ要塞ガァァァッ!?」

鼓膜を劈くような断末魔と共に、バリアの破片が黄ばんだ酸の飛沫となって周囲に散る。

キャルルは空中で鮮やかに身を翻し、着地した。彼女の右足に履かれていたタローマン製の特注安全靴は、超濃縮の酸に触れたことでドロドロに溶け落ちてしまっていたが、その素足には一切の火傷ダメージはない。

「ハァ……ッ、ハァ……ッ! どうだ、この害虫野郎! ウサギのキック力、思い知ったか!」

キャルルが肩で息をしながら、勝ち誇ったように牙を剥く。

「見事だ、キャルル! ノブリス・オブリージュの鑑のような、勇敢にして鮮烈な一撃!」

クラウスが、魔剣を構え直しながら惜しみない賛辞を送る。

「……上出来だ、特攻隊長。バリア(外殻)さえ剥がれれば、あとは中身を『調理』するだけだ」

魔導削岩機ヘヴィ・ジャックハンマーを杖代わりにして立っていたリアンが、極悪スーシェフの笑みを深め、懐から『ガラスの小瓶』を取り出した。

「クラウス、受け取れ!」

リアンが小瓶をクラウスに向かって放り投げる。

「これは……ポーションか?」

クラウスが小瓶を受け取り、不思議そうに見つめる。中には、無色透明だが、微かに発泡している液体が入っていた。

「俺の愛読書『マギー キッチン・サイエンス』に記された、厨房清掃の基本ロジックだ」

リアンは、冷徹な目で蟲歯男爵を見据えた。

「料理も掃除も、本質は『化学変化』だ。相手が『強酸』の性質を持っているなら、力任せに殴る必要はねぇ。相反する性質の【強アルカリ性溶液(特製重曹ポーション)】をぶつけて、中和(無力化)してやればいい」

「なるほど! 酸の魔力を、化学の力で相殺するというわけだな!」

クラウスは小瓶の蓋を親指で弾き飛ばし、その中の液体を自身の魔剣の刀身にバシャリと浴びせた。

バチバチバチィィィッ!!

強アルカリ性の溶液と、クラウスの纏う紫電の魔力が結合し、魔剣の刀身が『清浄なる白銀の光』を放ち始める。

「【エンチャント・アルカリ・ライトニング】……いざ、参るッ!」

「ヒィィッ!? ク、クルナァァッ!! 私ニハマダ、コノ超濃縮・乳酸ハルバードガ——!」

蟲歯男爵が、慌てて手元の酸の槍斧を振り回そうとする。

しかし、バリアを失った男爵の動きなど、雷速の騎士であるクラウスの敵ではない。

クラウスは踏み込みと同時に、白銀の雷光を纏った魔剣を、ハルバードの柄に向けて一閃した。

「『紫電・中和斬り(アルカリ・ブレイク)』!!」

ズバァァァァァァァァッ!!!!

クラウスの剣が、乳酸ハルバードを真っ二つに両断する。

先ほどは剣の刃を溶かした凶悪な酸。だが今回は違った。

刃にコーティングされた強アルカリ性の溶液が、男爵の酸と激しく化学反応を起こしたのだ。

ジュワァァァァァァァァ……ッ!!

「ア、アガァァァァァッ!? 武器ガ、私ノ最強ノ武器ガァァァッ!?」

男爵の絶叫。

彼の手の中で、ドロドロの酸だったハルバードが急速に中和され、無害な『しお』と『水』に分解され、ボロボロと崩れ落ちていく。

さらに、クラウスの放った中和の雷撃は男爵の巨体にも伝播し、彼の身体を構成していた酸のヘドロすらも、乾燥したパサパサの軽石のように変質させていく。

「オノレ、オノレェェェッ!! 私ノ酸ガ、私ノ帝国ノ力ガ……ッ!!」

武器も装甲も失い、ただの「乾燥したヘドロの塊」へと成り下がった蟲歯男爵。

「これで完全に丸裸(債務超過)だな、男爵さんよ」

リアンが、ゆっくりと歩み寄る。

「ヒィッ……! バ、バカナ……! コノ私ガ、コンナ小娘ノ口ノ中デ……!!」

蟲歯男爵は、恐怖で後ずさり、背後にある象牙質の『細い管(象牙細管)』が密集する暗闇へと逃げ込もうとした。

「マ、マダダ! 私ノ本体サエ逃ゲ延ビレバ! コノ歯ノ奥深クニ潜伏シテ、再ビ糖分ヲ集メテ復活シテヤル……! 何十年カカッテデモ、必ズコノ世界樹ヲ腐ラセテヤルワァァッ!!」

ゴキキキキッ! と不気味な音を立てて、身体を縮小させながら逃亡を図る男爵。

虫歯が完全に治りきらず、奥底で再発する最大の原因——『根尖こんせんへの逃亡』である。

「……フッ。厨房に湧いたゴキブリ(害虫)が、シンクの裏に逃げ込めると思うなよ」

リアンの声は、どこまでも冷酷だった。

「俺たちがここに来たのは、ただの応急処置じゃねぇ。【完全な不良債権の処理(根治治療)】だ」

リアンは右手をスッと横に伸ばし、指を鳴らした。

「——やれ、影丸」

「シャァァァッ!!」

リアンの影から、漆黒の召喚獣・影丸が音もなく跳躍した。

その手には、タローマンから大量に買い付けた【軍事用・極細タングステンワイヤー】が握られている。

シュバババババババッ!!!!

影丸のDIYスキルが、人間離れした超絶技巧で発動する。

逃げようとする蟲歯男爵の周囲、象牙質の壁面、天井、そして床。ありとあらゆる空間に、目にも留まらぬ速さで極細のワイヤーが張り巡らされていく。

「ナ、何ダコレハ!? 糸……!? コンナモノデ、私ノ逃走ヲ止メラレルト——!」

男爵がワイヤーを強引に引きちぎろうと突進した、その瞬間。

ギチィィィィィィィィンッ!!!!

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!??」

空間に張り巡らされたタングステンワイヤーが、男爵の身体に深く食い込み、その表面にこびりついていた『歯石』や『ヘドロの塊』を、大根おろしのようにゴリゴリと削り取ったのだ。

「……紹介しよう。俺たちSクラスが考案した、害虫駆除用の特製トラップ」

リアンは、ワイヤーの端を自身の手に巻き付け、ギリッと強く引き絞った。

「名付けて、強制歯垢除去スケーリング用・【超巨大デンタルフロス】だ」

「シャァッ!」

影丸が、反対側のワイヤーの端を引き絞る。

リアンと影丸、二つの支点から引かれた無数のワイヤーが、蟲歯男爵の巨体を完全に絡め取り、空洞の中央へと宙吊りにした。

「ア、アガァァァ……ッ! 離セッ! 身体ガ、身体ガ削ラレルゥゥゥッ!!」

身悶えするたびに、ワイヤー(デンタルフロス)が男爵の身体を研磨し、不浄な汚れを削り落としていく。

もはや逃げ場はない。酸の武器も失い、身体は乾燥し、ワイヤーの牢獄に囚われた完全な『まな板の上の鯉』である。

「よし。これで完全に『削り出し』が完了したな」

リアンは、宙吊りになった男爵を見上げ、満足げに頷いた。

「ノブリス・オブリージュ……。リアンの知略と、影丸の器用さ。恐るべき連携だ」

クラウスが、完全に無力化された敵を見て冷や汗を拭う。

「さぁて、プロデューサー! アイドルのお仕事(麻酔)はまだ続けますの!?」

背後で『ポンポコ節』を歌い続けているリーザが、鼻に五円玉を詰めたまま叫ぶ。

「ああ、もう少しだけ歌ってろ。ルナが起きちまうと面倒だからな」

リアンは、懐の帳簿をしまい、代わりに右手を高く天へと掲げた。

「さて、男爵さん。……不衛生な厨房のゴミ(不良債権)は、さっさと焼却炉行きだ。俺の【最強の調理家電(レーザー治療器)】で、細胞一つ残さず滅菌オーバーキルしてやる」

リアンの掌から、かつてないほどの膨大な魔力が溢れ出し、ルナの口腔内ダンジョンの天井に、紫電を纏った巨大な『召喚陣』が形成され始めた。

ミクロの決死圏カリエス・ウォーの終焉。

炎上神の勇者をもドロドロに溶かした、あの圧倒的な『戦略兵器』が、今度は【医療用】としてその圧倒的な火力を振るおうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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