EP 5
神経の防衛戦と、極貧アイドルの強制麻酔
ドドドドドドドドォォォォォォォォンッ!!!!
「ギャアアアアアッ!?」
「ヒィィィッ! 重機ダ! 現代ノ資本ガ突ッ込ンデキタゾォォッ!」
ルナの右下奥歯、象牙質の採掘場。
リアンが操る【魔導削岩機】の超振動ドリルが、押し寄せる労働菌の群れを次々と粉砕し、酸のヘドロへと還していく。
その両脇を、クラウスの紫電の刃と、キャルルのトンファーが駆け抜け、逃げ惑う虫歯菌たちを一切の容赦なく掃討していった。
「クソッ、クソォォォッ!! エナメル質ノ防衛線ダケデナク、私ノ可愛イ労働力(資産)マデモォォッ!」
玉座の上からその惨状を見下ろしていた『蟲歯男爵』は、シルクハットを床に叩きつけて激怒した。
だが、彼はただの無能な経営者ではない。己のシマ(蟲歯帝国)が脅かされたと悟るや否や、最も卑劣で、最も効果的な「人質」へと標的を切り替えた。
「ゲハハハハッ! ナラバ仕方ガアルマイ! 予定ヲ前倒シシテ、この歯ノ『中枢』ヲ直接叩キ割ッテクレルワァァッ!!」
蟲歯男爵は、巨大な酸の塊である己の身体をスライムのように変形させ、玉座の後ろにある【さらに深く暗い縦穴】へと飛び込んだ。
「逃がすか、外道めッ!」
クラウスが雷速で後を追う。リアンたちも魔導削岩機を担ぎ、縦穴の奥へと滑り降りた。
その深淵に辿り着いた瞬間、Sクラスの面々は息を呑んだ。
ドクンッ……ドクンッ……!!
薄暗い空洞の最奥。そこには、赤とピンクが混ざり合ったような、巨大で生々しい【生命の脈動】がむき出しになっていた。
周囲には無数の毛細血管が張り巡らされ、膨大な世界樹の魔力が激流のように循環している。
「ここが……歯の最深部。【神経(歯髄)】か!」
リアンが叫ぶ。
「ゲハハハハッ!! 歓迎シヨウ、Sクラスノ役員ドモ!」
脈打つ神経の真上に、蟲歯男爵が立っていた。
その手には、高濃度の酸と魔力がドロドロに圧縮された『巨大なドリル』が握られている。
「私ガコノ酸ノドリルデ、神経ニ直接触レレバドウナルカ……分カルカァ!? コノ小娘ハ発狂スルホドノ激痛ニ襲ワレ、目ヲ覚マス! ソシテ小娘ノ魔力(世界樹)ガ完全ニ暴走シ、外ノ世界ハ食イ尽クサレテ滅亡スルノダァァッ!!」
男爵の宣告に、クラウスとキャルルの顔色が変わる。
ルナが痛みに耐えかねて一度泣いただけで、外の森はバイオハザード状態になったのだ。もし神経を直接傷つけられれば、アナスタシア世界そのものが植物の蔦に飲み込まれてジ・エンドである。
「世界樹の魔力を人質に取るなんて……どこまでも卑劣な!」
「させないよ! ルナちゃんの歯も、外の世界も、私たちが守る!!」
クラウスとキャルルが同時に地を蹴る。
「『紫電・十字雷撃』!!」
「『月影流・乱れ鐘打ち』!!」
クラウスの放つ必殺の十字雷光と、キャルルの特注安全靴による音速の連続回し蹴りが、蟲歯男爵の巨体へと殺到する。
「甘イワァァァッ!! 防壁展開ッ!! 【超高濃度・乳酸バリア】ッ!!」
ジュワァァァァァァァァンッ!!
男爵の周囲に、半透明で黄色がかった『酸の防護壁』がドーム状に展開された。
クラウスの紫電の刃がバリアに触れた瞬間、雷の魔力が急速に腐食(中和)され、刃先からシュゥゥゥと白い煙が上がる。
「なっ……!? 魔剣の闘気が、溶かされているだと!?」
「熱っ!? 足が、足が溶けちゃうぅぅっ!」
キャルルの蹴りもまた、強酸のバリアに弾き返され、タローマン製の特注安全靴の表面がジュワジュワと溶け始めていた。
「アハハハハハハッ! 無駄ダ無駄ダ! 私ノ『乳酸バリア』ハ、貴様ラノ物理攻撃モ魔法モ全テドロドロニ溶カス、絶対防壁! コノ中カラ一歩モ出ズニ、神経ヲジワジワト削ッテヤルワァッ!」
ギュイィィィィィィィィンッ!!
男爵が、手にした酸のドリルを、ルナの神経の表面に軽く押し当てた。
「ガァァァァァァッ……!?」
——ズズズズズズズズズズズズンッ!!!!!
その瞬間、ルナの口腔内全体を、天地がひっくり返るような『超巨大地震』が襲った。
巨大なエナメル質の山脈が揺れ、唾液の大河が逆流する。
「ぐわっ!? なんだこの揺れは!?」
クラウスが体勢を崩し、地面に手をつく。
「ルナちゃんが……外の世界で、痛みに反応して身悶えしてるんだよ!! ヤバい! 早くしないとルナちゃんが起きちゃう!!」
キャルルが悲鳴を上げる。
ドリルが神経の表面を削るたびに、絶望的な激痛のシグナルがルナの脳へと送られ、ダンジョン全体が崩壊しそうに揺れ動く。
クラウスとキャルルが必死にバリアを破ろうと攻撃を繰り返すが、男爵の乳酸バリアは厚く、決定打を与えられない。
「タイムリミット(納期)が迫っているというわけか。……だが、焦る必要はねぇ」
激しい地震の中、魔導削岩機を杖代わりにして立っていたリアンは、冷静に『神経』の構造を分析していた。
(男爵のバリアを力技で剥がすには時間がかかる。……ならば、痛みの伝達を根本から絶ち切ればいい)
リアンは、背後でみかん箱を抱えて震えていた芋ジャージの少女を振り返った。
「出番だぞ、リーザ」
「ひゃいっ!? わ、私ですの!?」
「相手は世界の命運を握る『VIP』……ルナの神経だ。お前のアイドルの力(強欲)で、あいつの【痛覚(時間)】を強制的に奪い取れ。……ルナの歯に『局所麻酔』をかけるぞ」
「きょ、局所麻酔……!? アイドルに医療行為をやれとおっしゃいますの!?」
「お前の『貧乏神』のバグ能力ならできるはずだ。……ルナが痛みを感じる前に、その感覚(視線)をすべてお前のライブ(みかん箱)に釘付けにしろ!!」
リアンの無茶苦茶なオーダー(指示)を受け、リーザはゴクリと唾を飲み込んだ。
「……プロデューサーがそう言うなら、やってやりますわ!! 絶対無敵のスパチャアイドル伝説、医療現場(ミクロの世界)でも通用させてみせますのよ!!」
ダンッ!!
リーザは、激しく揺れる神経のすぐ横——蟲歯男爵のバリアの目の前に、堂々と『みかん箱』を叩きつけた。
「な、何ダ貴様!? ソノ箱ハ!?」
蟲歯男爵が目を丸くする。
リーザはジャージのポケットから『五円玉(ピカピカに磨いてある)』を取り出すと、それを自らの鼻の穴にスポッと詰めた。
そして、マイクを片手に、自分のお腹をぽんぽこと叩き始めたのだ。
「皆様! 本日はルナ・マウス・ダンジョンにお越しいただき、誠にありがとうございますわ! 激痛でお悩みの神経様に捧げます……聴いてください! 『ハゲたぬきのポンポコ節(鎮痛アレンジ)』!!」
「ハ、ハゲたぬきダトォ!?」
リーザが、満面の笑みでお腹を叩きながら歌い始める。
【♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン】
【♪月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜】
「ソレ! ヨイヨイ!!」
リーザの歌声が響き渡った瞬間。
彼女のユニークスキル『貧乏神』の能力——【観客の時間、視線、心、そして『感覚』をすべて強欲に吸い尽くし、宇宙一の幸福感を与える】という最強のバグ能力が、ルナの『神経』に向かってダイレクトに発動した。
「……!?」
先ほどまで、ドリルの刺激によって赤く脈打ち、激痛のシグナルを発信して大地震を引き起こしていた神経が。
リーザの歌声を聞いた瞬間、フワァァァッと『青白い安らぎの光』を放ち始めたのだ。
【♪お尻はツールツル〜 ターマターマはマ〜ルマル〜!】
ピタッ。
ルナの口内を揺るがしていた巨大地震が、嘘のように完全に停止した。
蟲歯男爵の酸のドリルがどれだけ神経をガリガリと削ろうとも、神経は「痛み」ではなく「アイドルへの熱狂(多幸感)」で満たされ、痛覚の伝達を完全にシャットアウト(麻痺)してしまったのである。
「バ、バカナァァァッ!? な、何故ダ!? ドリルデ神経ヲ抉ッテイルノニ、何故小娘ハ痛ガラナイ!! 地震ガ、地震ガ止マッテイルジャナイカァァッ!?」
蟲歯男爵が、パニックを起こしてドリルを何度も神経に叩きつけるが、ルナの神経はみかん箱の上のリーザに夢中(サイリウムを振るように青く点滅)であり、外界の痛みなど一切感知していなかった。
「完璧だ。……ルナの『痛覚』という資産を、リーザのライブがすべて差し押さえた(麻酔完了した)ってわけだ」
リアンは、完全に安全が確保された採掘場の真ん中で、極悪スーシェフの笑みを深めた。
「これで、お前の『人質』は無意味になったぞ、蟲歯男爵」
「ヒィィッ!?」
男爵が、乳酸バリアの中で後ずさる。
「さて、Sクラス(役員)の面々。麻酔は効いた。ここからは遠慮はいらねぇ。……この腐りきったブラック企業(不良債権)を、物理的に解体(削り出し)するぞ」
リアンが魔導削岩機を構え、クラウスの魔剣が再び紫電を迸らせる。
キャルルが安全靴の踵を鳴らし、影丸が暗闇から爪を研ぐ。
激痛のタイムリミットから解放されたSクラスによる、強固な『乳酸バリア』をブチ破るための圧倒的な反撃が、今まさに始まろうとしていた。
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