EP 4
象牙質のブラック鉱山(不法採掘)と、冷徹CFOの強制監査
「……よし、進むぞ。足元に気をつけろ」
ルナの右下奥歯、その深淵。
超高濃度フッ素と高圧洗浄による『化学清掃』でプラーク・スライムの城壁を粉砕したリアンたちSクラスは、さらに歯の奥深くへと歩を進めていた。
純白で硬質なエナメル質の層を抜けると、周囲の景色は一変した。
壁面は黄色がかった茶色に変色し、無数の細かな無数の管(象牙細管)が空いた、スポンジのように多孔質で脆い岩肌が広がっている。
「ここが歯の第二層……【象牙質】のエリアか」
クラウスが、脆くなった壁面を魔剣の鞘で軽く叩きながら呟いた。
「エナメル質に比べて明らかに柔らかい。……そして、この奥から信じられないほどの『魔力』の気配を感じるぞ」
カンッ……! カンッ……! カンッ……!!
クラウスの言う通り、暗い通路の先からは、硬い岩をツルハシで叩くような規則的な作業音と、下品な怒声が響いてきていた。
一行が足音を殺して通路の影から覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な、なんですか、あれは……!?」
リーザが思わずみかん箱を抱きしめ、息を呑む。
象牙質の奥深くは、巨大なすり鉢状の『採掘場(鉱山)』と化していた。
そこでは、ボロボロの作業着を着た無数の虫歯菌(ミュータンス菌の変異体)たちが、ツルハシやスコップを手に、象牙質の壁をカンカンと削り続けている。
彼らが掘り出しているのは、ただの歯の欠片ではない。壁の奥から滲み出す、エルフの次期女王であるルナが宿す【世界樹の魔力と甘い糖分】の結晶であった。
「掘レェッ! 休ムナ、この怠け者ドモォ!!」
ピシィィィィンッ!!
採掘場の中心。一段高くそびえる岩の玉座の上から、不気味な鞭の音が響き渡った。
「ヒィィッ! お、お許しを男爵様ァ!」
労働菌たちが震え上がり、さらに必死にツルハシを振るう。
玉座にふんぞり返っていたのは、黒ずんだ酸のヘドロを寄り合わせたような醜悪な巨体に、不釣り合いなほど立派な『シルクハット』を被った異形の化け物だった。
彼こそが、この口腔内ダンジョンのボスであり、ルナを激痛と絶望の淵に突き落としている元凶——【蟲歯男爵】である。
「ゲハハハハッ! 素晴らしい! なんと甘美で、なんと膨大な魔力なのだ!」
蟲歯男爵は、労働菌が献上した黄金色に輝く『魔力の結晶』をガリガリと貪り食い、歓喜の声を上げた。
「このエルフの小娘の魔力と糖分を根こそぎ採掘し尽くせば、我ら蟲歯帝国の領土は無限に広がる! ゆくゆくは神経を食い破り、世界樹そのものを腐らせて、私が新たな世界の王となるのだァ!!」
男爵の周囲には、すでに採掘されたルナの魔力結晶が、文字通り山のように積まれている。
他人の身体(領土)を勝手に削り、その資源を不法に横領して私腹を肥やす。まさに最悪のブラック企業(寄生虫)であった。
「……許せない」
その光景を見て、キャルルがギリッと牙を剥いた。
「ルナちゃんが……あんなに痛がって泣いていたのに。こいつら、自分たちの欲のために、ルナちゃんの身体を勝手に壊して……!」
「同感だ、キャルル。弱者の身体に寄生し、私欲を肥やすなど、貴族を名乗る資格すらない卑劣漢! ノブリス・オブリージュの裁きを下さねばならん!」
クラウスも魔剣の柄を強く握りしめ、紫電の闘気を静かに滾らせた。
「あの山積みの魔力結晶(お宝)、本来ならルナちゃんのもんですわよね!? つまり、あいつらは泥棒……窃盗犯ですわ! アイドルとして、絶対に許せませんわ!!」
(※リーザの怒るポイントは若干ズレているが、殺意の高さは同じである)
三人が怒りに震える中、Sクラスのリーダーであるリアンだけは、極めて静かに、そして冷酷無比な瞳で採掘場を見下ろしていた。
スッ……。
リアンは懐から愛用の分厚い『帳簿』を取り出し、万年筆のキャップを外した。
「……リアン?」
「キャルル、クラウス。俺たちは今、重大な『コンプライアンス違反』の現場を目撃している」
リアンは、冷え切ったCFO(最高財務責任者)の顔で、帳簿にサラサラと文字を書き込みながら言った。
「他人のシマ(領土)に無許可で立ち入り、資源を不法に採掘し、無申告で莫大な利益を上げる。おまけに労働環境は最悪のブラックだ。……こいつは、俺が前世から最も嫌悪する『脱税と横領のハイブリッド(最悪の不良債権)』だ」
リアンが帳簿をパタンと閉じる。
その瞳には、炎上神ワイズのやらせ配信を潰した時と同じ、絶対零度の殺意が宿っていた。
「俺たちの経済拠点を勝手に食い荒らす害虫には、キッチリと『特別税』を支払ってもらう。……おい、影丸」
「シャァァ……」
リアンの足元の影から、DIY特化の召喚獣・影丸が音もなく姿を現す。
「ここは『採掘場』だ。相手がツルハシで来るなら、こっちも『現場の流儀』で応えてやるのが礼儀ってもんだ。……タローマンから仕入れた現代の建築機材で、極上の【監査道具】を組み上げろ」
リアンがネット通販の購入ボタンをタップすると、影丸の前に大量の『魔導バッテリー』と『硬質タングステン鋼のパーツ』が転がり出た。
影丸は目にも留まらぬ速さでパーツを溶接し、ボルトを締め上げ、巨大な『重機』を組み立てていく。
「な、なんだお前たちは!?」
その時、部品を組み立てる金属音に気づいた蟲歯男爵が、玉座の上からリアンたちを指差した。
「エナメル質の防衛線を突破してきたというのか!? 消毒液の生き残りか、それとも白血球の部隊か!! ……ええい、構わん! 労働菌ども、その侵入者どもを酸で溶かし、採掘の養分にしてしまえェ!!」
「ギギギギギィィッ!!」
男爵の命令を受け、数百体の労働菌たちがツルハシを振り上げ、酸のヨダレを撒き散らしながらリアンたちに向かって押し寄せてくる。
「来るぞ、リアン!!」
クラウスが魔剣を構え、前に出る。
だが、リアンは一歩も退かず、組み上がったばかりの『それ』のグリップを力強く握りしめた。
「待たせたな、脱税野郎ども。ルナミス帝国・Sクラス財務監査局だ」
キュイィィィィィィィィィィンッ!!!!
リアンの手の中で、凶悪なモーター音(魔力駆動音)が咆哮を上げた。
影丸がDIYで組み上げたのは、タローマン製の部品を違法改造して作り上げた、巨大な【魔導削岩機】であった。
先端に取り付けられたタングステン鋼のドリルが、目にも留まらぬ速さで超振動を起こし、周囲の空気をビリビリと震わせている。
「お前らの使ってるチンケなツルハシと、現代の資本が注ぎ込まれた重機……どっちが『削る』のが得意か、試してみるか?」
リアンが極悪な笑みを浮かべ、魔導削岩機のトリガーを引いた。
「監査の時間だ」
ドドドドドドドドォォォォォォォォンッ!!!!
魔導削岩機から放たれた超振動の衝撃波が、押し寄せる労働菌の群れを真正面から粉砕した。
「ギャアアアアアッ!?」
ツルハシごと身体をバラバラに砕かれ、酸のヘドロとなって吹き飛んでいく虫歯菌たち。
「なっ……!? な、なんだあのふざけた武器はァ!?」
玉座の上で、蟲歯男爵がシルクハットを押さえながら驚愕の悲鳴を上げる。
「さあ、Sクラス(役員)の面々! 害虫駆除(現場作業)の開始だ! お宝(魔力結晶)を傷つけないように、菌どもを徹底的に排除しろ!」
リアンが重機を構えながら号令を飛ばす。
「アイアイサー!! 行くよ、クラウス君!」
「ああ! 我らが剣と雷で、この穢れた鉱山を浄化する!」
特注の安全靴を鳴らすキャルルと、紫電を纏った魔剣を構えるクラウスが、魔導削岩機の切り開いた道を弾丸のように駆け抜ける。
背後では、リーザがみかん箱の上で『スパチャ回収(魔力保護)のライブ』の準備を整えていた。
ルナの象牙質の深淵で繰り広げられる、蟲歯男爵のブラック鉱山と、冷徹CFO率いるSクラスによる【強制監査(物理戦闘)】。
ミクロの決死圏は、いよいよ最大の激戦へと突入していく。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




