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EP 3

蟲歯の要塞バイオフィルムと、極悪シェフの化学洗浄(フッ素コーティング)

ルナの右下奥歯にポッカリと開いた、巨大な黒い大穴(虫歯の空洞)。

サリバ・スキマー(高速ボート)を降り、その深淵へと足を踏み入れたリアンたちSクラスを待っていたのは、鼻が曲がるほどの強烈な『酸と腐敗の悪臭』であった。

「……うぐっ。なんだ、このツンとくるような酷い匂いは……」

クラウスが思わず鼻をつまみ、顔をしかめる。

「ルナちゃんが食べた甘いクッキーの糖分が、虫歯菌の出した酸と混ざって発酵してる匂いだよぉ……。目がチカチカするぅ」

キャルルもウサ耳をペタンと伏せ、涙目で周囲を見渡した。

空洞の内部は、外側の純白なエナメル質とは打って変わり、ドロドロに溶けかかった茶褐色の岩肌がむき出しになっていた。

天井からは粘着質のある酸の滴がポタポタと落ち、足元はネバネバとしたヘドロのような沼と化している。

「気をつけろ。ここはもう『敵の胃袋の中』と同じだ。この酸のヘドロに長く浸かっていれば、俺たちの装備ごとドロドロに溶かされるぞ」

リアンは、革靴の底が僅かにジュワッと音を立てているのを確認し、前世の厨房で幾度となく直面した【最悪のグリストラップ(油水分離槽)】の清掃を思い出していた。

放置された汚れと菌が結びつき、強固な要塞を築き上げている状態。まさに最悪の不衛生環境である。

その時。

ズズズズズズッ……!!

一行の行く手を阻むように、通路の奥から巨大な『茶色い壁』が押し寄せてきた。

いや、壁ではない。それは、先ほど外壁で蹴散らしたスライムとは比較にならないほど巨大で、濃密に圧縮された【プラーク・スライム(エリート歯垢)】の集合体であった。

「シャァァァッ!!」

影丸が危険を察知し、リアンの前に躍り出る。

「グルルルルルッ……!! 甘イ……魔力……溶カシテ、喰ラウ……!!」

何百体ものプラーク・スライムが融合し、一つの巨大な城壁——【バイオフィルム(菌膜要塞)】となって、リアンたちに襲い掛かってきた。

「チッ、数で押し潰す気か! ならば切り開くまで!」

クラウスが魔剣を抜き放ち、限界まで高めた闘気と紫電を刃に纏わせた。

「悪食の泥人形ども! ノブリス・オブリージュのいかずちを味わえ! 『ライトニング・ブレイク』!!」

バチィィィィィィンッ!!

強烈な雷の斬撃が、バイオフィルムの中心に直撃する。

だが。

「……なっ!?」

ボヨォォォンッ、という間の抜けた音と共に、クラウスの渾身の雷撃は、スライムの極厚のネバネバに完全に『吸収』され、霧散してしまった。

「嘘だろ!? 私の雷が、まったく通らないだと!?」

「なら、打撃でどうだっ!! とぉーっ!」

キャルルが安全靴で地面を蹴り、スライムの壁に向かって強烈な飛び蹴りを放つ。

しかし。

ズブッ。

「あ、あれっ!? 足が……足が抜けないぃぃっ!?」

キャルルの蹴りはスライムの腹に深く突き刺さったものの、その超粘着質のヘドロに絡め取られ、完全に身動きが取れなくなってしまった。

「アハハハハッ! 愚カナ侵入者ドモ! 我ラ、偉大ナル蟲歯男爵様ノ近衛兵バイオフィルムニ、物理攻撃モ魔法モ通ジナイ! 溶ケテ、我ラノ栄養トナレ!!」

スライムの壁が、ニチャァァと不気味に笑い、キャルルを取り込もうと蠢き始める。

「キャ、キャルル!! くそっ、斬れない! 刃が滑るッ!」

クラウスが慌てて魔剣を振るうが、スライムの表面のヌメリにすべて受け流されてしまう。

Sクラスの誇る二大アタッカーが、ただの「汚れの塊」を前に完全に手詰まりとなった。

絶体絶命の危機。

しかし、後方でその様子を見ていたリアンは、焦るどころか、極めて冷酷な三ツ星スーシェフの瞳で、手元の帳簿(ネット通販画面)をスクロールさせていた。

「……馬鹿が。頑固な厨房の油汚れ(ヘドロ)を落とすのに、ハンマーで叩く奴がどこにいる?」

リアンは『マギー キッチン・サイエンス』のページを脳内でめくり、化学方程式を組み立てる。

「物理が駄目なら、化学サイエンスで溶かす。それが掃除(不良債権処理)の基本だ」

ピピッ。

リアンがネット通販の購入ボタンをタップする。

「影丸。タローマンから取り寄せた『業務用・耐酸性スプリンクラー・ユニット』と、この【超高濃度フッ素(魔法薬)】をドッキングさせろ」

「シャァッ!!」

影丸が、リアンの足元に出現した大量のパイプとタンクを、瞬く間にDIYで組み上げていく。

完成したのは、先端に複数の放射ノズルを備えた、重機関銃のような【化学洗浄ランチャー】であった。

「……おい、リアン。それは一体なんだ!?」

クラウスが、見たこともない無骨な機械兵器に目を剥く。

「ルナの歯を再石灰化させつつ、あのバイオフィルムを内側から崩壊させる、極上の『殺菌剤ドレッシング』さ」

リアンはランチャーを構え、ニヤリと笑った。

「……おい、ヘドロ共。お前らの大嫌いな『アルカリ性のフッ素コーティング』の時間だ。まとめて消毒してやる」

ガシャンッ!

リアンがトリガーを引いた瞬間。

プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!

ランチャーのノズルから、魔力によって限界まで圧縮・濃縮された【超高濃度フッ素溶液】が、白い霧となってバイオフィルムの城壁へと一斉に噴射された。

「……ッ!? ギャ、ギャアアアアアアアアアッ!?」

プラーク・スライムたちが、かつてない断末魔の悲鳴を上げた。

物理攻撃をすべて吸収した無敵のヘドロ要塞が、高濃度フッ素のミストを浴びた瞬間、ジュワジュワと凄まじい音を立てて『硬化(石灰化)』し始めたのだ。

「オ、オノレェェェッ! 身体ガ、身体ガ固マッテ……砕ケ……!!」

スライムのネバネバとした酸性成分が、フッ素の強アルカリ性によって急速に中和され、脆いチョークの粉のようにパサパサに乾燥していく。

キャルルを取り込もうとしていた触手も、ボロボロと崩れ落ちた。

「ぷはぁっ! た、助かったぁ!」

キャルルが崩れ落ちたスライムの残骸からスポッと足を抜き、後方へとバックステップで離脱する。

「仕上げだ、影丸。水圧(物理)で洗い流せ」

「シャァ!」

影丸がランチャーのモードを『高圧洗浄』に切り替え、硬化してボロボロになったスライムの城壁に向けて、タローマン製の超高圧水流をブチ当てた。

パァァァァァァンッ!!

「ギョェェェェェェェェッ……!!」

先ほどまでSクラスを絶望させていた無敵のバイオフィルムが、ガラスが割れるように粉々に砕け散り、濁流となって空洞の奥へと洗い流されていった。

「……す、凄い。あんな化け物の群れを、剣も魔法も使わずに一掃してしまうとは……」

クラウスが、リアンの持つ謎のランチャー(現代兵器)を畏怖の目で見つめる。

「言っただろ。これは『戦争』じゃない。『厨房の清掃作業』だ」

リアンはランチャーを肩に担ぎ、フッと鼻で笑った。

「どんな強固な汚れ(敵)も、成分を分析して適切な洗剤(化学)をぶつければ、一瞬で溶けて消える。……さて、前菜の片付けは終わった。いよいよメインディッシュのお出ましだぞ」

視界が開けた大穴の奥深く。

そこは、エナメル質を完全に突破した歯の第二層——【象牙質ぞうげしつ】のエリアであった。

カンッ……! カンッ……! カンッ……!!

奥底からは、無数のツルハシが硬い岩を叩くような、異様な採掘音が響いてくる。

「……ルナの魔力マナを勝手に掘り起こしてる、不法占拠の害虫どもがいるようだな」

リアンは、冷徹なプロデューサーの瞳で、深く暗い蟲歯の深淵を見据えた。

ミクロの決死圏、第二層【象牙質の採掘場】。

そこで彼らを待ち受けるのは、ルナの魔力を貪り食い、世界を滅亡の危機へと追いやっている元凶——『蟲歯男爵』による、悪逆非道なブラック労働の現場であった。

読んでいただきありがとうございます。

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