EP 27
課金勇者の襲来と、札束による絶対防御
「クソッ! クソッ! なぜだ! なぜこんなことになっている!」
ポポロ村の広場。
オタ芸を打って白目を剥いている巨大ボスミノタウロスの横を通り抜け、聖なる白銀の鎧を纏った『勇者』ゼロス・ディバインは、血走った目で周囲を睨みつけていた。
彼の周囲には、炎上神ワイズが派遣した『神格カメラ(追従型ドローン)』がフワフワと浮遊し、ゼロスの姿をゴッドチューブへと生配信し続けている。
本来の台本であれば、ここは業火に包まれ、村人の死体と絶望が転がる【悲劇のステージ】であるはずだった。だが現実のポポロ村は、一軒の家屋も燃えておらず、ただ魔獣たちが底なし沼で幻覚を見たり、アイドル(リーザ)の歌で満足して気絶しているという、極めて平和(?)な光景が広がっている。
『ゼロス!! てめぇ、何やってんだ! 早く自分で火をつけろ!! 村人を斬れ!! 配信の同接がどんどん下がってんだよ!!』
脳内に直接響くワイズの怒声に、ゼロスはビクッと肩を震わせた。
「わ、分かっておりますワイズ様! ……ええい、こうなれば私が直接、この村を悲劇のどん底に叩き落としてやる!」
ゼロスは、懐から松明を取り出し、火を点けた。
そして、カメラに向けて、無理やり作った「悲痛な表情」を浮かべる。
「ああっ、なんということだ! 凶悪な魔獣たちの手によって、平和な村がこんなにも……! 私が到着するのが、あと少しでも早ければ! ……せめて、この穢れた炎を、私の手で浄化(放火)しなければ!」
完全に意味不明な理屈を叫びながら、ゼロスが近くの民家に松明を投げ込もうとした、まさにその時。
「——底なしの愚か者め。貴様のような外道に、勇者を名乗る資格はないッ!!」
紫色の稲妻と共に、一人の金髪の少年がゼロスの眼前に立ちはだかった。
アルヴィン侯爵家が誇る次期当主にして、Sクラスのメインアタッカー、クラウスである。
その隣には、特注のタローマン製安全靴を履いた月兎族の少女・キャルルが、静かな怒りを発してトンファーを構えている。
「チッ、ガキ共が。……おい、お前ら! 私は神に選ばれし勇者、ゼロス・ディバインだ! 今すぐそこを退き、カメラの前で私に助けを求めて泣き叫べ! そうすれば命だけは——」
「黙れ、クズ」
キャルルの声は、氷のように冷たかった。
「私の大切な村を、あんたたちのくだらない『配信』のために燃やすって? ……あんたのその作り物の白い歯、全部へし折って、二度と喋れないようにしてあげる」
「貴様の罪は万死に値する! ノブリス・オブリージュの裁きを受けよ!」
クラウスとキャルルが同時に地を蹴った。
クラウスの魔剣に限界まで圧縮された雷光が宿り、キャルルの足元から爆発的な闘気が噴き出す。
「『紫電・迅雷』!!」
「『月影流・破衝撃』!!」
雷鳴と衝撃波が合わさった、Sクラスが誇る二大アタッカーによる必殺の同時攻撃。
本来のゼロスの実力(ただの一般兵以下)であれば、反応すらできずに肉片と化しているはずの一撃である。
「ヒィィッ!? 待て、速い! ワイズ様、助けて!! はやく『課金』を!!」
ゼロスは完全に腰を抜かし、無様に悲鳴を上げて両手で頭を抱えた。
『チッ! 役立たずが! ……仕方ねぇ、今月の神界予算を全部てめぇにブチ込んでやる! 魅せろよ!!』
神界でモニターを睨むワイズが、エンジェルすまーとふぉんの画面を乱暴にタップする。
直後。
『チャリィィィン!!』
ゼロスの脳内に、下品なレジスターの電子音が鳴り響いた。
それは、ゼロスのユニークスキル『マネー』が発動した合図。ワイズが裏ルートで流し込んだ莫大な【神界の予算】が、ゼロスの全ステータス(筋力、敏捷、耐久、魔力)へと強制的に変換されたのだ。
ボワァァァァァァッ!!
ゼロスの身体から、神聖さとは無縁の、どす黒く濁った『黄金のオーラ(成金パワー)』が爆発的に噴き出した。
ドッゴォォォォォォォォンッ!!
クラウスの雷撃と、キャルルのトンファーがゼロスの身体に直撃する。
だが。
「……なっ!?」
「硬っ……!? なにこれ!」
クラウスとキャルルの驚愕の声が重なる。
二人の必殺の一撃は、ゼロスの纏う白銀の鎧(オリハルコン製)に傷一つ、ヒビ一つ入れることができず、逆にその異常なまでの『ステータスの密度』に弾き返され、二人は後方へと大きく吹き飛ばされた。
「ぐはっ……!?」
「きゃあっ!」
地面を転がり、体勢を立て直す二人。
「アハハハハハッ!!」
土煙の中から、ゼロスが高笑いと共に立ち上がった。
先ほどまでの怯えた様子はどこへやら。圧倒的な暴力を身に宿した彼は、醜悪なまでに顔を歪め、オリハルコンソードを無造作に振り回した。
ブンッ!!
ただ剣を振っただけ。一切の技術も、剣術の基本もなっていない素人の素振り。
しかし、ステータスが数万倍に跳ね上がっている今の彼が剣を振れば、それだけで凄まじい暴風(衝撃波)が発生し、周囲の木々が根本からなぎ倒されていく。
「見ましたか、今の私の力を! これぞ、神に選ばれし勇者の圧倒的パワー!」
ゼロスはカメラに向かってドヤ顔を決め、クラウスたちを見下して鼻で笑った。
「ノブリス・オブリージュだの、村を守るだの、くだらないですねぇ! この世はすべて『金』が支配しているのです! 努力? 修行? そんなものは貧乏人の暇つぶしだ! 金さえあれば、神の力で無限に強くなれる!」
ゼロスは、自身の装備するオリハルコンの剣と盾を見せつけるように掲げた。
「この圧倒的なステータスと、最強の装備! お前たちのような泥臭いガキが、束になってかかってきても傷一つつけられませんよ! さあ、絶望しなさい! そしてカメラの前で無様に命乞いをするのです!!」
「くそっ……! なんだ、あの理不尽なまでの力は……!」
クラウスがギリッと歯を食いしばる。
どれだけ鍛錬を積もうと、一瞬でステータスを数万倍に書き換える『課金』というチート(盤外戦術)の前には、正統派の剣術など無力に等しい。
「キャルル、クラウス。……一旦下がれ」
その時。
広場の奥、みかん箱の上で歌い終えたリーザの横から、冷徹な三ツ星スーシェフ・リアンがゆっくりと歩み出てきた。
その手には、愛用の分厚い帳簿と万年筆が握られている。
「リアン! しかし、奴のあの力は……!」
「ああ。典型的な『粉飾決算』だな。実力もねぇのに、他人(神)の資本で自分を大きく見せてるだけの、中身のねぇ風船だ」
リアンは、絶大なオーラを放つゼロスを前にしても、一切の動揺を見せず、ただ「見下すような」冷ややかな視線を向けた。
「おい、偽物」
「偽物だと!? 私は勇者——」
「お前さ、その『金』と『装備』を全部剥がされたら、一体何が残るんだ?」
リアンのその言葉に、ゼロスの顔がピクリと引きつる。
「……何が言いたい、三流のガキが」
「簡単な理屈だ。お前の強さの根源が『金』なら、その金を、俺たちが【全額差し押さえ(横取り)】してやればいいだけのことだ」
リアンは、隣に立つ芋ジャージの少女——極貧地下アイドルであるリーザに向けて、顎でしゃくった。
「出番だぞ、リーザ。……お前の『強欲』で、あの成金野郎の資金を、一円残らず吸い尽くしてやれ」
「はいっ! お任せくださいませ、プロデューサー!!」
炎上神の理不尽な課金パワーに対する、Sクラスの最凶のカウンター。
かつてない【アイドルによる強制資金吸い上げ(ルーティング改ざん)】のステージが、今、幕を開けようとしていた。




