EP 24
駄女神の裏メニュー(神託)と、極悪スーシェフの仕込み(ゲリラ戦術)
ルナミス学園男子寮、旧用具室——通称『タコ部屋』。
深夜。Sクラスの面々がそれぞれの部屋へ戻り、一人残ったリアン・シンフォニアは、デスクの上の魔導ランプの灯りを頼りに、分厚い帳簿に万年筆を走らせていた。
「……よし。ポポロ村からの今月の『ポポロシガー』と『ポポロ・コーヒー』の仕入れ値は据え置き。利益率(粗利)は完璧だ」
リアンは前世で取得した【商業高校卒・簿記1級】の計算速度で、寸分の狂いもなく帳簿を弾き出す。
学生時代に読み込んだ『美味礼讃』の哲学と『マギー キッチン・サイエンス』の科学的知見を用いて、ポポロ村の特産品の「味と香りの構造」を分析し、帝都の貴族たちに最高値で売り捌く。
そして、得た利益をタコ部屋の戦力維持に還元する。それは、三ツ星レストランの厨房を回す副料理長にとって、日々の『仕込み(プレップ)』と同じ、息を吐くように自然な作業であった。
リアンがコーヒーを啜り、一息ついたその時だった。
バチバチッ!!
突如、タコ部屋の空間が歪み、神聖なる光……ではなく、ひどく生活臭のする微弱な光と共に、空間の裂け目が出現した。
「……ん?」
その裂け目から、エンジ色の芋ジャージに健康サンダルを突っ掛けた女が足を踏み入れた。
アナスタシア世界を統べる世界神(第3種惑星創造神格公務員)——ルチアナである。彼女はタコ部屋に入るなり、パイプ椅子にドカッと腰を下ろし、慣れた手つきで『ピアニッシモ・メンソール』を咥えて火を点けた。
「……あー、疲れた。神界の空気は息苦しくて嫌になるわね」
ルチアナが紫色の煙を細く吐き出す。
「ゲホッ。おい、駄女神。厨房に勝手に入り込んでタバコ吸うなよ。それに、女神ならもう少し神々しいエフェクトで降臨できないのかよ」
リアンは手で煙を払いながら、呆れたようにジト目を向けた。
「うるさいわね。仕事終わりのプライベートなんだから、これ(ジャージ)が私の正装よ。……それに、今日はあんたに『真面目な話』をしに来たの」
ルチアナはタバコを携帯灰皿で揉み消し、スッと真剣な瞳でリアンを見据えた。
その瞬間、彼女から漏れ出した微弱な神気が、タコ部屋の空気をピリッと引き締める。
「真面目な話?」
「ええ。……今週中に、あんたの仲間のキャルルが治めている【ポポロ村】が、魔獣の群れによる大規模な焼き討ちに遭うわ」
「——は?」
リアンの顔から、一切の表情が消え失せた。
「冗談だよな? あそこはルナミスとアバロンの緩衝地帯だ。この前、魔王からの『水炊きセット』で完全に手打ちにしたはずだ。今更、国境を侵すような真似をするとは思えねぇ」
「アバロンの魔王が仕組んだわけじゃないわ。……私の職場の、イカれた新入りの仕業よ。あいつが数字(PV)を稼ぐために、裏で魔獣を狂暴化させて村にけしかけるシナリオを組んだの」
ルチアナは舌打ちをして続けた。
「魔獣が村を焼き、村人たちが絶望したその瞬間に、颯爽と『勇者』が現れて魔獣を倒す。……そういう、吐き気を催すようなやらせ(マッチポンプ)の悲劇配信を計画しているのよ」
「……なるほどな」
リアンの瞳の奥に、絶対零度の冷たい炎が宿った。
ポポロ村を焼くということは、キャルルの居場所を奪い、タコ部屋の最重要食材(仕入れ先)を灰にするということだ。
リアンが学生時代から座右の銘としている『君主論』と『孫子兵法』。それに照らし合わせれば、自らの領土を不当に荒らす外道に対して取るべき手段は一つしかない。徹底的な殲滅である。
「……その『勇者』ってのは、誰だ? そいつを暗殺すれば、計画は頓挫するんだろ?」
「名前はゼロス・ディバイン。私の同僚と契約している【課金勇者】よ」
「課金勇者?」
「あいつのユニークスキルは『マネー』。ゴッドチューブで稼いだスパチャ(資金)を、直接自身のステータスに変換できるの。神界からの無限のバックアップ(資金力)がある状態だから、まともに正面からやり合ったら、いくらあんたたちSクラスでも押し切られる可能性が高いわ」
ルチアナの言葉に、リアンは舌打ちをした。
相手が魔法や剣の天才なら、毒や罠でどうとでも調理できる。だが、「システム側からの無限のチート(資金)注入」による純粋なステータスの暴力となれば話は別だ。
「……ふざけんなよ。運営側がチート使って数字稼ぎ(PV操作)とか、どんな三流レストランだ」
「でしょ? だから、私も少しだけルールを破って、あんたに『裏メニュー』を出すことにしたわ」
ルチアナは不敵に笑い、立ち上がってリアンの前に歩み寄った。
「あんたの『召喚スキル』。今までは隠密や証拠隠滅の【小(喰丸など)】だったけど……今この瞬間から、制限を解除して【大】まで引き上げるわ」
「マジかよ」
「本当はこういう直接的な戦力付与は、上位神に見つかるとヤバいんだけどね。……でも、命を数字としか見ないあのクソガキ(ワイズ)に、私の世界を荒らされるのは我慢ならないの」
パチンッ!!
ルチアナが指を鳴らした瞬間。
リアンの脳内に、直接システムのアナウンスが響き渡った。
『ピロリン♪ ——管理者権限により、ユニークスキル【召喚】のアップデートが完了しました』
『【召喚(中)】および【召喚(大)】のロックが解除されました』
リアンの全身を、これまでにない膨大な魔力の奔流が駆け巡る。
「……こいつは、すげぇな」
リアンは自身のステータス画面(虚空のウインドウ)を開き、新たに追加された二つの召喚獣のデータを確認し、三ツ星シェフの悪魔のような笑みを深めた。
「【召喚(中):影丸】。相手の影に入り込み、シャドウクロウで拘束・貫通する。おまけに『DIYが得意』……? フッ、こいつは面白い。俺の愛読書『都市ゲリラ教本』の戦術と、タローマン(ホームセンター)の資材を組み合わせれば、一晩でえげつない防衛トラップ(殺戮の厨房)が作れそうだな」
さらに、その下の項目。
「【召喚(大):空丸】。……機械竜。空を飛び、100体の敵をマルチロックオンして『プラズマ砲』をお見舞いする、だと?」
それはもはや、包丁やフライパンの次元ではない。戦場という広大な厨房の『ゴミ』を一瞬で消し炭にする、究極の最新調理家電(大量破壊兵器)そのものであった。
「相手がステータスを無限に上げる『課金勇者』なら、こっちは『圧倒的な火力の面制圧』で物理的にチリ(生ゴミ)にしてやればいい。……極上の仕込み(アセット)だ、ルチアナ」
リアンは満足げに頷いた。
「フフッ、気に入ったみたいね。……相手の『薄っぺらい金』と、あんたの『えげつない資本主義(ゲリラ戦術と火力)』。どっちが本当の絶望か、あの炎上配信者どもにキッチリ教えてやりなさい」
ルチアナは再びサンダルを突っ掛け、空間の裂け目へと向かって歩き出した。
「おい、ルチアナ」
リアンがその背中に声をかける。
「その、お前を怒らせた『ワイズ』ってのは、一体どこのどいつなんだ?」
ルチアナは立ち止まり、振り返らずに肩をすくめた。
「こっちの話(神界のドロドロ)よ。あんたは気にしなくていいわ。……ただ、あの『偽物の勇者』を、完膚なきまでにスクラップにしてちょうだい」
「ああ、任せとけ。……俺たちの『シマ(ポポロ村)』に手を出した落とし前、血と泥のフルコースで決済してやるよ」
ルチアナが空間の裂け目へと消え、タコ部屋に再び静寂が戻る。
「……さて。そうと決まれば、今夜から徹夜で『仕込み』だな」
リアンは即座に【ネット通販】のウインドウを開き、検索窓に文字を打ち込み始めた。
【現代・軍用ワイヤー】【トラップ用センサー】【大量のセメント(タローマン製)】【対物地雷】【ANFO爆薬の材料】……。
炎上神の理不尽なシナリオ(やらせ)を根底から粉砕するため。
都市ゲリラ教本を愛読する三ツ星スーシェフと、新たなる二体の召喚獣、そして強欲なるバケモノたち(Sクラス)による、極悪非道な【ポポロ村防衛オペレーション】が、今まさに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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