EP 22
炎上神の台本と、課金勇者の偽りの白い歯
ルナミス帝国の辺境、とある名もなき廃村。
かつて魔獣の襲撃によって滅びたその村の広場で、一人の男が瓦礫の上に腰を下ろし、ふぅ、と紫色の煙を吐き出していた。
「……チッ。田舎の空気は泥臭くていけねぇな。早く帝都の高級ホテルに帰って、エステとホワイトニングのメンテナンスを受けたいぜ」
聖なる白銀の鎧に身を包み、背中には最高級のミスリルマント。腰には国宝級のオリハルコンソードを佩いたその男——ゼロス・ディバイン(25歳)は、イライラとした様子で『ポポロシガー(高級葉巻)』を吹かしていた。
彼の顔立ちは、絵に描いたような金髪碧眼の超絶イケメンである。
だが、その完璧な鼻筋も、二重の幅も、そして暗闇でも光りそうなほど不自然に真っ白な歯も、すべては帝都の最高級の闇医者に大金を積んで施した『魔法整形』の産物であった。
「あーあ、退屈だ。早く次の『案件』来ねぇかな」
ゼロスが短くなった葉巻を地面にポイッと投げ捨て、軍靴で無造作に踏みにじった、その時である。
『——お疲れ、ゼロス。相変わらず絵に描いたような勇者やってるぅ?』
ゼロスの目の前の空間に、神聖な光と共にホログラムのウインドウが展開された。
そこに映し出されていたのは、マイタンブラーでカプチーノを啜る軽薄な青年——炎上神ワイズであった。
「おお! これはワイズ様。お待ちしておりましたよ」
ゼロスは、先ほどまでの気怠げな態度を即座に引っ込め、整形された白い歯を見せて、いかにも忠臣らしい爽やかな(そして胡散臭い)笑顔を浮かべた。
『早速だけど、次の仕事だ。ルナミスとアバロンの国境にある【ポポロ村】……あそこに火をつけて、村人を半分くらい殺してこい』
ワイズの口から放たれたのは、神の言葉とは到底思えない、あまりにも残虐で血なまぐさい『指示』であった。
「ポポロ村、ですか。……なるほど」
ゼロスは顎に手を当て、悪びれる様子もなくニヤリと笑った。
「あそこは最近、獣人族の小娘が村長になってから妙に活気付いていて、平和ボケしていると聞いています。……【悲劇】の舞台としては、申し分のないロケーションですね」
『だろ? 平和な村の日常系配信なんて、誰もスパチャ(投げ銭)しねぇんだよ。……俺が裏で手を回して、野盗と魔獣の群れをポポロ村に向かわせた。今夜あたり、派手に襲撃(炎上)するはずだ』
ワイズがカプチーノをカラカラと鳴らしながら、残酷なシナリオ(台本)を語る。
『いいか、ゼロス。襲撃が始まっても、すぐには助けに入るなよ?』
「分かっておりますとも、ワイズ様。……村が炎に包まれ、家屋が焼け落ち、村人たちが血を流して絶望の淵に立たされる。子供が泣き叫び、女たちが天に祈り、『誰か助けて!』と叫んだ……まさにその最高潮の瞬間!」
ゼロスは立ち上がり、オリハルコンソードをチャキッと抜き放って、誰もいない廃村で大仰なポーズを決めた。
「この私が、彗星のごとく颯爽と現れるのです! そして、悲劇の元凶たる魔獣どもを、正義の怒りと共に一刀両断する! ……そうすれば、ゴッドチューブの視聴者たちは私の圧倒的な強さと慈悲に涙し、熱狂的なコメントと共に『莫大なスパチャ』を投げ銭してくれるという寸法ですね!」
『ヒヒッ、その通り。悲劇のどん底からの、勇者による一発逆転! これが一番PV(数字)を稼げて、金になるんだよ。……村人の命なんて、俺たちの配信を盛り上げるためのモブ(無料素材)だからな』
「ええ、ええ! 弱者が無様に死ぬのは、すべて我々の輝かしいステータスとなるための『尊い犠牲』ですとも!」
神と勇者。
本来であれば世界を救うべき存在であるはずの二人は、醜悪な同調笑いを響き合わせた。
ゼロスにとって、ゴッドチューブで稼ぎ出す『PV』と『スパチャ(資金)』は、単なる名誉や金銭欲を満たすためだけのものではない。彼が神に選ばれた最大の理由——ユニークスキル『マネー』の原動力そのものである。
『マネー』。
それは、彼が【神界の口座に課金(入金)すればするほど、自身の全ステータスが暴力的に跳ね上がる】という、極めて俗物的でチートな能力だった。
ゼロスの元々の才能は、一般兵にも劣るひ弱なものだ。勇気もなければ、愛もない。
だが、この『マネー』のスキルと、炎上神ワイズのやらせ配信によって莫大な資金を稼ぎ出し、それを自身のステータスに全額ブチ込むことで、彼は「神に愛された最強の勇者」というハリボテの最強を手に入れているのである。
『頼んだぜ、ゼロス。数字(PV)が落ち込んでて、ハゲ(主神)がうるさいからな。一発、特大のバズを頼むわ』
「お任せを。……ああ、そうだ。配信の前にドーピングをしておかないと」
ゼロスは通信を繋いだまま、懐から『陽薬草茶』の濃縮ボトルを取り出した。
彼はそれをエナジードリンクのように一気に飲み干し、血走った目で「プハァッ!」と息を吐き出す。薬効で瞳の孔が開き、一時的にテンションが不自然なほど跳ね上がる。
さらに、彼は懐から『口臭予防スプレー』を取り出し、先ほどまで吸っていた葉巻の匂いを誤魔化すために、口内にシュッシュッと大量に吹きかけた。
「完璧です。身だしなみも、ステータスも、最強の勇者ゼロス・ディバインの完成です」
『ヒヒッ、相変わらず準備がいいねぇ。じゃ、本番(配信)スタートだ。カメラ回すぜ』
ワイズが指を鳴らすと、ゼロスの周囲に、常人には見えない『ゴッドチューブの配信用・神格カメラ(追従型ドローン)』がフワリと出現した。
カメラの赤いランプが点灯した瞬間。
「——さあ、今日も世界の平和を守るため、このゼロス、全身全霊で戦い抜きましょう!」
ゼロスは、先ほどまでの下劣なチンピラのような態度をコンマ一秒で消し去り、聖人君子のような爽やかな笑顔と、透き通るようなイケメンボイスへと切り替えた。
その切り替えの早さは、まさに狂気の沙汰である。
彼は廃村を歩き出し、ふと、足元で立ち止まった。
視線の先にあるのは、先ほど自分自身が投げ捨て、踏み躙った『ポポロシガーの吸い殻』である。
「おや……。こんな所に、心無い誰かが捨てたゴミが。悲しいことですね」
ゼロスは、カメラのレンズがしっかりと自分を捉えていることを確認(チラ見)してから、大げさに悲しそうな表情を作り、ゆっくりと膝をついた。
「美しい自然は、神々が我々に与えてくださった奇跡のキャンバス。私は勇者として、魔獣を倒すだけでなく、こうした小さな『美しさ』も守っていきたいのです」
ゼロスは、自分で捨てた吸い殻を丁寧に拾い上げ、用意していた携帯灰皿にスッとしまい込んだ。
そして、カメラに向かって、最高に輝く(整形された)白い歯を見せて、キラリとウインクを飛ばす。
「皆さんも、私と一緒に、この美しい世界を綺麗にしていきましょう!」
(よしっ! 今の笑顔とゴミ拾いのアピール、絶対に好感度上がったぜ! 配信のコメント欄も『ゼロス様尊い!』『ゴミを拾う勇者カッコいい!』って絶賛の嵐に違いない!)
心の中でゲスな計算を弾きながら、ゼロスはポポロ村の方角——これから自分が意図的に『地獄』へと突き落とす予定の村へと向かって、颯爽と歩き出した。
やらせの村焼きによる悲劇と、莫大なスパチャ。
炎上神と課金勇者の、人命を数字としか見ない最悪の『マッチポンプ計画』が、今まさに静かなる国境の村へとその牙を剥こうとしていた。
だが、彼らは致命的な計算違いを犯している。
そのポポロ村には現在、彼らよりも遥かに強欲で、遥かに計算高く、そして理不尽な暴力を極めた『不良債権処理班(Sクラス)』という劇薬が滞在しているということを——。
読んでいただきありがとうございます。
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