EP 21
神界の学級崩壊(ブラック会議)と、炎上神の数字至上主義
全宇宙を統べる神格公務員機関『GOD』。
その中枢に位置する神界セレスティアの『第一会議室』は、大理石と純金で彩られた荘厳な空間である。だが、現在そこで行われているのは、神聖な儀式でも宇宙の真理の探究でもなく——極めて世俗的で、胃の痛くなるような『月例・業績報告会議』であった。
部屋の中央に浮かぶ巨大なホログラム・モニターには、神々が運営する全宇宙規模の配信サイト『ゴッドチューブ』のアナリティクス(視聴データ)が表示され、無慈悲な右肩下がりの赤いグラフを描き出している。
「……えー、今日の議題だがね」
長大な円卓の上座で、重々しく口を開いたのは、このアナスタシア世界を統括するリーダー——主神(第3種惑星創造神格公務員)のオリンである。
彼は威厳のある顔つきをしているが、頭頂部は一切の毛髪がなく、後光が差すほどに見事な『ハゲ』であった。
「アナスタシア世界の今月のPV率が、著しく落ち込んでいる。君たちも知っての通り、ゴッドチューブの視聴率はそのままスポンサー(上位神たち)からの『世界運営予算』に直結する。このままでは、来期の予算がな……非常に、苦しくてだな……」
「良いから、オリンさぁ。その話の前に、ハゲが眩しいからライト消してくんない?」
主神の切実な悩みを、円卓に座る一人の女神が鼻で笑いながら一刀両断した。
永遠の17歳(自称)にして、アナスタシア世界を直接管理する世界神・ルチアナである。彼女は定時退社後の「コタツで芋ジャージ&缶ビール」を至上の喜びとしているが、今は一応勤務中(会議中)であるため、渋々女神らしい純白のドレスを着ていた。だが、その態度は完全に「ダルい会議に参加させられている平社員」のそれである。
「ル、ルチアナ君! 主神に向かってハゲとはなんだ! 私は真面目にこの世界の未来(予算)の話を——」
「オリン様。先ほどから、ジロジロとこちらを見ないで下さるかしら?」
オリンの言葉を遮るように、今度は向かいの席から氷のような声が飛んできた。
ハイブランドで固めた豪奢なドレスを纏う、月の世界の女神・カグヤである。彼女は不快そうに扇で顔を半分隠し、オリンを冷たい目で睨みつけた。
「ハラスメントって言葉、ご存知? 権力を利用した視線の暴力ですわ。訴えますわよ?」
「か、顔を見ずに話せと言うのかね!? 私はただ、会議の進行として全員の顔をだな……!」
オリンが顔を真っ赤にして反論する。
「うわあああん。オリン様が怒った〜、怖いよお(棒)」
オリンの怒声に反応し、ピンク色のジャージに健康サンダルというナメ腐った格好の見習い女神・リリスが、エンジェルすまーとふぉんをポチポチと弄りながら、一切感情の込もっていない声で泣きマネを始めた。
「オリン様。声が大きすぎますわ。……それに、リリスが怯えているではありませんか。少しは上に立つ者としての自覚をお持ちください」
すかさず、リリスの隣に座っていた天使族の族長・ヴァルキュリアが、冷ややかに、しかし絶対的な威圧感を持ってオリンを窘めた。
「ぐっ……。うぅ……っ。胃が……胃が痛い……。誰か、胃薬を……」
女性陣からの容赦ない総攻撃を受け、主神オリンは完全に心が折れ、胃の辺りを押さえてテーブルに突っ伏した。
本来なら、この会議にはもっと多くの『調停者』たちが参加しているはずだった。
「……竜王デュークは『ラーメン作りで忙しいから』と欠席。不死鳥フレアは『子供の世話があるから』と午前上がり。狼王フェンリルは着信拒否。……あまつさえ、最強の調停者たる聖獣機神ガオガオンまでもが、社内不倫のドロドロで出社拒否だと……。私の、私の威厳は一体……」
オリンがブツブツと恨み言をこぼす中。
ズズゥゥゥゥッ……。
静寂に包まれた会議室に、下品にストローで液体を吸い上げる音が響き渡った。
「さーせん。時間の無駄なよーなんで、俺は抜けますわ」
円卓の末席。そこに座っていた金髪にピアスの軽薄な青年が、マイタンブラーに入ったカプチーノを飲み干し、カタッ、と専用のノートパソコン(エンジェルすまーとふぉん同期型)を閉じて立ち上がった。
最近神界に入ったばかりの新入りの男神——『炎上神』ワイズである。
「自分の仕事があるんで。こんなお遊戯みたいな会議に付き合ってる暇、ないんすよね」
ワイズが薄ら笑いを浮かべながら歩き出すと、その底知れぬ悪意の気配に当てられ、見習いのリリスが「ひっ……」と短く悲鳴を上げ、慌ててヴァルキュリアの背後に隠れた。
「リリス、大丈夫よ。私が守るから」
ヴァルキュリアは優しくリリスを庇うと、鋭い刃のような視線をワイズへと突き刺した。
「……ワイズ。貴様のその腐りきった顔は不愉快だ。今すぐ私の視界から消え失せろ」
温厚で規律を重んじるヴァルキュリアですら、怒りを隠そうともしない。
だが、ワイズは痛痒も感じていない様子で、ヘラヘラと肩をすくめた。
「あらら〜。相変わらず嫌われてるみたいっすね、俺。……でーも〜?」
ワイズは、ホログラム・モニターに映し出されたPVグラフの『ごく一部だけ突出して伸びている赤い線』を指差した。
「数字(スポンサーの評価)を持ってるのは、俺っすよ? あんたらの生ぬるい『日常系』とか『お仕事系』の配信なんて、誰も見ちゃいねぇんだよ」
「……はぁ?」
その言葉に、ルチアナがピクリと眉をひそめた。
(私の与えたリアン君たちの物語……あの不良債権処理班のPV率は、堅実に伸びてて全然悪くないんだけど?)
ルチアナは心の中で、目の前のクソガキに最大級の悪態をついた。
(調子のんなよ、クソガキが……。私が何万年もかけて丁寧に作り上げたアナスタシア世界を、自分のおもちゃにしやがって。お前のやってる事は、命への冒涜だ。ただの炎上配信者が、神を名乗るな)
ワイズの得意とする『物語』。
それは、裏で魔王軍と契約して平和な村を焼き討ちさせ、大量の死人と絶望を生み出した後に、自分が契約した「勇者」を投入して敵を討たせるという、完全なる【ヤラセ(マッチポンプ)のざまぁ配信】であった。
人が無惨に死ぬ凄惨な映像と、遅れてやってきた勇者のカタルシス。それは確かに、短期的には爆発的なPV(数字)を稼ぎ出す。だが、そこには神としての慈愛も、命への尊厳も欠片もない。
「所詮、あんたらがチマチマ育ててる世界なんて、一貫性の無い駄作ですわ。ヒヒッ。残酷で、理不尽で、絶望から一発逆転する……俺の【炎上・復讐の物語】が、一番PVを稼げるんすわ」
ワイズの吐き捨てるような言葉に、月の女神カグヤもまた、扇の裏で冷たく軽蔑の眼差しを向けていた。
(……三流ですわ。物語を紡ぐ時、神は人々を愛し、共に笑い、共に泣く。そして亡くなる時は心から弔う……それが一流の神の仕事。人命を使い捨ての数字としか見ない安物ざまぁなど、月の世界には一秒たりとも必要ありませんわ)
会議室の空気が、極限まで冷え込む。
そして、その殺気は、会議室に設置された『リモート会議用のモニター』の向こう側からも放たれていた。
『——ワレェ。仁義がないのぅ、ゴミカスが』
モニターの向こう。天魔窟という名の刑務所をヤクザ事務所に改造して引きこもっている邪神・デュアダロスが、アルマーニの高級スーツの奥でドス黒い殺気を放っていた。
『刺される覚悟も無いガキが、安全な場所から命の火遊びしとる……。俺が刑務所を出たら、夜道と背後には気をつけろよ、ワイズ……』
三柱の神々からの、文字通り次元を超えた明確な『殺意』。
しかし、数字という絶対的な権力に守られていると思い込んでいるワイズは、それをただの「嫉妬」だと受け取り、ニヤニヤと笑いながら手を振った。
「ま、そういうわけで。俺は俺の『数字稼ぎ』に戻りますわ。では、失礼します〜」
ワイズは、ポケットに手を入れたまま、足取り軽く第一会議室から出て行った。
残された神々たちの間には、最悪の空気と、言いようのない不快感だけが漂っていた。
数字(PV)のためなら何人死のうが構わない。人間を単なる『駒』として消費する炎上神の悪意。
彼が次なる「村焼きのターゲット」として選んだのが、ルチアナが手塩にかけて(?)見守っているSクラスの仲間——キャルルの治める『ポポロ村』であることなど、この時の神々はまだ知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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