EP 20
魔皇国からの慰謝料(特大黒字)と、最高級『水炊き』の決算パーティー
ルナミス学園男子寮、旧用具室——通称『タコ部屋』。
DS錠によるバイオパニックが終息してから数日後。この狭く薄暗い部屋のど真ん中に、不釣り合いなほど豪奢な『黒曜石の宝箱』と、冷気(魔法)を放つ大きな『発泡スチロールの箱』がデデンと置かれていた。
「……なんだこりゃ。差出人は『アバロン魔皇国・ルーベンス将軍』?」
リアン・シンフォニアは、宝箱に添えられた封筒をペラリと開いた。
中には、最高級の羊皮紙に達筆な字で書かれた『親書』が入っている。
『——前略、ルナミス帝国ならびにSクラスの皆様。
この度の国境地帯および帝都における不祥事につきまして、我がアバロン魔皇国は“一切関知していない”ことを、ここに明記いたします。
すべては愚かなミラースの単独の暴走であり、我々もまた被害者であります。ミラースは既に、陛下の逆鱗に触れ“物理的に”処分されました。
つきましては、国交親善と遺憾の意を示す証として、心ばかりの品をお贈りします。……どうか、あの動画の件は水に流していただければ幸いです』
「……フッ。アハハハハハッ!」
親書を読み終えたリアンは、腹を抱えて笑い出した。
「どうしたの、リアンくん?」
キャルルがうさ耳を傾けながら不思議そうに尋ねる。
「いや、魔族のトップってのは頭のネジが飛んでる連中かと思ってたが、意外と『話の分かる(ビジネスライクな)奴ら』じゃないか。……おいクラウス、その黒曜石の箱を開けてみろ」
「う、うむ」
クラウスが宝箱の留め金を外すと、カチャリという音と共に蓋が開いた。
「「「お、おおおおおおおおっ!!??」」」
タコ部屋の面々の目が、一瞬にして『$』マークに変わる。
箱の中には、眩いばかりの光を放つ『白金貨』が、これでもかとギッシリ詰め込まれていたのだ。
「なんという額ですの……! 先日私が帝都の貴族たちから巻き上げ……いえ、正当に請求した治療費と合わせれば、ルナミス学園を丸ごと買収できるかもしれませんわよ!?」
ルナが扇で口元を覆いながらも、興奮で肩を震わせている。
「これがいわゆる『口止め料(慰謝料)』ってやつだ。魔皇国のトップは、自分たちの不祥事がこれ以上ネット(ファンクラブ)で炎上しないよう、天文学的なキャッシュで蓋をしに来たんだよ」
リアンは白金貨を一枚手に取り、弾いて音を確かめた。
「最高だ。イデオロギーや正義を振りかざして泥沼の戦争をするより、きっちり『金』で落とし前をつける。実に理にかなった、美しい決算じゃねぇか」
「それでリアン、こっちの冷たい箱はなんなんですの?」
リーザが、もう一つの発泡スチロールの箱をツンツンと突っついている。
「アバロンからの暗殺用の毒ガス……とかではありませんわよね?」
「親書によれば、ラスティア魔王からの個人的なお詫びの品らしい。……どれ」
リアンがガムテープを剥がして箱を開けると、そこには真空パックされた大量の鶏肉、特製の黄金色のスープ、そして『博多名物・極上水炊きセット』と書かれた日本語のパッケージが入っていた。
「……は? なんで異世界の魔王が、福岡のご当地グルメ(お取り寄せ)なんか送ってくるんだ?」
前世が日本人であるリアンは、本気で顔を引きつらせた。
「でも、すっごくいい匂いがするよ! お肉がキラキラしてる!」
キャルルが涎を垂らしている。
「……まぁいい。毒の類いは入ってないようだし、相手の誠意(極上の食材)はありがたく頂戴しておくのが礼儀ってやつだ」
リアンは腕まくりをし、三ツ星レストランの副料理長の顔つきになった。
「よし、お前ら! 今日はアバロン魔皇国の奢りで、特大の『慰謝料鍋(水炊き)パーティー』だ! クラウスは鍋の用意、キャルルは野菜を刻め! 俺が最高の火加減で仕上げてやる!!」
「アイアイサー!!」
タコ部屋が一気に活気づく。
リアンは特製の黄金スープを大鍋に張り、火にかけた。グツグツと煮立ち始めたスープに、魔王が厳選したであろう最高級の鶏肉(骨付きブツ切り)を投入する。
数分後、部屋中に濃厚でありながら上品な、鶏の旨味が凝縮された香りが爆発した。
「あああっ……! いい匂いですわ……っ! 私の胃袋が限界を訴えていますわーーッ!」
リーザが健康サンダルをバタバタさせて悶絶する。その後ろでは、彼女の付き人となったツー(ルルシア)も、箸を握りしめて臨戦態勢に入っていた。
「まずはスープだけを湯呑みに取って、塩とネギを散らして飲んでみろ」
リアンが小鉢に黄金のスープを注いで配る。
「ごきゅっ……。——!!?」
クラウスがスープを一口飲んだ瞬間、雷に打たれたように目を見開いた。
「な、なんという奥深い味わい……! 濃厚な鶏の出汁が、戦いで疲労した五臓六腑に染み渡る! まるで黄金のポーションではないか!!」
「はふっ、はふっ! お肉もすっごく柔らかいよ! 噛まなくても口の中でホロホロ崩れちゃうぅぅっ!」
キャルルが鶏肉を特製のポン酢に潜らせて頬張り、幸せそうにうさ耳を垂らした。
「ふふっ、このポン酢の酸味が、鶏の脂の甘みを引き立てて……いくらでも食べられてしまいますわ♡」
ルナも淑女の仮面をかなぐり捨て、無心で鶏肉を口に運んでいる。
「うおおおおッ! つくね! つくねも最高ですわーッ!」
「先輩! 私の分のつくね取らないでくださいよ! 今日の労働の対価は譲りませんわ!」
リーザとツーが、鍋の中で激しい箸の攻防戦を繰り広げる。
敵国の魔王が『オタ活ついでに買ってきた福岡土産』を、敵国の勇者候補たち(Sクラス)が美味しく平らげるという、なんともシュールで平和な光景がそこにはあった。
「ふぅ……。食った食った」
一時間後。
鍋の底に残った旨味たっぷりのスープに白米と卵を投入し、極上の『雑炊』まで完全に平らげたSクラスの面々は、腹を抱えて床に転がっていた。
「美味かった……。魔王がわざわざ持ってくるだけのことはあるな」
リアンは食後のコーヒーを啜りながら、デスクに向かった。
そして、愛用の分厚い革張りの『帳簿』を開き、万年筆を走らせる。
ルナたちが帝都で回収した、富裕層からの莫大なDS錠治療費(白金貨50枚)。
そして、アバロン魔皇国から送られてきた、口止め料という名の特大の慰謝料(白金貨100枚)。
「……経費は、偵察ドローンの購入代と、クラウスの剣の修理費くらいか」
リアンはすべての数字を計算し、最後の『純利益』の欄に、二重線を引いて力強く書き込んだ。
「……ククッ。アハハハハハッ!!」
リアンは、万年筆を置いて高笑いを上げた。
「完璧だ。完璧な決算だ! 帝国の危機も救い、邪魔な敵組織も完全に潰し、おまけに国家予算レベルのキャッシュを手に入れた! 今月も、文句なしの『特大黒字』だ!!」
「リアンくん、また悪い顔して笑ってるよー」
キャルルが膨れたお腹をさすりながらクスクスと笑う。
「ふはははッ! 悪党を討ち滅ぼし、美味しいものを食べて、仲間と笑い合う! これぞノブリス・オブリージュの極みだな!」
クラウスが高らかに宣言する。(※彼だけは、裏金の実態をいまいち理解していない)
「さあ、資金は潤沢ですわ! 次はどんなビジネス(荒稼ぎ)を仕掛けますの、リアン?」
ルナが悪戯っぽくウインクをする。
「そうだな……。まずはこの資金を元手に、うちの厨房(タコ部屋)の設備投資でもするか。どんなヤバい敵(不良債権)が来ようと、俺たちが全部『最高の利益』に料理してやるさ」
リアンは帳簿をパタンと閉じ、仲間たちの方を振り返って不敵に笑った。
アバロン魔皇国の陰謀と、絶望の麻薬による危機。
それは、冷徹なプロデューサーと強欲なバケモノたち(Sクラス)にとって、ただの『美味しいボーナスステージ』でしかなかったのだ。
不良債権処理班の賑やかで理不尽な冒険は、莫大な黒字と共に、これからもどこまでも続いていく!




