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EP 19

魔王の推しブチギレと、魔炎竜の処刑パックンチョ

アバロン魔皇国、魔王城。

国境からテレポートで逃げ帰ってきたミラース将軍は、冷や汗で軍服をびっしょりと濡らしながら、謁見の間へと続く長い回廊を早足で歩いていた。

(ええい、落ち着け。落ち着くのだ俺! あの帝国のガキがネットとやらにアップロードした動画など、所詮は幻影の類い。「ルナミス帝国の卑劣な情報操作です」とシラを切り通せばいいだけの話!)

ミラースは必死に言い訳を構築し、己を鼓舞した。

彼はアバロン随一の武闘派将軍。絶対切断の『哭刀』を持つこの俺を、魔王とてそう簡単には切り捨てられないはずだ、と。

重厚な黒曜石の扉を開け、ミラースは謁見の間へと足を踏み入れた。

「……ミ、ミラース、帰還いたしましたッ!」

だが、部屋に入った瞬間。

ミラースは己の全身の細胞が「死」を直感して悲鳴を上げるのを感じた。

「……遅かったわね、ミラース」

黒曜石の玉座。そこに深々と腰を掛けているのは、永遠の17歳(自称)にしてアバロンの絶対君主、魔王ラスティア。

彼女は漆黒のドレスの上に『朝倉月人ファンクラブ公式法被』を羽織り、首から推しのタオルを下げているという、極めてシュールな格好をしていた。

しかし、その体から立ち昇る魔力は、文字通り『次元を歪める』ほどの絶望的な密度を持っていた。玉座の周囲の空間が重力異常を起こし、バチバチと黒い稲妻を放っている。

その傍らでは、インテリ将軍のルーベンスが、高級なポポロシガーを咥えながら、深々とため息をついていた。

「……私が福岡に遠征して、美味しい豚骨ラーメンを食べて推しのライブで完全燃焼している間に。アバロン魔皇国が、ルナミスに怪しげな薬物を蔓延させていた? ……どういうことなの、ルーベンス」

地獄の底から響くような、絶対零度の声。

「全ては、そこにいるミラースの単独の仕業です。国庫の裏金を使用し、麻薬を精製・密輸して帝国の治安を乱し、あわよくば陛下を失脚させようと目論んでいたようですな」

ルーベンスが、書類から目を離さずに淡々と事実を突きつける。

「なっ……! わ、私は知りませぬ! 全ては帝国のガキどもが仕組んだ罠です! お許し下さいませ! ラスティア様!!」

ミラースは床に額をこすりつけ、大声で弁明した。

「あの動画は捏造です! 私が陛下を裏切るなど、あり得ません! 気合と根性で、我がアバロンのために尽くしてきたこの俺を疑うというのですか!!」

必死に喚き散らすミラース。

ラスティアは、無表情のまま、玉座の足元で丸まっていた『巨大な黒犬』の頭を撫でた。

頭が三つあるS級魔獣、地獄の番犬『ケルベロス』である。他国であれば一匹で軍隊を壊滅させる化け物だが、ラスティアの前では完全に「可愛い愛犬ポチ」として飼い慣らされている。

「……ケル、ちょっと嗅いできなさい」

「バウッ!」

ケルベロスは尻尾を振りながら玉座を飛び降り、土下座しているミラースの周りをぐるぐると回り、フンフンとその巨体に鼻を押し付けた。

「な、なんだこの犬は……あっちへ行け!」

ミラースが顔をしかめる。

ケルベロスは三つの頭で同時に「グルルルルルッ!!」とミラースに向けて激しく吠え立て、ラスティアの元へタタタッと戻っていった。

「……だそうよ」

ラスティアは冷たい目を見下ろした。

「ケルベロスは、『お前から嘘の腐った匂いが出てる』って言ってるわよ?」

「だ、黙れ!! そんな駄犬の言う事を信じるのですか! 捏造動画といい、犬の嗅覚といい、証拠にもならん!!」

ミラースが逆上し、思わず立ち上がって叫んだ。

その瞬間。

謁見の間の空気が、完全に『凍結』した。

「…………は?」

ラスティアの瞳に、紅蓮の炎がドス黒く燃え上がった。

「私の……可愛い可愛いケルちゃんの嗅覚を、舐めてるの……?」

「ヒッ……!?」

「あんたが国境でコソコソ小遣い稼ぎをしてようが、私を裏切ろうが、そんな『小さい事』はどうでもいいのよ。……でもね」

ラスティアは、手に持っていた推しの特製うちわをパチン、と閉じた。

「私の神聖なる『月人くんのファンクラブ掲示板』を炎上させて荒らした罪。そして、我がアバロン魔皇国の品格を貶め、私の愛犬を『駄犬』と呼んだ罪。……これは、万死に値するわ。お仕置きね」

パチンッ。

ラスティアが、冷酷に指を鳴らした。

ゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!

「な、なんだ!?」

ミラースの足元の床が、突如として灼熱のマグマへと変貌した。

絶対切断の『哭刀』を抜く暇すら与えられない。空間そのものを書き換えるような、規格外の超絶魔法。

マグマの底から、咆哮と共に現れたのは、巨大なあぎとを持つS級魔獣——『魔炎竜』であった。

「ヒ、ヒィィィィィィッ!! ま、待ってくれ! 俺にはまだ野望が……!!」

ザクリッ。

ガリガリガリガリッ!!

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

魔炎竜の巨大な牙が、ミラースの巨体を下半身から丸呑みにし、無慈悲に咀嚼した。

絶対切断の剣客も、物理的な刃を振るう前に「足元からの超巨大な顎による捕食」の前には完全に無力だった。

断末魔の悲鳴すらもマグマの熱に焼かれ、数秒後には、魔炎竜が「ゲップ」と一つ煙を吐き出して、マグマの中へと帰っていった。

謁見の間には、少しの焦げ臭い匂いと、ミラースが持っていた妖刀『哭刀』だけがカランと床に転がっていた。

一国の将軍にして、ルナミスにDS錠をばら撒いた黒幕の、あまりにも呆気ない(そして理不尽な)最期であった。

「…………はぁ」

ミラースをパックンチョさせた直後。

ラスティアは、先ほどまでの絶対的な魔王の威圧感をスッと消し去り、法被の襟をパタパタと仰ぎながら、ものすごく面倒くさそうに大きなため息をついた。

「あ〜、面倒くさい。殺すのは簡単だけど、これ、ルナミス帝国にはどう言い訳すんのよ?」

先ほどまで「万死に値するわ」と凄んでいた魔王が、途端に『やらかした後のOL』のようなトーンに切り替わる。

「いくらミラースの独断とはいえ、アバロンの人間が帝都に麻薬をばら撒いたのは事実じゃない。国際問題になったら、私が『ごめんなさ〜い』って頭下げに行かなきゃいけないわけ? 絶対嫌なんだけど!」

ラスティアは頭を抱え、チラッとルーベンスを見た。

「ねえ、ルーベンス。……私が福岡で買ってきたお土産の『最高級・水炊きセット(五人前)』をルナミスに渡したら、あいつら許してくれるかしら?」

一国の麻薬テロとバイオハザードの慰謝料を、『福岡名物・水炊きセット』でチャラにしようとする、魔王の恐るべき外交感覚ポンコツである。

「……はぁ」

ルーベンスは、胃痛を堪えながら、愛用の珈琲を一口啜った。

ミラースが消えてくれたのは、彼にとっても好都合だ。これであの暑苦しいブラック労働を軍に押し付けられることもなくなる。

それに、自分自身も休日に競馬場に入り浸っている身だ。「国庫の横領」についてこれ以上深く掘り下げられるのは、ルーベンスとしても避けたかった。

「……私共は、『一切何も知らなかった』でよろしいかと」

ルーベンスは皮肉な笑みを浮かべ、淡々と答えた。

「すべてはミラースの暴走。我々アバロン魔皇国も被害者である、と。その上で、国交親善の証として、多額の慰謝料(白金貨)と共に、陛下のその『水炊きセット』をお贈りすれば……ルナミス側も、これ以上の追及は諦めるでしょう」

「そう! それよ! さすがルーベンス、話が分かるわ!」

ラスティアはパァッと顔を輝かせた。

「よし、じゃあ事後処理は全部ルーベンスに任せたわよ! 私は今から、月人くんのライブDVDの鑑賞会をするから! 邪魔しないでね!」

ラスティアは法被を翻し、上機嫌でスキップをしながら玉座の間を後にした。

後に残されたのは、丸投げされたインテリ将軍と、床に落ちたままの妖刀だけである。

「……やれやれ。上がポンコツだと苦労する」

ルーベンスはポポロシガーの煙を吐き出しながら、ルナミス帝国への『言い訳の手紙』と『多額の小切手』の作成に取り掛かるのだった。

己を新人類だと驕ったゼロ。そして、気合と根性で魔王の座を狙ったミラース。

彼らの壮大な野望は、強欲なSクラスの盤外戦術と、オタク魔王の「推し活の邪魔をされた怒り」という、どこまでも俗物的で理不尽な力の前に、完全に粉砕されたのである。

いよいよ物語は、この理不尽な決算の最終利益をタコ部屋の面々が美味しくいただく、【最終決算】へと向かっていく!

読んでいただきありがとうございます。

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