EP 17
絶対切断の剣客と、冷徹なる盤外戦術(ファンクラブ経由)
ルナミス帝国とアバロン魔皇国の国境地帯。
哀しき魔獣と化したゼロを打ち倒したリアンとクラウスの周囲には、焦げた土の匂いと、重苦しい静寂が漂っていた。
「……終わったな。だが、まだ『親玉』が残っている」
リアンがスマートフォンを操作し、ドローンで撮影した動画データのエンコードを済ませようとした、その時である。
ズンッ……!!
突然、大気が極度に圧縮されたかのような、異様なプレッシャーが森全体を包み込んだ。
「なっ……何だ、この殺気は!?」
クラウスが即座に魔剣を構え直す。
直後。
リアンたちの目の前に広がる鬱蒼とした原生林——数十本もの巨大な大木が、何の音も立てずに『斜め』にズレて滑り落ち、ドスドスと重い音を立てて倒壊した。
刃物の軌跡すら見えない。ただ、空間そのものが「切断」されたかのように、森に一直線の道が拓かれたのだ。
「フン。気合と根性が足りんから、こんな所で野垂れ死ぬのだ。貴様らのような軟弱者は、魔族の血を引く資格すらないわ」
倒木を踏み越え、ゆっくりと姿を現したのは、身長三メートルに迫る巨漢。
上半身裸の筋骨隆々たる肉体、肩に担がれた身の丈以上の長さを誇る妖刀『哭刀』。
アバロン魔皇国、武闘派将軍ミラースである。
「貴様が……DS錠の黒幕か!」
クラウスが鋭く睨みつける。
「いかにも。俺がミラースだ。……あの役に立たん魔獣や、スリーというチンピラ商人がやられた魔力反応を感じてわざわざ出向いてやったが、まさか帝国のガキ二匹とはな」
ミラースは、足元に転がるゼロの黒焦げの亡骸を鼻で笑った。
「24時間戦えぬようなゴミは、早めに間引かれた方が世のためだ。……さて、貴様らも魔獣の餌にしてやろうと思ったが、俺の『哭刀』の錆にしてやる。光栄に思え!」
「ふざけるな! 弱者を薬漬けにして使い捨てるような外道に、ノブリス・オブリージュの裁きを下す!」
クラウスは激怒と共に地を蹴った。
「雷帝の怒りを知れ! 『紫電・轟雷斬』!!」
クラウスの魔剣から、過去最大出力の紫色の雷が迸る。
空気中のプラズマを巻き込み、巨大な雷の刃となってミラースへと叩き込まれる必殺の一撃。
だが。
「——気合が足りんと言っているのだ、温い小僧!!」
ミラースは、肩に担いでいた妖刀を無造作に振り下ろした。
ただの横薙ぎ。魔力すら込められていない、純粋な腕力による一閃。
しかし、その瞬間。
クラウスの放った巨大な雷の刃が、音もなく『真っ二つ』に裂けた。
「なっ……!?」
雷という実体のない「エネルギー(現象)」が、ケーキをナイフで切るように左右に割れ、背後の森へと虚しく逸れて大爆発を起こす。
それだけではない。
ミラースの斬撃の余波は、クラウスの構えていた魔剣の刀身すらも、まるでおもちゃの剣のようにあっさりと斜めに『切断』してしまったのだ。
「ば、馬鹿な……! 我が家の宝剣が……! 魔法そのものを斬ったというのか!?」
クラウスは、半分になった魔剣の柄を握りしめ、驚愕に目を見開いた。
「ハハハハッ! 当然だ! 俺のユニークスキル『ソード(絶対切断)』は、物理的な装甲だろうが、無形の魔法だろうが、この世のあらゆる事象を両断する! 盾も回避も無意味な、絶対の矛よ!!」
ミラースが哄笑し、妖刀を再び振りかぶった。
「さあ、次は貴様らのその生意気な首を刎ねてくれるわァァッ!!」
絶体絶命のピンチ。
どんな魔法も防がれ、どんな防御も紙切れのように斬られる。文字通り「理不尽」の極みである暴力。
だが、その絶望的な状況を前にして。
リアン・シンフォニアは、一歩も後ろに下がることはなかった。
それどころか、彼は呆れたように大きなため息を吐き、ポケットから現代日本のテクノロジーの結晶——『スマートフォン』をゆっくりと取り出したのだ。
「……おい、昭和のブラック上司。ちょっと待て」
「あん? 命乞いか? 残念だが、我が軍に休日はねぇんだよ!」
ミラースが妖刀を振り下ろそうとする。
「命乞いじゃねぇよ。お前と『戦う義理』がなくなったって言ってんだ」
リアンはスマートフォンの画面をミラースに向けた。
そこには、何やらカラフルでポップなデザインのウインドウが表示され、『アップロード完了』という文字が輝いている。
「……なんだ、その変な板は? 魔導具か?」
ミラースが怪訝な顔をする。
「お前、自分が何でこの国境でコソコソと麻薬の密輸なんてやってたか忘れたのか? お前の目的は、ラスティア魔王を蹴落として自分が玉座に座ることだろ?」
リアンの言葉に、ミラースの顔色が変わる。
「なぜ……貴様がそれを知っている!」
「さっき、お前が雇った密売人どもとスリーが、ご丁寧に洞窟でペラペラ喋ってくれたからな。『ミラース将軍が国庫の裏金を使ってDS錠を造らせた』『いずれ魔皇国を乗っ取る』ってな。……俺はそれを、この機材で映像と音声込みでバッチリ『録画』させてもらった」
リアンはニヤリと、冷徹なプロデューサーの笑みを浮かべた。
「で、だ。この決定的証拠(コンプライアンス違反のエビデンス)を、どうやって一番効果的にお前の『直属の上司』に突きつけるか考えたんだが……」
リアンはスマートフォンの画面をトントンと指で叩いた。
「アバロン魔皇国の魔王、ラスティア。あいつ、日本のアイドル『朝倉月人』の重度のオタクで、ファンクラブ会員第1号なんだってな」
「……な、なにぃ!?」
ミラースの目が点になる。魔王の極秘事項であるはずのオタ活設定を、なぜ帝国のガキが知っているのか。
「俺のこのスマホ(ネット通販の機能)を使えば、現代日本のネット回線にも接続できる。……俺はたった今、朝倉月人の『公式ファンクラブのVIP専用掲示板』に、お前の真っ黒な密輸計画と反逆の証拠動画を、大々的にアップロード(投稿)してやったよ」
「は……? ふぁんくらぶ……? けいじばん……?」
ミラースの昭和的な脳みそが、リアンの発する現代のIT用語を処理しきれずにフリーズする。
「加えて、会員第1号である『ラスティア』の個人アカウント宛に、ダイレクトメッセージで動画のリンクを直送りしといた。『あなたの部下が、あなたのオタ活予算を横領して麻薬作ってますよ』ってな」
リアンはスマホを懐にしまい、肩をすくめた。
「どんなに絶対切断の剣を持っていようが、お前のその『物理的な暴力』じゃ、インターネットの海に拡散されたデジタルデータ(証拠)は斬れねぇだろ?」
「き、貴様……っ! 何を訳の分からないことを喚いている! そんな板切れの幻術で、俺が騙されるとでも——」
ミラースが怒りに任せて妖刀を構え直した、まさにその瞬間であった。
ピリリリリリリリリリッ!!!
ミラースの分厚い軍服の懐で、軍事用の緊急通信魔導具が、けたたましいアラーム音を鳴らし始めたのだ。
しかもそれは、平時の連絡用ではない。国家の存亡に関わる『最高レベルの緊急回線』の着信音である。
「な、なんだと……!? この回線は、魔王城からしか……!」
ミラースが慌てて妖刀を地面に突き立て、懐から通信魔導具を取り出す。
スイッチを入れた瞬間、通信石から響いてきたのは、アバロンのインテリ将軍・ルーベンスの、胃痛に耐えるような冷酷な声だった。
『……ミラース。貴様、一体裏で何をやらかした?』
「ル、ルーベンス!? 俺は今、国境で帝国のネズミを処理している最中で……」
『黙れ。たった今、福岡から帰還されたラスティア陛下が、月人くんのファンクラブ掲示板を見て大激怒されている。「私の尊いオタ活の裏で、小汚い麻薬なんぞ作りやがって」とな。……陛下はすでに、魔炎竜を召喚する準備に入られているぞ』
「な、な、な……っ!!?」
『今すぐ魔王城へ帰投し、弁明せよ。さもなくば、貴様の部隊ごと、あのブラックホールに吸い込まれることになるぞ』
ブツッ。
通信が一方的に切れた。
国境の森に、重苦しい静寂が再び訪れる。
ミラースは、真っ青になった顔で、手に持った通信石と、リアンを交互に見つめた。
「……理解したか? 昭和の脳筋上司」
リアンが、容赦のないトドメの言葉を放つ。
「お前の『絶対切断』の剣は確かに無敵かもしれない。だがな、ビジネスの世界じゃ、上司からの【懲戒解雇の宣告】だけは、どんな名刀でも絶対に斬れねぇんだよ」
武力による真っ向勝負ではなく、情報戦とコンプライアンス違反の内部告発による、完璧な「盤外戦術」。
アバロン魔皇国が誇る最強の剣客は、リアンの放った「ファンクラブ経由の直訴」という前代未聞のチートによって、完全に詰み(チェックメイト)の状況へと追い込まれたのである。
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