EP 15
アイドルの鎮魂歌と、Sクラスのえげつない強制徴収
ルナミス帝国、帝都の中心に位置する商業区画。
普段は多くの商人や貴族で賑わうはずのその大通りは、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「グガァァァァァァッ!!」
「助けてくれ! 誰か、ヒィィッ……!」
スリーが裏社会にばら撒いた『DS錠』。その甘い誘惑(一時的な能力倍増)に溺れた末路は、あまりにも無惨だった。
薬の過剰摂取により限界を超えた者たちの肉体が、次々と膨張し、毛羽立ち、理性を失った巨大な『魔獣』へと変貌していく。
帝都の治安を預かる近衛騎士団が必死に防衛線を張っているものの、DS錠によって不毛なまでに底上げされた魔獣の暴力の前に、戦線は完全に崩壊しかけていた。
「くそっ! 刃が通らない! なんだこの異常な硬さは!」
騎士の一人が絶望の声を上げ、巨大な熊の魔獣がその鋭い爪を振り下ろそうとした、まさにその時。
——キュイィィィィィンッ!!
突如として、戦場に似つかわしくない「マイクのハウリング音」が、大音量で大通りに響き渡った。
「え?」
魔獣の動きがピタリと止まる。
「帝都の皆様!! そして、迷える獣の皆様!!」
ドゴォォォォンッ! と、大通りのど真ん中に、巨大な岩石で急造された『特設ステージ』が隆起した。
キャルルの地形操作(土竜踏み)によって作られたステージの上。
眩いばかりの魔力光を一身に浴びて立っていたのは、色あせたエンジ色の芋ジャージに健康サンダルという、アイドルらしからぬ底辺装備を身に纏った少女——リーザであった。
「違法薬物になんて頼らなくても、私の歌で最高の熱狂をお届けしますわ!! さあ、聞いてください! 『降臨!聖獣機神ガオガオン』!!」
ジャァァァァァァンッ!!
リーザの背後に控えていたルナが、特注の巨大な魔導スピーカーのスイッチを入れる。重厚なブラス音と、地響きのようなドラムのイントロが、帝都の空気を震わせた。
「アナスタシア……! その絶望の淵で、眠れる魂が目を覚ます!」
リーザが、ジャージの裾を翻しながら、腹の底から響くような力強い声で前口上を叫ぶ。
「聖獣合体!!」
「「ガオッ! ガオッ! ガオッ!」」
なぜかバックダンサーとして駆り出されているツー(ルルシア)とキャルルが、合いの手を入れる。
【静寂を切り裂く 黄金の咆哮】
【眠れる獅子の瞳に 紅蓮の火が灯る】
【運命の鎖を引きちぎり】
【錆びついた空 その拳でぶち抜け!】
リーザの歌声には、彼女のユニークスキル『貧乏神』の力が、本来とは全く異なるベクトルで作用していた。
周囲のあらゆるリソースを強制的に吸い尽くすその強欲な魔力が、今回は『観客の意識を強制的に自分へと向けさせる』という、圧倒的なアイドル・オーラとなって爆発したのだ。
「……オ……オォォ……?」
暴れ狂っていたはずの魔獣たちが、その熱すぎる歌詞と、リーザの放つ圧倒的な存在感の前に、次々と動きを止めた。
脳髄を焼くようなDS錠の禁断症状が、特撮ヒーローの主題歌のような直球の熱量によって、完全に上書きされていく。
【左腕は白虎! 鋼の牙で 絶望さえも砕き尽くせ(ドリル・オン!)】
【右腕は青龍! 紅蓮の雷 悪を裁くレーザーの雨(シュート・ナウ!)】
【吠えろ獅子! 聖なる咆哮】
【今だ、光の刃で一刀両断! 聖獣剣! ゴッド・ブレード!!】
「ガオッ! ガオッ! ガオッ!」
「聖獣機神 ガオガオオオオン!!」
曲がサビの最高潮に達した時。
驚くべきことに、暴走していた魔獣たちは完全に戦いをやめ、特設ステージに向かって直立不動となり、ぼろぼろと感動の涙を流しながら、前足で完璧な『オタ芸』を打ち始めていた。
「な、なんだあれは……? 魔獣が、大人しく歌を聞いている……!?」
腰を抜かした近衛騎士たちが、信じられない光景に目を瞬かせる。
「——さあ、キャルル! ルナ! 患畜の皆様が温まりましたわ! 今ですのよ!!」
歌い終えたリーザがマイクを天に突き上げて叫ぶ。
「任せて! 月兎族の秘術、悪いものをぜーんぶ綺麗にするよ! 『ムーンライト・パージ』!!」
ステージから飛び降りたキャルルが、オタ芸を打って無防備になっている魔獣たちの間を駆け抜けながら、浄化の月の光を浴びせかける。
「そして、仕上げですわね。……ふふっ、この『世界樹の雫』と私の調合した中和剤(劇薬)をブレンドした特製ポーション、たっぷり味わっていただきますわよ」
ルナが優雅に扇を翻し、空中に無数の注射器を浮かび上がらせた。
「いっけなさーい♡ 物理注射の雨ですわーっ!」
シュバババババババッ!!
キャルルの浄化魔法でDS錠の魔力暴走が静まり、さらにルナの放った世界樹の中和剤が魔獣たちの体内に直接叩き込まれる。
二つの理不尽なまでの治癒能力が合わさり、魔獣たちのどす黒い皮膚がみるみると剥がれ落ち、元の「人間」の姿へと急速に収縮していった。
「あ……あぁ……?」
「俺は、一体……何を……?」
数分後。
大通りには、全裸で倒れ込み、元の姿に戻って意識を取り戻した男たちが、困惑した表情で周囲を見回していた。
魔獣化という絶望の淵から、完全なる生還。まさに奇跡の医療である。
「よかった……! お前たち、助かったんだな!」
近衛騎士たちが駆け寄ろうとした、その時である。
「——お目覚めかしら? DS錠のオーバードーズ患者の皆様」
倒れている男たちの前に、天使のような慈愛の微笑みを浮かべたルナが、ふわりと歩み寄った。
その後ろには、分厚いバインダーと万年筆を持ったキャルルが控えている。
「あ、貴女は……? 俺たちを助けてくれたのか……?」
男の一人が、涙ぐみながらルナを見上げる。
「ええ、そうですわ。貴方たちはアバロンの麻薬によって魔獣になりかけましたが、私たちが『命懸け』で治療いたしましたの。……本当に、命があってよかったですわね」
ルナはしゃがみ込み、男の頬を優しく撫でた。
「ありがとうございます……! このご恩は、一生忘れません!」
「ふふっ、一生なんて大袈裟ですわ」
ルナはにっこりと笑い、背後のキャルルからバインダーを受け取ると、それを男の目の前にドスッと突きつけた。
「さあ、こちらが今回の『治療費の請求書』および『財産譲渡の同意書』になりますわ。ここにサインをお願いしますね♡」
「……えっ?」
男は、バインダーに挟まれた紙を見て、目を疑った。
そこには、一般的な平民が一生かかっても稼げないような、天文学的な数字(白金貨数枚分)が「緊急オペレーション費用」として記載されている。
さらに下部には、『支払いが不可能な場合、家屋、土地、その他一切の資産をルナミス学園Sクラスに譲渡するものとする』という、極めて法的に隙のない(リアンが監修した)一文が添えられていたのだ。
「あ、あの……。これは、ちょっと高すぎでは……。というか、全財産って……」
男の顔からサァッと血の気が引く。
「あら?」
ルナの笑顔が、一瞬だけ『氷の絶対零度』へと変わった。
「命を救っていただいたというのに、お金を渋るのですか? ……でしたら、もう一度お注射をして、あの『醜い魔獣』に戻して差し上げましょうか? キャルル、彼にもう一度DS錠(毒)を飲ませてちょうだい」
「はーい! ぽいっ!」
キャルルが、どこから拾ってきたのか、青白いDS錠を男の口元に突きつける。
「ヒィィィィッ!! サ、サインします! しますからぁぁっ!!」
男は震える手で万年筆をひったくり、物凄いスピードで同意書にサインを書き殴った。
他の元・魔獣たちも、ルナとキャルルの(物理的・精神的な)脅迫の前に、次々と涙を流しながら「全財産譲渡契約書」にサインをしていく。
「ふふっ、毎度ありですわ♡」
回収した大量の契約書をパラパラと捲りながら、ルナは悪魔のように蠱惑的な笑みを深めた。
「リアンの言った通りですわね。『命の危機に瀕した金持ち(バカ)から巻き上げる医療費ほど、効率の良いビジネスはない』って。……これでまた、タコ部屋の資金(裏金)が潤いますわね」
「やったー! 臨時収入だー!」
「これもすべて、私の歌の集客力のおかげですわね! さあ、このお金でタローソンのお弁当を買い占めに行きますわよ!」
帝都の危機を救った英雄たち(Sクラス女子チーム)は、近衛騎士たちがドン引きして遠巻きに見つめる中、ホクホク顔で「特大の利益(売上)」を抱えて去っていくのだった。
兵糧攻めの被害から一転、敵の密売ルートを利用した『マッチポンプのぼったくり治療院』。
リアンがタコ部屋で描いた冷徹なビジネスモデルは、彼が国境で密売人を粉砕している間に、完璧な形で帝都の経済を吸い上げていたのである。
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