EP 14
運び屋の末路と、逃れられぬ『録画』
ルナミス帝国とアバロン魔皇国を隔てる険しい山脈の麓。
鬱蒼と生い茂る原生林の奥深くに隠された巨大な鍾乳洞の内部で、松明の赤い火が揺らめいていた。
「ガハハハハッ! 素晴らしい。今回も極上の『DS錠』をたっぷり用意していただいたようで!」
洞窟の最奥に設けられた臨時拠点。
そこに立っていたのは、高級なシルクの外套を羽織った恰幅の良い男——かつてナンバーズの幹部として帝都の物流を牛耳っていた大商人『スリー(ギリルク)』であった。
彼の目の前には、アバロン魔皇国から派遣されてきた黒装束の密売人たちが、麻袋にギッシリと詰まった青白い錠剤(DS錠)の山を並べている。
「ええ、スリー殿。我がアバロンの錬金術師が精製した特製品です。……しかし、よろしいのですか? 貴方の主であったゼロは、今頃ミラース将軍の元で『魔獣』となって地を這っているというのに」
密売人のリーダーが、嫌味ったらしい笑みを浮かべて問う。
「ゼロ? ああ、あの計算ばかりで商売の『引き際』を知らなかった哀れな坊ちゃんですか」
スリーは最高級のポポロシガー(葉巻)に火を点け、紫色の煙を吐き出しながら鼻で笑った。
「商人にとって、沈みかけた泥舟(組織)を見捨てるのは当然の権利。奴はSクラスという規格外の連中に喧嘩を売り、全てを失った。私はただ、自分の手元に残った『密輸ルート』という資産を最大限に活用しているだけです」
スリーは、山積みのDS錠の袋を愛おしそうに撫でた。
「このDS錠は、ルナミスのスラムや裏社会で飛ぶように売れている。これを我が商会が独占販売すれば、帝都の闇の経済は完全に私のものになる! さすがはアバロンの武闘派、ミラース将軍! このような劇薬を思いつくとは、魔族ながら天性の商売人ですな!」
「ええ。ミラース様も、貴方の帝都での販売網を高く評価しておられます。ルナミス帝国がDS錠の蔓延によって内部から崩壊すれば、魔皇国軍の侵攻も容易になりますからな」
「お互いにWin-Winというわけだ。……さあ、白金貨の支払いです」
スリーが分厚い革袋を密売人に手渡そうとした、その時。
ブゥゥゥゥゥン……。
洞窟の天井付近から、羽虫が飛ぶような微かな機械音が聞こえてきた。
「ん? なんだこの音は……?」
スリーが葉巻を咥えたまま上を向く。
松明の光が届かない洞窟の暗がり。そこに、青く小さな光が二つ点滅していた。
「……あれは、虫か? いや、魔力を持った使い魔……?」
密売人が剣の柄に手をかけた、次の瞬間である。
「——バカ言え。虫でも使い魔でもねぇよ。お前らが今やってる『真っ黒な裏取引』と『ミラースが黒幕だっていう自白』を、1ビットの漏れもなく記録するための最新機材だ」
洞窟の入り口から、冷徹で静かな声が響き渡った。
「なっ!?」
スリーたちが振り返ると、そこには機能的なジャケットを羽織った少年と、紫電を纏う魔剣を携えた金髪の騎士が立っていた。
リアン・シンフォニアと、クラウスである。
「S、Sクラスだと!? なぜこの場所が……!」
スリーは驚愕に目を見開いた。この国境の洞窟は、彼自身の『テレポート』でしかたどり着けないはずの絶対の秘匿領域だったはずだ。
「なぜって、お前、自分が前まで一緒に働いてた連中のアジトをそのまま使ってたろ? あそこに落ちてたお前の毛髪から、ダイヤ先生の魔法で『魔力の残り香』を逆探知させてもらったんだよ」
リアンは、現代日本のネット通販で購入した『超小型・静音偵察ドローン』のコントローラーであるスマートフォンを操作し、手元にドローンを帰還させた。
「しかも、ご丁寧に『アバロンのミラース将軍がDS錠の黒幕です!』って自分たちからベラベラ喋ってくれるなんてな。……おかげで、最高の『エビデンス(証拠)』が撮れたぜ」
リアンはスマートフォンの画面をタップし、録画データをクラウド(異次元)に保存した。
「エビデンスだと……!? 貴様ら、あの魔法具で何を……!」
「まぁ、お前らみたいな前時代的な悪党には理解できねぇだろうがな。……クラウス。カメラは止めた。あとは好きに(物理的に)処理しろ」
リアンが顎でしゃくると、クラウスは静かに歩み出た。
彼の瞳には、ルナミスの民を薬漬けにし、国を売り渡そうとしたスリーに対する、ノブリス・オブリージュの激しい怒りが燃え盛っていた。
「自分の利益のために、弱者を毒牙にかける……。貴様のような外道に、貴族を名乗る資格などない! 我が魔剣にて、その罪を万死をもって償え!!」
「ひぃっ! や、やっちまえ!! そいつらを殺せ!!」
スリーが叫ぶと、アバロンの密売人たちが一斉に『DS錠』を飲み込んだ。
ドクンッ!と彼らの肉体が膨張し、知性のない巨大な魔獣へと変貌していく。
「グオオオオオンッ!!」
洞窟の天井に届かんばかりの巨大な魔獣たちが、クラウスに向けて襲いかかる。
だが。
「遅い。そんな薬に頼らねば戦えぬような脆弱な精神で、僕の雷撃に追いつけると思うな!」
バリバリバリバリィィィッ!!
クラウスの姿が、一瞬にして紫色の稲妻へと変化した。
『紫電・瞬雷』。
視認することすら不可能な超高速の斬撃が、魔獣たちの巨体を一瞬にして切り裂き、黒焦げの肉塊へと変えていく。
「あ、が……っ!?」
「グギャアアアアッ!?」
凄まじい雷鳴と共に、密売人だった魔獣たちは次々と倒れ伏し、動かなくなった。
「な、ば、馬鹿な……!? DS錠で強化された魔獣が、一瞬で……!」
スリーは葉巻を口から落とし、腰を抜かして後ずさった。
戦力差は圧倒的。商人である彼に、Sクラスのバケモノに立ち向かう術などない。
「ひ、ヒィィィッ!! テ、テレポート!!」
スリーは震える手を掲げ、自身を安全圏へと逃がすための空間跳躍魔法を発動しようとした。
淡い光が彼の身体を包み込む。
(そうだ、逃げろ! 帝都にはまだ隠し財産がある! 別の国へ逃げて、一から商売をやり直せば……!)
しかし。
「——逃がすかよ、不良債権が」
テレポートの光が完全に空間を繋ぐコンマ一秒前。
リアンの手が、スリーの首根っこを背後からガシッと掴んだ。
「なっ!?」
「お前がテレポートの予備動作(詠唱)に入るまでの『0.5秒』。……前の戦いで計測済みだ。俺がそこに間に合わないとでも思ったか?」
リアンの手には、バチバチと放電する【5万ボルト・高出力スタンガン】が握られていた。
「ま、待て! 金だ! 金ならいくらでも払う! だから……ッ!」
スリーが情けない声を上げて命乞いをする。
「お前の薄汚い金なんて、ルナとキャルルが治療費として後から全額『差し押さえ』てくれる手筈になってるんでね。……お前自身には、もう一円の価値もねぇんだよ」
リアンは容赦なく、スタンガンの電極をスリーの首筋に押し当てた。
バチィィィィィィィッ!!!!
「あががががががががッ!!??」
数万ボルトの高圧電流がスリーの中枢神経を焼き切り、テレポートの魔法陣がガラスのように砕け散る。
白目を剥いた大商人は、そのまま崩れ落ちるようにして洞窟の冷たい床に突っ伏し、ピクピクと痙攣して完全に沈黙した。
「……よし。密輸の元締め(ディストリビューター)は物理的に制圧完了だ。DS錠もこれだけ押収すれば、ダイヤ先生が解析して完全な解毒剤を作れるだろう」
リアンはスタンガンの電源を切り、山積みの麻袋を蹴り飛ばした。
「見事な手際だな、リアン。しかし、黒幕がアバロン魔皇国のミラースという将軍であることは分かったが……この証拠(録画)をどう使うつもりだ? 帝国軍に提出して、正式に抗議(戦争)を申し入れるのか?」
クラウスが魔剣を鞘に納めながら尋ねる。
「いや。まともに国同士の交渉なんてやってたら、何ヶ月かかるか分かったもんじゃない。それに、ミラースって奴もシラを切るに決まってる」
リアンは、手元のスマートフォンを悪魔のような笑顔で見つめた。
「こういうのはな、直属の『一番ヤバい上司』に直接クレーム(証拠)を叩きつけて、内部から炎上させるのが一番効くんだよ。……ちょっと、俺の『チート(別ルート)』を使わせてもらうぜ」
帝都の物流を牛耳った大商人は完全に損切りされ、密輸ルートは潰えた。
そして、冷徹なるプロデューサーの手の中には、アバロンの武闘派将軍を破滅へと追いやる、逃れられぬ『完璧な録画データ』が握られていた。
だが、リアンたちがミラースへの次なる一手を打つ前に。
彼らの背後の暗闇から、ミラースが差し向けた『哀しき魔獣』が、静かに、そして凶暴な殺意を持って忍び寄ろうとしていたのである。
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