EP 13
絶望の麻薬(DS錠)と、Sクラスの緊急オペレーション
ルナミス学園の旧用具室、『タコ部屋』。
一週間の平穏が嘘のように、リアン・シンフォニアは険しい表情でモニター(通信石)を見つめていた。
「——発生源はアバロン魔皇国、か」
学園の担任兼用務員であり、Sクラスの先生でもあるダイヤ先生が、持ち込まれた検体——小さな青白い錠剤をピンセットで摘みながら、深刻な声で告げた。
「そう、これだ。帝都の裏路地で急速に蔓延している『DS錠』。こいつを摂取した者は、一次的に限界を超えた能力を発揮し、強大な魔獣をも単身で倒すほどの力を得る。……だが、効果が切れた後の代償は凄まじい」
「代償、ですか」
クラウスが、魔剣の柄を握りしめながら問う。
「肉体がその出力に耐えきれず、細胞が変質する。そのまま摂取し続ければ、二度と人間に戻ることはできない……完全な『魔獣』へと変貌するのさ」
ルナがゾッとして顔を覆った。「なんて……なんておぞましい。魔獣に変える薬を人間に飲ませるなんて、一体誰が」
「おそらく、アバロン魔皇国の仕業だろう。ルナミス帝国との国境付近で、最近不審な物流ルートが確認されている」
リアンは帳簿をバタンと閉じ、立ち上がった。
「目的は明白だ。ルナミス帝国内に魔獣化した人間を溢れさせ、治安を崩壊させて内部から帝国を瓦解させるつもりなんだろう」
「ふざけやがって……! 薬漬けにして使い捨てかよ!」
キャルルが拳を震わせる。
「さて、どう動くか」
リアンは冷静に、三ツ星レストランの副料理長の顔つきで、最短の手順を組み立てた。
「発生源を潰さなきゃ被害は止まらない。俺とクラウスは、アバロンとの国境地帯へ向かって発生源を特定し、ルートを破壊する。……お前たちは、帝都に広がった被害者を何とかしてくれ」
「分かったわ」
キャルルがうさ耳をピンと立てる。「魔獣化しかけている人たちの治療は私に任せて。ポポロ村の月光薬と、ウチの族に伝わる浄化の術を合わせれば、初期段階なら何とか人間に戻せるはず!」
「私は世界樹の根元へ行ってきます」
ルナが扇を閉じ、凛とした表情で言った。「世界樹の雫を貰ってきます。あれがあれば、魔獣の進行を一時的に抑制する強力な中和剤が作れるはずです」
「リ、リーザちゃんは……?」
クラウスの問いに、部屋の隅でチラシをチェックしていたリーザが顔を上げる。
「私はお手伝いしますわ! DS錠の禁断症状で狂った人たちも、私の歌を聞けば進行が止まると確信していますの。あの『降臨!聖獣機神ガオガオン』を本気で歌えば、どんな魔獣化した人間も思わず直立不動で聞き入って、浄化されてしまうはずですわ!」
「……まあ、あいつなら何とかするだろう」
リアンは苦笑しつつ、確信を抱いた。あの歌の持つ『謎の説得力(破壊力)』は、間違いなく魔獣化を一時停止させるほどのノイズになり得る。
「よし。行動開始だ。……アバロンのミラース将軍だか何だか知らないが、俺たちの街をゴミ捨て場にしてくれた慰謝料、魂で支払わせてやる」
リアンはジャケットを羽織り、クラウスと共にタコ部屋を飛び出した。
* * *
帝都から北へ、険しい山々を越えた先にある、ルナミス帝国とアバロン魔皇国の国境地帯。
そこは、かつての戦乱の名残で荒れ果てた、『魔の境界線』と呼ばれていた。
「……ここだな」
リアンが双眼鏡で前方を覗き込む。
そこには、怪しげな黒い服を着たアバロンの密売人たちが、大八車に山積みの『DS錠』を積み込み、帝国内へ向けて搬送しようとしている姿があった。
「……おや、商売熱心なことだ。だが、残念ながら俺たちの許可のない輸出入は、ここがゲートウェイだぞ」
リアンが指を鳴らすと、クラウスが飛び出した。
「ノブリス・オブリージュの裁き(暴力)を食らえッ!!」
バリバリバリバリィィィッ!!
紫電を纏った魔剣が、密売人たちの頭上を薙ぎ払う。
「な、なんだ!? Sクラスか!?」
「くそっ、殺せ! DS錠を飲んで、魔獣化してやれ!!」
密売人たちが、あろうことか自ら『DS錠』を口に放り込む。
ドクンッ、と彼らの筋肉が異常肥大し、肌がどす黒く変色し、獣の咆哮を上げて巨大化していく。
「……ほう、自ら進んで不良債権化か。なら、全額償却するまでだ」
リアンは慌てず騒がず、通販のウインドウを開いた。
タップしたのは、【現代・大型クレーン車(中古)】ではない。
【現代・高周波ジャミング装置(対ドローン・通信妨害用)】である。
「この薬、魔力を過剰に活性化させることで肉体を維持してるんだろ? ならば、周囲の魔力場を乱せばどうなる?」
リアンがジャミング装置を起動させると、周囲の魔力の密度がグニャリと歪んだ。
魔獣化した男たちが、その瞬間にガクガクと震え出す。
「ぐ、ぐあぁぁっ……! 体が、制御できな……っ!」
「制御できないんじゃねぇ。魔力がエンストしたんだよ」
リアンは冷たく言い放ち、トドメを刺す。
「クラウス、今のうちだ! 弱りきった肉体に、最大火力で叩き込め!!」
「応ッ!!」
紫電の暴雨が、魔獣化した男たちを跡形もなく吹き飛ばす。
敵は自壊し、物理的に消し飛んだ。
* * *
その光景を、帝都から遠く離れたアバロンの城で、ミラースが妖刀越しに眺めていた。
「チッ……! またあのSクラスか! どいつもこいつも、俺の計画を邪魔しやがって!!」
ミラースは愛用の机を殴りつけ、粉砕した。
「おい、ゼロ! 貴様も何か言え! 貴様の『未来予知』で、あの小僧たちがどこへ向かっているかくらい、読み取れんだろうが!!」
足元でうずくまっていた『魔獣ゼロ』が、グルルッ……と低い唸り声を上げる。
かつてチェスの盤面で全知を誇った知性は、今やミラースの罵倒に怯えるだけの哀れなペットに成り下がっていた。
「ダメだ……。貴様の頭の中には、ただの獣の欲望しかないのか。……まぁいい。それならそれで、貴様をあの小僧たちへの『ぶつかり稽古の相手』にしてやる!」
ミラースは邪悪な笑みを浮かべ、妖刀を掲げた。
「行け、ゼロ! Sクラスを食らい、その首を俺の元へ持ってこい! 気合と根性で、あのガキ共をミンチにせんかァァッ!!」
「グオオオオオオンッ!!!」
主の理不尽な命令を受け、魔獣と化したゼロが、国境の森へと跳躍する。
かつて最強のライバルであり、チェス盤の王だった男は、今はただミラースの使い捨ての駒として、かつての宿敵・Sクラスとの『最後の舞踏』へと駆り出された。
リアンたちの『発生源調査』は、図らずも『かつての最強の敵との再会』という最悪の盤面を迎えていた。
運命の糸が、絡まり合い、そして断ち切られる時間が近づいている——。




