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EP 12

魔族の血(ブラック契約)と、哀しき魔獣の誕生

一年中、太陽の光が厚い魔雲に遮られ、薄暗い紫色の空が広がるアバロン魔皇国。

その辺境に位置する荒涼とした大地に、武闘派将軍ミラースの居城はそびえ立っていた。

「気合だ! 根性だ! 休みなど要らん!! 貴様ら、そんな軟弱な精神でこの俺の部下が務まるかァァッ!!」

城の中庭では、鼓膜を劈くような怒号が響き渡っていた。

身長三メートルに迫る巨人族ネフェリムの血を引く長身の剣客、ミラース将軍である。

彼は上半身裸のまま、自らの得物である妖刀『哭刀こくとう』を大上段に構え、血の汗を流して倒れ伏す部下の魔族たちを容赦なく蹴り飛ばしていた。

「魔力が尽きただと? 甘えるな! 気合と根性で魔力などいくらでも回復するわ! 二十四時間戦えないような奴は、この魔皇国軍には不要だ!!」

完全に昭和のブラック企業、あるいは旧時代のスパルタ軍隊そのものである。

論理ロジックや効率よりも、純粋な暴力と根性を至高とする男。それが、アバロンの誇る絶対切断のユニークスキル『ソード』の保持者、ミラースの狂気であった。

その、汗と血の匂いが充満する中庭の片隅に。

シュンッ!!

突如として空間が歪み、淡いテレポートの光と共に、一つの『ゴミ屑のような物体』が吐き出された。

「……ん? なんだ?」

ミラースが妖刀を肩に担ぎ、鋭い眼光を向ける。

「げほっ、がはっ……!! あ、あぁ……着いた……のか……?」

石畳の上に転がり、泥と自身の排泄物にまみれたボロ雑巾のような男。

かつてルナミス帝国の裏社会を牛耳り、『未来予知』の能力で全てを計算通りに支配していた異能集団ナンバーズのリーダー、ゼロであった。

「……なんだ? その薄汚いネズミは。どこかのスパイか?」

ミラースがズシン、ズシンと地響きを立てて歩み寄る。

「おお……! ミラース様! ミラース様!!」

ゼロは、見上げるほど巨大なミラースの姿を認めるや否や、這いつくばったまま彼の巨大な軍靴にすがりついた。

「僕です! 帝国で裏取引をしていた、ナンバーズのゼロです! 随分と、みすぼらしい格好になってしまいましたが……っ!」

「……ああ? ゼロだと?」

ミラースは眉間に深いシワを寄せ、足元で震える男をジロリと見下ろした。

かつて通信魔導具越しに交渉した際の、あの気取って優雅な若き侯爵の面影など、微塵も残っていない。ただの怯えた小動物だ。

「……随分とみすぼらしい格好になったな。あの忌々しい帝国のエリート気取りが、どうしてこんな泥水すするような真似をしている?」

「お、お助けください! 僕は、僕はこれからどうしたら良いのか……! ルナミス帝国では僕を追い回し、再び実験動物として解剖しようとしています! 組織も金も、すべてあのSクラスのガキ共に奪われてしまった!」

ゼロは顔中を涙と鼻水で濡らし、必死にミラースの靴を舐めんばかりの勢いで命乞いをした。

「どうか! どうか! ミラース様のお力をお貸し下さい! 僕の『未来予知』の力があれば、必ずやアバロン魔皇国のため、そしてミラース様が魔王の座に就くための最高の役に立ちます!!」

ゼロの懇願を聞き、ミラースはフンと鼻を鳴らした。

(『未来予知』か。……確かに、いくさにおいて先の展開が読めるというのは強力な手札だ。今までの取引での実績もある)

ミラースは野心家である。現在の魔王であるラスティア(永遠の17歳・重度のオタク)を内心では見下しており、いずれ自分がその玉座を奪い取ってやろうと画策していた。

「……今までの付き合いだ。いいだろう、匿ってやる」

「おぉ……! ありがとうございます! ありがとうございます!!」

ゼロが歓喜の声を上げた、その直後。

「ただし」

ミラースの冷酷な声が、ゼロの頭上から降ってきた。

「ここは実力主義のアバロン魔皇国。しかも俺の部隊は、二十四時間不眠不休で戦い抜く気合と根性が求められる。……ひ弱な『人間』の貴様が入り浸って、生半可な覚悟で生き残れる場所ではない。覚悟を見せてみろ」

「か、覚悟……と言いますと?」

ゼロが怯えたように顔を上げる。

ミラースは無言のまま、妖刀『哭刀』の黒い刃を、自身の手のひらに押し当てた。

スッと刃が引かれると、巨人族ネフェリムの分厚い皮膚が切れ、どす黒く、瘴気を孕んだ『魔族の血』がドクドクと溢れ出した。

ボタッ、ボタッ……!

石畳の上に、不気味な紫色の煙を上げる血溜まりができる。

「これを飲め、ゼロ。これで貴様は『魔族』になれる。俺の血を取り込み、軟弱な人間の肉体を捨て、二十四時間戦える軍人(駒)へと生まれ変われ」

「ぼ、僕が……魔族に!?」

ゼロは、石畳に落ちた瘴気放つ血溜まりを見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。

人間の身体に魔族の高濃度の血を取り込めばどうなるか。未来予知の能力を使わずとも、極めて生存率の低い致死的な劇薬(ブラック契約)であることは理解できた。

「嫌ならいいんだ。このまま帝都へ送り返してやる。ルナミスの地下牢で首を刎ねられるか、脳を弄られて一生モルモットになるんだな」

ミラースが冷たく言い放つ。

(戻る……? あの真っ白な実験室に……!?)

ゼロの脳裏に、スタングレネードの爆音と、冷たい手術台の記憶がフラッシュバックする。

論理も、計算も、プライドも、すべてが恐怖の前に吹き飛んだ。

「飲みます!! 飲ませて頂きますゥゥッ!!」

ゼロは四つん這いになり、犬のように石畳に顔を擦り付けた。

そして、ミラースの足元に溜まったどす黒い血を、舌を出してピチャピチャと貪り飲み始めた。

「んぐっ……! げほっ、ごきゅっ……!」

鉄の錆びたような味と、内臓を直接灼き焦がすような猛烈な魔力の奔流。

数口飲んだ瞬間、ゼロの身体に『異変』が起きた。

「あ、あが……がががががががッ!?」

ゼロが喉を掻きむしり、白目を剥いてのたうち回り始める。

「オ……オオオオオオオオオッ!?」

メキメキメキッ!

彼の細身だった身体から、骨が砕け、再構築される異様な音が響き渡る。

人間の許容量キャパシティを超えたネフェリムの血が、彼の細胞を強制的に作り変えていく。皮膚を突き破って黒い体毛が密生し、四肢は丸太のように太く膨れ上がり、顔面は原型を留めないほどに前へ突き出していく。

(あ、ああ……! 脳が、僕の計算領域メモリが……溶ける……ッ!? 未来が……チェス盤が……見えな……っ)

『未来予知』という高度な演算を行うためには、人間の繊細な前頭葉の構造が必要不可欠であった。

しかし、流れ込んだ魔族の血は、彼を『知性ある魔族』ではなく、ただ純粋な暴力と闘争本能だけで動く怪物へと変異させてしまったのだ。

高度な知能は焼け焦げ、ただ「殺せ」「喰らえ」という獣の本能だけが脳を支配していく。

「グ……グオオオオオオオオオオオンッ!!!」

数分後。

そこには、かつての知的な侯爵の面影は一切なく、四足歩行の醜悪で巨大な『魔獣』が、涎を垂らしながら咆哮を上げていた。

「フハハハハハッ!!」

その悍ましい姿を見て、ミラースは腹を抱えて高笑いした。

「魔族ではなく、ただの知性のない『魔獣』へと成り下がったか! ……まぁ、脆弱な人間の器なら、それが限界よのう!」

ミラースは、魔獣となったゼロの頭を軍靴で容赦なく踏みつけた。

「だが、計算ばかりする小賢しい頭脳より、命令通りに動く頑丈な肉体の方が、俺の軍隊には都合が良い! ゼロ、これから貴様は俺の手足となって、死ぬまで不眠不休で働くのだ!!」

「グルルルルッ……! グオオオオオンッ!!」

哀れな魔獣は、もはや自分が何者であったかも忘れ、ただ新たな主の命令に反応して吠えるだけの肉塊と化していた。

己を新人類と驕り、他人をチェスの駒と見下していた冷徹な頭脳の末路。

それは、ブラック企業の理不尽な上司ミラースの下で、知性すら奪われた『最も惨めな社畜(魔獣)』へと落ちぶれるという、残酷なまでの因果応報であった。

読んでいただきありがとうございます。

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