EP 9
演算パンク(エラー)と、現代兵器、そして禁忌の『リセット』
「な、なんだ……? なんなんだ、そのふざけた女は……ッ!?」
完璧な静寂と白に包まれていたナンバーズのアジトは、リーザの蹴り破った壁の崩落音と、空き缶の擦れるガラガラという下品な音によって完全に汚染されていた。
ゼロ(リアス・アルバード)は、激しく動揺しながら己のユニークスキル『未来予知』を全開にした。
彼の瞳の奥で、無数のチェス盤(未来の分岐)が超高速で展開されていく。この闖入者が、次にどんな強力な魔法や武技を放ってくるのか。その最適解を弾き出すために。
だが。
ゼロの脳内に流れ込んできた『数秒先の未来』は、彼の理解を完全に超越していた。
(……な、なんだこの未来の分岐は!?)
ゼロの視た未来。
ルートA:リーザが突撃してきて、ゼロの座っている高級マホガニーの椅子を『質屋に売るため』に強奪する。
ルートB:リーザが床に転がったチェスの駒(純金製)を拾い集め、歯で噛んで純度を確かめ始める。
ルートC:リーザがゼロの懐に手を突っ込み、暗殺の武器ではなく『財布の中の小銭』だけを正確に抜き取って逃走する。
「ば、バカな……!? 攻撃の意思が全くないだと!? なぜこの女は、戦闘中に『換金効率』の計算しかしていないんだ!?」
ゼロの悲鳴のような声に、リアンはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「未来予知ってのは、要するに超高性能なスーパーコンピュータみたいなもんだろ? 相手の合理的な行動や殺意を前提に『最適解』を弾き出す」
リアンは、スマートフォンをポケットにしまいながら、ゆっくりとゼロへ歩み寄る。
「だが、その前提条件が完全に壊れている『規格外のバカ(強欲)』が乱入したらどうなる? ……お前の脳は、その意味不明な行動を処理しきれずに、エラーを吐き続けることになるんだよ」
「黙れッ!! ツー、お前は何をしている! そのふざけた女を早く処分しろ!!」
ゼロが叫ぶと、頭にレジ袋を被ったツー(ルルシア)が、空き缶の袋を大事そうに抱えながら反論した。
「うるさいわね! 先輩は今から、この部屋の備品を全部差し押さえて『タローソンの肉まん代』にするって言ってるの! 邪魔したら、私がスリーの能力でアンタを便槽の中に飛ばすわよ!!」
「は……? 便、槽……?」
エリート悪役であったはずの幹部からの、あまりにも底辺すぎる脅迫。
ゼロのプライドと論理的思考は、この瞬間、完全に限界を超えた。
「ああああああっ!! 訳が分からない! 計算が……演算の分岐が多すぎるッ!!」
ゼロは両手で頭を抱え、フラフラと後ずさった。
未来予知の乱用と、リーザという『バグ』の処理により、ゼロの脳は莫大なカロリーを消費し、文字通り頭からプシューッ!と白い煙を吹き始めていた。
(今だ……! ゼロの処理能力が、リーザの存在で完全にパンクしている!)
その一瞬の隙を、冷徹なるプロデューサー(リアン)が見逃すはずがなかった。
「……ここから先は、俺のターン(盤外戦術)だ」
リアンは懐から、先ほど『ネット通販』で仕入れておいた【未知の兵器】を取り出した。
それは、黒緑色をした円筒形の物体。ピンが刺さっており、異世界の魔法技術とは全く異なる無骨な構造をしていた。
現代地球の対テロ特殊部隊が使用する非致死性兵器——【M84スタングレネード(閃光音響手榴弾)】である。
リアンは安全ピンを引き抜き、ゼロの足元に向かってそれを放り投げた。
「なっ……!?」
ゼロは即座に『未来予知』を起動しようとした。
(暗器か!? いや、あの物体からは一切の魔力を感じない! ただの金属の筒……爆発魔法の類ではない。ならば、回避する必要すらない!)
魔力を持たない物理的な投擲物。そう判断したゼロは、手で弾き落とす未来を選択した。
しかし、それこそがリアンの狙いだった。
「……目と耳を、塞げ!!」
リアンの号令に、Sクラスの面々(と、リーザに調教されたツー)は即座に伏せ、両手で耳と目を硬く塞いだ。
カァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!
次の瞬間。
ゼロの足元で、数百万カンデラの『絶対的な閃光』と、170デシベルというジェット機のエンジン音をも超える『爆音』が、同時に炸裂した。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃゃああああああああああああああああああッ!!??」
ゼロの鼓膜が破裂寸前の悲鳴を上げ、視界が完全に真っ白に焼き切れる。
スタングレネードは、破片を飛ばす殺傷兵器ではない。純粋な『光と音の暴力』で、人間の三半規管と視神経を物理的に破壊し、平衡感覚を完全に奪い取る現代科学の結晶だ。
魔法の結界や、物理的な回避行動。そんなもので防げるはずがない。
光と音という『空間そのものへの攻撃』を前に、ゼロの未来予知は完全に無力化されたのである。
「がはっ……! あぁぁっ……! 視えない、聞こえない! ま、前庭感覚が……ッ!!」
ゼロは平衡感覚を失い、無様に床を転げ回った。胃袋の中身が逆流し、優雅な支配者の面影は見る影もない。
「……チェックメイトだ、三流経営者」
リアンが、パチパチと燃える特注の『5万ボルト・高出力スタンガン』を手に、悠然とゼロを見下ろしていた。
その後ろでは、クラウスが紫電の剣を構え、キャルルが拳を鳴らし、ルナが猛毒の注射器を弄んでいる。
「ふ、ふざけるな……。この僕が、愚者どもを統べる新人類である僕が、こんな……こんなわけのわからないガラクタと、頭のおかしいバカどものせいで……敗北するだと……ッ!?」
ゼロは血走った目でリアンを睨みつけ、ギリッと奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばった。
「認めない……。こんな盤面、僕は絶対に認めない!!」
ゼロは、震える血だらけの手を、床に向けて強く叩きつけた。
「シアン!! 今すぐ起動しろ!!」
ゼロの絶叫が、アジトの地下深くへと響き渡る。
「すべてを……すべてを巻き戻せ! このふざけた盤面を、僕が負けるこの世界ごと……『1日前にリセット』しろォォォォォッ!!」
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ……!!
その瞬間。
アジトの空間が、信じられないほどの力で『歪み』始めた。
壁の時計の針が、狂ったような速度で【逆回転】を始める。
床に転がっていたチェスの駒が空中にフワリと浮き上がり、リーザが蹴り破った壁の破片が、まるでビデオの巻き戻しのように、元の場所へと吸い寄せられていく。
「な、なんだこれは!?」
クラウスが驚愕の声を上げる。
「チッ……! こいつの能力じゃない。もっと深い地下から、規格外の魔力が噴き出してきている……ッ!」
リアンは、空間そのものが『過去』へと巻き戻されていく感覚に戦慄した。
これこそが、ナンバーズの切り札。
地下に幽閉された3歳児・ファイブ(シアン)の持つ、禁忌のユニークスキル『リセット』。
ゼロがどれほどリスキーな盤面で敗北しようと、最後にこのセーブ&ロードを使うことで、彼らは『絶対に負けない組織』として君臨してきたのだ。
「フハハハッ! アハハハハハハッ!!」
ゼロが、血と涙に塗れた顔で狂ったように笑い声を上げる。
「無駄だよリアン! 君たちがどれだけ足掻こうと、この時間は『1日前』に戻る! 君の現代兵器も、そのバカな仲間の乱入も、すべては『無かったこと』になるんだ!! 次は最初から、君の脳を破壊してやる!!」
空間の巻き戻しが、リアンたちの足元にまで迫る。
記憶も、勝利も、すべてがリセットされる絶対の絶望。
だが。
「——させませんわ!!」
その絶対の絶望に、真っ向から中指を立てて噛み付いた者がいた。
「私の……! 私が今日一日、ドワーフの現場で汗水流して稼いだ『銅貨30枚』と……!」
リーザが、エンジ色の芋ジャージをはためかせ、空間の歪みに逆らうようにして仁王立ちになった。
「そして! 何より……さっき先輩が奢ってくれた、あの熱々で、お肉の汁がたっぷりと染み込んだ『最高のタローソンの肉まんの味(記憶)』を……ッ!!」
ツー(ルルシア)が、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、リーザと手を繋いで絶叫した。
「「無かったことになんて、絶対にさせてたまるかァァァァァァァァッ!!!!」」
極貧アイドルと、肉まんに堕ちたエリート悪役。
二人の少女の『強欲(食欲)』が、時間を司る神の理すらも凌駕しようとしていた。
「ツー! 今ですわ!! その力、使いなさい!!」
「いくわよ先輩ッ!! 座標指定・真下の地下室(魔力源)!!」
ツーが、リーザとリアンたちの手をガシッと掴む。
彼女の中にストックされていた、スリーの『テレポート』の能力が、肉まんのカロリーを限界まで燃焼させて極限の光を放った。
「すべてをぶっ壊して(監査して)、美味しいお肉を食べるんですのよーーッ!!」
閃光。
時間が巻き戻るそのコンマ一秒の隙間を縫って、Sクラスとツーの身体が、アジトのさらに奥底——禁忌の切り札が眠る地下牢へと空間跳躍を果たした。
最強の悪の組織の『絶対のセーブデータ』を破壊するための、泣いても笑っても最後の戦い(強制差し押さえ)が、今、幕を開ける!
読んでいただきありがとうございます。
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