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EP 8

未来予知の絶望盤面と、乱入する『強欲の師弟(ブラック労基)』

通路の最奥にそびえる、重厚なアンティーク調の扉。

リアンがそれを蹴り開けると、そこは地下水道の薄暗さとは無縁の、眩しいほどに真っ白な空間(アジトの中枢)だった。

部屋の中央には、高級なマホガニーのテーブルが置かれ、美しい白黒のチェス盤が設えられている。

そして、その奥の豪奢な椅子に深く腰掛け、最高級のチョコレートを口に運んでいる男がいた。

犯罪組織『ナンバーズ』を統べる絶対的リーダー、ゼロ(リアス・アルバード)である。

「……ようこそ、リアン。そしてSクラスの諸君」

ゼロは、部屋に踏み込んできたリアンたちを見ても、微塵も動揺する様子はなかった。

「ワンという強力なルークを盤外戦術で排除し、フォーの監視のビショップを潰したことには素直に拍手を送ろう。君のその『現代兵器(未知の手札)』は見事だった。……だがね」

ゼロはチェス盤の上の『白のキング』を指でそっと撫でた。

「君たちがここまで辿り着くことも、僕の盤面みらいにはすでに描かれていたことだ。……君たちは、僕という絶対的な『キング』に王手チェックをかけることはできない」

「御託はいい」

リアンは懐から、先ほどのフラッシュライトとは別の『黒い護身用具』を取り出し、鋭い視線でゼロを射抜いた。

「未来が見えるからって、自分が絶対に殴られない安全圏にいると思い込んでるなら、それはただの経営者の驕り(慢心)だぜ。……クラウス! キャルル!」

「ふはははッ! ノブリス・オブリージュの裁きを受けよ!!」

「そぉいっ!!」

リアンの号令と同時に、Sクラスの二人が常軌を逸したスピードでゼロへと肉薄した。

クラウスの紫電を纏った魔剣が、ゼロの首を刎ね飛ばさんと横薙ぎに一閃される。

キャルルの安全靴が、逃げ道を塞ぐように頭上から踵落としとして振り下ろされる。

前後左右を完全に塞ぐ、回避不能の必殺の連携。

……のはずだった。

「……遅い」

ゼロが、まるで『最初からそこに攻撃が来ることを知っていた』かのように、首をわずかに傾け、半歩だけ後ろに下がった。

シュォォォォォンッ!!

クラウスの魔剣の切先が、ゼロの鼻先数ミリを空振りして通過する。

キャルルの踵落としが、ゼロの足元の数センチ横の床を粉砕する。

「なっ……!?」

驚愕する二人の隙を突き、ゼロは流れるような動作でクラウスの胸板に掌底を叩き込み、キャルルの足を払って二人を同時に吹き飛ばした。

「ぐはっ!?」

「きゃああっ!?」

「クラウス様! キャルルさん!」

後方にいたルナが、咄嗟に毒の小瓶をゼロの顔面に向けて複数投げつける。

だが、ゼロは飛んでくる小瓶の軌道を『見もせずに』、テーブルの上のチェスの駒を指で弾き飛ばした。

パァァァンッ!!

弾き出されたポーンが空中で毒の小瓶に正確に命中し、ルナから離れた安全な空間で紫色の毒ガスが虚しく散布される。

「バカな……! 今の連携を、視線も合わせずに完全に捌き切っただと!?」

立ち上がったクラウスが、戦慄の声を上げた。

「不思議かい? だが、これは魔法の反射でも、圧倒的な身体能力でもない。ただの『計算ロジック』だよ」

ゼロは乱れた襟を正し、静かに語り始めた。

「僕のユニークスキル『未来予知』は、数秒先から数ヶ月先の未来に至るまでの、あらゆる『分岐ルート』を視覚化する能力だ。君たちの筋肉の収縮、魔力の流れ、そして思考の癖。それらすべての情報を演算し、『最も合理的な次の一手』を先読みして、僕はそれに合わせて動いているだけだ」

ゼロの瞳の奥に、無数のチェス盤が超高速で展開され、未来の可能性が計算されていく光景が浮かび上がっていた。

「そして、リアン」

ゼロの視線が、リアンの手元に向けられる。

「君が右手に隠し持っている『黒い長方形の道具スタンガン』。それが約五万ボルトの強力な雷属性の物理放電を行う武器であることも、君が僕の死角に回り込んでそれを押し付けようとしている未来も……すべて、僕には『視えて(わかって)』いる」

「……チッ」

リアンは舌打ちをし、スタンガン(護身用具)を下ろした。

(クソッ……伊達に組織のリーダーを張ってるわけじゃないな。未来が見えるだけならまだしも、その未来に対する『最適解(回避とカウンター)』をノータイムで実行できる身体の動き(スペック)も備えてやがる)

リアンの冷徹な計算が、警報を鳴らしていた。

どれだけ強力な武器(通販グッズ)を出そうと、どれだけ理不尽な暴力(Sクラス)をぶつけようと、相手が「未来を確定させてから回避行動を取る」以上、論理的ロジカルな攻撃はすべて無効化されてしまう。

「これで理解したかな? どんなに優れた手札を持っていようと、僕の『未来予知』という絶対的な盤面チェスボードの上では、君たちはただ僕の手のひらで踊らされる駒に過ぎない」

ゼロは勝利を確信し、冷酷な宣告を下した。

「チェックメイトだ、リアン・シンフォニア。君たちの負け(倒産)だよ」

絶望の静寂が、真っ白な部屋を包み込む。

クラウスも、キャルルも、ルナも、そしてリアンでさえも、次の一手を打ちあぐねていた。論理が通じない相手に、どうやって立ち向かえばいいのか。

——その、絶対的な『ゼロの支配空間』に。

突如として、何の前触れもない『異物バグ』が介入した。

ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

部屋の入り口の扉ではない。

アジトの側面——分厚い岩盤で覆われていたはずの『強固な壁』が、外側からの凄まじい物理的衝撃によって、唐突に大爆発を起こしたのである。

「なっ!? なんだ!?」

ゼロが初めて、完璧な余裕の表情を崩して目を見開いた。

もうもうと立ち込める粉塵と瓦礫の山。

その向こう側から、ガラガラと空き缶の入った大きなビニール袋を引きずりながら、二つの影が歩み出てきた。

『あーっ! 見つけましたわ後輩ちゃん! この壁の向こう側から、金持ちの匂い(冷暖房の効いた快適な空気)がしますわーーッ!!』

そこに現れたのは。

色あせたエンジ色の芋ジャージに、健康サンダルという、およそ戦場には似つかわしくない底辺の装備を身に纏った、Sクラスの極貧アイドル——リーザ。

そして、その背後には。

『や、やりましたね先輩! これで今日のノルマ(空き缶集め)は達成ですよ! 早くお家に帰って、タローソンの肉まん食べましょう!』

高級な伯爵令嬢のドレスを泥だらけにし、首にタオルを巻き、頭にはなぜか『タローソンのレジ袋』を被った、完全なスラムの住人ホームレスと化した『ツー(ルルシア)』の姿があった。

「…………は?」

その、あまりにも常軌を逸した光景——特に、組織の幹部であるはずのツーの信じられない姿——を前に、ゼロの思考は完全に停止した。

「ツ、ツー……? お前、なぜそこにいる……? なんだその薄汚れた服は!? そして、横にいるその芋ジャージの女は誰だ!?」

未来予知の演算にすら微塵も引っかからなかった『謎のホームレス師弟』の乱入に、ゼロの端正な顔が激しく引きつる。

「あら?」

ゼロの声に気づいたリーザが、瓦礫の山を乗り越えてズンズンと前に出てきた。

そして、ツーを庇うように両手を広げ、ゼロに向かってバシィッ!と指を突きつけた。

「貴方が、私の可愛い後輩ちゃんを『過酷な労働環境』で働かせ、日当も払わずに酷使していたという……『ブラック企業の社長ゼロ』ですわね!?」

「は……? ブラック企業……? 日当……?」

ゼロの頭に、ハテナマークが乱舞する。

「ツー! 目を覚ませ! お前はナンバーズの幹部だぞ! その女を殺せ!!」

ゼロが叫ぶと、ツーは首に巻いたタオルで顔の泥を拭いながら、力強く首を横に振った。

「お断りよ!! 私はもう、あんな薄暗いアジトには戻らない! リーザ先輩と一緒に、汗水流して日当を稼いで、タローソンの熱々の肉まんを食べるんだから!! あんたの用意する高級フレンチより、先輩が奢ってくれた肉まんの方が、一万倍美味しかったわ!!」

エリート悪役ツー、完全なる離反宣言。

肉まん一つと過酷な日雇い労働によって、彼女は『金と権力』への執着を捨て去り、労働の喜びに目覚めた『極貧アイドルの付き人』へと完全ジョブチェンジを果たしていたのだ。

「な、なんだと……!? 私の、私の完璧な計画が……肉まん、一つで……!?」

ゼロの脳内で、これまで構築してきた完璧なチェス盤が、芋ジャージの少女のドロップキックによって粉々に粉砕される音がした。

「言っておきますけれど、私の後輩にこれ以上手出しはさせませんわ!」

リーザは、空き缶の詰まった袋をドサリと床に置き、どこからともなく取り出した『安全ヘルメット』を被って、ピカピカに光る誘導棒を構えた。

「違法なタダ働き(搾取)は絶対に許さない! ルナミス学園Sクラス、および労働基準監督署(物理)のガサ入れに参りましたわーーッ!! 社長! 覚悟しなさい!!」

絶対的な未来を見通す冷徹なゼロの盤面に、絶対に予測不可能な『強欲と貧乏神のバグ(リーザ&ツー)』が乱入した。

絶望的だった戦況は、一人の芋ジャージアイドルのメチャクチャな論理によって、完全に未知の領域カオスへと引きずり込まれようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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