EP 7
武闘派の破壊と、Sクラスの規格外暴力
帝都アヴァロンの第一区画。
歴史ある貴族たちの豪邸が立ち並ぶ、静寂に包まれた高級住宅街の地下深くに、その空間は存在していた。
「……ここだ。GPSの座標は、この地下を示している」
リアン・シンフォニアは、スマートフォンの画面をスワイプしながら、分厚い鉄扉の前で足を止めた。
一見すると、打ち捨てられた古い地下水路の管理扉。だが、その表面には複雑な魔術式が刻まれ、物理的にも魔法的にも強固なロックが掛けられていた。
「どうやら、ここが『不良債権』の金庫の入り口らしいな」
リアンがスマートフォンを懐にしまうと、隣で準備体操をしていた兎耳の少女——キャルルが、ニパッと無邪気な笑顔を浮かべた。
「開ければいいんだね、リアンくん! 任せて!」
キャルルは、細い脚を高く上げ、特注の安全靴で分厚い鉄扉のド真ん中を蹴り飛ばした。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!
何重にも掛けられていた防御魔法の結界がガラスのように砕け散り、数十トンの重量を誇る巨大な鉄扉が、まるで紙切れのように吹き飛んで地下道の手前に激突した。
純粋な物理的破壊力(暴力)。どんな高度なセキュリティ(暗号)も、パスワードの入力装置ごと粉砕してしまえば意味を成さない。
「さあ、監査の時間だ。行くぞ」
リアンを先頭に、クラウス、キャルル、ルナの四人は、土煙を上げてアジトへの侵入を果たした。
しかし。
吹き飛んだ鉄扉の先の長い通路で、彼らを『出迎える』影があった。
「……チッ。フォーの目ん玉が潰れたと思ったら、ネズミどもが正面からカチコミとはな」
通路の中央に立っていたのは、筋骨隆々の大男。
顔には『Ⅰ(ワン)』のローマ数字が刻まれた仮面をつけ、全身から血の匂いとドス黒い殺気を立ち昇らせている。ナンバーズにおける最大の暴力装置、ナナシである。
「お前らが、ゼロの言っていたSクラスか。餓死寸前のゴミどもが、どうやって俺たちの包囲網を抜けたかは知らねぇが……ここに来たのは完全に計算ミスだぜ」
ワンは首の骨をゴキゴキと鳴らしながら、足元に転がっていた鉄扉の破片——キャルルが蹴り飛ばした巨大な鋼鉄の塊に、そっと右手を触れた。
「俺のユニークスキルは『破壊』。……俺の手のひらに触れたモノは、分子レベルで完全に消滅する」
シュウゥゥゥ……ッ!!
ワンが触れた瞬間。
重さ数トンはあるはずの鋼鉄の塊が、音もなく、一瞬にして『灰色の粉』となって崩れ落ちた。
魔法の爆発でもなく、熱で溶かしたわけでもない。ただ純粋に、触れた対象を『無』に帰すという、防御不能の絶対的な即死攻撃。
「防御魔法も、物理障壁も関係ねぇ。俺の手に触れれば、お前らの肉体も一瞬で塵になるってことだ。……さあ、誰からミンチにして——いや、消し飛ばしてやろうかァ!」
ワンは凶悪な笑い声を上げ、Sクラスの面々を威圧した。
触れられれば即死。近接戦闘において、これほど理不尽で絶望的な能力はないだろう。
だが。
その絶望的な能力のデモンストレーションを見せられたSクラスの反応は、ワンの予想とは全く異なるものだった。
「……なるほど。『触れたものを破壊する』か」
リアンは、腕を組んで冷ややかな目でワンを分析(査定)した。
「つまり、逆に言えば『触れなきゃ発動しない』ってことだな。……呆れたぜ。テレポートだの未来予知だの厄介なスキルを揃えてる組織だっていうから警戒してたが、お前の能力は、ただの『歩く生ゴミ処理機』じゃねぇか」
「……あぁ!?」
リアンの辛辣極まりない評価に、ワンの額に青筋が浮かぶ。
「いいか、どんなに切れ味のいい包丁でも、刃が届かなきゃ大根一本切れねぇんだよ。そんな直線的な単一商品で、ウチの厨房(Sクラス)を制圧できると思うな」
リアンは顎でしゃくり、後ろに控える仲間たちに指示を出した。
「クラウス、キャルル、ルナ。……あいつに『触れさせるな』。アウトレンジから、一方的に残高を削り切れ!!」
「ふはははッ! 承知した、プロデューサー殿!」
クラウスが、紫電を纏う魔剣を天高く掲げて前に出た。
「なめるなガキどもォ! 触れさせないだと? 俺の超スピードから逃げ切れると——」
ワンが、床を蹴って猛烈な速度で突進を仕掛けようとした、その瞬間。
「我がノブリス・オブリージュの裁き(暴力)を受けよ!! 『ライトニング・ストーム(紫電の暴雨)』!!」
バリバリバリバリィィィッ!!
クラウスの魔剣から放たれたのは、単体への斬撃ではない。
通路全体を埋め尽くすような、超広範囲の『落雷の嵐』であった。
「なっ!? ぐあああああっ!?」
ワンは両手を前に突き出し、迫り来る雷撃を『破壊』しようとした。
だが、雷は物理的な質量を持たない『現象』である。局地的な電流の塊は破壊できても、四方八方から、しかも足元の湿った石畳を伝って襲い来る数万ボルトの電圧を、すべて手のひらで防ぎ切ることなど絶対に不可能だった。
全身を凄まじい高圧電流で焼かれ、ワンの巨体が痙攣しながら立ち止まる。
「そぉいっ!! 『月影流・土竜踏み』ィィッ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!
そこに、キャルルが特注の安全靴で、強烈な四股踏み(ストンプ)を叩き込んだ。
彼女の放った物理的な衝撃波が、通路の地盤そのものを破壊する。
ワンの立っていた足元の石畳が、マグニチュード7クラスの局地的な直下型地震に見舞われ、大きく隆起し、そして砕け散った。
「お、ぐおぉぉぉっ!?」
足場を完全に失い、ワンは無様に宙を舞う。
『触れればすべてを破壊する』——その恐るべき力も、空中に放り出されてしまえば、虚しく空気を掻くだけの無用の長物である。
「あらあら、ずいぶんと騒がしい殿方ですわね」
空中に浮かんだワンの落下地点に、ルナが優雅な仕草で『紫色の液体が入った小瓶』を放り投げた。
パリンッ!
小瓶が割れ、特殊な神経毒が瞬時に気化してワンを包み込む。
「私の特製、吸い込めば三秒で全身の随意筋が麻痺するお友達(猛毒)ですわ。……貴方のように乱暴な方は、少し頭を冷やした方がよろしくてよ?」
「がっ……ごぼっ……!?」
電流で焼かれ、足場を砕かれ、空中で麻痺毒を吸い込んだワンは、もはや抵抗の余地すらなく、そのまま瓦礫の山に頭から激突した。
ドサァァァッ!!
「あ……あが……っ……」
仮面が割れ、全身を黒焦げにして白目を剥きながら、巨体の男はピクピクと痙攣していた。
「……あーあ。言わんこっちゃない」
リアンは、完全に沈黙したワンの横を通り過ぎながら、冷酷な目で彼を見下ろした。
「相手のルール(間合い)に付き合ってやるほど、俺たちは義理堅い商売をしてないんでね。……お前の『破壊』は確かに強力だが、汎用性とコストパフォーマンスが最悪だ。そんな不良債権は、さっさと償却するに限る」
Sクラスの面々は、一切の傷を負うことなく、敵の主力アタッカーを文字通り『一方的なアウトレンジからの暴力』で完全粉砕してのけた。
ゼロの「絶望のゲーム」における強力な駒は、盤外から飛んできた規格外の爆撃によって、あっけなく盤面から消し飛んだのである。
「よし、邪魔者は片付いた。……奥の部屋だ。そこに、このクソみたいなシナリオを書いた『元凶(社長)』がいる」
リアンは、通路の奥にそびえる一際豪華な扉を睨みつけた。
敵の監視網を潰し、武力を粉砕した。
残るは、未来を見通すという絶対的な頭脳——『ゼロ』ただ一人。
「さあ、決算の時間だ。……俺たちの誕生日パーティーのツケ、きっちり利子をつけて払わせてもらうぜ」
冷徹なるプロデューサーと、最強最悪の仲間たちは、ついにナンバーズの心臓部(ゼロの部屋)へとその足を踏み入れた。
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