EP 6
盤面を覆す『ネット通販』と、強制差し押さえへの出陣
ルナミス学園の旧用具室、通称『タコ部屋』。
ゼロが仕掛けた徹底的な経済制裁(兵糧攻め)により、帝都のあらゆる食料と仕事から隔離され、Sクラスの面々は文字通り餓死寸前の状態にあった。
千里眼を持つフォーの報告によれば、彼らが絶望に沈み、這いつくばって命乞いをするのは時間の問題であるはずだった。
だが、リアン・シンフォニアは不敵に笑い、スマートフォンの画面をタップした。
「——さあ、届いたぜ。俺の『別の世界線からの仕入れ(お急ぎ便)』だ」
ポスッ。
タコ部屋の床に、何もない空間から突如として、巨大な『段ボール箱』が三つ、立て続けに出現した。
「……箱? なんだそれは?」
クラウスがフラフラと近づく。
リアンはカッターナイフで手際よくガムテープを切り裂き、段ボールのフラップを開け放った。
「見ろ。これが敵の『大商人』の権力でも、絶対に干渉できない別ルートからの特大仕入れだ」
箱の中から姿を現したのは、銀色のパウチに包まれた大量の『特製デミグラスハンバーグ(湯煎用)』。そして、美しいサシが入った現代日本の最高級『A5ランク黒毛和牛のサーロインステーキ肉』、さらには5キロの精米済み『特A米』である。
「お、おおおおおおっ……!?」
肉の塊を見た瞬間、Sクラスの面々の目に猛禽類のような光が宿った。
「キャルル、薪を割って火を起こせ! ルナ、鍋に湯を沸かせ! クラウスはフライパンを熱しておけ!」
リアンは段ボールから食材を取り出しながら、三ツ星レストランの副料理長としての鋭い号令を飛ばした。
「敵が帝都の物流を断ったなら、別世界から食材を引っ張ってくるまでだ。……今から俺が、最高にカロリーが高くて美味い『賄い(パワー)』を食わせてやる!」
「アイアイサー!!」
飢餓で死にかけていたはずのSクラスたちが、嘘のようなスピードで動き出す。
リアンは、研ぎ澄まされた手つきで調理を開始した。
極上のA5和牛に塩と胡椒を振り、クラウスが熱したフライパンに放り込む。
ジュワァァァァァァッ!!
という暴力的な音と共に、和牛の極上の脂が溶け出し、タコ部屋の中に狂おしいほどの甘い香りが爆発した。
「あああっ……! 肉が! 脂が焦げる匂いがぁぁっ!!」
クラウスが涙を流しながらフライパンを凝視する。
リアンは肉の表面をカリッと焼き上げ、中はレアに仕上げる。同時に、隣の鍋では特製デミグラスハンバーグが湯煎され、炊きたての白米の香りが部屋を満たした。
「完成だ。食え」
リアンが皿をテーブルにドンッと置いた瞬間、Sクラスの面々は獣のように飛びついた。
「んんんんんんまァァァァァァッ!!」
キャルルがA5和牛のステーキを頬張り、瞳孔を極限まで見開いて絶叫した。
「お肉が……噛まなくても溶けた! 肉汁の洪水が胃袋に押し寄せてくるぅぅっ!!」
「素晴らしい……! なんだこのソース(デミグラス)の奥深いコクは! まるで数日間煮込んだような複雑な味がするぞ!」
クラウスはレトルトハンバーグのクオリティに戦慄しながら、白米を無限に掻き込んでいる。
「ふふふっ……毒草探しで疲れた体に、このカロリーが染み渡りますわ……っ」
ルナも、淑女の仮面をかなぐり捨ててステーキに齧り付いている。
たった数十分の食事。
現代日本の科学と食品技術が生み出した『暴力的なカロリー』は、Sクラスの極限の飢餓を完全に癒やし、彼らのHP(体力)とMP(魔力)をオーバーフローするほどに全回復させていた。
「ふぅ……食った食った。ごちそうさま!」
キャルルがポンポンと膨れたお腹を叩き、満面の笑みを浮かべる。
「さて……」
リアンは食後のコーヒー(これも通販のドリップパックだ)を啜りながら、スマートフォンを取り出した。
画面には、帝都の地下深くに点滅する『赤いピン(GPSの座標)』が表示されている。
「お腹もいっぱいになったことだし、そろそろ『不良債権』の強制差し押さえ(取り立て)に行くぞ」
「ふはははッ! 望むところだ! 僕たちを餓死させようとした無礼、ノブリス・オブリージュの雷撃で万死をもって償わせてやる!」
クラウスが魔剣を抜き放ち、バチバチと強力な紫電をまとわせた。
「あのぉ、リアンくん。敵の居場所は分かってるみたいだけど……敵には『千里眼』を持ってる人がいるんだよね? 私たちがここから出た瞬間、バレちゃうんじゃない?」
キャルルが首を傾げる。
「ああ、バレるだろうな。……というより、今この瞬間も、タコ部屋の様子を遠隔で覗き見しているはずだ。俺たちが餓死するのを、高みの見物で楽しむためにな」
リアンはニヤリと笑い、段ボールの底から『もう一つの商品』を取り出した。
それは、黒い金属製の筒。
現代日本のネット通販で購入した、【超高輝度・10万ルーメン・軍用タクティカルフラッシュライト】である。
車のヘッドライトの数十倍という、直視すれば失明しかねないほどの狂った光量を放つ、純粋な『光の暴力』だ。
リアンは、タコ部屋の何もない空間……ちょうど、誰かの視線(気配)を感じる方角に向けて、そのフラッシュライトの先端を突きつけた。
「……視てるか、覗き魔」
* * *
帝都地下のアジト。
「な、なんなのよアレ……!?」
千里眼のフォーは、視界に映る信じられない光景に驚愕の声を上げていた。
餓死寸前で這いつくばっているはずのリアンたちが、見たこともない美味そうな肉を食い、完全に体力を回復している。それどころか、謎の黒い筒をこちらに向けて、不敵に笑っているではないか。
「フォー、どうした?」
チェス盤の前に座るゼロが眉をひそめる。
「わ、分からないわ! あいつら、完全に復活してる! しかも、リアンが謎の筒をこっちに向けて……」
「……お前の目は、空間を無視して『対象を直接覗き込む』スキルだったな。ご苦労さん」
千里眼の視界越しに、リアンが唇を動かしてそう言ったのが見えた。
その直後。
カッ!!!!!!!
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃゃあああああああああああああああああああっ!!?」
フォーの千里眼の視界が、文字通り『純白の爆炎』に包まれた。
「なっ!?」
アジトにいたゼロとスリーが、悲鳴を上げて両目を押さえてのたうち回るフォーを見て凍りついた。
フォーの千里眼は、対象を直接視覚で捉える能力。
つまり、リアンが放った【10万ルーメンの超強力フラッシュライト】の光の暴力は、空間の壁を無視して、フォーの視神経に『ダイレクトにフルヒット』したのだ。
「ああっ! 目が、目がぁぁぁぁっ!! 焼ける、網膜が焼けるぅぅぅっ!!」
フォーは両目から血の涙を流し、完全に失明状態に陥って床を転げ回った。
「おい、フォー! どうした!? 一体何が起きた!!」
「だ、ダメですぜゼロ様! フォーの奴、視覚系の魔法攻撃(?)を食らったみたいだ! 千里眼が使い物になりませんぜ!!」
スリーが狼狽えて叫ぶ。
ゼロはギリッと奥歯を噛み締めた。
(バカな……! 未来予知の演算にはなかった。彼らがどうやって物資を調達し、どうやって千里眼を無力化したというのだ!? そもそも、あんな理不尽な光を放つ魔導具など、この世界に存在するはずが……!)
ゼロの完璧なチェス盤に、特大の『エラー』が叩きつけられた瞬間だった。
* * *
タコ部屋。
「ふっ……。相手が覗き魔なら、目潰し(フラッシュバック)が一番効くに決まってるからな」
リアンはタクティカルライトの電源を切り、肩に担いだ。
「えげつないわね、リアン。……でも、そういう容赦のないところ、嫌いじゃありませんわ♡」
ルナがクスクスと笑う。
「よし、これで敵の監視網は完全に沈黙した。俺たちの奇襲を予知(察知)する手段はない」
リアンは、タコ部屋の扉を開け放った。
「行くぞ、お前ら! 兵糧攻めの慰謝料と、誕生日パーティーを邪魔されたツケ……1円の狂いもなく、きっちり回収(監査)してやる!!」
「おおおおおおおッ!!」
完全回復したSクラスの面々が、雄叫びを上げて夜の帝都へと駆け出していく。
彼らが向かうのは、スマートフォンにマッピングされたアジトの座標。
冷徹なる副料理長と、規格外のバケモノたちによる、ナンバーズ本陣への【強制差し押さえ】が、ついに始まったのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




