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EP 3

強欲の接触と、コピー能力者(エリート悪役)の大誤算

帝都アヴァロンの裏通り。

夕暮れ時の魔導コンビニ『タローソン』の前に、恐るべき闘志オーラを全身から立ち昇らせている一人の少女がいた。

色あせたエンジ色の芋ジャージ。足元には健康サンダル。

シーラン国の次期女王候補にして、Sクラスが誇る強欲の権化トップアイドル——リーザである。

彼女の視線は、タローソンのガラス窓越しに見える『野菜コーナー』に完全にロックオンされていた。

その手には、クシャクシャになった本日の特売チラシが握りしめられている。

「……とうとう、この時が来ましたわ」

リーザの口から、地獄の底から響くような声が漏れた。

「タローソン名物、火曜市……『もやし半額タイムセール』。通常一袋10銅貨の高級食材もやしが、わずか5銅貨で手に入る神の恩恵ボーナスタイム。……この一袋で、私の明日の三食(もやし炒め、もやしスープ、もやしポン酢)が確定しますのよ!」

ゴゴゴゴゴォォォォッ……!!

リーザの背後に、阿修羅のごとき闘気が物理的な幻影となって浮かび上がる。

たかが5銅貨(約50円)の値引きのために、彼女は己の全生命力と魔力を注ぎ込み、店員が半額シールを貼るその『刹那』を狙って突撃の構えをとっていた。

その、あまりにも常軌を逸した殺気と執念は、周囲の空気を歪めるほどであった。

「……な、何よアレ」

タローソンの向かい側。薄暗い路地裏のゴミ箱の陰で、その異様な光景を震えながら見つめている影があった。

犯罪組織『ナンバーズ』の幹部、ツーである。

本名はルルシア・キャリデリン。裕福な伯爵家の令嬢でありながら、退屈な日常から逃げ出して「エリート悪役」を気取っているマセガキ(14歳)だ。

ゼロの命令でリアン周辺の偵察に来ていた彼女は、リーザの放つ『異常なオーラ』に完全に目を奪われていた。

(な、なんて恐ろしいオーラなの!? あんな殺気、ウチの武闘派ワンのバカですら出せないわよ!)

ツーは仮面の奥でゴクリと唾を飲み込んだ。

(間違いない、あいつはSクラスの中でも最強クラスのバケモノね! ……ふふっ、運がいいわ。私のユニークスキル『コピー』のストックには、今スリーの『テレポート』とフォーの『千里眼』しかない。直接的な戦闘スキルが欲しかったところなのよ)

ツーは、ターゲット(半額もやし)を見据えてピクリとも動かないリーザに向けて、そっと右手をかざした。

(あいつの、あの並々ならぬ強者のスキル……私が丸ごとコピーしてあげる! そうすれば、私はゼロやワンをも凌ぐ、ナンバーズ最強の女になれるわ!!)

ツーの瞳が妖しく光り、ユニークスキルが発動する。

「——『コピー』!!」

キュピィィィィン!!

不可視の魔力波がリーザをスキャンし、ツーの脳内に『強大な何か(概念)』がダウンロードされていく。

(やった……! やったわ! 相手の能力、完全にストックしたわよ!)

ツーは路地裏でガッツポーズを取り、勝利の高笑いを上げようと息を吸い込んだ。

「これで私は最強の女……フハハハ——」

——グギュルルルルルルルルルルルルルルッ!!!!

突如として。

ツーの腹部から、雷鳴のような、あるいは飢えた巨大獣の咆哮のような『凄まじい轟音』が鳴り響いた。

「——へっ?」

ツーの動きが、間抜けな声を上げてピタリと止まる。

「……あ、れ……? な、何かしら、これ。急に、お腹が……」

ドスッ、と。

ツーはその場に膝から崩れ落ちた。

全身から急速に力が抜け、強烈な目眩が彼女を襲う。胃袋が雑巾のようにギリギリと絞り上げられ、脳の全細胞が『栄養を寄越せ』と狂ったように叫び始めたのだ。

ツーがリーザからコピーしたもの。

それは、戦闘スキルでも魔法でもなかった。

一切の金を持たず、常にタダ飯と半額弁当を追い求める極限のサバイバル能力——すなわち『貧乏神(極度な飢餓感と強欲体質)』のパッシブスキルであった。

「あ……あぁ……っ」

温室育ちの伯爵令嬢であるルルシア(ツー)は、生まれてから一度も『本物の空腹』など味わったことがなかった。

それが突然、リーザが日常的に抱えている『三日三晩タダの水で飢えを凌いだレベルの極限の飢餓感』を脳に直接叩き込まれたのだ。耐えられるはずがない。

「お腹……空いた……。死ぬ……死んじゃう……っ」

ツーは仮面をずり上げ、涙目になりながら地面を這いつくばった。

視界がぼやける中、路地裏のアスファルトの隙間から生えている『名もなき雑草(タンポポの親戚)』が目に入る。

(あ、あれ……美味しそう……。瑞々しい緑色……まるで、高級レストランのベビーリーフのサラダみたい……)

ツーはフラフラと雑草に手を伸ばし、それをむしり取って口に運ぼうとした。エリート悪役としてのプライドなど、圧倒的な食欲の前に完全に粉砕されていた。

「あら? 貴女、そんな所で何をしておりますの?」

その時、頭上から暢気な声が降ってきた。

ツーがビクッと肩を震わせて顔を上げると、そこには、無事に『半額もやし』を三袋も抱え込み、ホクホク顔のリーザが立っていた。

「……っ!!」

ターゲットに接触されたことに気づき、ツーは慌てて距離を取ろうとする。

(や、やばい! 殺される! スリーの『テレポート』でアジトに逃げなきゃ……!)

ツーは必死に魔力を練り上げようとしたが。

「テ、テレポー……グギュルルルルルルゥゥゥ!!」

極度の飢餓感によるデバフ(魔力低下)と激しい胃痛のせいで、スキルの発動条件である『集中力』が完全に消し飛んでいた。

「ち、違う! 私は誇り高きナンバーズのツー! 道端の草なんか……草なんか……ッ!」

ツーは強がって叫ぼうとしたが、悲しいかな、彼女の視線は手の中の雑草に釘付けになったままだった。そして、口の端からは一筋のよだれが垂れている。

その姿を見たリーザの瞳に、スッと『慈愛(思い込み)』の光が宿った。

「……ああ、なるほど。理解わかりましたわ」

リーザはうんうんと深く頷き、ツーの前にしゃがみ込んだ。

「え?」

「隠さなくてもよろしくてよ。私には分かります。……貴女、お腹が空いて狂いそうになっているのね?」

「ち、違うわよ! 私はただ——」

「ダメですわ。その雑草は『ドクダミの変種』。そのまま食べたら舌が痺れて三日は苦しみますの。食べるなら、最低でもお湯で三回茹でこぼしてアクを抜かないと」

「……えっ? そ、そうなの?」

あまりにも実践的すぎるサバイバル知識に、思わず素で聞き返してしまうツー(伯爵令嬢)。

「ええ。貴女、私と同じ『匂い』がしますわ」

リーザは、ツーの手からそっと雑草を取り上げ、代わりにポンと自分の胸を叩いた。

「世間の冷たい風に吹かれ、その日のご飯にも困る『どん底の極貧生活』を送っている……哀れな迷える子羊。お仲間ですわね!!」

「だーかーら! 違うって言ってるでしょ! 私はエリート悪役の——」

「遠慮しないで! 出会ったのも何かのディスティニーですわ!」

リーザは、強引にツーの細い腕をガシッと掴んで引っ張り上げた。その力は、飢餓状態のツーには到底抵抗できないほどの『バカ力』だった。

「せ、先輩……? ちょっと、何するのよ! 離しなさいよ!」

「私が先輩として、この帝都マチの歩き方を教えてあげますわ!」

リーザの目が、ギラギラとした強欲の光を放つ。

「お金がないなら、稼げばいい! 食べ物がないなら、奪い取れば(タダでもらえば)いいのです! さあ、まずは駅前のドワーフ建築現場の『日雇い土方アルバイト』からスタートですわよ!!」

「ひぃぃぃっ!? 日雇い!? ど、土方ぁ!?」

「そのあとは、裏路地を回って空き缶拾い(リサイクル錬金術)ですわ! さあ、元気を出して労働の歌を歌いながら行きますわよーーッ!!」

「や、やめてぇぇぇぇぇっ!! 私は悪の幹部なのよ! 伯爵令嬢なのよぉぉぉっ!!」

夕闇に染まる帝都の空に、ナンバーズの頭脳ハブであるコピー能力者の、情けない悲鳴が響き渡る。

ゼロの立てた完璧な『絶望のゲーム盤』は、開始早々、リアンのGPSという盤外戦術イレギュラーと、リーザという規格外の貧乏神バグとの接触によって、音を立てて崩壊バグを始めていた。

極貧地下アイドルによる、エリート悪役の地獄の『労働サバイバル洗脳』が、今ここに幕を開けたのである。

読んでいただきありがとうございます。

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