EP 20
大宴会(打ち上げ)と、強欲なるSクラスの特大黒字
ルナミス学園グラウンドの特設ステージ裏。
数万人の熱狂が嘘のように引いた深夜の学園に、今は別の種類の『熱気』と『喧騒』が満ち溢れていた。
「かんぱーい!! Sクラスお助けクラン、および銀河の歌姫リーザの初ライブ大成功を祝してーーッ!!」
キャルルの元気いっぱいの音頭と共に、木製のジョッキ(中身は絞りたての高級果実水)が盛大な音を立てて打ち鳴らされた。
学園祭ライブの【大宴会(打ち上げ)】の開幕である。
テーブルの上には、リアンが腕によりをかけて調理した極上料理の数々が、山のように積まれている。
シーラン・エンペラー・ロブスターのテルミドールの残りに加え、VIPたちからの差し入れである『ガルーダ獣人王国の最高級飛竜肉のロースト』や、『アバロン魔皇国の幻の黒豚の角煮』など、一般市民なら一生に一度拝めるかどうかという国宝級の食材ばかりだ。
「はぐっ! むぐむぐ……んんん〜〜っ!! 美味しい! 美味しすぎますわーッ!!」
主役であるリーザは、真紅のドレスの腹回りのホックを限界まで緩め、両手に巨大な肉の塊とロブスターのハサミを持って、顔中を脂だらけにしながら貪り食っていた。
「見てくださいませリアン様! この飛竜肉、噛まなくてもとろけますわ! 角煮の脂身が甘くて、脳髄が痺れますの!! ああ……トップアイドルになって、本当に良かったですわーーッ!!」
「落ち着いて食えバカアイドル。喉に詰まらせたら、せっかく回避した国際問題が再発するだろうが」
リアンが呆れながらも、新しい皿に料理を取り分けてやる。
「ふはははッ! 今宵の宴は格別だな! 我々のノブリス・オブリージュが、結果として三国間の平和と協調を生み出したのだ! この美酒(果実水)の味、一生忘れんぞ!」
クラウスが、顔を真っ赤にしながら(酒は入っていないのに)一人で感極まって号泣している。
「あらあら、クラウス様ったら。そんなに興奮すると血圧が上がって血管が弾け飛びますわよ? 予防のために、こちらの『特製ハーブティー(紫色の煙が出ている)』をどうぞ♡」
「ルナ! お前は絶対に変な薬を盛るな! 今日くらいはコンプラを守れ!」
リアンが間髪入れずにツッコミを入れる。
そんな和やかな(?)Sクラスの宴の輪の端っこで、信じられないほどの勢いで料理を胃袋に詰め込んでいる『大人たち』がいた。
「う、うおおおおん……! 肉だ! ちゃんと味がする本物の肉だ……! 一食三百銅貨に値上がりしたタローソンのMRE(戦闘糧食)じゃない、温かい食事だぁぁぁっ……!」
Sクラスの担任にして、Sランク賞金稼ぎのダイヤ・マーキスである。
極度の貧困とシーレーン封鎖による物価高騰で餓死寸前だった彼女は、ローストポークを涙と鼻水でグシャグシャになりながら丸呑みしていた。
そして、その隣には。
「いやぁ〜! さすがは社長! 最高のライブだったぜ! 俺も警備の真似事をして喉がカラカラでよぉ! この角煮、最高に美味えな!!」
ちゃっかりと宴会に紛れ込み、最も高価な料理をタッパーに詰め込もうとしているフルミスリルアーマーの男——ギャンブル依存症のA級冒険者、フェイト・ラックの姿があった。
「てめぇは一切仕事してねぇだろうがァァァッ!!」
リアンが丸めた帳簿でフェイトの頭を思い切りスパーン!と引っ叩く。
「警備の真似事ってなんだ! VIP席の横で、ずっとスマホのガチャ回して爆死して泡吹いて倒れてただけじゃねぇか! 俺たちの打ち上げの飯にタダ乗りしてんじゃねぇ不良債権!!」
「い、いてぇ!? 減るもんじゃねぇだろ! 一口くらい恵んでくれたって……あっ! リーザちゃん! 俺の女神様! コンサート最高だったよ! だからその、ちょっとでいいから……今日のスパチャの中から、明日のパチンコ代を融資して……」
「ギルティ(有罪)ですわ!!」
リーザの右の鼻の穴から、超高速で『真鍮の五円玉』が射出された。
「ぎゃんッ!?」
見事フェイトの眉間にクリーンヒットし、A級冒険者はカエルが潰れたような悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。
「野良犬にも劣るクズ大人め! 誰が私の血と汗と涙の結晶を、ドブに捨てるために融資するものですか! 帰れ! そしてハローワークへ行けですわーーッ!!」
タコ部屋の仲間たちの容赦ない制裁に、フェイトは「うぅ……世知辛い……」と泣きながら、ダイヤ先生の足元に落ちた肉の破片を拾い集めている。
「……まったく、どいつもこいつも騒がしい奴らだ」
リアンは小さく息を吐き、宴の輪から少しだけ離れた切り株の上に腰を下ろした。
そして、手元にある分厚い革張りの『帳簿』を開き、万年筆を走らせ始めた。
(さて、今回の『学園祭ライブ・プロジェクト』の最終的な決算(着地)だが……)
リアンの脳内で、猛烈な勢いで損益計算が弾き出されていく。
チーン! チャリンチャリン! と、レジスターの心地よい音が鳴り響く。
「まず、支出の部。ステージ設営の資材費と、ドワーフの親方への未払い賃金の精算。……これはSクラスの物理労働(タダ働き)のおかげで、当初の予算の十分の一に抑えられた」
リアンは黒インクで数字を書き込む。
「次に、収入の部。……これがヤバい」
リアンの口角が、無意識に吊り上がっていく。
「一般客からのチケット代および、物販(芋ジャージ風の公式Tシャツや、リーザのサイン入りプロマイド)の売上。さらに……」
リアンは、テーブルの下に置かれた『巨大な麻袋』をチラリと見た。
そこには、アバロン魔皇国の魔王や、ガルーダ獣人王国の獣王をはじめとする各国VIPたちから投げ込まれた、文字通りの『金貨・白金貨の山』が詰まっている。
さらには、彼らに振る舞った「特製ロブスター・テルミドール」の超高額な代金もしっかりと回収済みだ。
「極めつけは、シーラン国女王リヴァイアサンからの『莫大な支援金』と、シーレーン回復による帝国政府からの『特別功労報奨金』だ……」
リアンは、すべての数字を合算し、最後の『純利益』の欄に、震える手でその額を書き込んだ。
「…………ふっ。……ふははははッ!!」
リアンは、思わず天を仰いで笑い声を上げた。
前世で上場企業のCFOを務めていた頃でさえ、これほど短期間で、これほど理不尽なまでの『特大黒字』を叩き出したことはなかった。
(国家間の戦争危機(最大のリスク)を、トップアイドルの熱狂(最高のエンターテインメント)にすり替える。……マグローザ漁船行きの絶対絶命のピンチから、数万人の顧客を抱える超優良ビジネスへのV字回復! 完璧だ……完璧すぎる決算だ!!)
リアンが帳簿に顔を埋めて歓喜に打ち震えていると。
「……リアン様。何を一人でニヤニヤしておりますの?」
ふわりと、甘い香りが漂ってきた。
顔を上げると、両手に肉を持ったままのリーザが、首を傾げてリアンを見下ろしていた。
真紅のドレスはすでに肉の脂とソースで少し汚れてしまっているが、月明かりに照らされたその笑顔は、間違いなく世界を魅了したトップアイドルのそれであった。
「……別に。今回の興行が、予想以上の黒字で終わった計算をしてただけだ」
リアンは帳簿をパタンと閉じた。
「そうですか! それなら良かったですわ!」
リーザは隣にドスンと座り込み、自分が食べていた巨大な飛竜肉の塊を、リアンの口元にグイッと押し付けた。
「ほら、リアン様も食べなさいな! プロデューサーが倒れたら、私の次のステージの資金繰りが困りますからね!」
「……お前なぁ。そういう時は普通、『私を支えてくれてありがとう』とか言うもんじゃないのか?」
「ふふっ、甘いですわね!」
リーザは胸を張り、ギラギラとした強欲の瞳でリアンを見据えた。
「私はすべてを奪う女。……ファンの心も、VIPの金貨も、そして、リアン様の『敏腕プロデューサーとしての才能』も、この先ずっと私が独り占めして、骨の髄まで搾取し尽くしてあげますわ!」
それは、アイドルからの最高にエゴイスティックで、最高に信頼に満ちた『プロポーズ(専属契約の更新)』であった。
「……言ってくれるじゃないか」
リアンは押し付けられた飛竜肉をガブリと噛み千切り、不敵な笑みを返した。
「いいだろう。お前が銀河の果てまで歌い続けるって言うなら、俺は地獄の底までお前の『資金繰り』を回し続けてやる。……覚悟しておけよ、リーザ。俺の要求する『利益』は、お前の想像以上に高いからな」
「望むところですわーーッ!!」
二人は月明かりの下で、最強の『悪党』同士のように、ニィッと笑い合った。
「おーい! リアンくん、リーザちゃん! 早くこっちに来てよ! ルナちゃんがフェイトさんに怪しいキノコを食べさせようとしてる!」
「だからやめろと言ってるだろルナァァッ!!」
キャルルの叫び声を聞き、リアンとリーザは慌てて宴の輪へと駆け出していく。
野良犬と弁当を争う底辺の日常から始まった、国家存亡の危機。
それを乗り越えたルナミス学園Sクラス(不良債権処理班)の面々は、今日もカオスな怒号と笑い声に包まれている。
莫大な負債も、彼らの規格外の力と絆、そして『冷徹なる計算』の前にかかれば、すべては極上の黒字へと変換される。
彼らの果てしなき冒険と資金繰りの日々は、これからも、どこまでも賑やかに続いていくのだった。
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