EP 18
開演!『Love & Money!』と、すべてを奪う銀河の熱狂
「おい! 早くリーザを出せ!」
「いつまで待たせる気だ! 暴動を起こすぞ!!」
ルナミス学園の特設グラウンドに、地鳴りのような怒号と歓声が渦巻いていた。
数万人規模の観衆の熱気は、すでに限界点(沸点)に達している。最前列のVIP席では、ガルーダ獣人王国の屈強な獣王や、アバロン魔皇国の魔族たちすらも、得体の知れない高揚感に当てられて身を乗り出していた。
「リアンくん! もうお客さんの熱狂が抑えきれないよ! ステージの柵が壊れちゃう!」
キャルルが特注の安全靴で必死にバリケードを押さえながら叫ぶ。
「案ずるな! これもまた、最高の熱狂を生み出すためのスパイス(タメ)だ!」
クラウスが雷の魔剣を杖代わりにしながら、滝のような汗を流して耐えている。
暴動寸前。一触即発。
ルナミス帝国と他国の間に、文字通りの『戦争』が起きるかもしれない、その極限の緊張状態の中。
コツン……。
コツン……。
突如として、巨大なステージのスピーカーから、静かな、しかし凛とした『ハイヒールの足音』が鳴り響いた。
その音一つで。
数万の群衆の怒号が、水を打ったようにピタリと止んだ。
ステージ中央。
漆黒の闇に包まれていたそこに、強烈な魔導スポットライトが一斉に照射される。
光の奔流の中に浮かび上がったのは——最高級のシルクと魔石が織りなす『真紅のドレス』に身を包んだ、一人の少女だった。
ボサボサだった髪は美しく結い上げられ、泥だらけの芋ジャージはどこにもない。
そこにいるのは、圧倒的な気高さと、底なしの強欲を併せ持つ、完全無欠の『女王』。
リーザはマイクスタンドをそっと引き寄せ、数万の群衆、そして三国の国家元首たちを見下ろすように、蠱惑的な微笑みを浮かべた。
「——私は物語。……私は世界」
スピーカーを通した彼女の甘い声が、夜風に乗ってグラウンド全体、いや、帝都全体へと響き渡る。
「貴方達の時間を、人生を、キャッシュを……すべてを頂戴♡」
パチンッ!
リーザが完璧なウインクを放った瞬間。
数万人の観衆の理性のタガが、完全に吹き飛んだ。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!! リーザ! リーザ! リーザァァァァッ!!』
地鳴りを超える、火山爆発のような絶叫。
「ミュージック、スタートですわ!」
リーザの合図と共に、リアンが音響魔導具のフェーダーを最大まで押し上げる。
弾けるような極彩色のポップチューンが、帝都の夜空を貫いた。
伝説の楽曲、『Love & Money!』の開演である!
「行くわよ! Love & Money!」
愛!アイ!愛!アイ!ラ〜ブラブ!
(Fu Fu!)
マネー!マネ!ローン!ダーリン!グ!
(Yeah!!)
リーザがステップを踏むたびに、真紅のドレスから溢れ出す魔法の光が、物理的なオーロラとなって観客席に降り注ぐ。
朝に目覚ましがなったわ (ジリリリ!)
私はまだ眠いわ (おはよー!)
朝シャンしなきゃ (Fu!)
朝メニュー食べなきゃ (パクパク!)
鏡の前で メイクをしなきゃ
(魔法をかけて〜! )
「な、なんだこれは……!?」
ステージ袖でミキサーを操作していたリアンが、目を見開いて自分の両手を見つめた。
(こ、これは……力が湧き上がってくる……! リーザの歌声に込められた魔力が、聴く者すべての生命力とモチベーションを強制的に引き上げているのか!?)
「すごい……! これがリーザちゃんの、本当の力……!」
キャルルも、その歌声の圧倒的なパワーに涙ぐみながら、両手で激しくペンライト(魔導石)を振っている。
さぁショーの始まりよ (It’s Show Time!)
のんびりな私は 1LDKに置いて行くわ (バイバイ!)
扉を開ければ 私が主人公 (オ・レ・の! アイドルー!)
今日も私の為に世界が動く (まわって!まわって!)
全て上手くいくわ (絶対!)
愛も富も一つの物 (どっちもちょーだい!)
ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪ (Want You! Want You!)
貴方の愛で生きていける (Fuuu〜!)
恐るべきは、その歌詞の『圧倒的な強欲さ』だった。
ダイヤが欲しい、土地が欲しい。そんな俗物極まりない欲望を、彼女は一切の照れもなく、むしろ世界で一番美しい夢のように高らかに歌い上げる。
そして、そのエゴイズムこそが、日々の労働に疲れ果てた観客たちの魂を強烈に救済していくのだ。
「おおおお……! もう仕事も、逃げるのも、どうでもいい! リーザの歌が聴ければ何でも良いッ!」
「俺の財布を持っていけぇぇぇぇッ!!」
観客たちが泣き叫びながら、ステージに向かって銀貨や金貨の入った財布を文字通り『ぶん投げ』始めた。物理的なスーパーチャットの嵐である。
だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
だから、何処までもついて来てね♡
(一生ついていくよー!!)
ダーリン!
(チュッ♡)
リーザの投げキッスが放たれた瞬間、最前列にいたアバロン魔皇国の冷酷な魔王が「ブフゥッ!」と鼻血を吹き出して気絶した。
夕方の鐘が鳴ったわ (キンコンカン!)
お腹はもうペコペコよ (ぐ〜!)
スーパーのシール見なきゃ (半額!)
ポイントカードも出さなきゃ (ピッ!ピッ!)
家賃のために 節約しなきゃ
(現実はシビア〜! ガマン!)
「……泣ける。なんてリアルで、涙ぐましい下積み時代なのだ……っ!」
クラウスが号泣しながら、観客の投げた金貨をルナと一緒に回収用の袋に詰め込んでいる。
「そうですわね。このリアルな清貧の描写が、後半の強欲なサビをより引き立てる最高のコントラスト(煽り)になっておりますわ♡」
さぁ魔法の時間の始まりよ (Change The World!)
地味な私は 楽屋に置いて行くわ (バイバイ!)
マイクを握れば 私が女王様 (オ・レ・の! 女王様ー!)
今夜も私の為に星が降る (ひかって!ひかって!)
全部手に入れるわ (強欲!)
夢も金貨も輝くもの (どっちも好きー!)
株券欲しい♪ お城も欲しい♪ (Buy Now! Buy Now!)
貴方の愛(と貢ぎ)で輝いていける (Fuuu〜!)
だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
だから、何処までもついて来てね♡
(一生ついていくよー!!)
ダーリン!
(チュッ♡)
(す、凄まじい……!)
リアンは戦慄した。
ただのコール&レスポンスではない。これは、群衆の心を完全に一つに束ね、彼らの持つすべてのリソース(時間・熱狂・金銭)を、リーザという一つのブラックホールへと吸い込ませる『極大魔法』だ。
だって女の子だもん 夢見るだけじゃお腹は空くの
綺麗なドレスも ガラスの靴も 維持費がかかるのよ
(そうだー!!)
だから…もっともっと、愛して(課金して)ね?
覚悟はいい?
リーザが、ステージの中央で両手を天高く掲げた。
その瞬間、彼女の背後に、魔力で形作られた巨大な人魚と、黄金の翼が幻影として浮かび上がった。
世界中が私の為に愛を叫ぶ (まわって!まわって!)
全部抱きしめるわ (最強!)
愛も富も同じ輝き (どっちも本物ー!)
ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪ (All Need! All Need!)
貴方の全て(人生)を背負って生きていける (Fuuu〜!)
『うおおおおおおおおッ!! リーザ! リーザァァァァッ!!』
もはや国境も、種族も、身分も関係なかった。
ルナミス帝国の貴族も、ガルーダ獣人王国の戦士も、アバロン魔皇国の魔族も。
すべての者が涙を流し、喉を枯らして、ステージの上で輝く唯一無二の女神に向けて愛と全財産を叫んでいる。
だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
だから、何処までもついて来てね♡
(一生ついていくよー!!)
ダーリン!
(チュッ♡)
最後の投げキッスと共に、楽曲がフィニッシュを迎えた。
ドガァァァァァンッ!!
ステージの後方に、何百発もの魔導花火が打ち上げられ、夜空を極彩色に染め上げる。
その輝きの下で、リーザは荒い息を吐きながら、世界を手に入れた女王のように堂々と立ち尽くしていた。
数万人の観衆から、地響きのような、永遠に終わらないスタンディングオベーションが巻き起こる。
* * *
同じ頃。
そのステージの様子を、超大型魔導水鏡を通じて、遥か南の深海から見つめていた者がいた。
「…………」
シーラン国の海底宮殿。
玉座の間に座る女王リヴァイアサンは、水鏡に映る愛娘の圧倒的なパフォーマンスを前に、言葉を失っていた。
その美しい瞳からは、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちている。
「す、凄い……。凄いわ……っ!」
リヴァイアサンは両手で顔を覆い、しゃくり上げた。
「あんなにも大勢の地上の民たちが、我が娘に熱狂し、涙し、愛を(そして莫大な現金を)捧げている……! あれは決して、虐待されて狂った姿などではない。自らの実力と魅力で、異国の地を完全に支配した姿……!」
傍らに控える宰相も、感動のあまり魚の目を潤ませてハンカチを噛み締めていた。
「へ、陛下……! リーザ様は、シーラン国の誇りです……!」
「ええ……! 流石は私の娘! 誇り高き、宇宙一の歌姫ですわ!!」
女王リヴァイアサンは涙を拭い、高らかに宣言した。
「直ちに、ルナミス帝国に対するシーレーン封鎖を全面解除しなさい! そして、我が愛娘の輝かしい成功を祝して、シーラン国から『最高級の海産物(差し入れ)』を、帝都の学園へ至急送り届けるのです!!」
泥だらけの芋ジャージと半額弁当から始まった、国家存亡の危機。
それは、一人の少女の『強欲』と、その欲望を真っ直ぐに肯定した圧倒的な歌声によって、完全なる熱狂(大黒字)へと書き換えられたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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