EP 17
三国首脳の集結と、みかん箱アイドルの重圧
ルナミス学園の広大なグラウンドに、それはそびえ立っていた。
クラウスの雷撃溶接による堅牢な鉄骨、キャルルの超重量の踏みしめで整地された強固な地盤、そしてロックバイソン(過労)とドワーフたちの血と汗が染み込んだコンクリート。
そこに最先端の魔導照明と音響機材が組み込まれた、一夜限りの『超特設・野外ライブステージ』である。
「ふぅーっ! やっと出来上がったよ、リーザちゃん!」
キャルルが額の汗を拭いながら、満面の笑みで巨大なステージを見上げた。
「はい! キャルルちゃん、クラウス様、ルナさん……皆様の暴力……いえ、尽力のおかげで、最高のステージが完成しましたわ!」
現場監督の証であるヘルメットを脱いだリーザが、腰に手を当てて誇らしげに頷く。
「うむ、ステージの構造は完璧だ。これならば、いかなる熱狂にも耐えうるだろう」
クラウスが腕を組み、満足げにステージを見据えながら、とんでもないことを口走り始めた。
「何せ、今夜の客席はただの生徒たちではないからな。ルナミス帝国の上層部は当然として、隣国のガルーダ獣人王国、さらにはアバロン魔皇国からも国賓級のVIPが視察に訪れる。……まさに、国家の威信を懸けた『特大コンサート(三国首脳会談)』となるからな!」
「……え?」
リーザの得意げな笑顔が、ピシリと凍りついた。
「そ、そんなに……!? 人が? VIPが来るんですの!?」
リーザの声が完全に裏返る。
彼女の想定では、せいぜい学園の生徒たちと、帝都の暇な物見遊山の客が集まる程度の『少し大きめの学園祭』だったはずだ。それがなぜ、三国首脳会談レベルの国際イベントに膨れ上がっているのか。
「当然だろう! シーラン国の女王陛下に『ルナミス帝国はリーザ様を国賓として熱烈に歓迎している』とアピールするためのカモフラージュ……いや、大舞台なのだ! 帝国の外交官たちが総力を挙げて、他国の大物たちをサクラとして……ゴホンッ、名誉ゲストとして招待したのだよ!」
クラウスが「僕たちの責任は重大だな!」と爽やかに笑う。
「良かったですわね、リーザさん。そんな大勢の権力者たちの前で歌えるなんて」
ルナがクスクスと笑いながら扇で口元を隠す。
「もし貴女の歌声で彼らの洗脳……いえ、魅了に成功すれば、三国の国家予算を貴女のスパチャ(貢ぎ物)として直接搾取できるかもしれませんわよ?♡」
「応援してるわよ、リーザちゃん! 私も最前列でペンライト振るからね!」
キャルルが無邪気にピョンピョンと跳ねる。
「え、えぇ……」
リーザの顔からサァァァッと血の気が引き、その場に膝から崩れ落ちた。
(三国のVIP……国家予算レベルのスパチャ……。リターンは計り知れませんが、もし失敗ったら……間違いなく国際問題どころか、世界大戦(死)ですわ……!!)
* * *
そして、運命の『コンサート当日』。
夜。学園のグラウンドは、信じられないほどの熱気と喧騒に包まれていた。
リアンが帝都中にばら撒いた「シーラン国の絶世の歌姫、奇跡の一夜限りのライブ!」という誇大広告により、何万という帝都市民が押し寄せている。
さらに最前列のVIP席には、各国の要人たち、そして——超大型魔導水鏡の通信越しに、特等席から睨みを効かせるシーラン国女王リヴァイアサンの恐ろしい姿があった。
『ウォォォォォォォォォッ!!』
『歌姫! 歌姫! 歌姫ェェェェッ!!』
地鳴りのような歓声が、控室の中にまでビリビリと響いてくる。
「ど、どうしよう……! ど、どうしよう……っ!!」
楽屋として用意されたテントの中で、リーザはガタガタと全身を震わせていた。
彼女は今、いつもの色あせた芋ジャージではなく、リアンがクランの全資金(ワイバーンの売却益)を投入して仕立て上げた『真紅のドレス』に身を包んでいる。
最高級のシルクと魔石の装飾が施されたその姿は、間違いなく一国の王女であり、トップアイドルにふさわしい圧倒的な美しさを放っていた。
だが、その中身は——。
「わ、私……みかん箱の上でしか歌ったことないのに……! タローソンの酔っ払いのおじさん相手にしか、営業したことないのに……っ!」
リーザはドレスの裾を強く握りしめ、過呼吸になりかけていた。
外から聞こえる何万人という観客の怒涛の熱気。VIPたちの威圧感。そして何より、絶対に失敗が許されない『お母様の監視』と『マグローザ漁船行きの恐怖』。
あまりにも巨大すぎるプレッシャー(負債)が、十歳の少女のキャパシティを完全に超え、彼女の心を押し潰そうとしていた。
「こ、怖い……! やっぱり私、逃げますわ! 今から裏口を抜けて、隣国へ亡命を……っ」
リーザがパニックに陥り、テントの裏口へ向けて走り出そうとした、その時だった。
バサッ!!
テントの入り口の幕が捲られ、一人の少年が姿を現した。
「——どこへ行くつもりだ、リーザ」
静かな、しかし絶対に逃げ場を許さない冷徹な声。
Sクラスのプロデューサーにして、彼女に最高のステージを用意した男、リアン・シンフォニアだった。
「リ、リアン様……っ!」
リーザは涙目でリアンにすがりついた。
「わ、私、怖いですわ! 外に何万人も人がいますのよ!? あんな大勢の大人たちの前で歌うなんて……もし歌詞を間違えたら? 声が裏返ったら? そうなったら私、間違いなく海の底に沈められてしまいますわぁぁっ!!」
リーザは子供のように泣きじゃくり、リアンの服の袖を強く握りしめた。
普段の強欲でふてぶてしい態度はどこにもない。そこにあるのは、重圧に押し潰された、ただの臆病な十歳の少女だった。
リアンは、そんなリーザの泣き顔を静かに見つめ下ろした。
慰めることも、優しく抱きしめることもしない。
彼はただ、前世で数え切れないほどの部下や料理人たちを修羅場へ送り出してきた、厳しい『総責任者』の顔で、彼女の肩を強く掴んだ。
「……リーザ。お前、この前、俺に言ったことは嘘だったのか?」
「え……?」
リーザが、涙で濡れた目を瞬かせる。
「『私がファン達の世界になって、何もかも奪って……宇宙一の幸せな時を味わわせる』。……そう言ったのは、どこのどいつだ?」
リアンの言葉が、リーザの胸の奥深くに真っ直ぐに突き刺さる。
「お前は、アイドルなんだろ。……観客の人生(時間)も、愛も、そして金貨も、全部自分の魅力でぶん奪ってやるって、あの夜、俺の前で啖呵を切ったじゃないか」
「あ……」
リーザの脳裏に、冷たい秋の夜風の中、二人で分け合った『ネギ味噌豚バラ弁当』の熱気と、自分が口にしたあの傲慢で、嘘偽りのない『本音』がフラッシュバックした。
「怖いなら、震えてろ。失敗するのが怖いなら、逃げればいい。……だがな」
リアンは、リーザの瞳を真っ直ぐに見据えた。
「お前が今ここで逃げ出せば、お前は一生『タローソン前のみかん箱で小銭を拾うだけの、哀れな負け犬』で終わるぞ。……お前の『強欲』は、そんなちっぽけなもんだったのか?」
その言葉は、リーザにとって何よりも効果的な起爆剤だった。
みかん箱で終わる。小銭で終わる。
そんな人生、彼女のプライドと強欲が許すはずがなかった。
「…………違いますわ」
リーザの震えが、ピタリと止まった。
「私の強欲を……私のスケールを、舐めないでくださいませ」
リーザが、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳からは先ほどまでの涙と恐怖が完全に消え去り、代わりに、獲物を狙う絶対捕食者のような、ギラギラとした『$』のマークと、圧倒的な光が宿っていた。
「そうですわ。外にいるのは、ただの群衆ではありません。私に時間と熱狂と、そして莫大なキャッシュを捧げるための……愛すべき『貢ぎ手』たちですわ!!」
「……ふっ、そうだ。それでいい」
リアンは満足げに口角を上げ、彼女の肩から手を離した。
「行け、リーザ。お前のその『すべてを奪う歌』で、外にいる何万人もの群衆を、そして、あの生意気なVIPどもを、一人残らずお前の『虜(負債)』にしてこい」
「言われるまでもありませんわ、プロデューサー(パトロン)様」
リーザは、真紅のドレスの裾を翻し、テントの出口——眩い光が差し込むステージへの入り口へと向き直った。
『リーザ! リーザ! リーザ!!』
外からは、彼女の登場を待ち侘びる、地鳴りのようなコールが鳴り響いている。
「——見ていなさい。私という絶対的な『価値』で、ルナミス帝国の経済ごと支配してやりますわ!」
コツン、コツン。
ハイヒールの音を高く鳴らしながら。
銀河を貫く歌姫(強欲の化身)が今、歴史を変える伝説のステージへと、その気高き一歩を踏み出した。
読んでいただきありがとうございます。
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