EP 12
タコ部屋の戦慄と、忍び寄る国際問題
ルナミス学園の旧用具室、通称『タコ部屋』。
秋の夜長、Sクラスの面々は厳しい訓練と日々のクエスト(という名の日銭稼ぎ)を終え、ささやかな休息の時間を過ごしていた。
部屋の隅には、先日のクエスト報酬で購入した中古の『魔導テレビジョン』が置かれている。
帝都のバラエティ番組をぼんやりと眺めながら、クラウスは優雅にハーブティーを啜り、キャルルは木彫りのウサギを磨き、ルナは毒草の図鑑を熱心に読み込んでいた。
そして、このSクラスの事実上の司令塔(プロデューサー兼CFO)であるリアン・シンフォニアは、テーブルに広げた分厚い帳簿と睨み合い、今月の資金繰り(キャッシュフロー)の計算に没頭していた。
平和な、あまりにも平和な夜だった。
あの『臨時ニュース』のテロップが、画面にデカデカと割り込んでくるまでは。
『——ここで、ルナミスTVから独占スクープの生中継です!』
「ん? なんだ、事件か?」
リアンが帳簿から顔を上げ、テレビ画面に視線を向けた。
画面には、見慣れたタローソンの看板と、薄暗い裏路地。そして、強烈なスポットライトに照らし出された『一人の少女』の姿が映し出された。
『全国の皆様! ご覧になりましたでしょうか!? アレが……信じられないことに、アレがシーラン国の次期女王候補にして、歌姫リーザ様の現在のお姿です!』
「……は?」
リアンの持っていた万年筆が、ポトリと帳簿の上に落ちた。
クラウスの持っていたティーカップが、ガシャン!と音を立てて床に砕け散った。
画面の中のリーザは、いつもの色あせた芋ジャージ姿。髪はボサボサ。
そして、彼女の右の鼻の穴からは、キラリと光る『真鍮の五円玉』が顔を覗かせていた。
『ええいっ! 必殺・黄金の弾丸ですわーーッ!!』
シュパァァァァンッ!!
テレビのスピーカーから、空気を切り裂くような破裂音が鳴り響き、野良犬が「キャンッ!」と悲鳴を上げて逃げ去っていく映像が、ルナミス帝国全土に高画質で放映された。
「…………」
タコ部屋の中が、水を打ったような、いや、絶対零度の静寂に包まれた。
『はい! 私の歌は天下一品! アスファルトの上だろうが、みかん箱の上だろうが、私が立てばそこがステージ!』
画面の中のリーザは、半額のメガ盛りハンバーグ弁当を小脇に抱え、狂気に満ちたアイドルスマイルを振り撒いている。
『お母様〜〜っ!! もう干しワカメとか貝殻の仕送りは要りません事よ〜! 送るなら、現金で!! 銀行振込か、魔導送金でダイレクトにお願いしますわーーッ!!』
ブツッ。
そこで中継は強制終了となり、画面は青ざめた顔のスタジオアナウンサーへと切り替わった。
「……なぁ、リアン」
クラウスが、震える両手で自分の頭を抱え込みながら、絞り出すような声を出した。
「僕の目が……いや、僕の貴族としての常識が狂ってしまったのだろうか。……今、画面の中で、一国の王女であるクラスメイトが、野良犬と弁当を争い、あろうことか鼻の穴から硬貨を発射していなかったか……?」
「リーザちゃん、やるわね〜! あの野良犬さん、結構強そうだったのに、見事な一撃だったよ!」
キャルルが無邪気に拍手をしている。
「ふふっ、本当に。あの野良犬の鼻先に命中するなんて、素晴らしいコントロールですわ。あのまま犬を仕留めていれば、新鮮な内臓と毛皮が手に入りましたのに……惜しいことをしましたわね」
ルナが相変わらずのサイコパス発言で微笑む。
「お前ら……頼むから、少しは事の重大さに気づいてくれ……っ!」
リアンは両手で顔を覆い、ズキズキと限界を超えて痛み始めた胃を押さえた。
リアンの脳内では、前世の経営者としての『リスク管理』のアラートが、致死量の音量で鳴り響いていた。
(終わった。完全に終わった! あいつ、全国ネットの生放送で、王族としての尊厳を微塵切りにしてドブに捨てやがった! コンプライアンス違反どころの騒ぎじゃねぇ、これは国家的な大スキャンダルだぞ!!)
バンッ!!
その時、タコ部屋の扉が勢いよく蹴り開けられた。
「ただいま戻りましたわーーッ!!」
声の主は、他でもない。
先ほどまでテレビ画面の中で狂乱のステージ(?)を繰り広げていた張本人、リーザであった。
彼女の右手には戦利品である『半額ハンバーグ弁当』がしっかりと握られ、その顔は、まるで凱旋パレードから帰ってきた英雄のように誇らしげだった。
「ふふふっ! 皆様、私の輝かしい全国ネットでの活躍、ご覧になっていただけました!? ついに時代が私に追いつきましたわ! これで明日から、ファンレターに同封された現金が雪崩のように押し寄せて……」
「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇぇッ!!!」
リアンの怒号が、タコ部屋の窓ガラスをビリビリと震わせた。
「ひぃッ!?」
リーザがビクッと肩を跳ねさせる。
「リ、リアン様? なんですの、急に大声を出して……。もしかして、私の輝きに嫉妬しているのですか?」
リーザは不満そうに唇を尖らせた。
「大体、あのTV局のカメラマン、全然ダメですわ! 照明(レフ板)も当てずに下から煽るように撮るから、私のアイドルとしての可愛い輪郭が台無しでしたの! いやーん、カメラ写りが悪すぎますわぁ! 次に取材が来た時は、絶対に『斜め45度ルール』を徹底させ——」
「だから! カメラの角度のハナシをしてるんじゃないッ!!」
クラウスが、ついに限界を迎えて立ち上がった。その顔は、怒りと羞恥で真っ赤に染まっている。
「いいかリーザ! 君はシーラン国の王女だろう!? その王女が、異国の地で『野良犬と見切り品弁当を奪い合う』という、極限まで底辺な生活を見せつけたんだぞ!? 貴族の……いや、王族としての矜持はどこへ行ったんだ!!」
「矜持で腹が膨れますの!? 私はただ、己の生存権と経済的自由のために、正当な実力行使を行っただけですわ!」
リーザが堂々と胸を張って言い返す。
「アホか! お前のその『正当な実力行使』が、どれだけの経済的・政治的リスク(大赤字)を生み出すか分かってんのか!?」
リアンが、血走った目でリーザに迫る。
「経済的リスク、ですの?」
リーザが不思議そうに首を傾げる。
「いいか、よく考えろバカアイドル!」
リアンは黒板をバンバンと叩きながら、地獄のプレゼンテーションを開始した。
「お前の実家……シーラン国は、広大な海を支配する強大な海洋国家だ。そして、お前のお母様である女王リヴァイアサンは、ルナミス帝国の海上交通路の生殺与奪の権を握る、絶対的な権力者だ!」
「ええ、そうですわね。お母様は怒ると海を割るくらい怖いですわよ」
「その恐ろしいお母様が!!」
リアンはリーザの肩をガシッと掴み、前後に激しく揺さぶった。
「異国に留学させた最愛の娘が、『芋ジャージ姿で野良犬と残飯を争い、カメラに向かって狂ったように現金を要求している』映像を見たら、どう思う!!?」
「……あ」
リーザの動きが、ピタリと止まった。
「『あらあら、リーザはルナミス帝国で立派なアイドルとして頑張っているのね♡』……なんて、思うわけねぇだろ!!」
リアンが絶望の宣告を下す。
「百パーセント、『ルナミス帝国は我が愛娘を奴隷のように扱い、飢えさせ、狂人に仕立て上げた! これはシーラン国に対する明確な敵対行為だ!』って解釈されるに決まってんだろうが!!」
「——ッ!!!」
リーザの顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。
「こ、国際問題……!」
クラウスが息を呑み、その場にへたり込んだ。
「一学生の……いや、我がSクラスの不始末から、ルナミス帝国とシーラン国の間に戦争が起きるというのか……っ!」
「戦争だけで済めばマシだ」
リアンは完全に光を失った漆黒の瞳で、窓の外——帝都の夜空を見つめた。
「帝国の上層部が、シーラン国との関係悪化を防ぐために、俺たちSクラス全員を『スケープゴート(責任の所在)』として差し出す可能性が極めて高い」
「さ、差し出すって……どうなるんですの?」
リーザがガタガタと震えながら尋ねる。
「決まってんだろ」
リアンは振り返り、最も恐ろしい『死の宣告』を口にした。
「一切の身分を剥奪され、北の極寒の海で一生タダ働きさせられる……『マグローザ漁船』行きだよ!! 一生、冷たい海風に吹かれながら、手すりに縛り付けられて巨大魚を釣るだけの、完全なる不良債権処理(強制労働)だ!!」
「い、いやあああああああッ!!」
リーザがハンバーグ弁当を放り出し、頭を抱えて絶叫した。
「マグローザ漁船だけは嫌ですわ! アイドルのお肌が潮風でボロボロになってしまいますわーーッ!!」
「だから、そういう問題じゃねぇぇぇッ!!」
タコ部屋に、三度目のリアンの怒号が響き渡った。
『半額弁当の死闘』という、極めて個人的で底辺な争いが、全国放送という電波に乗ったことで、国家間のシーレーンを揺るがす最悪のインシデントへと変貌を遂げてしまった。
リアン・シンフォニアの緻密な損益計算を根底から破壊する、防ぎようのない『風評被害』の爆発。
そして、リアンのその最悪の予想は、遠く離れたシーラン国の海底宮殿で、いままさに現実のものとなろうとしていたのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




