EP 10
果てしなき負債の連鎖と、Sクラス(お助けクラン)の新たな夜明け
ルナミス学園の敷地の片隅にある旧用具室——通称『タコ部屋』。
十歳の誕生日という記念すべき日に結成された『Sクラスお助けクラン』の初陣から、数日が経過していた。
部屋の中央に置かれた木製テーブルの上で、リアン・シンフォニアは、分厚い革張りの帳簿と睨み合いながら、ズキズキと痛む胃を押さえていた。
「……信じられるか? 貸借対照表の『現金』の項目に、一瞬だけ『一億円(白金貨百枚)』という数字が印字されたんだぞ。……それが、たった数十秒の電子音と共に『村人の鍬×10000本』という、処理費用すら赤字になる産業廃棄物に変換されたんだ」
リアンの虚ろな呟きに、部屋の隅で体育座りをしているクラウス・アルヴィンが、ビクッと肩を震わせた。
「や、やめるんだリアン……! その話をされると、僕の胸の奥で、大人という存在に対する『絶対的な信頼』が音を立てて崩れ落ちていくんだ……っ!」
クラウスは両手で耳を塞ぎ、現実逃避の瞑想に入っている。
初陣で絶対的な強さを見せつけた白銀の英雄が、直後にただの重度のパチンカスに成り下がり、発狂しながらガチャを回す姿は、誇り高き貴族の少年の情操教育に深刻な悪影響を与えていた。
「まあまあ、リアン様。そう落ち込まないでくださいませ」
タコ部屋の簡易キッチンから、食欲を暴力的に刺激する凄まじい肉の焼ける匂いが漂ってきた。
芋ジャージの上にエプロンを着たリーザが、満面の笑みで巨大な肉塊をひっくり返している。
「白金貨は電子の海に溶けましたが、ワイバーンの『お肉』はこうして現物資産として残っておりますわ! Aランク魔獣の飛竜肉……噛めば噛むほど溢れ出る極上の脂! これだけでも、私にとっては大勝利ですわーーッ!」
「お前は本当にブレねぇな……!」
リアンは呆れながらも、手元の帳簿に『飛竜肉による食費の削減効果』を計算式として組み込んだ。
事実、フェイトが白金貨百枚を溶かしたのは事実だが、討伐したクリムゾン・ワイバーンの素材すべてを失ったわけではない。ギルドマスターの計らいにより、残った牙や鱗の一部、そして解体した肉などを換金・現物支給してもらうことで、クランの共通資金としては「金貨数十枚」という、十歳の子供としては十分に莫大な黒字を着地させていたのだ。
「ふふっ、それにワイバーンの毒腺や内臓も、帝都の闇市場で高く売れましたわ♡ これでまた、お友達(毒草)の肥料をグレードアップできますの」
ルナが優雅に紅茶を啜りながら、コンプラ違反の利益報告をしてくる。
「私も、村のみんなにお土産のポーションをいっぱい買ってあげられたよ! えへへ、ギルドのお仕事って楽しいね!」
キャルルも、ピカピカに磨き上げられた特注の安全靴を鳴らして無邪気に笑っている。
(……まぁ、結果だけ見れば、初陣の利益率としては悪くない。むしろ上出来だ)
リアンは小さく息を吐き、帳簿をパタンと閉じた。
(だが、問題は……この『莫大な負債』をどうコントロールするか、だ)
リアンが冷ややかな視線を向けた先。
タコ部屋の最も奥にある、ボロボロのソファーの上。
そこに、白銀のフルミスリルアーマーを着込んだ二十代半ばの男——A級冒険者フェイト・ラックが、堂々と寝そべって『ルナミス新聞のクロスワードパズル』を解いていた。
「……おい、不良債権。いつまで俺たちのオフィス(タコ部屋)に居座るつもりだ」
リアンが低い声で威圧する。
「ん? ああ、社長。おはよう」
フェイトはポポロ・シガレットを咥えながら、ニヒルに笑って起き上がった。
「いやぁ、実を言うと俺、アパートの家賃をパチンコに突っ込んじゃって、昨日大家に追い出されちまったんだよ。だから今日から、ここを俺の新しい拠点にしようと思ってな!」
「ふざけるな!! なんで十歳の子供の部室に、二十代の無職(ギルド有休中)が転がり込んでくるんだよ! 警察(国家憲兵)呼ぶぞ!!」
「無職じゃねぇよ、専属引率者だろ? ほら、この前結んだ『契約書』があるじゃねぇか」
フェイトが懐から、血判の押された羊皮紙を取り出してヒラヒラと振る。
そこには、フェイトの報酬の九割を天引きする条項に加え、リアンがガチャ爆死事件の直後に無理やりサインさせた『白金貨百枚(一億円)の借用書・終身労働による返済義務』の文言がしっかりと刻まれていた。
「俺は今、お前らクランの『所有物』なんだぜ? 借金を返すためにも、社長のそばでしっかり働かせてもらうからよ!」
フェイトがガハハと豪快に笑う。
「それに……お前らと一緒にいた時、俺のコインは『縁で立った』。あれは偶然じゃねぇ。お前らガキ共の規格外のパワーが、俺の運気を引き寄せてるんだよ。……だから、俺はもうお前らから離れねぇ。お前らは、俺の『幸運の女神』だからな!!」
「誰がおっさんの幸運の女神だ!! 気持ち悪いこと言うな!!」
リアンが叫ぶが、フェイトは全く意に介さず、リーザが焼いていたワイバーン肉を勝手に串に刺して頬張り始めた。
「ああっ!? 私の肉!! 泥棒ですわーッ!!」
リーザがフォークを構えてフェイトに飛びかかり、フルミスリルアーマーの腕にガリガリと噛みつき始める。
「い、いてててッ! やめろバカ魚! 借金取りより容赦ねぇなてめぇは!!」
「一億円を溶かした罪人が、お肉を食べる権利などありませんわ!! 霞を食って生きなさい!!」
タコ部屋に、いつものカオスな怒号が響き渡る。
「……全く。どいつもこいつも、騒々しい奴らだ」
その時、タコ部屋の扉が開き、担任のダイヤ・マーキスが姿を現した。
彼女の手には、相変わらず謎の固形物であるMREが握られている。
「ダイヤ先生!」
クラウスが姿勢を正し、敬礼する。
「初陣の報告は、ギルドマスターから直々に聞かせてもらったぞ」
ダイヤは部屋を見渡し、フッと口角を上げた。
「クリムゾン・ワイバーンの討伐……。最後のトドメを刺したのがそこの『パチンカス』だったとはいえ、そこに至るまで、十歳の子供だけでAランクの脅威から死者を出さずに耐え抜いた。……お前たちの指揮と連携は、確かな成長を見せている」
教官からの最大の賛辞。
その言葉に、クラウスの顔に誇り高い笑みが戻り、キャルルとルナも嬉しそうに微笑んだ。
「ギルドでの『Sクラスお助けクラン』の評価は、今やうなぎ登りだ。あのA級冒険者フェイト・ラックを従える、恐るべき子供たち……とな。これから先、お前たちのもとには、より高難易度で、より報酬(実入り)の良い依頼が舞い込んでくるだろう」
「高報酬……! じゅるり……」
リーザがフェイトの腕に噛みついたまま、よだれを垂らす。
「どうだ、リアン。少しは『将』としての実感が湧いてきたか?」
ダイヤがリアンに向けて問いかける。
リアンは、部屋の中で繰り広げられる惨状——肉を巡って争う強欲アイドルとギャンブル狂の大人、サイコパス発言を連発するエルフ、物理的破壊力でそれを止めようとするウサギ、そして貴族の義務に逃避する侯爵令息——を見渡し、深く、深く溜め息を吐いた。
(クラウス、リーザ、ルナ、キャルル。……こいつらだけでも十分に規格外の『不良債権』の集まりだったのに。そこに、一億円を数秒で電子ゴミに変換する『超・ハイボラティリティなデリバティブ商品』まで抱え込むことになるとはな)
リアンの前世の夢であった『安全で堅実な早期リタイア(FIRE)』は、もはや完全に崩壊していた。
だが。
「……まぁ、悪くない投資先ですよ」
リアンはショートソードの柄をポンと叩き、不敵な笑みを浮かべた。
「これだけリスクの高いアセットを揃えたんだ。……世界中のどんな理不尽が襲ってきても、最後には必ず、特大の『黒字』にして回収してやりますよ」
リアンのその力強い宣言に、Sクラスの面々が「おおーっ!」と歓声を上げた。
「よーし! それじゃあリアン社長、今日の運勢を占うために、いっちょコイントスといくか!」
フェイトが立ち上がり、真鍮のコインを親指で弾き上げた。
キラキラと宙を舞うコイン。
全員の視線が、それに釘付けになる。
パシッ。
フェイトが手の甲にコインを叩きつけ、そっと手を開いた。
そこにあったのは——【裏】だった。
ピロロロロ……↓
フェイトの全身から闘気が抜け落ち、顔面が真っ青になる。
「……あー、ごめん社長。なんか急に、昨日食ったワイバーン肉が当たったみたいで、お腹痛くなってきた……。俺、今日のクエストは有休もらって、パチンコ屋のクーラーの効いた部屋で休んでくるわ……」
「て・め・ぇ・ぇ・ぇ・ぇ・ぇッ!!!! 借金一億円の奴隷に有休なんかあるかァァァァッ!!」
リアンが魔法ポーチから調理用タコ糸を取り出し、猛烈な勢いでフェイトに飛びかかった。
「リーザ! キャルル! こいつを簀巻きにしてギルドの便所掃除のクエストに放り込むぞ!!」
「承知いたしましたわ社長ーッ!!」
「任せてリアンくん! 『月影流・捕縛術』!」
「ぎゃあああああ!! やめろ! A級の威厳がァァッ!! 女神様、俺にSSRをォォォォッ!!」
ルナミス学園の旧用具室(タコ部屋)に、今日も活気に満ちた(カオスな)怒号が響き渡る。
リアン・シンフォニアの緻密な損益計算と、規格外の仲間たち、そしてポンコツな英雄が織りなす『Sクラスお助けクラン』の果てしない冒険(資金繰り)は、まだ始まったばかりである。
読んでいただきありがとうございます。
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