EP 6
強欲VS運否天賦、醜悪なる資金争奪戦
「お、おい! 放せリアン! ギルドの連中が見てるだろ! 俺はA級だぞ、A級の威厳ってもんがだな……ッ!」
「パチンコでスッテンテンになった男に威厳もクソもあるか! 大人しく歩け不良債権!!」
帝都の冒険者ギルド・ロビー。
白銀に輝くフルミスリルアーマーの男が、十歳の少年に調理用タコ糸で亀甲縛りにされ、ズルズルと引きずられてくるという異常すぎる光景に、ギルド内の荒くれ者たちはポカンと口を開けて沈黙していた。
「リ、リアン!? 一体どうしたんだ、フェイト殿を縛り上げるなど! まさか、姿の見えない凶悪なアサシンと戦って、罠にかかったフェイト殿を救出してきたのか!?」
待機していたクラウスが、目を輝かせて駆け寄ってくる。相変わらず彼の脳内は、都合の良いヒロイックファンタジーに変換されていた。
「違う。こいつは『魔導パチンコ』っていう名の凶悪な集金マシーンに敗北して、俺たちの資金を全損させた挙句、現実逃避して寝てただけだ」
リアンはタコ糸の端をギルドの柱に括り付け、フェイトを物理的に固定した。
「パチンコ……? 魔物の一種か?」
貴族のクラウスには、パチンコという概念すら理解できないようだった。
「まあ、ある意味で魔物よりタチが悪いですねわ♡ 人の心を喰い破るという意味では」
ルナが優雅に微笑みながら、恐ろしい真理を突く。
ちょうどその頃、時刻は昼時を迎えていた。
ギルドに併設された酒場からは、肉の焼ける匂いとエール酒の香りが漂ってくる。
「……腹減ったな。よし、とりあえず昼飯にするぞ」
リアンはギルドのマスターと交渉し、前世の『三ツ星シェフ』の腕前を無償で提供する代わりに、厨房の余り食材を原価(タダ同然)で譲り受けるという契約を即座に取り交わした。
数十分後。
酒場のテーブルには、十歳の子供たちが食べるにはあまりにも本格的すぎる『オーク肉の香草焼き』と『ポロネギの特製ポタージュ』、そして山盛りの黒パンが並べられた。
「いただきますわーーッ!!」
リーザが誰よりも早く黒パンを両手に掴み、オーク肉に齧り付く。
「美味しい! 美味しいですわリアン様! 激しい労働(ギルド待機)の後のご飯は、体に染み渡りますわーっ!」
キャルルも「ふはぁ〜、お肉柔らかいねぇ」と幸せそうに頬張り、クラウスも「リアンの料理は、我が家の専属シェフよりも遥かに美味いな……」と感動しながらナイフを動かしている。
そんな和やかで豊かな食卓の光景を。
柱に縛り付けられたままのA級冒険者が、滝のようなよだれを垂らしながら見つめていた。
「……なぁ、リアン」
フェイトが、信じられないほど情けない、媚びるような声を出した。
「俺、昨日からタローソンの見切り品弁当しか食ってないんだよ。その……大人の俺に、一口分けてくれないか? なんなら、昼飯代として『銀貨一枚』貸してくれてもいいぞ? 明日のガチャ……じゃなくて、クエストで十倍にして返してやるからよ」
タコ部屋の子供たちに、堂々と『借金』と『たかり』を申し出る二十代半ばの男。
そのあまりのクズっぷりに、リアンのこめかみに青筋が浮かんだ。
しかし、リアンが怒りを爆発させるよりも早く。
ピタリ、と。
オーク肉を咀嚼していた芋ジャージの少女の動きが、完全に停止した。
「……今、なんと仰いましたの?」
リーザが、ハイライトの完全に消えた漆黒の瞳で、ゆっくりとフェイトの方を振り向いた。
「えっ……いや、だから、昼飯代を貸してくれって……」
フェイトがたじろぐ。
「貸す……? 私の、この血と汗と涙の結晶である『命のガソリン(食費)』を? 魔導パチンコという名のドブに全財産を捨てた底辺ギャンブラーに?」
リーザが立ち上がった。その手には、肉を突き刺すための鋭い鉄のフォークが握られている。
彼女の全身から、先日のメロロン畑で魔の果実を蹂躙した時と同じ『絶対捕食者』のオーラが立ち昇り始めていた。
「ふざけないでくださいませェェェェッ!!」
ドンッ!! と、リーザが酒場のテーブルを蹴り飛ばす勢いで跳躍した。
「私の食費を賭け事に使うなど、言語道断! 万死に値しますわ! そんなに腹が減っているなら、貴方のその無駄にピカピカ光っている『ミスリルアーマー』を質屋に入れなさい!!」
「なっ!? ば、馬鹿野郎! これは俺のラッキーアイテムだぞ!」
フェイトがタコ糸で縛られたまま身をよじる。
「ラッキーで腹が膨れますの!? カロリーになりますの!? A級冒険者なら、その左腕の『ミスリルのガントレット』一つを売るだけで、私の食費一ヶ月分……いや、タローソンのプレミアムロールケーキが一生分買えますわ!!」
「ぎゃあああ! やめろ! 俺の左腕をもぐな!!」
リーザがフェイトの左腕に食らいつき、その凄まじい顎の力でガントレットの革紐を引きちぎろうと奮闘し始めた。
人魚族の王族である彼女の握力(顎力)は、飢餓状態において通常の数倍に跳ね上がる。
「い、痛い痛い! 装甲ごと腕の骨が砕けるゥゥッ! 助けてリアン! お前のクラスのペットが狂暴すぎる!!」
フェイトが涙目で助けを求める。
「ペットじゃない、一応王族だ」
リアンは冷静にスープを啜りながら、冷徹な目でフェイトの装備を観察していた。
(……だが、リーザの言う通りだ。フルミスリル装備は確かに強力な資産だが、現在のフェイトには『現金の流動性』が全くない。完全な『過剰投資』状態に陥っている。……万が一の時の担保として、いくつか装備を剥ぎ取って換金ルートを確保しておくのは、リスクヘッジとして極めて有効な手段だな)
リアンの脳内で、フェイトのミスリル装備がすべて『金貨の山』に自動変換されていた。
「おいリーザ。ガントレットじゃなくて、背中の『ミスリルソード』から剥がせ。あっちの方が市場価値(換金率)が高い」
リアンが的確なアドバイス(解体指示)を出す。
「承知いたしましたわ社長!! さあ、その大剣を寄こしなさい!! 今日から貴方の武器は『そこらへんの木の枝』ですわ!!」
「鬼かてめぇらは!!」
フェイトが絶叫する。
「十歳の子供が『市場価値』とか『換金率』とか言うな! もっと夢を見ろ! これは俺がルナミス新聞の『懸賞付きクロスワード』で奇跡の確率で当てた、神様からの贈り物なんだよぉぉっ!!」
「懸賞……? 懸賞で当たっただと……?」
クラウスが、フォークを落としてポカンと口を開けた。
「……てっきり、数多のドラゴンを討伐し、国から賜った伝説の武具だと思っていたのに……。し、新聞のクロスワードで……?」
クラウスの脳内で、フェイトの『伝説の英雄』としてのイメージが、音を立てて崩壊していく。
「あらあら。装備品なら足がつくかもしれませんわね」
ルナがクスクスと笑いながら、恐ろしい提案を被せてくる。
「フェイト様、人間には腎臓が二つあるってご存知ですか? 一つくらいなくても、A級冒険者なら気合でなんとかなりますわよ。高く売れる闇医者のツテ、紹介しましょうか♡」
「なんで十歳の子供が闇医者のツテを持ってるんだよ!! お前らのクラス、コンプラどうなってんだよ!!」
フェイトは顔面を蒼白にし、ついにプライドをかなぐり捨てて土下座(縛られたまま芋虫のように平伏)した。
「ごめんなさい! 悪かったです! パチンコで全ツッパした俺が100パーセント悪かったです! だから装備(と内臓)だけは勘弁してくれ! これがないと、俺はただの『コイントスしかできない無職』になっちまうんだ!!」
「……」
リアンは静かに立ち上がり、フェイトを見下ろした。
その瞳は、情け容赦のない『取り立て屋』のそれである。
「分かったならいい。……だが、俺たちが被った精神的・時間的コストはタダじゃない」
リアンは懐から羊皮紙を取り出し、万年筆をフェイトの鼻先に突きつけた。
「これは『Sクラスお助けクラン・専属契約書』兼『借用書』だ。今後、俺たちが指定するクエストには文句一つ言わずに無償で同行し、お前の報酬の『九割』はクランの共通資金(とリーザの食費)として天引きする。……サインしろ。血判でな」
「きゅ、九割ィ!? 暴利どころの話じゃねぇ! 帝都の裏金貸しよりエグいぞお前!!」
「サインしないなら、今すぐギルドの前でルナに解剖させるぞ」
「……喜んでサインさせていただきます」
フェイトは震える指先を切って、羊皮紙にベタリと血判を押した。
ここに、ルナミス学園史上最も不平等な『奴隷契約(専属引率者契約)』が成立した瞬間である。
「よし、契約成立だ。さっさと昼飯を食え。午後から早速、次の依頼に出発するぞ」
リアンがタコ糸を解き、残っていた黒パンとスープをフェイトに乱暴に押し付けた。
「……うぅっ……パンが美味え……スープが沁みる……」
二十代半ばのA級冒険者が、十歳の子供から恵まれた残飯を、涙を流しながら貪り食う。その姿は、英雄の欠片もない完全なる『ポンコツ』であった。
「午後からのクエストは、薬草採取だ」
リアンが帳簿を確認しながら告げる。
「東の岩山に生える『マナハーブ』の採取。難易度は低いが、堅実に利益が出る。……いいかフェイト。次は絶対にコイントスなんかするなよ。お前の仕事は、黙って俺たちの後ろで『ミスリルの威圧感』を出しておくことだけだ」
「分かってるよ……。俺だって、やればできる大人なんだぜ……」
フェイトがパンを齧りながら、いじけるように呟いた。
醜悪な昼食会(資金争奪戦)は終わり、Sクラスお助けクランは次なる目的地へ向けて出発する。
だが、彼らはまだ知らなかった。
この「低ランクの安全な薬草採取」が、彼らの命を脅かす『最悪のイレギュラー』との遭遇戦へと発展することを。
そして、このギャンブル依存症のダメ大人が、その時ばかりは『真のA級の煌めき』を見せるということを——。
読んでいただきありがとうございます。
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