EP 5
最強の言い訳と、若き将(借金取り)の回収業務
昨日の『ホブゴブリン討伐』という名の、理不尽極まりない総力戦(尻拭い)から一夜明けた朝。
帝都の冒険者ギルドのロビーに、リアンたち『Sクラスお助けクラン』の面々は集合していた。
十歳の子供たちは、ギルドの隅にある木製のベンチにぐったりと腰掛けている。
「あぁ……全身の筋肉が悲鳴を上げている……。まさか初陣から、あのような上位個体と死闘を繰り広げることになるとは……」
クラウスが、目の下のクマを擦りながら重いため息を吐いた。
「でも、倒せてよかったねぇ。リアンくんの指示と、みんなの連携のおかげだよ」
キャルルが安全靴の汚れを布で拭きながら、疲労の中にも少しの達成感を滲ませる。
前日のホブゴブリン戦。
フェイトが『コイントス』のペナルティで完全沈黙(爆睡)するという最悪のトラブルに見舞われたものの、リアンの的確な指揮と、Sクラスの規格外の能力が奇跡的な噛み合いを見せ、なんとか討伐に成功したのだ。
ギルドからの報酬はしっかり受け取ったが、体力的なリソースの消耗(赤字)は激しかった。
「しかし、遅いですわね。引率のフェイト殿は、まだいらっしゃらないのですか?」
ルナが優雅に首を傾げる。
待ち合わせの時間をすでに一時間以上過ぎているが、あのフルミスリルを着込んだ目立つA級冒険者の姿は、ロビーのどこにも見当たらなかった。
「……嫌な予感しかしない。ちょっと受付で聞いてくる」
リアンは眉間を揉みながら立ち上がり、ギルドのカウンターへと向かった。
カウンターには、清楚で可愛らしい受付嬢が立っていた。
「すみません。A級冒険者のフェイト・ラックを見ませんでしたか? 今日のクエストの引率をお願いしているんですが」
リアンが尋ねると、受付嬢はハッとして、そしてなぜかポッと頬を赤らめた。
「あっ、Sクラスの皆様ですね! 実は先ほど、フェイト様から伝言をお預かりしておりまして……」
「伝言?」
受付嬢は、胸に手を当て、どこか夢見るような乙女の瞳で語り始めた。
「はい。フェイト様、とても悲痛な、しかしセクシーな低いお声でこうおっしゃっていました。『身内に不幸があってな……すまないが、急で申し訳ないが今日はお休みをくれ』と。……あぁ、傷ついた英雄の横顔、とっても素敵でしたわ……♡」
「身内に不幸……? あいつ、天涯孤独の冒険者じゃなかったか?」
リアンが怪訝な顔をすると、受付嬢は「ええと、メモには詳しく書いてあります」と、一枚の紙切れを読み上げた。
「えー、フェイト様の身内のご不幸ですが……『親友の、従兄弟の、隣のおばさんの、友達の犬が死んだから、葬式に出なければならない』とのことです」
「——もう関係ないじゃんッ!!!」
リアンのキレのいいツッコミが、朝のギルドロビーに轟いた。
「なんだその遠すぎる関係性は! 大体、人間ですらねぇし! 知らないおばさんの友達の犬の葬式に、なんでA級冒険者がわざわざ仕事休んで参列するんだよ!!」
リアンがバンバンとカウンターを叩いて激怒する。
しかし、そこにクラウスが深く頷きながら歩み寄ってきた。
「……流石はフェイト殿だ。たとえ遠い縁であっても、一つの小さな命の終焉に涙し、弔いの時間を設ける。その底知れぬ慈愛とノブリス・オブリージュの精神……僕はまた一つ、彼から大切なことを学んだよ」
「お前は一生騙され続ける側の人間だな!!」
「まあ♡ 葬式ということは、そのワンちゃんの内臓はまだ新鮮ということですわね? ぜひ私が解剖……いえ、お花を手向けに伺いたいですわ」
「ルナはサイコパスなコンプラ違反をやめろ!」
「それより問題ですわ!」
リーザが血走った目でリアンに迫る。
「引率のA級がいないということは、高ランクのクエストが受けられない=報酬が下がるということですわよ!? 私の今日の食費(アイス棒代)はどう保障してくださるんですの!?」
リーザの言う通りである。ギルドの規定上、未成年のクランは、大人の高ランク冒険者が同伴しない限り、実入り(利益)の良いクエストを受注できないのだ。
(クソッ……! あのクソ株め、昨日ホブゴブリンの報酬で得た『銀貨』を手に入れて、完全にタガが外れやがったな)
リアンの脳内に、前世の記憶がフラッシュバックする。
三ツ星シェフとして厨房を仕切っていた頃、給料日直後になると「謎の親戚の不幸」や「突然の腹痛」を理由に無断欠勤する、ギャンブル狂いの見習い料理人や出入り業者が山のようにいた。
彼らの行動パターンは、手に取るように分かる。
(朝っぱらから、あんな舐め腐った言い訳をして仕事をバックレるクズ大人が行く場所なんて、この世に一箇所しかねぇんだよ!)
リアンは、前世の『冷酷な借金取り(債権回収業者)』のような恐ろしいオーラを全身から放ち始めた。
「……おい、お前ら。少しここで待ってろ。俺が『不良債権』を回収してくる」
「リアンくん? どこに行くの?」
「決まってるだろ。——あいつの、本当の『葬式』会場へだ」
リアンはショートソードの柄を握りしめ、ギルドを後にした。
* * *
帝都の裏通り。冒険者ギルドから歩いて数分の場所にある、窓に黒いスモークが貼られた怪しげな建物。
看板には『魔導遊戯施設・ミリオンオーブ』と書かれている。
店内からは、ジャラジャラジャラッ!という金属球の弾ける音と、けたたましい魔導BGMが漏れ出していた。いわゆる、この世界における『魔導パチンコ店』である。
リアンが店の扉を蹴り開けると、タバコの煙と熱気に包まれた鉄火場が広がっていた。
そして、その店内の最も奥。
周囲の薄暗い空気の中で、ただ一人、無駄に神々しい光を放っている『フルミスリルアーマー』の男の背中があった。
「いけっ! そこでリーチだ! 頼む、女神様ァァッ!!」
フェイト・ラック(A級冒険者・ギャンブル依存症)である。
彼は、魔力を込めた銀玉を弾き出す巨大な魔導機械の前に座り込み、目を血走らせて盤面を凝視していた。
『——ピロロロロ……残念、ハズレ!』
「あああああああッ!! クソッ、なんでだ! 朝のコイントスでは『表』が出たはずなのに! 俺の運気は倍増しているはずなのにィィッ!!」
フェイトは頭を抱え、昨日命がけで(寝てただけだが)稼いだ銀貨を、震える手で再び機械に投入しようとした。
ガシィッ!
そのフェイトの手首を、背後から伸びてきた小さな手が、万力のような力で掴み止めた。
「——ん? なんだ、邪魔すんじゃ——」
フェイトが苛立たしげに振り返る。
そこに立っていたのは、完全に光を失った真っ黒な瞳で、ニコォ……と極寒の笑みを浮かべる十歳の少年、リアン・シンフォニアだった。
「……おはようございます、フェイトさん。隣のおばさんの友達の犬の葬式は、随分と賑やかな魔導BGMが流れる会場で執り行われているんですね」
「ひっ……!? リ、リアン!?」
フェイトはビクッと肩を跳ねさせ、咄嗟に魔導パチンコの台を隠すように両手を広げた。
「お、おい! 誤解するなよリアン! これは違うんだ! そう、これは『投資』だ! ここで俺が大当たり(ジャックポット)を引けば、昨日の報酬が十倍になる! そうすれば、お前らガキ共にもっといいポーションや武器を買ってやれると思ってだな……!」
「へぇ、投資ですか。素晴らしいノブリス・オブリージュの精神ですね。……で、現在のROI(投資利益率)はどうなってますか?」
リアンがフェイトの足元に視線を落とす。そこには、空っぽになった銀貨の袋が虚しく転がっていた。
「……あー、その。今はちょっと『先行投資』のフェーズというか……いわゆる『タメ』の時期で……」
フェイトが冷や汗をダラダラと流しながら目を逸らす。
「つまり、完全な『大赤字』ってことですよねぇぇッ!!」
リアンの怒りが限界突破した。
「このポンコツA級が! てめぇのその腐った性根ごと、原価償却してやろうか!!」
リアンは魔法ポーチから、前世で巨大な猪肉を縛るのに使っていた『超強力な調理用タコ糸』を取り出した。
「お、おい待てリアン! やめろ! 今、激熱のリーチが来てるんだ! あと一回! あと一回だけ回させてくれェェッ!!」
「うるせぇ! てめぇのリーチより、俺たちのクランの倒産危機の方が激熱なんだよ!!」
リアンは抵抗するフェイトのフルミスリルアーマーの上から、亀甲縛りの要領でタコ糸をぐるぐると巻きつけ、強引に簀巻き(すまき)状態にした。
「ぎゃあああああ! 俺の台が! 誰かその台を取っておいてくれぇぇ!!」
「諦めろ! てめぇの運気は俺が今ここで完全ショート(空売り)してやった!!」
ズルズルズルッ!!
帝都の裏通りを、白銀に輝くフルミスリル装備の伝説の英雄(A級冒険者)が、十歳の少年に首根っこ(タコ糸)を掴まれ、情けなく引きずられていく。
「た、助けてくれぇ……! 俺はヒーローなんだぞぉ……っ!」
「黙って働け! 今日の依頼は、下水道のヘドロ掃除と巨大ネズミの駆除だ! お前のその無駄にピカピカな鎧を、泥と汗で真っ黒に染め上げてやるから覚悟しろ!!」
ギルドのロビーで待つ仲間たちのもとへ。
最強の言い訳を粉砕されたギャンブル狂の引率者は、若き将の『冷酷な債権回収業務』によって、見事に現場へと強制連行されていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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