EP 4
初陣と、ヒーローの(ギャンブル)依存症
冒険者ギルド・帝都支部。
昼間から酒の匂いと荒くれ者たちの怒号が飛び交うその場所で、リアンたち『Sクラスお助けクラン』は、記念すべき初陣となる依頼を受注し、現場へと到着していた。
依頼内容は『東の森におけるゴブリン集落の討伐』。
ギルドでは下位ランクに位置づけられる魔物だが、今回は「集落単位」での討伐である。数十匹の群れに加え、罠や連携を用いてくるため、十歳の子供たちが受けるには本来、危険すぎるクエストだ。
だが、今の彼らには『絶対的な優良資産』が同行していた。
「ギィィィッ!!」
茂みから飛び出してきた三匹のゴブリンが、錆びたナタを振りかざして襲い掛かってくる。
「——遅いな」
一陣の風が吹いた。
いや、それは風ではない。白銀に輝くフルミスリルの装甲が、陽光を反射して描いた残像だった。
A級冒険者、フェイト・ラック。
彼が背中に背負っていた巨大な両手剣を片手で軽々と振り抜いた瞬間、三匹のゴブリンの体は、抵抗する間もなく文字通り『一刀両断』に切り捨てられていた。
「おおっ……!!」
クラウスが、目をキラキラと輝かせて感嘆の声を上げた。
「見事だ! 剣術、体術、そして闘気。すべてが完璧な高水準(Aランク)で融合している! さすがはダイヤ先生の戦友、これが本物の冒険者の太刀筋か!」
「すっげー! お兄さん、おっきい剣なのに動きがフワフワしててかっこいい!」
キャルルもぴょんぴょんと飛び跳ねて拍手喝采を送る。
「ふふっ、切断面がとても綺麗ですわね。これなら内臓も高く売れそうですわ♡」
ルナが相変わらずのサイコパス発言で微笑み、リーザは「ゴブリンのお肉って美味しいんですの? 焼肉のタレをかければいけますわよね?」とよだれを垂らしている。
そしてリアンもまた、前世の冷徹な審美眼でフェイトの戦いぶりを評価し、小さく頷いていた。
(……認めたくはないが、戦闘力だけを見れば文句なしの『超優良アセット』だ。無駄のない動き、剣のリーチを活かした間合いの管理。あれだけの重装備でありながら、ステップは羽のように軽い。普通に戦わせれば、このクエストの利益率は間違いなく100パーセントだ)
「へっ、ガキ共。見惚れるのは勝手だが、油断するなよ」
フェイトはポポロ・シガレットを咥えながら、ニヒルな笑みを浮かべて両手剣を肩に担いだ。
「俺はあくまで『引率』だ。ピンチの時は助けてやるが、基本はお前ら自身で戦って——」
『——グオォォォォォォォォッ!!』
フェイトの言葉を遮るように、森の奥から地鳴りのような咆哮が響き渡った。
周囲の木々がバキバキとなぎ倒され、圧倒的な暴力の気配が近づいてくる。
「なんだ!?」
クラウスが魔剣を構える。
現れたのは、通常のゴブリンの三倍——身長三メートルに達する巨体を持つ上位個体、『ホブゴブリン』だった。その手には、大木を丸ごと引っこ抜いた巨大な棍棒が握られており、全身から立ち昇る凶暴な魔力は、下位クエストのそれに留まらないイレギュラーな脅威だった。
「チッ、集落のボスか。しかも随分と栄養状態がいいイレギュラー個体だな」
フェイトが咥えタバコを吐き捨て、両手剣を構え直す。
「フェイトさん! あいつは流石に俺たちじゃキツい! A級の力で一気に押し切ってくれ!」
リアンが叫ぶ。
ホブゴブリンの膂力なら、キャルルの安全靴やリアンの料理術でも手傷を負わせることは可能だが、十歳の子供の体力では一撃でも貰えば致命傷(大赤字)になる。ここは素直に大人の力に頼るのが、最もリスクの低い最適解だ。
「……」
しかし。
両手剣を構えたフェイトは、なぜかピタリと動きを止めていた。
「フェイトさん? 何やってんだ、早く行けよ!」
リアンが急かすが、フェイトはホブゴブリンを見据えたまま、ニヤリと口角を上げた。
「……リアン。確かに、俺が普通に斬りかかれば、あいつは十秒で終わる」
「だったら十秒で終わらせろよ!!」
「だがな! それじゃあただの『強い冒険者の日常業務』だ。ドラマがない! 盛り上がりに欠ける!!」
フェイトは両手剣を地面に突き刺し、あろうことか、懐から『一枚のコイン』を取り出したのだ。
「なっ……お、おい!? お前、こんなボス戦の真っ只中で何やってんだ!?」
リアンが血相を変えて叫ぶ。
「いいかガキ共! 英雄ってのはな、常に『運命の女神』とダンスを踊るもんだ! ここで俺がコイントスをして、見事自分の運命を掴み取ってからあいつを一刀両断にすれば……俺はただの強い奴から、伝説のヒーローになれるんだよ!!」
フェイトの瞳が、朝のガチャを引いた時と同じ『重度のギャンブル中毒者』のそれに完全に切り替わっていた。
「バカなこと言ってないで普通に戦え!! お前の『ユニークスキル:コイントス』は、外れたらデバフがかかる諸刃の剣だろうが!! リスクとリターンの計算が全く合ってねぇよ!!」
リアンが簿記一級の知識を総動員して説得を試みる。
「男のロマンに計算機は持ち込むな! 見てろ、俺の強運を! いけええええッ!!」
フェイトはリアンの制止を完全に無視し、親指でピンッ!とコインを空高く弾き上げた。
キラキラと回転しながら宙を舞うコイン。
ホブゴブリンが「グオォ?」と首を傾げながら、その落ちてくるコインを見上げている。
フェイトはドラマチックなポーズでコインをパシッと掴み、手の甲に叩きつけた。
「さあ! 運命の女神よ、俺に微笑め!!」
フェイトが、自信満々に手を退ける。
そこに現れたのは——。
『裏』であった。
「…………あっ」
フェイトの顔から、一瞬にしてすべての表情と血の気が抜け落ちた。
ピロロロロ……↓
どこからともなく、気の抜けたような悲しいSE(効果音)が鳴り響いたかと思うと、フェイトの全身から立ち昇っていた強者の『闘気』が、シュウゥゥゥ……と風船が萎むように消滅してしまった。
彼のユニークスキル『コイントス』が外れたことによるペナルティ——【全能力・運気・生命力・やる気、すべて半減】の強烈なデバフが発動したのだ。
「う……うぅっ……」
フェイトは急に膝から崩れ落ち、お腹を抱え込んだ。
「フェ、フェイト殿!? どうしたのですか!?」
クラウスが慌てて駆け寄る。
「……あー、ごめん。なんか急に、お腹痛くなってきた……。たぶん、昨日食ったタローソンの見切り品の弁当が当たったんだわ……」
フェイトは冷や汗をダラダラと流しながら、信じられないほどの弱々しい声で呟いた。
「はぁ!?」
リアンが目玉を飛び出させて絶叫する。
「う〜ん、マジで体調悪い。これ労災降りるかなぁ……。とりあえず俺、今日は有休もらうわ……」
フェイトは震える手で魔法ポーチを開けると、中から『最高級の羽毛寝袋(ルナミス新聞の懸賞品)』を取り出し、器用にその中に潜り込んでしまった。
そして、顔だけを出してスヤスヤと寝息を立て始めたのだ。ボスキャラであるホブゴブリンの、目と鼻の先で。
「てめぇぇぇぇぇぇっ!! 職務放棄すんなこのポンコツ大人がぁぁぁぁっ!!」
リアンは怒りで血管をブチ切れさせながら、寝袋に向かって蹴りを入れた。だが、ミスリルアーマーを着込んだまま寝袋に入っているため、リアンの足が痛いだけだった。
『グオォォォォォォッ!!』
そんな茶番を待ってくれるほど、魔物は優しくない。
ホブゴブリンが激怒の咆哮を上げ、巨大な棍棒をリアンたちに向けて振り下ろしてきた。
「クソッ!! 防御陣形だクラウス!! キャルルは遊撃! ルナは後方から魔法支援! リーザは……もう何でもいいから噛みつけ!!」
リアンは咄嗟に指揮官モードに切り替わり、愛用のショートソードと極小マグナギア『ミニ丸』を構えた。
「くっ……A級の引率者が機能しないとは! だが、ノブリス・オブリージュの精神は折れん! 『ライトニング・シールド』!!」
クラウスが雷の防壁を展開し、棍棒の直撃をギリギリで受け止める。
「よーし! 私の出番だね! 『月影流・兎跳び』!」
キャルルが特注の安全靴で木を蹴り、ホブゴブリンの頭上へと跳躍する。
「お肉! ボスのお肉ですわーッ!!」
リーザがよだれを撒き散らしながら、ホブゴブリンの足首にしがみついてガリガリと齧り始めた。
(冗談じゃない! なんで十歳の俺たちが、A級クエストの尻拭いをさせられてるんだ! これじゃ利益どころか、治療費で大赤字だぞ!)
リアンは前世の『三ツ星シェフ』の包丁捌きを剣術に応用し、ホブゴブリンのアキレス腱や関節の隙間(肉の解体ポイント)を的確に削っていく。
「ぐすぴー……むにゃむにゃ……女神様、俺にSSRを……」
激しい死闘のすぐ横で、フルミスリルのA級冒険者は、幸せそうな顔でよだれを垂らしながら爆睡していた。
「このクエストが終わったら……絶対にあいつをタコ部屋の窓から蹴り落としてやる!!」
リアンの悲痛な叫び声が、東の森にこだまする。
お助けクランの初陣は、強力な助っ人の手によるスマートな勝利ではなく、ギャンブル中毒のクソ株(ダメ大人)の尻拭いという、泥臭くも理不尽な総力戦へと突入してしまったのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




